言幸 燕 日記

日々感じたことなどを絵やマンガで表現しています。
マンガでくすっと笑って頂けたら幸いです。

大切な言葉

2009年02月10日 | 絵 【painting】



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最近、絵本のことでいろいろあった私に、恩師がこう言いいました。
間違った解釈をしないように、ほとんどそのままの言葉で書いておきます。
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今日考えたんやけど・・・
お前は植物を観て感動するやんか?
そんで、構成するときに、創作の喜びを感じるやんか。
そこが一番大事なところで、そこをしっかり(じっくり)楽しまないとあかん。

それなのに、お前はそっから先のものを求めてさまよい続けてる。
それは人の評価であり、お金であり、名声であり、空しい儚いものだ。

最初にお前が感じた創作の喜びこそが「確か」なもので、
お前の求めている「人からの評価」や「名声」は確実なものではない。
「有名になりたい」とか「売れるようになりたい」とか「評価されたい」とか、
求めてもきりがない。

人からの評価や名声は、あとから「おまけ」として付いてきたらいい。
そんな風に、「付録」として捉えて、余裕をもって楽しみながら求めなさい。

もちろん「おまけ」はあってもいいものだけど、なくったっていい。
それよりも、むしろ、自分が感動して作品を作っているということの方が大切で、
それをしている時点で、大部分のことは達成しているんとちがう?
自分が創作することで、お前は「豊かさ」を十分感じてるやろ?
そのことの方が大事なんとちがう?

お前は○○社(大手出版社)の評価が厳しかっただの、
○○コンクールに落ちただの、その度に落ち込んでいるけれど、
お前を評価をしてくれた人も、いずれ死んでいくし、
お前も死んでいくし、
世間の評価そのものが揺らぎやすものやんか。

お前のように、誰かから否定されるたびに落ち込んでいたら
苦しいだろう。否定されても、また逆に評価されても、
それとは関係なく、自分が豊かな気持ちを持って、感動して、
芸術作品を生み出したということに価値を見出しなさい。

有名になろうが、無名のまま終わろうが、
絵本が売れようが、売れまいが、
評価なんかを求めてしまって、それを目的にしてしまったら、
1つ何かを得ても、際限なく満足することができない。

お前は永遠にその欠乏感に苛まれるれることになるだろう。

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全くもって、その通りだと思います。
こんなことを、きちんと私に言ってくれる人を、本当に有難いと思います。

※プリンターのエラーで、訳の分からない記号やアルファベットが
びっちり印刷されて出てきたので、なんだか混乱した時の自分のようで、
久しぶりに少し絵を描いみました。


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6 コメント

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難しいところです (PUSH-PULL)
2009-02-10 14:40:47
恩師って真面目な方ですね、判らぬはないが私には余りにも正論過ぎて口の挟みようのない論旨
話しをぐちゃぐちゃにして申し訳ないのだが、そうはいかないのが人間で、大半の作家達は売れたいしお金も欲しいしチヤホヤされたいのである、発表すればもちろん人一倍その評価は気になるものです

私の知る限りプロと呼ばれる作家達から同じような芸術論を聞いたことはない、確かに若い頃売れるまでは純粋でひたすら作品を作っていたはずなのに、ある程度名前が出てくるとそれ以後は市場というものを考えた計算が働き始める、懸賞金のあるコンクールだったり、スポンサー探しのオリエンだったり

特に立体作品の場合、自費でおおきな作品を作るのは不可能に近く、スポンサーを必要とするのでそこにはどうしようもない人間関係が必然的に生まれて来ることもある

せっかくのまともな話しに首を突っ込んで申し訳ない、貴女が考えている次元とずれているのを承知で書き込んでしまった、以後気をつけます
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こんにちは (つばめ)
2009-02-11 04:14:48
PUSHーPULLさん
お元気ですか~(o・∀・o)ご無沙汰しています。私の恩師の言われていることは、本当に全くの正論です。理想だと思っています。そうは言っても・・・という気持ちも理解できます。

ただ、私の場合、目先のことに一喜一憂しやすい性格なので、そのことを指しているんだと思います。最近、大手出版社から絵の批評も頂き(出版するレベルではないということ)や、イケるかも?と狙っていたコンクールに今年も落ちたりとあって、『あ~・・・』という気分だったんです。ちょっとブルー・・・というか。いや、かなりブルーだったかも?

