バイリンガルも、バイカルチャラルも、言うは易し、聞こえもよいのですが、でも、実際に、母国語と違う環境に身を置く生身の子どもにとっては、幼いときから、時には拮抗することもある二つの文化の間で、ともすればすり減りそうになる自我を保ちつつ、なお自己形成してゆくことは、決して楽しいばかりではありません。
バイカルチャラルがどうの……と言ったって、むずかしい話ではありません。例えばアメリカでは、幼稚園でも学校でも、たいていクラスのスタートは「サークルタイム」といって床にみんなで車座に座ってホームルーム活動をします。床に座る時は、男の子も女の子も胡坐。胡坐!です。今は分かりませんが、娘とアメリカで暮らし始めた20ン年前には日本では女の子は、少なくとも公衆の面前で(ましてや先生の前でなど!)胡坐などかかないものとされていて、日本的にはひどく”お行儀の悪い”ことでした。だから若い母親だった私はけっこう悩みました。日本の不作法がアメリカのお行儀のスタンダードだなんて……これが身についちゃったら困るなぁ……日本の祖父母が見たらいったい何と言うかしら……やれやれ……これを娘には何と言って説明すればわかることやら……。
胡坐に限りません。アメリカでは「会話するときには相手の目を見て話しなさい」と教わります。会話相手の目を見つめるのが礼儀で、やたらに目をそらすと時には失礼にあたります。だから叱られている時も真剣なまなざしで相手の目を見て聞いています。でも、日本では会話の時に終始相手の目を見ている人は少ないでしょう。時には、直視しないで目をそらす方が礼儀にかなっている場合もあり、叱られているときなどは俯いているくらいがちょうどよく、真剣な目をしてじっと見つめ返していたりすると、「なんだ、その目は!生意気な!」なんて、もっと叱られてしまうことも。実は、このマナーの違いを日米で使い分けるのは、おとなでも至難の業です。
そう、バイカルチャラルって日常生活の問題で、だから大変なのです。文化の問題ですから、どちらが正しいとか間違っているとかと決めることができず、要するに『正解』がない。なんとも困りものです。
要は『TPOの問題』なのですが、子どもというのは「正しいか間違っているか」という二次元の問題はわかるのですが、「場違い」という三次元のコンセプトはなかなか理解できません。だから、バイカルチャラル子育ての親は、ちょっとした注意やお小言で済むはずのことに、二倍も三倍も説明を重ねなければならず、全く不本意にもくどくどとうるさくお説教する印象になります。アメリカに暮らし始めた最初、娘が小さい間は、私は、この「いつもいつも注意しなければならない」こと、その都度「いちいち説明しなければならない」ことがイヤでイヤでいつも憂鬱でした。親だっていちいち注意なんかしたくないし、くどくど説明なんかしたくないのです。
でも、やはり大変なのは子どもであって、親ではありません。自己形成は苦しくても子どもが自分で成し遂げなければならない孤独な作業。そんな子どもに、せめても親がしてやれることは、ふたつの国の文化にできるだけ豊かに接する機会を創り、バイリンガルであり、バイカルチャラルであることが、『半分・半分』ではなく『二倍に豊か』であることを意味するようにと祈ることくらい。あとは子ども自身が語彙を豊かにし、理解力を伸ばし、感性豊かな表現力を身につけて、バイカルチャラルのすばらしさを体現してくれる以外ありません。
そうは言っても、海外暮らしでは、子どもが小さい時にできるのは、せいぜい美味しい日本食を食べさせることや、日本の優れた絵本に触れさせることくらい。私の手料理はどうだったか知りませんが、でも、娘のために読んだ日本の絵本は、どれをとってもアメリカの絵本にまったく遜色がないどころか、実に掛け値なしに素晴らしかった!
バイリンガルの子どもの語彙を豊かにするには、日本語と英語の併読、すなわち同じ本を日本語と英語の両方で読むことが効果的です。こう書くと、日本人の私たちはたいていは英語の絵本の日本語版を読むことを考えます。でも、ちょっと発想を逆転させませんか? 既に日本語で愛読している絵本の英語版を併読するのです。お子さんが海外で育っている場合にはとくにこれをお勧めします。
日本の絵本を英語で読むことの利点はいくつもありますが、まずはなんといっても日本を誇りに思えること。日本にはこんなに素晴らしい絵本があるのよ、こんなにクリエイティブなアーティストがいるのよ、こんなにきれいな本を印刷できる技術があるのよと子どもに伝えることができます。海外で育つ子どもたちが母国を誇らしく思うことはとても大事なことです。
もう一つ大事なのは、その絵本が英語に翻訳・出版されていたら、子どもたちはそれを学校や友達のところに持っていって一緒に読む(share)ことができるからです。誇らしい気持ちを、そのまま実際に行動にして、友達に見せて共有することができるのです。日本の子どもが大好きな絵本は、きっとアメリカ人の子どもも大好きにちがいありません。そうして「日本の絵本っておもしろいね!」って言われたら、やっぱり嬉しい! でも、どんなにすてきな絵本も日本語のままではなかなか友達と共有できないから、英語になっている日本語の絵本を知っておくのも大事なことです。
英訳されている日本の人気絵本には、例えば、半年くらいからの赤ちゃんなら誰でもきっと大好きな、松谷みよこ作『いないいないばあ』、困った2歳児(terribile two)にぴったりな、せなけいこ作『いやだいやだ』があります。また、のんびり牧歌的な詩情あふれる『かばくん』や『ぞうくんのさんぽ』も翻訳されています。『ぐりとぐら』も忘れてはいけない一冊ですし、お昼寝のおともにぴったりな「がたんごとん、がたんごとん」や、夜のベッドタイムに合った『おつきさまこんばんは』も英語で読み聞かせられます。娘と私のお気に入りだった『どうぞのいす』や、親友の息子のお気に入りだった『あーんあん』が翻訳されているのは嬉しい限り。
個性的な日本の絵本作家はアメリカでも人気です。たとえば五味太郎さんの「みんなうんち」は、何度も書きましたが、大人にも熱烈なファンがいますし、また「きんぎょがにげた」は小さい赤ちゃん向きの知的な探し絵絵本として高く評価されています。知的な探し絵といえば、かこさとし作「とこちゃんはどこ?」もすばらしい作品です。これ、娘の愛読書のひとつでした。それから、かこさんの『だるまちゃんとてんぐちゃん」が翻訳されているのは、バイカルチャラル的快挙! 伝統と現代を両方きっちり見せながら、掛け値なしに面白い絵本です。既に古典というべき宮沢賢治の「注文の多い料理店」も翻訳すみ。どうぞあらめてお楽しみください!
さて、今日のイラストは、娘と私が初めて日本語と英語の両方で読んだ『はらぺこあおむし』です。この絵本は、ちょっと大げさに言えば、私にとって「子どもをバイリンガルに育てる」と決心するにあたっての試金石とも、記念碑ともなった絵本です。言わずもがな、日本でもポピュラーなエリック・カールの傑作。このブログでもすでに何度かご紹介してきました(にほんごえいご 併読のパワー 2)。
大変ですが、バイリンガル子育てもまた楽し、です。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます