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東京を歩く・・上野

2017年05月27日 | 東京を歩く

東京上野&銀座&美術展

上野公園は何回か行ったことがあるが、今回はガイド付きの観光である
上野駅公園口に集合しグルールごとにガイドが付いてくれた

ル・コルビュジェの建築作品で世界文化遺産になった国立西洋美術館
ブリューゲルの彫刻とロダンの地獄の門がある

   

特別展はシャセリオ-

新緑の公園は広々して気持ちよかった
ボードワン博士の像、彼の努力のおかげでこの地が公園として残されたそうだ

  

上野動物園はパンダ人気で行列だった

小松宮明仁親王の騎馬像 像の作者は「大熊氏廣」

上野東照宮 奉納の灯篭が沢山並ぶ 
友人がご朱印を貰っていたが見事な文字だった

  
  

寛永寺の五重塔は動物園の中にあるので外からみる

「お化け灯籠」は6m超える巨大さにその名が付いた
同じ作者の灯篭が京都の南禅寺、名古屋の熱田神宮に寄進されているそうだ

上野大仏 昔は座像だったが壊れて今はお顔だけ、横顔が立派だった



これ以上落ちないと言われ合格祈願の大仏だそうだ

   

西郷さんの銅像と彰義隊の慰霊碑 
お互いこの上野で戦った

   

上野清水寺 歌川広重の浮世絵「月の松」にある輪になった松で有名

  

その松の輪から不忍池を見る

弁天堂は奉納提灯で囲まれていた 池はハスで埋まっていた

  

東天紅のビルで昼食 窓から池とスカイツリーが見えた
  

これで上野観光は終了 

これからは友達と一緒に東京を観光
スカイツリーへ行く 入場予約券を手配してくれていたので並ばずに入ることが出来た

   

真下に隅田川とアサヒビールの泡のビル

  

下まで見えるガラスの床

夜景を見て、地上に下りると塔はライトアップされていた

 

銀座に行き、新しくできた銀座SIXに行く

吹き抜けに草間弥生の水玉カボチャが浮かぶ
   

高級ブティックが一杯 値段も高級だった 
ジーンズの切れ端で作ったトレスが120万円

6Fのレストラン街で夕食 私が食べたの海鮮丼で手が出る値段だった

この後、夜の銀座を歩いてホテルへ帰る

服部時計と三越

  

日本橋の麒麟の像

 

翌日私は皆と別れて、六本木の新国立美術館の「ミュシャ展」に行く
館外にまで行列の一杯の人だった 50分ならんで会場に入る

    

あのアールヌーボーの華麗で優雅な女性ポスターを描いていたミュシャが
晩年こんな壮大スラブ抒情詩を描いていたとは!

絵が大きいので人が一杯でも頭越しに見れた 写真OKの部屋があった

 

  



見たかったミュシャ展 上野見物と
満足の東京旅行だった
おわり

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山陽道を歩く・・⑨山口・・和気藤公園・・防府阿弥陀寺

2017年05月21日 | 山陽道を歩く

防府 阿弥陀寺 アジサイ祭り (2017.6)

東大寺別院 周防阿弥陀寺は大平山の麓にある
アジサイが有名で6月はアジサイ祭りを開催中

 藁ぶきの仁王門 だけど仁王は居なかった

湯屋 石風呂
湯屋は鎌倉時代の古い様式が残る

石風呂は現在も月一回の開催をしているそうだ
窯を炊いた後、砂を敷いて筵の上に着衣のまま寝るという蒸し風呂という

  

「観音橋」石橋の横もアジサイの花

 

坂の石段を上ると本殿がある
本殿の上に沢山の板絵 物語が読めないのが残念

  

奥へ進むと「瓦投げ」 素焼きの小皿に願いを書いて、下にある円の中に通ると叶うそうだ

  

開山堂

水かけ五大尊

アジサイ寺というから、花いっぱいのアジサイを期待していたが
この阿弥陀寺では種類を多く集めているようだった


 山陽道を歩く・・和気藤公園 (2017.4)

 新緑の山陽道を走り 和気の藤公園に行くツアーに参加した

 バスは和気ICで高速道を下りて和気神社へ
奈良時代の人物、和気清麻呂を祭る神社 神社の前に清麻呂像が建つ
この像は奈良の橿原神宮に奉納された朝倉文夫作の像を生誕1250年を記念して和気神社に移されたもの
神社を守る狛犬は「いのしし

   

 本殿

   

 神社の横にある藤公園の花は2~3分咲き、その為に入場料は無料だった

   

 この公園は国内の藤を収集しているので、変わった藤が沢山あった

    クリック

   

 固まって咲く藤、ピンクの藤を私は初めて見た

  

山藤も咲いていた

昼食は 和気鵜飼谷温泉の大広間で頂く
ここは温泉もあり、宿泊も出来る施設である
  

次の見学は吉井川を渡り「ヤクルト岡山工場」
ヤクルト液をボトルに詰める工場
ほとんど無人に機械化されたな見事な流れ作業工程を見るが写真は禁止

 試飲しながら 説明のビデオを見た後見学した

   

 備前市の海の駅に寄ってツアーは終了
いつも通りに西宮で渋滞 帰宅は予定より遅かった 

  

天気が良くて新緑を楽しんだバス旅だった

おわり

 


 

 山陽道を歩く・・⑨山口  (2017.5)

歩きも9回目で顔ぶれが決まってきた23名で、1泊2日旅

1日目
今回も新幹線で新山口駅へ 山頭火の像が迎えてくれる

  

バスに乗り下松市 「花岡」へ

長州藩の「勘場跡」 出先機関の役目で5か所あったそうだ
  

花岡福徳稲荷は「キツネ嫁入り祭り」の奇祭で有名だ

  

祭りの様子の人形があった

 

旧家の酒屋もある

花岡八幡宮は和銅2年(709)に宇佐八幡から勧請された歴史の古い神社
長い石段を登る

  

仁王門の天井には馬の絵が描かれていた

  

多宝塔も本殿も屋根の反りがシャープで美しい
藤原鎌足が建てたとある 

   クリック 

周南市の山陽道は商店街になっていた

  

ここで昼食 御膳に煮魚が付く、ランチには重すぎたがこの魚が美味しかった

  

山崎八幡宮の参道は変わっている 正面が芝生の坂で階段とスロープは両サイドにある

   

この坂は「本山神事」が行われるためだそうだ
かずらのつるで毎年組み立てられた山車を引き上げた後、この坂から突き落とすと言う

   

参道は坂から海へまっすぐに伸びているが、昔はすぐ前が海だったそうだ

 

神社の内には枯山水の庭があり 大木があった
灯籠と共に航海の目標になった筈である

   

旧街道を歩く 昭和の雰囲気が続くが新しく建て替えた家が多い 代が替れば街道も変わっていく
篤姫が泊まったという本陣は門だけは残されていた

   

この辺りの町の名は「御姫町」という

バスに乗り「富海」に向かう
街道に重要文化財の旧家が残り、富海宿の門だけあった 

  

富海もまた海沿いの山陽道 
道路から少し海側に「飛船問屋」の船蔵が残る

   

道沿いに海からの石段も残る

  

長州ファイブの伊藤博文と井上馨が日本の政変を聞いてロンドンから帰り
ここに上陸したという 

 

富海の海からは国東半島が薄く見える 手前の島影は姫島

  

これで1日目は終了 防府にホテルに泊まる

歩行距離  13,800歩

 2日目
防府は種田山頭火の生誕地でもある。 生家が整備されていた

 

路地を歩く道を「山頭火の小道」と名付けている

  

山頭火の資料館が新しく建設中で今年10月に開館と言う
防府市は周辺を観光地として整備しているようだ

「宮市本陣」は門だけ残り 跡は荒れ地になっていた ここも整備されるのだろうか?

  

防府天満宮は菅原道真を最初に祀ったお宮  2が宇佐八幡 3が北野八幡 だそうだ

  

春風楼は五重の塔の予定を楼閣に変更された建物
ここからの市内を見晴らせる

 

床下の木組みは塔の造りになって残る

 

望東尼は高杉晋作を擁護した歌人 二人が読み合った歌碑が立つ

    

小郡宿へバスで向う

小郡勘場跡は標識のみ残る

山陽道と山陰道の交差点の道標
  下関に行く道と石見に行く道が繋がる場所、昔は賑わっただろう

   

山陽道の街並みが残る道は短かった
  

本陣跡は駐車場になっている

新山口駅のグランドホテル地下で昼食
地下道にSLと山頭火の絵がタイルで描かれていた

   

昼食後は再びバスで宇部市の山中宿へ
すぐ横に新しい道路が出来て車が猛スピードで走る

熊野神社は伊東彦四郎入道が建立したそうだ 

 

中山を通る山陽道の街並みは新しかった 多分道路建設の保障があったのだろう

  

本陣めぐりは終了して観光の秋芳洞へ向かう

秋吉台の展望台で広いカルスト台地を眺める

  クリックで拡大

エレベーターで秋芳洞に下りて涼しい洞内を下る
私は何回目だろうと思いながら歩く ずいぶん整備されて観光用になった

黄金柱 と 傘尽くし

   

洞内富士 と 千枚皿
  

いつも思うが洞内の広さに比べて入口は狭い
商店街の土産屋によって終了

  

新山口駅から新幹線で大阪へ

2日目歩行距離  18,000歩

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関西を歩く・・那智原生林を歩く

2017年04月23日 | 関西を歩く

関西を歩く・・神倉神社と那智の滝上原生林を歩く (2017.4)

那智の滝の上を歩く1泊2日のハイキングに参加した

1日目

南紀に向かうバス見える山は山桜がきれいだった

早い時間の集合だったのに国道311までは遠く 途中の「ちかつゆ」で自由昼食
熊野古道「中辺路」ルート上にあるセンター

  

 世界遺産「神倉神社」 

磐座信仰の神社でコトビキ岩を祀る神社  538段の石段を登る

    

息を切らして登って大岩に着く

 

神社の横には沖縄のウタキのような岩の祠があった

 クリック

神社からの新宮市内が見下ろせた

  クリック

ここから熊野速玉神社まで歩く 

  

境内には大きな「薙ぎの木」がご神木として立つ 海の凪ぎを祈るという

 

熊野灘に出てバスは串本に向かう 橋杭岩が見えた

  

宿泊は串本ロイヤルホテル 部屋はオーシャンビューだった

   

2日目は朝から雨の最悪
雨支度をして那智大社に参拝する

  

神域に入り 受け取った白石をお砂場に置く

神域の原生林に入る 滝が見える位置でも雲の中

  

ここからは杖を置いて両手を使いながら下りる 雨は止まない

  

案内人の手で支えてもらいながら川を3か所渡る 靴が濡れる水だった

  

やっと二の滝に着く 

ここまで来たが雨が止まず、水量が多くなってきたので、ここからは希望者のみ進むことになり
私は無理をしたくないと参加しなかった

帰り寄った大杉も霧の中

那智大社に戻り、屋根の下で弁当を開く

  

昼食後に石段を下り 那智の大滝に行く
   

本来ならばこの滝の上が見えた筈なのに残念
今までいろんなハイキングに参加したが、こんなに1日中雨は初めて、足も体も濡れて最悪だった

この原生林歩きは水量の少ない期間限定だから、今年はもう終わり
来年再びトライしたいと思う

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山陽道を歩く・・⑧広島~山口・・宮島弥山登山

2017年04月20日 | 山陽道を歩く

山陽道を歩く・・・宮島・弥山 (2017・5)

神の島と言われる宮島に何回か行ったことがあるが、いつも厳島神社周辺だけの観光だった
日本の御神体とされる山には必ず巨石の磐座がある
この宮島の弥山の巨石を見たいと思っていたのがやっと実現できた

 宮島口からフェリーで渡る JRフェリーの料金は鉄道一区間の料金往復¥360だった

  

宮島到着後は観光地を横目で見て、ロープウェーの表示の紅葉谷を歩く

   

  クリック

 紅葉谷入口から川沿いに整備された登山道を歩く

   

 2.2Kmは大したことないと思ったが登りばかりでかなりきつかった

 

 途中で逢った人たちの半分以上は外国人だった
太陽光での登山者カウント器が道沿いに設置されていた

   

 約1時間半で弥山神社に到着 拝殿の後ろに巨石がある

      

 でもここが頂上ではない 再び登ると道の前に巨石がごろごろとある
祠には不動像が祀られていた

 

   

 かなり登ってやっと頂上へ

 

 これが写真で紹介されている弥山の頂上  休憩所が作られトイレもあった
   

 持参の弁当を広げて海を見るが「黄砂」のひどい日で霞んでしか見えなかった

 下りは「大聖院コース」で降りる 石段が続く道だった
ここにもカウント器が設置されている

   

 昨年の大雨で土砂崩れ壊れた道は歩きやすく整備されていた

    

 下山の途中で厳島神社の全景が見下ろせた 引き潮で鳥居周辺に水がないのが見えたので、
私も是非海に下りてみたいと急ぎ足になる

  

 白糸の滝 瀧宮神社

   

 大聖院を後ろから見て、正門にまわるが中には入らなかった
宮島で最古の寺院だが寄らずに鳥居の方へ急ぐ

    

 潮はまだ引いていて 修学旅行生たちが写真を取り合っていた
私もこの海に下りたのは初体験で引き潮に時間に会えたのはラッキーだった

 

 水のない厳島神社 鳥居内での貝採りは禁止だが鳥居の外はOkとかで
潮狩りをしている人もいた

   

 弥山に登れた事、引き潮の鳥居に出会えた事、嬉しい実現だった
おわり  


 山陽道を歩く 
⑧広島~山口  (2017.4)

いいとこどりの山陽道歩き8回目は広島まで新幹線で行く

最初は宮島観光
バスで宮島口へ行き、JRのフェリーで島に渡る

 

わざわざ大回りをして鳥居に接近のサービス
宮島口駅にあった料金表を見ると運賃は¥180だった

 

案内人は昼食会場の店員さん 慣れた調子で案内してくれた
宮島の鹿はおとなしい 

  

海に浮かぶ御殿を歩く

  

 厳島神社の裏門に私の探す「尻上りの狛犬」がいた

  

昼食は牡蠣フライとアナゴ飯
もみじ饅頭の自動作成機は見ていて面白かった

  

食後は自由観光で 五重塔や満開桜を楽しんだ

  

フェリー広島へ戻り バス移動して前回続きの本宿歩きを開始する

御庄宿の本陣跡は空き地だった
 

多賀神社 本陣は無くなっても神社は地域で守られている

  

玖珂宿 ここも街道のみで本陣跡は判らなかった



菅原神社 大木の多い立派な神社だった
ここにも「尻上りの狛犬」あった 西日本に多いと聞いていたが本当だと思う

  

狭い農道を歩く これが明治前の山陽道だそうだ
この道沿いの畑に「刀工仁王清綱屋敷跡」標識がある
広大な屋敷で栄え、ここで造られた刀で近藤勇が処刑されとか

   

高森宿
高森町は本陣を整備していた 公的な支援がないと保存は難しいのだと思う

  

