未来を信じ、未来に生きる。

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戦争責任論ー日本人民にも責任があるないかー

2006-10-16 01:54:53 | 国内政治
 質疑

 「そもそも戦争って、殺人行為の犯人が曖昧になりますよね。戦場の兵隊たちは国家の命令に服しているから、国に責任転嫁できるし、その国民国家ってものは観念的なものですもんね。人間って観念的なものに責任を持つことはできないと思うんです。国はあまりにも多くの人の関係で成り立っていて、自分は国の行動に対して責任持つことがどうしてもできないです。ですがもし日本という国が人を殺した場合、その殺された人の家族からは、「お前は人殺しだ」と言われてしまう。どうしたらいいのか分からないです。私の言っていることって子供っぽいですかね」

 応答

 僕とかおにやんまさんは、軍産廃止の政府を運動しているから責任ないですわ。そういうたらええと考えます。

 軍産と政府が戦争起こしたのや、と。それにしても、一般国民で軍産OKの政府を支持して、協力・投票するのはどう考えればよいのでしょうか。あるいは、傍観者とか投票拒否と政治的無関心の人びとをどう規定するべきでしょうか。

 軍産と政府を道具として、他国の人民を殺したという規定も成り立つのではないかと。しかし、情報を十全に与えられず隠蔽され、ボロボロに働かされて、なおかつ、戦前は女性は参政権もなく、思想弾圧が激しい中で、一般国民に戦争責任があるのかという規定も成り立ちます。

 だいたい、情報独占して、労働者をこき使う軍産資本家が一般国民に戦争責任を問うこと自体が甚だしい矛盾ですからね。

 企業の経営責任は資本家にあって、資本主義の財界の政府が戦争起こすのだから、一般国民には責任ない。

 結論でました。資本主義社会では、戦争責任は経営責任を持つ経営者団体と経営者とその三権にある。
 
 一般国民には戦争責任は及ばない。こうですね(笑)
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