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憂国の花束

右でも左でも無く、上でも下でも無く。

祖国日本よ! 誇り高くあれ。

20日 海の日 

2025-07-20 21:01:26 | 佳子さま
海の日、、、
”海の日は、 1995年 (平成 7年)に制定されて 1996年 (平成8年)から 施行 された 日本 の 国民の祝日 である。 制定当初は 7月20日 であったが、 2003年 (平成15年)に改正された祝日法の ハッピーマンデー制度 により、7月の第3月曜日となったが、従来の 7月20日 がこれにあたる年もある。”(wiki)

”1876年、明治天皇の東北巡幸時、灯台視察船「明治丸」での無事の横浜港入港となった「7月20日」に因みます。「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う日」とされています。”

海の日の前身は昭和16年(1941)制定の「海の記念日」 です。
明治9年、明治天皇が東北・北海道巡幸(じゅんこう)の際、
青森から灯台巡視船「明治丸」に乗船され函館を経由し7月20日に横浜に無事到着され日を記念して昭和16年に「海の記念日」が制定されました。


現在の灯台巡視船「明治丸」
東京都江東区越中島2-1-6 東京海洋大学越中島キャンパス内

イギリス・グラスゴー・ネピア造船所へ明治政府が発注。
1874年竣工、1875年2月20日横浜港到着
明治天皇は出来たばかりの「明治丸」に青森から乗船、函館を経て横浜港へ到着されたようです。
東北の海辺の人々は、それまで見たことも無い近代的な御座船に乗船する天皇の威光に圧倒されたことでしょう。

「明治丸」は新進気鋭の豪華船で、本来の灯台巡視の役割の外にロイヤルシップの役割もあり、明治天皇、球王尚 泰 等の移動に用いられたようです。
また、当時帰属が明確では無かった小笠原諸島をめぐる小笠原問題の解決にも一役かっています。

明治天皇の地方巡幸は全97件(うち即日還幸37件)
六大巡幸は以下の通り
(1)1872年(明治5)5月23日~7月12日、近畿・中国・九州地方 
(2)1876年(明治9)6月2日~  7月21日、東北地方(函館を含む)
(3)1878年(明治11)8月30日~11月9日、北陸・東海道地方 
(4)1880年(明治13)6月16日~7月23日、甲州・東山道地方
(5)1881年(明治14)7月30日~10月11日、山形・秋田・北海道地方  
(6)1885年(明治18)7月26日~ 8月12日、山口・広島・岡山

※明治14年までの5回は太政官が主幹、明治18年は宮内庁が担当
※明治7年 板垣退助、後藤象二郎、江藤新平らが「民選議院設立建白書」を政府に提出 
※明治天皇巡幸年次別回数

明治1年から明治45年崩御されるその年まで、毎年巡幸。

戦前、海に関する記念日は2つありました。
1906年(明治39年)前年の5月27日の 日本海海戦を記念して「海軍記念日」を制定
1941年(昭和16年)6月5日 次官会議において、 東北巡幸を終えられた明治天皇が「明治丸」で横浜港へ到着された日を記念する「海の記念日」制定を決定
1941年12月8日太平洋戦争開戦

内閣府は「海の日」についてこのように解説しています。
「海の日」の起源は、明治時代にまで遡ります。
 1876年(明治9年)、明治天皇が東北地方を巡幸された際、初めて軍艦以外の船舶に乗って航海をし、7月20日に横浜港にご帰着されました。この出来事を記念し、海に感謝する日として、7月20日を「海の記念日」に制定したことに由来します。
 その後、1996年(平成8年)から7月20日を「海の日」として祝日にし、さらに、2003年(平成15年)に、7月の第3月曜日を「海の日」とすることに変更され、今年は海の日制定から30回の節目を迎えます。
 「海の日」を国民の祝日としている国はほかに例がなく、四方を海に囲まれ、海と共に文化や歴史を紡いできた日本ならではの祝日と言えます。
 

と、まあ、内閣府は昭和16年制定の「海の記念日」を戦争とは関わりの無い記念日と言いたいようですが、、、違うでしょうね。



公室・寝室・浴室兼厠の3室続きの明治天皇御座所が右舷後方に設けられ、
御座所内公室の牡丹・木蓮・桃・桐などが描かれた植物画板絵は戦後の接収の際にペンキを塗られたが、後に復元されている。また、主甲板の最後部にはサロンが設けられ、マホガニーのテーブルが展示されている。(wiki)

東京海洋大学越中島キャンパス内に置かれた「明治丸」ですが、
公開日には内部を見学できるようです。



戦争の栄光も、戦争に負けたところから這いあがった経済力の威光も過去のもの。

さんざん迷ったものの「象徴天皇とは?」への確固たる答えを見つけることができなかった平成の天皇と「象徴天皇とは?」と自分に問いかけることの無い令和の天皇と、、、昭和天皇の遺産を食いつぶした2代の天皇。
「天皇は日本国の象徴」、、、このどうしようもない方と共に、このまま沈んで行くの~? やだー

海外では「後部席の天皇」と呼ばれているそうな、、、

天皇を後部座席に押し込んで、雅子さまのまあ、嬉しそうな事。
「日本国」がどうであれ、「後部座席の天皇」は、ご一家三人が楽しくさえあれば「それでよし」とされていらっしゃるのか。


イザ、ロケへ、、、「私についていらっしゃい」とばかり「天皇」の前を颯爽と歩かれる雅子さま。


20日参院選の結果がほぼ定まり、日が明けるのを待たず既に政局は慌ただしく動いているでしょう。
那須では「どのみち自分達の願い通りに事は進んでいくから大丈夫」と信じて楽しんでいらっしゃる今上ご一家が目に浮かぶが、、、


「那須に伺う」、、、、変な日本語。
日本語日本文学科ご卒業とは思えませんね。
母国語以上に外国語を話せる人はいない。という説が本当なら、ご堪能と聞く「英語」も推して知るべしでしょう。


佳子さまが主役! 付記:佳子さまブラジル訪問ご感想文など

2025-06-26 01:20:34 | 佳子さま
宮中茶会動画を佳子さまに焦点をあてて編集したTBSの動画


😏 佳子さまに焦点を当てて編集したところは良いのですが、

>両陛下と愛子さまにブラジル訪問を報告

これはイケマセン。
皇族が渡航される場合、ご出発前、ご帰国後に武蔵野山陵(先帝)にご報告、賢所(祖神)にご報告、天皇皇后にご報告するのがならわしとなっていますが、祖神、先帝、現天皇と並べると解るように、祭祀王現天皇への報告は参拝に準じる儀式です。
祭祀王天皇と皇族TOP皇后お揃いで並ばれる場に愛子さまが家族だからというだけの理由で同席するのは意味が無いし、不遜なる大間違いです。
これもまた令和の天皇皇后が祖神、祭祀を軽んじている証のように思われます。

佳子さま 両陛下と愛子さまにブラジル訪問を報告 日本芸術院賞受賞者らとの茶会にも出席 前日はめまいの症状で武蔵陵墓地の参拝をとりやめ|TBS NEWS DIG

『週刊女性』も主役は佳子さま

今上ご一家の記事無し


見開きグラビアには佳子さま

本記事でも佳子さまを称賛
頭を捻って称賛の言葉を絞り出さないと称賛記事を書けない今上ご一家の方々と違い、佳子さまは称賛に値するご活躍をされているだけです。すなわち、佳子さまの御働きをそのままかけば自ずと称賛記事になるという…

女性セブンは相変わらず秋篠宮ご一家を敵視
眞子さんの結婚を秋篠宮ご一家を否定する理由のひとつに上げる人々の嫌悪感を掻き立てるような表題を大きく表紙に掲げ、、、



グラビアに佳子さまのブラジル訪問を取り上げてはいるものの、ファッションのみ(それもこの一枚のみ)を取り上げ、ブラジルでの御働きについては一言も言及なし。
佳子さまがブラジルでどの様に過ごされたかを書かないのは、佳子さまのブラジル訪問が成功だったと認めているからでしょうか。

本記事では、悠仁殿下のアピールを画策する紀子さまのなさりようが雅子さまを苦しめている、可哀そうな雅子さま、憎たらしい紀子さまと愛子天皇派の秋篠宮嫌いを煽る。

愛子さまより悠仁殿下のデビューが何かと早い、といっても法的成人年齢が20歳から18歳に引き下げられたのだから、仕方ないだろうと思うのですが…

「愛子天皇」派に肩入れする『女性セブン』ですが、こんなことも書いています。

9月6日 加冠の儀を受けられた悠仁殿下が「前例もあることだし、秋の園遊会に出席されたらどうする?」と上目遣いで秋篠宮嫌いの『女性セブン』読者を挑発してます。
赤線部分、まっとうな事実を書いているように見えますが、これすらも秋篠宮ご一家を否定したい者達には「天皇の長女で一人子の愛子さまが天皇になれなくて、あのチャラい秋篠宮と憎たらしい紀子さまの息子が天皇になるなんてイヤ、絶対にイヤ。あんな秋篠宮の息子が天皇になったら日本は滅茶苦茶になってしまう!」という感情を爆発させるには充分な言葉となるようです。
最近、「秋篠宮ご一家全否定、雅子さま大好き、天皇は愛子さましかない」というかた(70代)と知り合いになり、アンチ秋篠宮と言われる方々の思考回路がおおよそ解るようになりました。
『女性セブン』はアンチ秋篠宮の思考回路をわかった上で書いているのでしょう。たぶん。

😊 そうか、、、今上が園遊会デビューされたとき、まだ学生だったのですね。
それでは、秋の園遊会で悠仁殿下デビューされる可能性もありますね。
成長著しい悠仁殿下がホスト側として初々しい姿をお見せになる園遊会が楽しみになってきました。

でも愛子さま佳子さまコースに悠仁殿下を参加させて「若者組」と囃すのはやめて頂きましょう。
将来の天皇という重々しい御立場をはっきりさせるには秋篠宮皇嗣同妃両殿下のコースにお加わりいただき、御三人でお回りいただきたいと思います。

如意案による園遊会グループ分け
・今上と雅子さま 
・秋篠宮皇嗣同妃両殿下と悠仁親王殿下
・常陸宮正仁親王妃殿下、寛仁親王妃殿下、憲仁親王妃殿下、承子女王
・愛子内親王 佳子内親王 (※彬子女王 瑤子女王)

※華子さま、信子さまがおみ足の調子が不安定でコース回りから抜けられる場合、彬子さまと瑤子さまが久子さま、承子さまと一緒に三笠宮系グループを構成。

どうすれば品格も華もある園遊会になるか、考えてみたのですが、どうでしようか。

しかし「愛子天皇」派の『女性セブン』は悠仁殿下が秋の園遊会に出席されたら「学業優先では無い。学業に真面目では無い。」と叩き、出席されなかったら「将来の天皇であった今上とは格が違う」と貶める気満々のようです。
嫌い、憎らしいという感情は理屈では変えられないところが悩ましい。
感情を爆発させている人とどう付き合っていったら良いのか、、おそらく定型的な答えは無い。




宮内庁が公表したブラジル訪問後の佳子さまのご感想を全文で紹介します。(表記は宮内庁発表のまま)(日テレNEWS)
【佳子内親王殿下のご印象(ブラジルご訪問を終えて)】

 この度、日本とブラジル連邦共和国との外交関係樹立130周年、また「日本ブラジル友好交流年」にあたり、ブラジル連邦共和国政府よりお招きをいただき、同国を訪問できましたことを、誠に嬉しく思っております。今回は、サンパウロ州のサンパウロ、パラナ州のマリンガ、ロランジア、ロンドリーナ、フォス・ド・イグアス、マット・グロッソ・ド・スール州のカンポグランデ、首都ブラジリア、リオデジャネイロ州のリオデジャネイロを訪れました。ブラジルの皆様からあたたかくお迎えいただいたことに、深く感謝を申し上げます。 

首都ブラジリアでは、ルーラ大統領閣下にお目にかかりました。今年の3月に国賓としてご訪日された際にご挨拶をさせていただいて以来、再びお会いすることができ、親しくお話する機会をいただいたことは、たいへん光栄なことでした。今回の訪問にあたり様々なご配慮をいただきましたことに、心から感謝しております。 

130周年に関連して行われた行事は、両国の関係を振り返る感慨深いものでした。首都ブラジリアの連邦議会では、モッタ下院議長とお話しし、「連邦議会主催日伯外交関係樹立130周年・日本人ブラジル移住の日記念式典」に出席し、両国の友好関係を強く感じました。外務省にてヴィエイラ外務大臣が開催してくださった「ブラジル政府主催日伯外交関係樹立130周年記念午餐会」は、日本とのつながりを大事に思ってご準備くださった心あたたまるものでした。以前の首都があったリオデジャネイロでは、外交関係を樹立した「日伯修好通商航海条約」批准書の貴重な原本などもみせていただきました。 