でも、たぶん、そんなことも「はーん?それがどうした」みたいな気持ちで、強く受け止めずに、参考にできる所は参考にして、柳のようにひらひら~とかわしながら自分のやってることに集中したらいいんだ思います。

なのに、私ったらドーーーーンと重く受け止めてしまって自信をなくしてしまうんです。イケナイ癖です。
権威(=大手出版社や有名コンクール)に認めてもらえなかったということに、それほどショックを受けることはないとおっしゃりたかったのだと思います。

チヤホヤされるのも、売れたいという気持ちも否定はなさってないと思います。ただ、それが第一義的な目標になっては意味がないということなんだと思います。

なんだかうまく言えずにすみません・・・


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プロの仕事・・ (one of)
2009-02-15 16:15:17
明治になって西洋の教育を取り入れ「絵画」も日本画から(それまでは日本画という言葉は使われていなかった)西洋絵画が描かれるようになった頃(明治5年の日本の総人口は、3,480万人)画家を目指した人はおそらく数えるほどだったと思います。その人たちが苦労して日本に西洋絵画を定着させ今日に至りました。今や美術大学在学者が5万人!!その人たちがみんな画家になったら大変です。たとえ絵描きになってもほとんどが「見込み生産」近代絵画はパトロンなしの「見込み生産」が前提です。うまく時代に乗ったり情報に取り上げられたりして売れたとしてもなかなか大変です。すぐに忘れ去られます。「ヒロヤマガタ」さんの作品も一時は大ブームでしたが今は・・・。自分の好きな仕事はなかなか食べていくのは難しいものだと思います。頑張るしかないかも・・・。(励ましになってないですネ)
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そうなんですね (つばめ)
2009-02-16 01:46:30
ひええ~。美術大学在学者が5万人ってすごいですね。美術の道って・・・という気はします。ヒロ・ヤマガタさんもバブル期に時代の寵児のような扱いでしたよね。?すごく売れた作家さんだと思います。時代に踊らされず、より深い作品を作り続けることってすごく難しくて、大切なことなんですね。最近読んだ本で、村上春樹さんがすごくいいことを書いてて、忘れないようにまたブログにも載せようかなと思ってます。励まし、ありがとうございます。
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やりたいように (グデ)
2009-02-17 03:27:34
兎に角、挟雑物の物言いに惑わされるな、ということでしょう。
同じことを10年続ければそれなりのものになる、と吉本隆明氏も言ってます。

自分が納得できたかどうかというヴァリューと、社会的評価や経済的評価などのヴァリューは、まったく別物と考えたほうがいいのではないでしょうか。

アートを含む文化全体が「消費」される強制力を前提にする現在において、作家としてどう自己を規定し堡塁を確保するのかは、たいへん難しいことだとおもいます。

ただ、この命題は今に始まったことでもなく、職人から芸術家という概念が誕生したときに既にあったわけで、画家も音楽家もみんな悩んだことでしょう。
チャイコフスキーのような例外もありますが。

もう一人の村上こと村上隆は、ピカソだっていつまで現在のような評価が続くのかはわからない、というようなことを書いてますね。

ツバメ画のファンの立場から勝手なことを言えば、あまり寄り道はして欲しくないなぁ、と。
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うぬぬ (つばめ)
2009-02-19 00:11:34
グデさま
グデさんのメールにはいつも励まされます。そして全然関係ないのですが、その語彙の豊富さ、話の分かりやすさに、いつも読んでて「ははーっ」となります。村上隆さんの言っていることは、とても興味深いですね。そんな日が来るのでしょうか。だとしたら、それはそれでとっても面白いですね。私としては、それほど有名でない人が再評価される日があってもいいんじゃないかと思います。たとえば私の好きなシュールレアリストのエドガー・エンデとか。本人は亡くなっていますが、画集が絶版で手に入りませんっ才能あるのに、人気がないのかなぁ・・・って思ってしまいます。

私もあんまり惑わされずにがんばります
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