この高森に宇野千代の碑がある 
本家が造り酒屋だったそうで、屋敷があったという広い空地と立派長屋が残っていた 

    

高森天満宮もピンクのきれいな神社だった

  

今夜のホテル湯田温泉 フグ刺しの夕食の後、温泉を楽しむ

  

1日目歩行距離  15,200歩

2日目は瑠璃光寺へ 大内時代の檜皮葺の華麗な五重塔を見る

近くの毛利家の墓の石畳は手をたたくと響く うぐいす張りである
白い部分で手を打つと本当に響いた

 

バスで再び岩国へ戻り 錦帯橋を観光 山の上に岩国城が見える

  

堤防の桜がきれいでここでも桜をたのしむ

橋のたもとにある臥龍の松は岩国武士の意地の証

   

佐々木小次郎の燕返しを練習した柳の木が残る

  

橋を渡ると吉香公園が広がる ここで自由散策



私は以前、白蛇も岩国城も見たので、今回は岩国美術館へ行く
展示内容は「戦国の重宝」 見やすい充実した展示を楽しんだ

昼食は岩国国際観光ホテルで「岩国寿司」蓮根煮物  

   

以前の山口、岩国、美祢の記録  ご参考までに
 http://blog.goo.ne.jp/goorosy/e/69179902ecb3c8cdc87f5fd16f080fec

 

バスは西に向かい、昨日の続きの本陣めぐりを開始する

「今市宿」
本陣は今は空き地で地元の集会所になっていた
今は周南市になっているが熊毛町はナベツルの渡りで有名なところ

 

「呼坂宿」
本陣は立派に残っていた 

   

この山陽道に「吉田松陰と中島忠三郎決別の地」碑がある
松陰が江戸に送られる時に、弟子の忠三郎が師と無言の別れをしたそうだ

 

西善寺は立派な門のある浄土真宗のお寺

   

お寺に比べて地元の由加社は素朴で味わい深い

  

最後は「久保市宿」
旧道を登って視界が広がった所に祠は残るだけだった
 

  

バスは新山口駅へ 新幹線で帰る
山口駅の南北の通路は壁に緑が植えられている

 

2日目歩行距離  12,000歩 

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大阪を歩く・・大山崎 天王山・・万博梅まつり・・宝塚アベーレ・・藤田美術館

2017年04月02日 | 大阪を歩く

 

大阪を歩く・・藤田美術館 (2017.4)

友人がグループ展を開催しているという連絡で 藤田美術展へ行く
美術館は太閤園の前にある(都島網島町)

  

彼女は人間国宝の秋山信子の弟子で創作人形を作成している
人形の雰囲気が穏やかで優しく素晴らしい

 

一体づつ ゆっくり見て回り 写真の許可をもらい写してみた
どれも可愛かった

  

  

   

藤田美術館は常設展していないが、春の企画展を開催中だった

コレクションは事業に成功した藤田傳三郎が
明治の廃仏毀釈や武士没落で日本の美術が海外へ流れることを憂い財を投じて集めた美術品

一度は見たいと思っていた「曜変天目茶碗」を見ることが出来た
写真不可なので絵葉書を写す  素晴らしい瑠璃色が光っていた

美術館を見た後 桜ノ宮の満開の桜を見て帰る 

 

丁度満開で 目の保養をした一日だった


宝塚でイタリアン (2017・4)

知人である山田義雄氏が書いた本「愛とパスタに生きる」読んだ

第一次大戦中に同盟国のイタリアの海軍兵として来航した青年が運命に流され
武田尾温泉の娘と結婚 イタリア料理のレストラン開いた話

そのレストラン「アモーレ アベーレ」に行く
雰囲気のある住宅レストランだった

 

アベーレの写真が飾ってあった

  

ランチコースを楽しんだ

  

  

手塚治虫は宝塚出身で記念館があった 正面に火の鳥がはばたく
出版された本の展示と自由に読めるコーナーがある 

 

 

アニメ作成のコーナーでは順番待ちで人気の場所のようだ

 有名な花の道は桜が満開できれいだった 乙女たちの像もある

  

大劇場に入ってみたが本日分のチケットは売り切れ 夢の場所だ



 

優雅な一日を楽しんだ  おわり


万博公園・梅まつり   (2017.3)

まだ肌寒い日だったが万博公園の梅を見に行く
 東口から入り、太陽の塔の前を通って梅園へ

  

 梅はきれいに咲いていた 風は冷たいが空は晴れて梅見には絶好日  

 

 丘の上に立つ枝垂れ梅が樹形が良く美しかった 

  

 ここから歩いて、椿園に向かう 途中に水車小屋、足湯もあった  

   

  西大路通りのプラタナスの並木通りは大木が天まで伸びて壮観 新緑、紅葉はきれいだろう

 

 椿園にもきれいな花が咲いていた 梅と違い椿は一つづつの花を愛でる 

  

    

 チュリップ畑の苗は元気に育ち、桜の蕾は固かったが、咲くころにまた来てみたいと思った 

  

 終わり


 大山崎 天王山を歩く (2017.4)