サンパウロ州、パラナ州、マット・グロッソ・ド・スール州では、それぞれの知事にお会いしました。その際には、各州の魅力、日本と各州とのつながりなど、様々なお話をすることができました。

 サンパウロ、マリンガ、ロンドリーナ、カンポグランデ、ブラジリアにて日系社会が、リオデジャネイロにて日系社会と在留邦人の方々が、心のこもった歓迎の行事や昼食会を開催してくださいました。サンパウロ、マリンガ、ロランジア、ロンドリーナ、カンポグランデ、ブラジリア、リオデジャネイロ、フォス・ド・イグアスでは、日系の方々の施設や宿舎に多くの方々が集まってくださいました。このような機会に、多くの日系の方々にお会いすることができました。また、日本での研修や留学の経験のある方々、日本に関心のある方々、日本語や日本の文化を教えている方々、学んでいる方々、在留邦人やJICAの方々などにお会いしました。 

子どもからご高齢の方まで、多くの方々にお会いできたことを、たいへん嬉しく思っております。中には、遠い地域から足を運んでくださった方もいらっしゃいました。現在の生活、仕事や活動の様子とそれに込める思い、将来の夢、ご自身のルーツ、日本への気持ち、移住してからの生活、日本に対する関心、ブラジルの歴史や文化などについて、お伝えくださったことそれぞれが深く心に残っております。 

各地で若い世代の方々や子どもたちと交流できたことも印象的でした。その中で、施設を訪れたものとしては、「松柏・大志万学園」、「ビスコンデ・デ・カイル学園」、「ブラジリア連邦大学」がありました。「ブラジル日本語センター」が主催している「ふれあい日本の旅」の参加者で、過去に私が日本でお会いした方々との再会も嬉しいことでした。 

サンパウロとロランジアの「開拓先没者慰霊碑」、カンポグランデの「開拓先駆者慰霊碑」では、先人が歩まれた険しい道のりに思いを馳せながら、献花をさせていただきました。資料館では、それぞれの地域における状況も含め、日系の方々の歴史を改めて胸に刻みました。日本から移住された方々とそのご子孫が、様々な困難に直面しながらも、日々努力を重ねてこられたこと、ブラジルの社会に貢献してこられたことを、これからもしっかりと心にとどめてまいります。 

披露してくださった歌や踊り、太鼓や笛、獅子舞などは、楽しいもの、美しいもの、エネルギーや迫力にあふれたもの、胸にしみ入るもの、かわいらしいものなど、それぞれに素晴らしいものでした。本番の日まで、きっと熱心に練習してくださったことでしょう。スピーチで伝えてくださった思いや、プレゼンテーションの興味深い内容も心に残っています。 

この度の訪問中、経済的に困難な状況にある女性の収入につながる取組や、環境に優しい取組、地域の独自性を活かした取組について伺ったり、そのような取組によって作られた作品を紹介していただいたりする機会がありました。また、「ブラジル政府主催日伯外交関係樹立130周年記念午餐会」で室内楽を演奏していたのは、経済的に困難な状況にある子どもたちが音楽を学ぶプログラムを経て音楽家となった方々でした。これらの取組の重要性とともに、ご紹介いただいた作品やお聞きした音楽の魅力を感じました。 

日系の方々が様々な分野でブラジルの社会へ大きく貢献をされてきたこと、日本とブラジルの絆を紡いでこられたことを改めて実感しました。日本語や日本の文化に携わっている方々、在留邦人やJICAの方々の貢献、サンパウロの「日本館」や「ジャパンハウス」、リオデジャネイロ植物園の「日本庭園」なども、日本への親しい感情や関心の高さへ寄与していることを感じました。ブラジルにいらっしゃる日系の方々、両国の友好関係に貢献してこられた方々に、改めて深い感謝と敬意を表します。 

ブラジルにおいて多くの方々が日本にあたたかな気持ちを持ってくださっていることを、とてもありがたく思います。同時に、あたたかな気持ちを寄せていただいている日本が、よりよい社会に向かって進んでいくことの大切さを強く感じました。

