東京・秋葉原殺傷:ネットにあふれた事件 目撃者ら情報発信、報道に新たな展開
IT(情報技術)文化の発信基地として栄える東京・秋葉原を舞台にした無差別殺傷事件では、多くの事件情報がインターネット上にあふれ出した。目撃者がネットに情報発信し、容疑者自身が犯行に至るまでの心境をつづった。そして報道機関はネット情報を事件に迫る重要な取材源として活用した。ネット時代を迎え、事件報道は新たな展開を見せている。【臺宏士、本橋由紀】
●通行人の撮影画像
6月9日付毎日新聞夕刊(東京本社版)は前日に逮捕された派遣社員、加藤智大(ともひろ)容疑者(25)が、警察官に身柄を確保されパトカーに乗せられる瞬間を写した写真を1面に掲載した。写真説明には「通行人提供」。毎日新聞記者による撮影ではなかった。
写真を入手した神澤龍二社会部記者によると、買い物客らでごった返す事件現場付近で目撃者捜しをしていたところ、容疑者の写った写真を持っているという女性を捜し出した。
女性によると、事件現場近くを歩いていた際に、ある男性が「犯人が捕まったぞ」と声を上げたという。周りには写真のコピーを求める人々が殺到。携帯電話の「赤外線送受信」を使うと、5秒程度で写真を自身の携帯に取り込むことができる。その場であっという間に容疑者の画像は不特定多数の通行人に広まったという。女性は「若い男性だったがもう帰った」と話し、撮影者を特定できなかった。
著作権法は、写真などの著作物について報道目的の引用や、時事の事件の報道のための利用を認めているが、決定的な瞬間を写したニュース写真を紙面に掲載すべきかどうか。
写真部は当初、掲載に慎重だった。渡部聡写真部長は「掲載に当たっては、撮影者の許諾を得ることを原則としてきた。例外を作るには、読者にきちんと説明する必要があった」と振り返る。
社内の議論の結果、写真を掲載することに決まった。小川一社会部長は「秋葉原というIT社会を象徴する場で、写真がみるみるコピーされて広まった。その事象そのものがニュースだ。読者にも説明したうえで、写真を掲載すべきだと考えた」と説明する。
毎日新聞は加藤容疑者が携帯電話サイトに書き込んだ内容も紙面化している。加藤容疑者が今月初めに出社した際、自分のつなぎ(作業着)がないことで解雇の不安が増し、会社を飛び出した詳細な経緯などを書き込んだ内容を、毎日新聞の分析と合わせて掲載した。
その記事について、桂敬一・元東京情報大教授(メディア論)はネット上の評論「メディアは今 何を問われているか」で「『社会的背景』の一部を理解させる重要な手がかりとして、目を引いた」と評価した。
ただ、撮影者不詳の写真や、書き込みについては、その信ぴょう性を疑わせるケースも予想され、社内でも取り扱いについて新たに議論を始めている。
園田寿・甲南大法科大学院教授(刑法、情報法)は「デジタルデータの場合、『入力』や『出力』の真正性と、『内容』の非改ざん性が保障されてこそ、証明力が認められる。今回の事件の場合、撮影者(入力)が分からなくても、あの状況で映像の改ざん可能性はなかったと思われる。携帯サイトの書き込みなどの文字情報の場合、改ざんが比較的容易でもある。デジタル情報の取り扱いは、本人の了解とは別に、より慎重な吟味が欠かせない」と指摘する。
●個人が動画中継
日曜日の昼下がり。秋葉原で起きた事件現場に居合わせた人には、容疑者の身柄を確保した瞬間や被害者に人工呼吸をする様子などを撮影した写真を私的に交換するだけでなく、インターネットを使って動画中継や動画投稿サイトで公開する人もいた。
情報通信機器の発達や通信環境の向上は、不特定多数に向けた映像による情報発信を報道機関だけでなく一人一人の個人にまで広げた。
ネット上では、こうした行為を報道と比較して論じたり、緊迫した現場の惨状を理解する上で参考になったとして支持する意見や、一方で被害者の撮影に対して不謹慎だとしてモラルを問う意見が飛び交った。これらの論議は、ブロガーをはじめネットニュースや週刊誌もこぞって取り上げている。
当事者たちはどのように受け止めているのか。毎日新聞は事件当日に動画配信サイトで中継したという2人に取材を申し込んだが、応じてもらえなかった。