天下分け目の天王山に登りたいと思っていたのがやっと叶った

桶狭間から大坂夏の陣までの「合戦地巡りのツアー」があるのを知り
その5回目の天王山合戦に参加した
私はこのシリーズは初参加 38名 男性の多いウォーキングだった

JR大山崎に現地集合 
地図、イヤホンガイド 弁当を貰い、ガイドの案内でスタート

 

先ずは西国街道沿いの大山崎町歴史資料館で秀吉と光秀の大山崎合戦の様子を学習

  

 JR大山崎の幅の広い踏切を渡り、上り坂と石段を登って「大念寺」へ

  

次は「宝積寺」 立派な三重の塔のあるお寺だった さくらはまだ蕾だ

   

秀吉が座ったと言われる出世石はとても小さかった

この裏から登山道に入り、上り坂が続く 
  

青木葉谷展望台で休憩 ここからの展望は素晴らしかった
大阪平野が広々と見渡せる、ハルカスのビルまで見えた 昔からここが武将たちの押えたい山であった事が判る

  クリック

再び登って旗立松の展望台で合戦の地を見下ろす
天王山の戦いはこの川の合流地で行われたとガイドの歴史の説明を聞く
陶板に合戦図が書かれている

  

十七烈士の墓
蛤御門の変で長州敗退の時、天王山に立てこもり自刃した真木和泉ら17名の墓

三社宮を過ぎた所の陶板は光秀が襲われる話
変色しない陶板での説明は天王山歴史が判り好感する

  

酒解神社は奈良時代に創建の由緒ある寺
ここの「神輿倉」は板倉作りで重要文化財 珍しい造りだそうだ

  

ここに立つモミの木は高くそびえて遠くから天王山を見た時に見えるとか
いつか確認してみたい

天王山山頂へ ここには秀吉の山崎城があり、天守閣もあったと説明してあった

 

ここにも陶板で天下統一の説明。 別に歴史の説明版もあり、個人ハイキングでも判り易いと思う

  

弁当は 助六弁当だった
 

山崎聖天の方へ下るが、下り坂は急だった
こちらから天王山に登るルートは距離は近いがきついだろうと思った

裏口から神社内へ入る

   

ここの灯篭は別子銅山の銅で作られたとか 去年四国ドライブでその別子の遺跡を見たので感慨深い
http://blog.goo.ne.jp/goorosy/e/5474533b8263e0ba77d38f1c5b3ea8a2
庭では8日の花祭り用の舞台を作っていた ここの桜もまだ蕾

 

聖天さんの急な石段を下りたら、JR大山崎駅  ここで解散 
大山崎美術館へ向かい人もいたが私は帰宅する

歩行距離  10,000歩

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山陽道を歩く・・⑦福山~広島~関戸

2017年03月20日 | 山陽道を歩く

山陽道を歩く 
⑦福山~広島~関戸  (2017.3)

いいとこどりの山陽歩きは今回からJR新幹線で移動。 1泊2日のハイキング
福山駅で下車からスタート

福山城は新幹線福山駅のすぐ前にある(昔の内堀あたり)
場内は資料館 天守閣からの見晴らしは素晴らしい

   

城から新幹線駅を見る

 

バスに乗り前回の尾道を越えて三原市の本郷町 本郷宿へ

旧街道沿いの「恵比寿神社」を見る
沼田川沿いだったこの神社 鯛の形の手洗い 鯛の扁額が恵比寿神社らしい

  

  

同じ通りにある昔からのお醤油屋の由緒ある屋敷の入口の扉が凄かった
板戸を綱で引き上げる方式 昔の人の工夫を初めてみた
「御先祖さんの家を守るのが私の役目と思う」と言って年配の奥さんが開閉して見せてくれた

    

 紐で大板戸を引き上げる

 

広島の酒で有名な西条市へ

 ここで昼食「美酒鍋定食」食後、酒蔵周辺を散策
 酒名が書かれた赤レンガの煙突が建ち、建物は白の漆喰が塗られ町が観光用になっていた

西条廿日市本陣「御茶屋跡」

 

  

賀茂鶴酒造でビデオ見学、話を聞き、試飲するが
この後大山越えのハイキングなので飲みすぎないようにと
注意された

   

 

「大山越え」

これが本当に旧山陽道かと思う山道だった
江戸時代は2間幅(3.6m)の整備された街道で大名行列も通ったという
今は放置されて雑木林になったハイキングコース

  

次は「海田宿」 
海田恵比寿神社 昔は栄えた土地らしいが今は民家で標識のみだった

   

本陣、脇本陣あった所は案内板のみだが道路沿いで狭いのに車が多く 添乗員はハラハラしていた
 

これで1日目は終わり  14,700歩

 

宿泊の広島のホテルへ
県庁前のリーガロイヤルホテル泊  ハイキングでこんな立派な宿に驚く
17階でバスセンターが見下ろせた

 クリックで拡大

 

2日目はホテルから歩いて平和公園へ

資料館を見学する、原爆の被害の展示に言葉なく考え込んでしまう

  

   

オバマ大統領の写真と折鶴も展示されていた

  