外交関係樹立130周年、「日本ブラジル友好交流年」にあたり、ブラジルから日本に約21万人の方々が来られ生活されていることを書き記したいと思います。ブラジルへの訪問に先立ち、ブラジルから日本に来られた方々が、異なる言語や生活習慣で暮らす中で日々努力されていることや、様々な分野で活躍されていることを伺いました。ブラジルから日本に来られている方々、日本で両国の友好関係に貢献してこられた方々に、改めて深い感謝と敬意を表します。 

ブラジル訪問中の出来事を振り返りますと、創造的な首都、活気のあるビル街、広大な畑、空に広がるパラナマツやカポックの木、のどかな農村、世界遺産である「コルコバードの丘」から見た朝日、「イグアスの滝」の迫力など、それぞれの地域の景観とともに、お会いした方々のお顔が思い出されます。 

訪問全体を通して、ブラジルの多様な魅力と両国の関係の深さを改めて感じました。この文書にすべてを記すことは叶いませんが、ブラジルでの出会いや出来事はどれも大切なものであり、これからも何度も思い返し、心の中で深まり続けることと思います。 

それぞれの訪問先で、多くの方々が心をこめて準備してくださいました。お迎えくださった方々、訪問のために力を尽くしてくださり、心を寄せてくださった方々に、改めまして、心から感謝を申し上げます。そして、この度の、外交関係樹立130周年、「日本ブラジル友好交流年」を契機として、より幅広く、様々な形で、両国の友好関係が一層深まることを願うとともに、日本とブラジルがこれからも大切な友人として寄り添い続ける未来を思い描いております。

最終更新日:2025年6月25日 18:34 日テレNEWS


イペーの花 黄色い桜とも言われる

佳子さまはブラジルご訪問前に横浜と神戸の移民関係の資料館をおとずれて、移民について学ばれています。
4月14日 横浜:JICA横浜、海外移住資料館 
4月28日 神戸:旧移民収容所


とりわけ横浜では、案内した教授が後に「佳子さまは横浜で一皮むけられたことがブラジル訪問の成果につながった」とコメントするほど「何か」を掴まれたようです。
それぞれの記事は佳子さまが純粋に真摯に移民について学ばれている様子を伝えています。
佳子さまのブラジル訪問の旅は、日本にいる何か月も前から始まっていたのでしょう。
秋篠宮ご一家の佳子さまのことですから、横浜、神戸へ行かれるのに予習無しということは考えられません。
本当にお疲れ様でした。



17日 佳子さまご帰国

2025-06-17 22:42:12 | 佳子さま
17日午後2時半すぎ、成田空港に民間機でご到着。


お帰りなさい 佳子さま
トルコブルーの差し色が効いてますね。

お疲れでございましょう、、、ゆっくりと御休みいただけますように。

”佳子さまはブラジル・サンパウロを日本時間の16日午前に出発し、アメリカ・シカゴ経由、およそ28時間となる帰国の長旅でしたが、笑顔で出迎えた人々に応じられていました。 
今月4日に日本を出発した佳子さまは、ブラジル滞在中、11日間で8都市を訪れ各地で日系人と交流を深めたほか、外交関係130周年記念式典への出席や大統領表敬訪問に臨まれました。
 4回目の外国公式訪問を無事に終えた佳子さまは18日、帰国報告のため皇居の賢所を参拝される予定です。”(日テレNEWS)

😔 羽田ご到着の時間をNHKはじめ各社が「午後」と書く中で「午後2時半ごろ」と時間を明記したのは、(今のところ)日テレNEWSだけ。
ご出発時間と同様到着時間は報道のポイントと思うのですが…?
5W1Hと言いますものね。
「午後」だけでは幅があり過ぎます。



6月9日~15日 天皇ご一家ご動静

2025-06-16 22:36:14 | 佳子さま
●発表されたご予定
6月9日(月)
天皇陛下 御所(リトアニア大統領との会見)

6月10日(火)
天皇陛下 日本学士院会館(日本学士院第115回授賞式出席)
天皇、皇后両陛下 宮殿(日本学士院賞本年度受賞者と新会員らとの宮中茶会を主催)
愛子さま 宮殿(日本学士院賞本年度受賞者と新会員らとの宮中茶会に陪席)
天皇、皇后両陛下 御所(ベルギーのアストリッド王女夫妻とのお茶)

