宇野ルーツだより

ご先祖のルーツを探す旅

「熊本のお殿様」の展覧会

2010-09-30 19:07:06 | 日記

 朝は冷え込みましたが、日中は清々しい青空が広がり気温も上がりました。
 もう9月も終わりですね。10月に入ると、こちらではそろそろストーブが恋しく
 なる時期ですが、長期予報では暖かい日が多いとのこと。宇野ゆかりの皆さま、
 どうぞ衣服の調節などで、急な気温の変化に気をつけましょう。

 細川護煕さん、言わずと知れた「熊本のお殿様」です。先日まで細川さんの
 「不東庵創作の軌跡」と題した展覧会が札幌で開催されていました。残念ながら
 実際に見る時間はありませんでしたが、新聞などで大きく取り上げられていました。
 
 首相を辞め、政界を引退した後は神奈川県湯河原町に「不東庵」を構え、陶芸や
 書に打ち込んでおられるようです。やはり政治には不向きだったのでしょうか。
 
 細川首相の非自民連立政権ができたのが、1993年。自民党の単独政権を打破した
 歴史的な政権として教科書にも採り上げられましたが、わずか8か月の短命でした。
 護煕さんの父、護貞氏が「いずれ投げ出す」と予言したと言われていますが、本当に
 なってしまいました。このあたりの経緯や、その後の活動の様子は歴代首相とは
 少し異なっているように思いますね。よしあしは別として、やはり小橋一太氏が指摘
 した「肥後人気質」が表われているようにも思います。そう言えば熊本出身の総理、
 細川さん以外には、すぐには名前が浮かびませんね。最近は「大物政治家」も出ない
 ようです。もっとも北海道も恥ずかしいかぎりですが・・・。

 
  三角山が朝焼けできれいでした。中央やや左の山です。右の方に続くのは手稲山です。

 

宇野騏八郎さんのお墓

2010-09-23 20:43:41 | 日記

 今朝は13℃まで下がり冷え込みました。大雪山系の黒岳や旭岳では初冠雪と
 秋を楽しむ間もなく一気に冬の気配が・・・極端な天候の変化、皆さま、体調の
 管理にはどうぞお気をつけください。
 
 宇野騏八郎さんに関する「町在記録」を読んでいる途中、改めて騏八郎さんの経歴を
 調べていて少し疑問に思う点が出てきました。宇野騏八郎さんのお墓のことです。

 「肥後先哲偉蹟正続篇」には、「天保2年3月4日没す。享年68.広町安養院に葬る」
 とあります。ここに出てくる「広町安養院」とは、「安養院普光寺聖雲山」のことで
 熊本市坪井3丁目にある浄土宗のお寺です。西南戦争で焼失し、太平洋戦争では
 強制疎開を余儀なくされたようです。そのため古い墓はなく、宇野騏八郎さんの墓も
 ありません。

 その後、宇野家の墓は宇野貞度さんによって下通の泰巌寺に昭和11年に「宇野家
 合葬の墓」としてまとめられました。でも、この泰巌寺は曹洞宗。改宗?があったので
 しょうか。どのような経緯で泰巌寺に移ったのでしょうか? 今、このあたりの事情に
 多少の疑問を持っています。

 
  先日、友人のご厚意により積丹方面へ出かける機会に恵まれました。途中、羊蹄山が
  きれいでした。エゾ富士と呼ばれています。


 

200年前の宇野家の仕事

2010-09-16 18:29:33 | 日記

 ここ数日、とてもいい天気です。夏でもなく秋でもない何とも言いようのない
 天候ですが、一時期に比べると過ごしやすくなりました。猛暑だった地域の
 皆さまも、やっとぐっすり寝られるようになったのではないでしょうか。

 以前に教えていただいた
     「十九世紀熊本藩住民評価・褒賞記録―町在解析目録」
 の詳細を読んでいます。意外に「郡代・宇野」が関わった事案が多いことに
 驚いています。遅くなりましたが、その要点・注目点を「宇野ルーツだより」で
 紹介する予定です。情報を寄せていただいた福岡の梅津様にお礼申し上げます。

 「町在」とは、武士以外の社会階層の人々、町人・農民・寺社など当時の被支配
 階層を指します。それらの人々の社会活動を武士がどのように評価していたのか
 というのが、この「町在記録」です。内容は多岐にわたり、総数2万事案といい
 ますから、膨大で貴重な資料となっています。最近、熊本大学文学部付属永青
 文庫研究センターにより、ウェブ上での閲覧が可能となりました。

 「いつ・どこの・だれが・どんな活動で・だれによって・どのように」評価されたのが、
 よく分かります。郡代は当時の地方行政官僚の中心でした。代々の宇野も
 この町在記録に登場しています。
  最も多いのが宇野貞之助で139件、次に宇野騏八郎で93件、宇野貞雄は3件でした。
 詳細は「ルーツだより」(印刷版)で紹介しますが、例えば、次のような感じです。

