憂国の花束

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天皇も国民文化祭も影が薄い?・・沖縄

2022-11-10 00:55:38 | 令和の天皇家
国民文化祭の中心が宜野湾市 だったためか、那覇市内には国民文化祭開催中の気配は全くない。
沖縄県庁前にそれらしき人形を見つけて近寄ってみたら、国民文化祭とは全く関係のない人形だった。



那覇市役所前に国民文化祭の掲示があったが、これ以外には見つけられなかった。


「国民文化祭」の影が薄いのだから、国民文化祭が四大行幸啓の一つだと知る人は少ないでしょう。私達の公演プログラムの表紙も「国民文化祭」の文字は探さなければ分らないくらい小さい。
公演会場まで乗ったタクシーの運転手さんは「国民文化祭」と天皇には反応が薄かったが楽器と音楽の話には食いついて来て大いに盛り上がった。

那覇では、なんとも影の薄い「国民文化祭」だったが宜野湾市はまた違うのだろうと、思っていたが、そうでも無かったようです。

ここへ来る途中も警官ばかり目立ち、一般人は見当たらなかった。空港での到着の様子を見た別の記者に尋ねると、出迎えた人は100人足らずだったという。「天皇皇后そろい踏み」を待つ人出としては、少ない。
 隣にいた50代の女性に話しかけてみると、「たまたま来たら天皇陛下が来るというので、せっかくだから見ようと思って」。皇室には特に興味もないという。
「人が少ないですね」と水を向けると「やっぱり沖縄は地上戦の歴史があるから、ほかの県と違うのは当然じゃないですか」と話してくれた。
 天気予報では雨だったが、実際はよく晴れて最高気温も30度近く。汗を拭きながら待っていると、白バイに先導された「御料車」が現れ、窓から両陛下がにこやかに手を振って公園の中へと入っていった。集まった人は最終的に50人ほどだっただろうか。

😔 この雰囲気、分ります。「やはり、沖縄は違う。」それは沖縄県の人々も思うのでしょうが、他県の者も思う。
私は沖縄が日本の県の一つであって良かったと思うが、沖縄のひとはどう思っているのでしょう。難しいですね。

那覇のホテルに三泊し、毎晩国際通りで食事しただけだが記事に書かれている宜野湾市の雰囲気は解るような気がする。

だが、両陛下が宜野湾に滞在していたこの2日間、私も軍用機の爆音を耳にすることは一度もなかった。
 もう一度眼下に目をやると、やはり滑走路とホテルは近い。米軍機が一機でも飛べば、騒音が聞こえないはずがない。これだけ近くまで来ておきながら、実は天皇は沖縄の「本当の日常」にはちっとも近づいていないのではないか。そんな思いが消せなくなった。空を覆っていたのは、軍用機の爆音ではなく、両陛下を警備する沖縄県警ヘリのホバリング音だけ。「弱い者に寄り添う皇室」「国民と共に歩む」―。上皇夫妻の時代から標榜されてきたそんな言葉が、実は虚しいもののように思えた。

😅 天皇が「本当の日常」を知らないのは、沖縄県ばかりではなく、今に始まったことではありません。問題なのは「(私は)本当の日常を知らないのだ。」という御自覚の無いままに「弱い者に寄り添う」だの「国民と共に歩む」などと利いた風なことをおっしゃることでしょう。