行きかふ年もまた旅人なり

日本の歴史や文学(主に近代)について、感想等を紹介しますが、毎日はできません。
ふぅ、徒然なるままに日暮したい・・・。

アフターコロナ2

2024-07-07 23:37:29 | Weblog
コロナの罹患後、時折指の痺れが出るが、5ヶ月ほど過ぎ、あまり気にならなくなった。
しかし、嗅覚に変調が残る。
頻繁に、落ち葉を焼くような微かな臭いを感じている。
コロナの後遺症を検索すると、同様な症状が出ていた。
実生活に大きな影響は感じていないが、段々と臭いが強くなっている気がする。
そろそろ診察を受けた方が良さそうである。
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カメムシ

2024-05-24 05:51:23 | Weblog
今年は大量発生しているらしい。
確かに春先から姿をよく見る。
昨夜、帰宅した後、カメムシ(種類は分からない)の刺激臭を感じたが、
どこかで触れてしまったのか、とあまり気にしなかった。
しかし、着替えようとした時、肩に止まっていたらしく、家の中を飛んでいた。
やっぱりヤツの臭いだったか…と知らずに手で触ってっしまった事に激しく後悔した。
しかも割と大きく、あまり気持ちの良いものではなかった。
鼻の奥に残る刺激臭が日付を越える頃までずっと残っていた。
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アフターコロナ

2024-02-13 04:18:45 | Weblog
コロナが治まってから10日程経過したが、味覚が戻らず、右手中指だけが常時痺れを感じている。
その他、夜は直ぐに眠くなる上、朝起きることが辛く、睡眠時間がいくらあっても足りないような感覚が続いている。
元々、気力が湧くような精神力が無いのだが、より無気力感に支配される気がしている。
とにかく疲労を感じやすくなっている。

これらが後遺症なのか、完治するのか、不安を感じる。
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治らない

2024-02-04 15:00:39 | Weblog
症状の忘備録。
1月29日(月)(0日め)夕方、悪寒を感じつつ勤務。帰宅後、38.5℃
1月30日(火)(1日め)朝から38.5℃で変わらず、病院にてPCR検査。結果、陽性反応あり。解熱剤を処方される。粥と水分補給のみ。
1月31日(水)(2日め)37.5℃、食欲相変わらず無く、粥と水分補給のみ。急激な腹痛が1度あり。
2月1日(木)(3日め)37.5℃が続くが、夕方ごろから37.0℃に落ちてくる。水分補給のみ。
2月2日(金)(4日め)37.0℃。咳が出始める。右手指のうち特に中指の指先がしびれる。味覚は問題なく感じていた。体力の低下、倦怠感が強く、目が覚めても身体が起き上がれない状態。
2月3日(土)(5日め)36.5℃。ようやく平熱に戻る。相変わらず、咳と指先のしびれが続き、味覚が消えたことを自覚した。
2月4日(日)(6日め)36.5℃。倦怠感強く、身体が思うように動かない。右手指のしびれ、味覚喪失を継続。
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2024年元旦

2024-01-03 16:57:55 | Weblog
2024(令和6)年元旦の夕方、石川県で大地震が発生した。
火災、倒壊、津波の痕跡を目の当たりにし、被害の少ないことを願うしかない。
寒さ、雪、余震…不安は尽きない。

災害発生の都度、備蓄の確認をするが、少しずづ消費期限切れのものが増えてきた。
多少の期限切れは買い替えの際、消費するが、本当に使う日が来ないことを願いつつ、
だが、いつか来る日に改めて備えをしっかりしておこうと思う。
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2023-11-14 22:53:28 | Weblog
 子供の頃から、冬、春にかけて咳が止まらなくなる事が多々あった。
診察を受けても、喘息の診断はなく、気管支が弱い、ということで咳止め等を処方されていた。