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   文政4年4月4日、玉名郡中富手永唐物抜荷改方横目、多田隈徳次御役御免、
   養子鎮次に跡役仰付け。徳次、御役御免にて金子200疋下し置き、鎮次、
   親跡唐物抜荷改方横目、在勤中諸役人段に仰付ける。
   内田尉助(郡目附付横目)。宇野騏八郎(郡代)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 唐物抜荷改方横目とは、密輸品を取り締まった役人のこと。玉名郡の多田隈徳次が
 定年となったので褒賞し、その跡を養子鎮次に引き継ぐことを許可するという内容
 です。細かい内容はともかく、文政4年(1821年)に宇野騏八郎さんが、どこで、
 どんなことをしていたのか分かるだけでも面白いと思います。およそ200年前の
 ご先祖の仕事ぶりです。一通り目を通して興味深いことが出てきたらお知らせします。

 
 近所のアサガオが綺麗です。昔と違っていろいろな品種があるのでしょうか、
 変わった花びらのものも見られました。

 
 

元治元年生まれの「高齢者」

2010-09-09 18:19:09 | 日記
 
 とてもいい天気の一日でした。今朝は肌寒いくらいになり、暑すぎた空気が
 入れ替わったのを感じます。北の大地は一気に秋の気配ですが、まだ暑い
 地域もあるようです。また、台風の影響も出ています。各地の宇野ゆかりの
 皆さま、体調管理など十分にお気をつけください。

 札幌市は市内に本籍があり、戸籍上は120歳以上になっている人が469人に上り
 その全員について住所が確認できていないことを明らかにし、最高齢は元治元年
 (1864年)生まれの男性だといいます。(9月8日付北海道新聞の記事による)

 元治元年生まれといえば、今年146歳になる「超高齢者」。宇野貞度さんと同じ
 年の生まれです。常識的に考えてあり得ないことです。宇野貞度さんは、明治・
 大正、そして昭和と生きて、昭和13年に74歳で亡くなりました。当時の平均寿命
 や社会状況を考えれば、長生きしたほうかもしれません。

 各地で似たような事例が多くあるようですが、どうしてこんな事態が放置されて
 いたのか・・・原因はいくつか考えられるでしょう。ただ言えることは、死亡・転籍
 しても手続き(除籍)されていないということです。

 ルーツ探しの有力な方法のひとつに、ご先祖の除籍謄本を取り寄せることがあり
 ます。宇野ルーツ探しでも熊本市役所に請求し、そのつど有益な情報を得ることが
 できました。宇野貞度さんが除籍されていたのは、昭和13年に正敏さんがしっかり
 届け出をしていたからです。これが当然のことだと思っていました。

 すでに亡くなっているはずなのに手続きされない背景には、様々な理由があるので
 しょうが、親族や知人に看取られずに「行旅死亡人」として処理されるのはやはり
 悲しいことです。また、戸籍のこのような状態が続いていくとしたら、100年後の
 ルーツ探しは困難になるのでは、と思っています。

 
 円山のふもと、ムクゲの花でしょうか、満開でアリが遊んでいました。

 

路面電車の思い出

2010-09-03 19:09:28 | 日記
 台風から変わった低気圧の影響で雨の一日となりました。
 「猛暑」が続く中での「恵みの雨」ですが、相変わらず蒸し暑い。
 皆さまから、暑中・残暑見舞いをメール・葉書などでいただきました。
 この場を借りてお礼申し上げます。まだまだ暑い日が続きそうですが、
 熱中症対策など体調管理には十分にお気をつけください。

 8月のお盆の墓参り、市電を利用しました。市の中心部から藻岩山の
 ふもとまで約20分、久しぶりのゆっくりした感覚は新鮮でした。
 かつてはいくつかあった市電の路線も、今は中央区のこの路線だけ
 ですが、見直しの要望があり、延伸の計画もあります。

 札幌南高の横に住んでいた小学生の頃、家の前を「花電車」が走って
 いた記憶がはっきりと残っています。北海道神宮祭(6月)の行事の
 一環だったのでしょう、きれいに飾られた電車を母と眺めていたことが
 思い出されます。

 函館の路面電車も風情がありました。函館山のふもとの歴史的な街並み
 によく似合っていたように思います。

 熊本の路面電車もいいですね。熊本城を背景に走る姿は確かに絵になります。
 約85年の歴史があって、7系統あった路線が2系統に減ったようですが
 今度訪れるときも存続していることを願っています。

 鹿児島の路面電車も別の意味で印象的でした。真夏の乗車。車内はクーラーが
 効いて冷え冷えで降りると猛暑。この温度差には参りました。

 今、各地で路面電車の役割が見直されています。それは車社会の見直しと並行
 しています。低炭素社会への動きや高齢社会の進行とも関係しているでしょう。
 超低床電車を導入したり、市内の拠点を結んで地域の活性化を図る工夫もなさ
 れています。皆さんの街に路面電車は走っていますか?

  夏空に飛行機雲が見られました。虫の声と相まって何となく秋の気配です。