原爆ドームを後ろから撮る 近くに来たのは初めてで当時はずいぶん立派な産業館だったと思う

広島城へ

入口近くの「ゆうかり」は被爆後も生き残った樹
被爆当時は幹だけだったが根元からヒコバエが生えて70年でこの大木になったとボランティアさんが写真を見せてくれた 
この園内には他にも被爆木が生きている

  

「広島護国神社」は原爆投下で犠牲になった動員学徒、女子挺身隊を祀る神社
ここに私の探す「尻上りの狛犬」があった 新しい神社なのに珍しい

     

一番奥に広島城 この中も資料館だった 天守から町が見下ろせる

 天守からの展望

 

バスに乗り廿日市へ ここでは天満宮を見る
天満宮はコンクリートの山の上にあった 階段の登って行く

この神社にも「尻上りの狛犬」があった こちらは苔むして古い
一度の旅行で2体も出会えたのは不思議だ

     

玖玻宿へ 
玖玻峠越えの道はトンネルが掘られて使われなくなり自然の藪に戻った
旧街道のトンネルを歩く 昭和の街並みへ

   

ここに残るのは高札場跡と角屋の釣井
昔は本陣があり栄えたという

 クリック

最後は岩国市の「関戸宿」 錦帯橋のある錦川沿いの宿
山陽高速道に3,300mの関戸トンネルがある この山を峠越えした昔は大変だったと思う

  

吉田松陰が安政の大獄で江戸に護送されるときにこの本陣に泊まったという
本陣跡の奥には子孫の民家があったが道路沿いは草地で土塀が崩れていた

山側に「客神社」(まろうど)がある

   

これで2日目終了

広島駅から新幹線 待ち時間で各自夕食 
私はお好み焼き店を探して広島焼を食べるが大阪焼の方が口に合ってると思った

  

2日目 19,000歩 

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近江路を歩く・・比叡山山麓・・朽木、針江・・黄金大岩・・木之本観音

2017年03月13日 | 関西を歩く

近江路を歩く・・木之本観音めぐり (2017.5)

この近江路のツアーは人気で私はぎりぎりの申し込みでバスの席は一番後ろだった
大型バスで40名の参加

JR木ノ本駅でツアーバスを下車 木之本を歩く

旧図書館は公民館になっていた ヤンマーの社長は地元出身 町の雇用の為に工場をここに建てたそうだ

  

北国街道の街並みを歩く 私達が歩く横をモーターバイクのツーリングが爆音で通る

  

木之本は馬市あった所 山内一豊の妻がここで馬を買ったそうだ

   

昔のくすりの札が並ぶ「本陣宿」 薬剤師の第一号の家

   

酒屋    醤油屋

   

旧銀行の建物も残り 街道沿いの保存がされている 
交差点の立札は「みぎ 京いせみち ひだり江戸 なごや道」 交通の要所だったことが判る

 

木ノ本駅からの正面に「木之本地蔵尊」がある 本尊は秘仏の為 同形の地蔵像が立っている

  

秀頼が寄進したという鰐口の鐘  ここは目の神様でお土産は片目のカエル

    

 

大型バスは細い山道を登り 「医王寺」へ 最近道路拡張舗装されバスが通れるようになった
村人に守られて寺で住職は無く 予約しないと拝観できない
井上靖が何度も通ってやっと会えたという観音様は柔らかな顔つきで少女を連想する姿 美しかった

   

山筋を変えて 己高山に行き 己高庵で山菜昼食  

 

周辺の廃寺の仏像を集めて収蔵している「己高閣」は薬師如来を中心に十二神将10体 乾漆像3体等
京都にある寺の仏像に負けない見事な像だった

こちらを見ている女性は人気ガイドの北尻さん

茶畑を通り 鶏足寺へ 紅葉で有名なところで青もみじがきれいだった

  

石道寺も観音の寺 両側に持国天と多聞天に守られて立つ11面観音は口元に紅が残る仏様

  

高月にある国宝の向源寺へ 入場は16:00までと急がされて入る
本殿から左へ行く収蔵庫に立っていて周囲を回って見ることが出来る

   

高月の町をウォーキング 水路にきれいな水の流れていた

   

雨森芳州は江戸時代の医学、朱子学者。 中国語、韓国語に通じ対馬で外交に活躍した人
境内に「なんじゃもんじゃ」の花が咲いていた

   

大木の槻木は高月の槻木十選の一つ



他にも大木があちこちに残る

 

昔は大木にちなんで「高槻」という名だったそうだ

向源寺の駐車場に待つバスに乗り、 帰路へ

歩行距離  17,000歩 


  近江路を歩く・・金大巌&メタセコイヤ (2017.4)

近江を歩くハイキングツアーで日吉大社に行ったが割愛された部分を見たくて
JRを使って歩いてみた

 

 日吉大社の東照宮
急な階段で割愛されたのを期待して登るが塀に囲まれた拝殿だった

 

 格子の穴から本殿を、横からも見るが保存状態は良くなかった

  

 もう一つ見たかったのは山の上にある「金大巌」。 参道からも見える

    
 東本宮の横にある三ノ宮、牛尾宮遥拝所からの登る

 広めのスロープがジグザグに続いて20分 汗ばんで歩く

   

