皆さんは、街角に建つ石造物に書かれた内容や、不思議な地名の由来を知りたいと思ったことはありませんか。「高槻 まちかど遺産」は、市民の皆さんから身近な場所の歴史や伝説を募集したものです。高槻市を大きく5つの地域に分けて選定し、このたび全地域が出揃いました。選ばれたまちかど遺産には、それぞれの内容を紹介した、まち歩きを楽しむ説明板を立てています。 . . . 本文を読む
桃山時代、茶の湯の興隆により、新しく露地が生まれ、夜の茶会の為に露地の明かりとして、古社寺の石灯籠が利用されるようになり、さらには、茶人の好みのものが新しく創作されました。その代表的なものが織部形石灯籠です。竿の円部に、アルファベットを組み合わせた記号を陰刻し、その下部に立像を浮彫にしているます。これを地蔵信仰に似せた隠切支丹の尊像と見て、マリア灯籠とか切支丹灯籠とも言われています。 . . . 本文を読む
織部灯籠は、竿の円部に、アルファベットを組み合わせた記号を陰刻し、その下部に立像を浮彫にしています。これを地蔵信仰に似せた隠切支丹の尊像と見て、マリア灯籠とか切支丹灯籠とも言われました。 . . . 本文を読む
高槻市では、京都大学大学院農学研究科附属農場の移転に伴い、その跡地を含めた一帯を「安満遺跡公園」として整備し、弥生時代の安満遺跡を保存・活用するとともに、防災機能を備えた、緑豊かな公園を目指す取組を進めています。 . . . 本文を読む
この地域は淀川の氾濫により、幾度も水害を受けてきました。そこで人々は、水害から財産を守るため、石垣を築き、その上に土蔵を建てました。これを段倉といい、一番大切なものは一番床が高い蔵に保管していました。さて、ここ唐崎にある段倉は、最大のもので屋根が何段となっているでしょう? . . . 本文を読む
あの世とこの世の境で、地蔵菩薩が地獄に落ちかかる者の手を引いて救いあげてくれるという地蔵信仰が、インドから中国を経て日本に伝わり、平安時代頃から盛んになりました。地蔵菩薩は左手に宝珠、右手に錫杖を持っていますが、唐崎の地蔵菩薩が左手に持っている宝珠にはある特徴があります。どのような特徴でしょう? . . . 本文を読む
番田水路は開削以後、淀川右岸に広がる三島平野の農地を潤し、度重なる河川の氾濫から住民の生命と財産を守る重要な機能を果たしてきました。さて、この水路は芝生村からおおよそどの程度の長さがあるのでしょう? . . . 本文を読む
番田水路は、淀川と芥川にはばまれて、行き場のなかった大冠地域の排水を、芥川をくぐって玉川へ放流するため、江戸時代に芝生大橋から下流が開削されたのが始まりです。この水路には右の写真のように水門が設置され水位の状況により、4つある青い扉の開閉が行われています。なお、クイズラリー期間中は一定の方向が上がっていますが、写真の方向から見た際、どのような上がり方をしているでしょうか? . . . 本文を読む
商人の中田屋治兵衛は、明治19年(1886)から20年余りにわたって、地元西面産のある作物を、その作物の国内最大の取引所に提供し続けました。この石碑は、その作物を長年にわたって安定供給した功績に対する感謝のしるしとして、取引所から贈られたものです。さて、中田屋治兵衛が提供したある作物とは何でしょう? . . . 本文を読む
正徳寺は浄土真宗本願寺派に属していますが、寺伝によれば、もとは真言宗に属して聖徳寺と称していたそうです。明応6年(1497),住持了専が蓮如上人に帰依して浄土真宗に転じ、現在の寺名に改めたと伝わります。境内には、蓮如上人の銅像が建てられていますが、その銅像の左手はどのようになっているでしょう? . . . 本文を読む