 10月下旬から、今年も漏れなく咳が出始め、特に夜は発作的な咳が始まり30分から1時間近く苦しんだ。
日中は寝不足感が強く、夜は咳で眠れず、2週間程経て漸く病院に行けた。
今回初めて喘息の薬が処方され、服用したところ、初日の夜に発作的な咳は出ず久々に安眠ができた。
 ここ最近、就寝前の咳込みが憂鬱だったが、これで落ち着ければ良いな、と思っている。
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早々の反省会

2023-09-23 22:55:43 | Weblog
 今年は資格試験に挑戦しようと、年明けから準備をしていた。
しかし、思いの外忙しく、なかなか試験範囲が終わらずに9月になってしまった。
平日に時間が確保できるのは23時から翌6時まで、睡眠も必要なため、せいぜい2時間程度か否か、であった。
土日祝日の緊急対応が多く、仕事以外の事にも対処しなければならない事が複数あり、全く進捗状況は悪かった。
決意が足りない、と言われればそれまでだが、今回の反省を少しでも活かせるようタイムマネジメントが上手くなれたら、と思った。

もう一度仕切り直すか、考え中…
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読書記72 『戦国を生き抜いた男』(浅倉 徹 著)

2023-07-22 23:57:20 | Weblog
読書記72 『戦国を生き抜いた男』(浅倉 徹 著)

 戦国時代の丹波国出身の本城惣右衛門の覚書を基に、明智光秀の丹波平定から本能寺の変、関ヶ原、大坂の陣といった国内のメジャーな
戦役に出陣していた人物の記録を現代にアレンジした作品である。
 人生の分岐点がいくつもあったが、命を失うことなく天寿を全うできたのは、運だけでなく、的確な状況判断と人脈があったからであろう。

 勝てる見込みのない戦を極力避けるのは、生き残る上で本当に必要な知恵だと感じた。

 丹波国内に統一勢力ができない頃、京都を押さえ、武田を滅ぼし、間もなく天下統一を控えた織田軍の侵攻から、歴史の重要ポイントに立ち会
うことになる稀有な人物である。

 明智方として本能寺の変に参戦する際、羽柴勢に加勢するつもりで出発したところ、京で馬揃えがあるため進路を変更する、という軍令までは
「わざわざ遠回りするな…」程度であったろうが、本能寺にいる者を討つ、と言われた時、本能寺に誰がいるか分からず、上洛中の徳川家康を討
つものと思ったのはギリギリまで配下の者も知らなかった証左であろう。恐らく、事前に信長を討つと知れば、倫理観は当時と異なるが、主殺し
という事実と、信長を倒した後の見込みが分からず躊躇する者も出て、謀反は成就しなかったのではないだろうか。信長を討った後、直ちに周辺
の鎮圧に向かわず、京に留まっていたため秀吉に敗れてしまう。
 惣右衛門は、本能寺の変後、直ちに次の軍略に移らなかった明智軍に運命を共にする気はなく、丹波に帰国していった。
 その後、秀吉が信長の後継者として天下平定を進めていく中、羽柴秀長の配下となる。惣右衛門は年齢的にも脂が乗った頃であり、また、秀長
の家中統率が優れていたこともあり、最も居心地が良かったような描写が多かった。この頃、松倉右近重信を知り、その子重政に家族を預けるこ
ともする。
 秀長、秀保が亡くなり、増田長盛の配下となり、関ヶ原が勃発。豊臣と徳川の間で不可解な動きをしていた長盛であったが、伏見城攻略に参加
し、猛攻を加える。
 伏見城は陥落させたが、関ケ原本戦は西軍が敗れたため惣右衛門は牢人となる。

 本能寺の参戦と西軍参戦は、徳川での再仕官は難しく、大坂の陣で藤堂家に陣借りして参戦し、手柄は立てたものの、再仕官には至らなかった。
松倉重政は加増され肥前国に転封されていったが、この旧知を頼って仕官していたら、後の島原の乱に参戦し、主家断絶の憂き目にあったろう。