石段を登ると本殿が見えた 三ノ宮宮と牛尾宮である

 二つの宮の間にある大石が金大巌だった 朝日で光るという事だが苔むしていた

   

ほこらの横に道があるので登って見たら登山道があり、八王子山(381m)に行けた

   

    

 金大巌からの眺めは坂本の町、琵琶湖が見える

 次は最近有名なメタセコイヤ並木を見る為マキノへ
敦賀行の電車は1時間に1本だった

 

 バスが出ているが本数が少なく地図を見ながら歩く
駅から約3km

    

 新緑の並木を見る事が出来た 2.5kmの並木が続くそうだが
通り抜けは次回に残して駅に戻り 帰宅

歩行数  21,000歩
 


 近江路を歩く・・朽木&針江 (2017.4)

 今回のウォーキングは残念ながら一日中小雨だった

 バスはR367 鯖街道(若狭路)を北上 到着したのは「信長の隠れ岩」
信長の浅井侵攻時の「朽木越え」の岩山に登る
川を見下ろす急な山の中にある岩の大きさに単なる伝説ではないと思った

 

  

 朽木陣屋跡 資料館になっている
朽木は木材業で栄えた土地 木工の資料を見る 

  

 

  絵になりそうな日本の原風景

安曇川を渡る 堤防には桜の木が並ぶが花はまだだった

   

ニニギ神社 天照神話の瓊瓊杵の尊を祀る
立派な多宝塔が残されている 中には釈迦如来像と薬師如来像が祀られている
 

  朽木の中心街に戻り 丸八百貨店で昼食 
以前来た事あるが1Fを見たのみ 今回は3階で食事だった

    

鯖寿司と鯖そうめん付 地元の人達手作りの料理

   

 ここ安曇川にだけ残る「シコブチ」信仰 「志子淵神社」へ行く
安曇川は琵琶湖に流れる川で一番水量が多いそうだ
その川を利用して木材を筏で輸送していたから、水難事故から守る祈りの神社と言う
日本遺産になっていた

     

   クリック

 花の寺14番「興聖寺」 まだ雪が残っていた

   

本堂に入りお坊さんのお話を聞いた後、仏像を拝見するが「写真どうぞ」と言われてびっくり
遠慮なく、ご本尊、不動像を写させてもらう

   

   

  ここのお庭が「旧秀隣寺庭園」は足利時代のに作られた 国指定の名庭
椿は殆ど散っていた

 

ここから安曇川の堤防を歩く 桜並木が続くが今年の開花は遅かった
咲いたら花のトンネルだと思いながら歩く

 バスに乗り 琵琶湖沿いの新旭町針江に行く
ここも日本遺産 

梅花藻のある川が流れ、各家庭に湧水の洗い場が残る

   

今では市営の水道が引かれるが、住民は湧水の方が美味しいと水道栓を2個作っているという

 

 歩行距離  13,500歩  


 比叡山山麓を歩く (2017.3)

   滋賀里地図

西大路バイパスを滋賀里で下りる 
大津市埋蔵文化財研究センターでトイレを済ませて滋賀里ウォーキングをスタート

千体地蔵堂の内部は沢山の地蔵が並んでいた

  

国指定史跡 「百穴古墳群」に行く 
ここは古墳時代後期(1400年前)に作られた横穴古墳が集まった史跡
山のあちこちに古墳の穴があった こんなに集まっているのは珍しい

  

   

次は大津市指定文化財「志賀の大仏」(しがのおおぼとけ)
阿弥陀如来が祠の中でなく外に出ているのが面白い

   

崇福寺跡は坂を登った上にあり、今は公園になっている
この寺は天智天皇の大津遷都で建てられた寺の跡で古い
琵琶湖が見える位置なのに木が茂って見晴らしは効かない

 

これで滋賀里の散策は終わり、バスに乗り坂本に向かう
鳥居の左右の桜並木を水路に沿いながら歩く

坂本周辺地図

  

樹齢300年以上「スダジイ」の大木を見上げる

伝教大師誕生の地 「生源寺」 本殿に上がり話を聞く
寺の鐘「生源寺の破鐘」と言われ、信長の比叡山打ちの時に打ち鳴らして割れたそうだ

  

坂本の町は「野面積み」の石垣が有名 加工もせずに積んだ石垣に見えるが地震にも強いそうだ
石垣のきれいな街並みを見て「慈眼堂」に向かう

      

「慈眼堂」は日本の寺とは雰囲気が違った
特に横にある供養塔やお墓は渡来人の寺であったことを思わせる

 

  

昼食は「芙蓉園」でのレストラン食で美味しかった

  

食事場所からは回遊式の日本庭園が見晴らせた
大きな築山は三か所に入口がある洞穴があり通り抜けが出来る
院主が飢饉のときに仕事を与えるために築いた富士山型の山

  

向いにある国指定名勝庭園「旧竹林院」を見学 
室内には雛人形が飾られ、お茶御頂くことも出来る 庭も広くて立派
お茶室が「天の川席」と言われ、主人の両側に客が並ぶそうだが、どの位置か知りたかった  