一人は「取材に応じるとネットでたたかれかねない」と不安をもらした。現場から中継した一人は、「不謹慎だ」という指摘があることに衝撃を受けたと、自分のブログで告白している。この人は「ただ、その場での出来事を、あの場の空気を中継したかったからした。それだけでした。やじ馬根性がなかったとは言い切れません。ある種の高揚感があったのも認めます。そんな私は不謹慎なのでしょうか。私の行動は、正しかったんでしょうか」と自問する。
後日のブログで動画中継については、「せっかく自分のやりたいことを表現できる手段があるのにそれを放棄するのはもったいないし、嫌です」と今後も行っていく考えを明らかにしながらも「また同じようなことがあったら……少し考えるかもしれません」と揺れる胸の内を明かした。
●「自分はどうするか」
ネット社会に詳しいジャーナリストの歌田明弘さんは、誰もが情報発信できるようになった事例として前向きに受け止めている。
歌田さんは「不特定多数に情報発信する行為は、マスメディアと個人の間では差がなくなりつつあることを示した」と指摘したうえで「事件現場の周辺にいて、そして自分も被害者になった可能性がある当事者の一人として伝えたいという気持ちを持ちながら情報発信について考えるのであれば、それは単なるやじ馬とは違う。ブログでも動画でも読者や、視聴者に伝える責任を考えながら情報発信している人は多くなっていると思う。次に起きた時に自分はどうするのかと考えることが大切だ」と述べる。
水島久光・東海大教授(情報学)は「今回の事件では、容疑者が犯行に至るまでを携帯サイトに直前まで書き込み続けたり、事件現場に居合わせた人がリアルタイムに中継してみたり、現在のインターネットの仕組みを前提としたデジタルメディア社会で起こり得るすべての現象が一気に顕在化した感じだ」と考えている。
水島教授は「中継した人のブログから自問自答している様子がうかがえた。中継した人だっていつかは撮影されて配信される側になるかもしれない。誰もが本人の意思とは無関係に参加せざるをえないネット社会を我々は選択したわけだ。大切なのは、このように自問自答しながらネット社会での振る舞いを身につけることではないか」と話している。
(出所:毎日新聞 2008年6月23日 東京朝刊)
IT(情報技術)文化の発信基地として栄える東京・秋葉原を舞台にした無差別殺傷事件では、多くの事件情報がインターネット上にあふれ出した。目撃者がネットに情報発信し、容疑者自身が犯行に至るまでの心境をつづった。そして報道機関はネット情報を事件に迫る重要な取材源として活用した。ネット時代を迎え、事件報道は新たな展開を見せている。【臺宏士、本橋由紀】
●通行人の撮影画像
6月9日付毎日新聞夕刊(東京本社版)は前日に逮捕された派遣社員、加藤智大(ともひろ)容疑者(25)が、警察官に身柄を確保されパトカーに乗せられる瞬間を写した写真を1面に掲載した。写真説明には「通行人提供」。毎日新聞記者による撮影ではなかった。
写真を入手した神澤龍二社会部記者によると、買い物客らでごった返す事件現場付近で目撃者捜しをしていたところ、容疑者の写った写真を持っているという女性を捜し出した。
女性によると、事件現場近くを歩いていた際に、ある男性が「犯人が捕まったぞ」と声を上げたという。周りには写真のコピーを求める人々が殺到。携帯電話の「赤外線送受信」を使うと、5秒程度で写真を自身の携帯に取り込むことができる。その場であっという間に容疑者の画像は不特定多数の通行人に広まったという。女性は「若い男性だったがもう帰った」と話し、撮影者を特定できなかった。
著作権法は、写真などの著作物について報道目的の引用や、時事の事件の報道のための利用を認めているが、決定的な瞬間を写したニュース写真を紙面に掲載すべきかどうか。
写真部は当初、掲載に慎重だった。渡部聡写真部長は「掲載に当たっては、撮影者の許諾を得ることを原則としてきた。例外を作るには、読者にきちんと説明する必要があった」と振り返る。
社内の議論の結果、写真を掲載することに決まった。小川一社会部長は「秋葉原というIT社会を象徴する場で、写真がみるみるコピーされて広まった。その事象そのものがニュースだ。読者にも説明したうえで、写真を掲載すべきだと考えた」と説明する。