 人の人生は何があるか分からないが、この惣右衛門も同じく、かつて丹波にいた頃、主筋の猛将・赤井直正の子の縁で越前松平忠直に仕えるこ
とになった。
 忠直の父・秀康は秀忠の兄でもあり、将軍になる可能性があった人物であり、置かれた境遇に鬱屈していた。その死後を継いだ忠直にも同じ思
いはあった。将軍家に反旗を翻したい気持ちを抱えながら、惣右衛門の昔語りを聴き、本能寺の変での明智の成功とその後の失敗について得るも
のがあり、惣右衛門の父が惣右衛門に残した「命あっての物種、長生きせよ」との言葉を告げ、忠直は配流地へ大人しく従っていった。
 惣右衛門は忠直の次代・忠昌に仕え、覚書を残した。

 惣右衛門が、その時々にベストな判断ができたのは本人が欲を張らなかったこと、人との縁を大切にしていたことが大きな要因だったように思う。
本能寺の変に明智方として参加していた者の記録はかなり貴重なため、こういう人物が記録を残してくれたこと自体、感謝である。
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やむにやまれず

2023-05-21 22:30:59 | Weblog
 一身上の都合で3月に退職された方が担っていた、ある業務の管理者がおらず、
今年1年「取得見込み」として乗り切ろうかと考えていたが、来年度も残留したら
誤魔化しがきかなくなるので、やむを得ず自前で取得した。
 全くの専門外ではあったが、講習と試験を受けて一定の点数に届けば、管理者に
なれるので短期集中でクリアした。
 管理者の資格を取得しても手当ては付かないが、法定で設置となっているため、
制度には逆らえず仕方のない選択だった。
 しかも、退職を聞かされたのが3月だったため、予算化もできず、自費取得だった。
しかし、仕事で追い込まれたら、興味があろうがなかろうが、何とかするしかない、
と割り切れる自分に少し感心した。
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耳の異音

2023-03-18 16:29:22 | Weblog
半年か、1年かどのくらいの期間か覚えていないが、片方の耳に触れると、内部から異音がしていた。
障子に貼ってある障子紙を少し叩くと、乾いた音がするが、そのような音だった。
耳の中を掃除してもその音は消えず、耳の中が見えるわけではないのでどうしたものかと悩んでいた。
特段、痛みや痒みといった症状もなく、触れた際に音を感じる程度だったので様子見としていた。

しかし、かなり時間が経過しても、一向に変化しないため、耳鼻科で診てもらおうかと考え始めた頃、
突然解消した。

綿棒で耳の中を掻いていた時、一本の髪の毛が出てきた。
それが取れてから、全く感じなくなった。

原因は髪の毛だったのか…と納得し、久々に異音を感じない耳に快適感を覚えた。
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銀河鉄道999は走り続ける

2023-02-23 11:47:34 | Weblog
松本零士先生が2月13日に亡くなられた。享年85歳。

幼稚園生の頃、夕方の時間帯に『銀河鉄道999』が放送され、機関車のカッコよさに惹かれて見ていた。
今でも印象に残っている映像が、重力の底に落ちた列車の客席に座ってる多数の白骨とワープ中に未来?の999と衝突するシーン。
また、インセクターの星だったか、昆虫型生命体が自分の子供たちを999に乗せて宇宙空間に送り出すが、環境が違い過ぎて間もなく全て死んでしまう描写も思い出す。

当時園児の私には、これら物語の内容は理解できなかったが、長じるにつれ理解できるようになった。

小学6年生頃に単行本を全巻揃え、幾度となく読み返していた。
何度か転居したが、未だに手元に残してある作品である。

永遠とは、生命とは、幸せとは…哲学的なテーマを常に考えさせられる内容だった。

先生の「遠く時の輪の接する処でまた会おう」とのメッセージは999含め、ハーロックやエメラルダス、トチローら松本キャラ旅はこれからも続いていく感があった。
永遠に最終回がなくても良いではないか、という気持ちもあり、現在も描かれている後継作品を楽しみたい。
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さようならXmas&お正月