6月11日(水)
天皇陛下 御所(フィンランド大統領との会見)
天皇陛下 御所(グアテマラ大統領との会見)

6月12日(木)
天皇陛下 宮殿(ポルトガル大使、スーダン大使の信任状捧呈(ほうてい)式)

6月13日(金)
天皇陛下 御所(コソボ大統領との会見)

●実際のご活動
(9日)
【午前】
陛下 リトアニアのナウセーダ大統領とご会見



(10日)
【午前・午後】
陛下 日本学士院第115回授賞式ご臨席(東京都台東区・日本学士院会館)
【午後】
陛下 ご執務(御所)
両陛下 愛子内親王殿下 茶会≪日本学士院賞本年度受賞者および新会員など≫(皇居・宮殿)
両陛下愛子内親王殿下  お茶≪ベルギー王女夫妻≫(御所)

(11日)
【午前】
陛下 フィンランドのストゥブ大統領とご会見(御所)


【午後】
陛下 グアテマラのアレバロ大統領とご会見(御所)


(12日)
【午前】
陛下 ポルトガル、スーダンの新任駐日大使の信任状捧呈式(宮殿)
陛下 勤労奉仕団ご会釈(皇居・蓮池参集所)

(13日)
【午前】
陛下 コソボのオスマニサドリウ大統領とご会見(御所)


【午後】
陛下 ご執務(御所)
皇后さま ご養蚕《初繭掻き》(皇居・紅葉山御養蚕所)


😕 「皇后の養蚕」
いつの間にか、繭の収穫まで進んでいました。


職員と会話しながら、手元もみずにグイグイと繭をマブシから機械的に引きはがす雅子さま。
繭搔きより職員相手のオシャベリに気をとられているご様子ですが、何を話していらっしゃるのでしょうか、、、

、、、井戸端会議? 庶民の口うるさいオバサン?

【皇后さま】皇居でご養蚕“初繭掻き” 蚕の繭を収穫し「今年もいい繭ができましたね」


※ご執務 週
※下線部 予定発表されていないご活動
※茶字 産経新聞「天皇皇后ご動静」
 赤字 宮内庁ご日程にのみ記載がある。
※宮内庁ご日程は6月12日以降更新されていない。



佳子さま ブラジル9日目 最後の訪問先イグアス 追加イグアスの滝

2025-06-15 23:17:08 | 佳子さま
現地時間14日 フォス・ド・イグアス 

 フォス・ド・イグアスは1980年代初期に、ダムの建設や観光業で働くため、すでにブラジルに移住していた多くの日本人が移り住みました。

・地域の日系一世らと懇談
・日系4世の子どもたちによる太鼓パフォーマンス 

「イグアスの滝」を見学された後、帰路に着かれます。



”お父さまたち” 
次代の天皇が秋篠宮皇嗣殿下、次代の皇后が皇嗣妃殿下、次々代の天皇が悠仁殿下であることを意識しておられるのでしょうか。

アラブニュース
徳仁天皇には男子がいないため、佳子内親王の父である弟の秋篠宮が第一継承者となる。日本の伝統では女性が皇位につくことは認められていない。

日本政府が移住者送出業を正式に止めたのは1994年。79歳の男性が日系1世であることに不思議は無い。






佳子さまはメンバー1人1人と握手されました。
今回のブラジルご訪問では、訪問先を辞される際、その場の一人一人と丁寧に握手されていらっしゃいました。もちろん全員とではありませんが、時間の許す限り出来るだけ多くの人々や子供達と握手されていることがわかります。
連日の握手で御手が痛くなられたのではないでしょうか。

私事ですが、私の叔父は選挙に出たことがありまして(次点であえなく落選)
選挙運動期間中、有権者と握手しまくった叔母が言うには「握手するだけで、その人が何を考えているか解るようになった」そうですが、相手も叔母の考えていることが解ったのではないかと思われます😅 
握り合った手と手の間に、何かの交信はあるのでしょうね。
佳子さまの手は、きっと良いものを相手に伝えたに違いありません。


佳子さま、最後の訪問地フォス・ド・イグアスへ…和太鼓パフォーマンスに「エネルギーが伝わってきました」 日系人とも懇談

大人可愛いマウンテンパーカー。😊 




サンパウロで懇談した職人によるアマゾンの天然素材を使ったネックレス

滝にたたずむ佳人の後ろ姿、、絵になりますね😀