毎日新聞は加藤容疑者が携帯電話サイトに書き込んだ内容も紙面化している。加藤容疑者が今月初めに出社した際、自分のつなぎ(作業着)がないことで解雇の不安が増し、会社を飛び出した詳細な経緯などを書き込んだ内容を、毎日新聞の分析と合わせて掲載した。
その記事について、桂敬一・元東京情報大教授(メディア論)はネット上の評論「メディアは今 何を問われているか」で「『社会的背景』の一部を理解させる重要な手がかりとして、目を引いた」と評価した。
ただ、撮影者不詳の写真や、書き込みについては、その信ぴょう性を疑わせるケースも予想され、社内でも取り扱いについて新たに議論を始めている。
園田寿・甲南大法科大学院教授(刑法、情報法)は「デジタルデータの場合、『入力』や『出力』の真正性と、『内容』の非改ざん性が保障されてこそ、証明力が認められる。今回の事件の場合、撮影者(入力)が分からなくても、あの状況で映像の改ざん可能性はなかったと思われる。携帯サイトの書き込みなどの文字情報の場合、改ざんが比較的容易でもある。デジタル情報の取り扱いは、本人の了解とは別に、より慎重な吟味が欠かせない」と指摘する。
●個人が動画中継
日曜日の昼下がり。秋葉原で起きた事件現場に居合わせた人には、容疑者の身柄を確保した瞬間や被害者に人工呼吸をする様子などを撮影した写真を私的に交換するだけでなく、インターネットを使って動画中継や動画投稿サイトで公開する人もいた。
情報通信機器の発達や通信環境の向上は、不特定多数に向けた映像による情報発信を報道機関だけでなく一人一人の個人にまで広げた。
ネット上では、こうした行為を報道と比較して論じたり、緊迫した現場の惨状を理解する上で参考になったとして支持する意見や、一方で被害者の撮影に対して不謹慎だとしてモラルを問う意見が飛び交った。これらの論議は、ブロガーをはじめネットニュースや週刊誌もこぞって取り上げている。
当事者たちはどのように受け止めているのか。毎日新聞は事件当日に動画配信サイトで中継したという2人に取材を申し込んだが、応じてもらえなかった。
一人は「取材に応じるとネットでたたかれかねない」と不安をもらした。現場から中継した一人は、「不謹慎だ」という指摘があることに衝撃を受けたと、自分のブログで告白している。この人は「ただ、その場での出来事を、あの場の空気を中継したかったからした。それだけでした。やじ馬根性がなかったとは言い切れません。ある種の高揚感があったのも認めます。そんな私は不謹慎なのでしょうか。私の行動は、正しかったんでしょうか」と自問する。
後日のブログで動画中継については、「せっかく自分のやりたいことを表現できる手段があるのにそれを放棄するのはもったいないし、嫌です」と今後も行っていく考えを明らかにしながらも「また同じようなことがあったら……少し考えるかもしれません」と揺れる胸の内を明かした。
●「自分はどうするか」
ネット社会に詳しいジャーナリストの歌田明弘さんは、誰もが情報発信できるようになった事例として前向きに受け止めている。
歌田さんは「不特定多数に情報発信する行為は、マスメディアと個人の間では差がなくなりつつあることを示した」と指摘したうえで「事件現場の周辺にいて、そして自分も被害者になった可能性がある当事者の一人として伝えたいという気持ちを持ちながら情報発信について考えるのであれば、それは単なるやじ馬とは違う。ブログでも動画でも読者や、視聴者に伝える責任を考えながら情報発信している人は多くなっていると思う。次に起きた時に自分はどうするのかと考えることが大切だ」と述べる。
水島久光・東海大教授(情報学)は「今回の事件では、容疑者が犯行に至るまでを携帯サイトに直前まで書き込み続けたり、事件現場に居合わせた人がリアルタイムに中継してみたり、現在のインターネットの仕組みを前提としたデジタルメディア社会で起こり得るすべての現象が一気に顕在化した感じだ」と考えている。
水島教授は「中継した人のブログから自問自答している様子がうかがえた。中継した人だっていつかは撮影されて配信される側になるかもしれない。誰もが本人の意思とは無関係に参加せざるをえないネット社会を我々は選択したわけだ。大切なのは、このように自問自答しながらネット社会での振る舞いを身につけることではないか」と話している。
(出所:毎日新聞 2008年6月23日 東京朝刊)