2022-12-24 01:14:43 | Weblog
今年も残すところ10日を切った。
2月にロシアのウクライナ侵攻の影響もあり、原油価格の上昇、円安の急激な進展で、日本国内の物価が上昇し続けている。
値上げに次ぐ値上げで、年明けにもまた、値上げする見込みだ。
昨年、昼食に弁当を購入することが頻繁にあったが、買いに行く時間とお金が惜しくなり、社食か自作弁当に切り替えた。
社食もあまり種類がなく、直ぐに自作弁当になってしまったが。

今日久々に、かつて食していた弁当売り場に寄って値段を見たら100円値上がりしていた。
作り手からすると、100円でも苦しいところだろうが、上げ幅が大きければ、一気に客が離れていってしまう恐れがあるため、
躊躇うところだろう。

時期的に、世間ではXmasと正月商戦で、買い手の財布も緩みがちになる頃だと思う。
お節も、購入することが何度かあったが、今回、同じ店舗のお節が、一重で売り出していた。
以前は2段重で同じ金額だったような気がしたが、いずれにしても、手を出し難い金額になった。
Xmasケーキやチキンも同様で、上げ幅はお節ほどではないものの、値上げしていた。

季節感のある食材や、この時期ならではの食べ物だが、値上げには付いていかず、普段と同じような食事に抑えようと強く感じた。
特段、ぜいたく品だと思わないが、代替があるならそれで代用しようと思い、今年から(ずっとか)Xmasと正月は、我が家には
訪れないこととなった。
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2022年11月8日は皆既月食でした。

2022-11-27 17:41:03 | Weblog
 忙しさにかまけて画像整理もせず放置していたが、本当に忘れてしまうので今更だがアップしようと思う。
 当日夜は良く晴れていて、月の満ち欠けも良く見えた。
 数年ぶりに望遠鏡を引っ張り出し、月に向けてレンズを向けた。
 スマホで撮影したら得体のしれない画像になってしまったが、一応月食と判断できると思う。



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熱中症

2022-09-14 22:24:17 | Weblog
朝夕の気温がようやく秋らしくなり、日中のセミの声もミンミンゼミやアブラゼミが消え、ツクツクボウシのみが残っている。

それでも昨日の日中の最高気温は33℃で、外での作業のため熱中症に気を付けながら、午前午後と仕事を続けた。
午後は特に熱く、風も抜けない場所だったため熱が籠ってしまった。
事務所に戻って、着替えてからデスクワークに切り替えたが、頭痛と疲労、足が吊るといった熱中症の初期症状が出ていた。
帰宅しても熱が抜けない様子で、検温したところ、37.4℃あり、シャワーを浴びて後頭部や足の付け根などを冷やしながら
早めに寝ようとした。
しかし、体の熱がなかなか抜けず、眠っては目が覚めを繰り返し、日付が変わる頃まで暑さが残っている感じだった。

気を付けてはいたが、熱中症は真夏よりも春先や秋口に発症しやすい。
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次元、そよ風の誘惑

2022-08-10 23:19:24 | Weblog
今月は訃報が続く気がしてならない・・・

50年もの長きに渡ってルパンの相棒の次元大介の声を務めた小林清志さんが亡くなった。
ルパン三世part2の58話「国境は別れの顔」は、個人的に強く印象が残っている。
ソ連からの亡命、次元を運び屋として利用するモスクワの華・モニカ(声優がオードリーヘップバーンの吹替え、銀河鉄道999のメーテル役の池田昌子さん)、
最後に宝石を渡し、偽のパスポートを撃ち抜き「あばよ」と呟く次元の渋さが格好良かった。

Olivia newton-john(オリビア・ニュートン・ジョン)さんが亡くなったというニュースを聞いた。
とりわけ「Have You Never Been Mellow」(そよ風の誘惑)の歌声は透き通っていて、洋楽に興味を持ち始めた頃に出会った曲だった。
こんなに綺麗な声が出る人がいるのか、とかなり衝撃を受けた思い出がある。
東日本大震災後の2015年に福島に来日コンサートを開いたという記事も、当時見かけた記憶があった。

今夜は久々に「Have You Never Been Mellow」を聴いて、「国境は別れの顔」を鑑賞しようと思う。
次元大介、ありがとう。
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