  

 庭園拡大図

日吉大社の境内に入る
大宮橋 走井橋 立派な石橋を見る

  

橋の正面の大杉はパワースポット「気が宿る」とか、人が撫ぜた後で色が変わっていた

   

「山王鳥居」は神仏習合信仰の形 「合掌鳥居」とも呼ばれる 私は初めて見る

西本宮 東本宮を見る 狛犬が本殿内にいるのは木製だからとか

  

奥宮には「金大巌」の磐座があるそうだ 片道30分の山登りが必要との説明
薙ぎの木と多羅葉の木が珍しい

 

ここから歩いて明智光秀と一族の菩提寺「西教寺」に行く
境内までの道の両側の桜は咲いたら見事だそうだ

  

本殿、客殿を拝観するが襖絵はガラス越しに見る
庭園や外回りの立派な寺だった

   

   

西教寺の駐車場にバスが待っていてウォーキング終了

歩行距離 8km 16,300歩

 

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山陽道を歩く・・⑥岡山~三原

2017年02月12日 | 山陽道を歩く

山陽道を歩く 
⑥岡山~三原  (2017.2)

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⑤赤穂~和気~岡山が日程が合わず参加できなかったのが残念
⑥からは1泊二日のバスツアーである
参加者22名 初回から皆勤の人が多かった

備中国分寺が最初の場所 五重の塔が田園の中に立つ
塔の庇に干支の彫られていた

  

寒波襲来の寒い日 境内で赤米の甘酒が暖かく美味しかった

川辺宿  本陣跡の石柱が残る 

  

艮(うしとら)神社 
こんな文字を初めて見た 北東の方向(鬼門)を守るそうだ

 

白壁、丸瓦の立派な家並みが保存される

  

昼食は矢掛け宿の古民家レストランにて

  

食後は矢掛脇本陣を地元の人の説明で見学
島津の篤姫もここに泊まったそうだ 立派な造りだった

  

 

この宿場は京都のように間口は狭いが奥が深い家の造り
陣屋のほかに本業は酒作り 奥に酒蔵があり、見ごたえある家だった

 

七日市宿は石碑のみ

 

井原市 武速神社 奥殿基礎の石垣の緻密な組み上げは見事だった

 

夕方になり寒い 高屋宿跡を見た後は夕食を摂り
泊まりは福山市のビジネスホテル 

  

 一日目歩行距離  12,000歩

二日目の朝は凍っていた 最初は天別豊姫神社
この鳥居は笠木の下の柱に輪が付いていた 珍しい


神社の急な階段を踏みしめながら登る
本殿横の見晴らしが良かった

 

神辺宿の本陣は残っていたが前を通るだけ

 

今津宿のアプローチは立派だが残っているのは入口門のみ
屋敷は石垣に囲まれて広かった 個人で維持は大変と思う

  

廉塾、管茶山旧宅 この地での塾跡

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バスは尾道へ

千光寺公園へロープウェーで登り、下りは自由行動で観光する

 

ここからの展望は写真でよく見る尾道の風景 晴れて良かった

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岩の多い文学の小道 俳句や短歌が石に刻まれる
多くの文学者が尾道を好んだことを知る

  

千光寺本殿から見下ろす

  

ここは奇岩が多いのに驚く

 

坂の町は狭いが車が通れないのが良い 生活はしんどいだろうと思うけど

  

絵葉書のような写真も撮れた

尾道の「艮神社」は、 門の上をロープウェーが通る 境内のクスノキの大木が凄い

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旧街道が商店街になっている尾道の町を歩く
栄えたころの建物が残る

尾道と言えば「放浪記」の林芙美子 少女時代に住んだ家が資料館になっていた

  

旧商工会議所の建物は観光案内所になっていて、2Fの会議場も見ることが出来た

  

大浴場は喫茶店になっていた

  

昼食は海岸沿いの店で新鮮な刺身、手作りの豆腐 美味しかった

   

バスに乗り、三原へ 丁度お祭りの日で屋台が沢山出ている
三原ダルマが売られていた

 

小早川氏の三原城は現在、新幹線の駅になっている

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バスが待っていて、帰路へ 渋滞もなく予定より早く帰宅出来た

二日目歩行距離  17,000歩 

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京都を歩く・・三条商店街ぶらり歩き・・京都三山・・嵐山モンキーパーク・・天龍寺しだれ桜

2017年01月27日 | 京都を歩く

 天龍寺枝垂桜 (2017.4)

数日前に来た時はまだ咲いてなかったので再訪問
朝9時過ぎに到着して人が少ないうちに満開の花を見る事が出来た

門前には「見頃」の看板 入口の桜も満開だった
  

「庭園のみ」の入園料を払い庭園へ 有名な「夢想国師の曹源地」の横から山手の庭を登る

  

三つ葉つつじのピンクの満開の花

   

「望京の丘」で しだれ桜を見下ろす 見事に咲いていた

   

 

10時過ぎると団体の観光客が増えてきた  駐車場の桜も満開 

渡月橋まで行き、桜の嵐山を見る この辺りは満員の観光客だった

 

帰りの電車の沿線の桜も満開  桜を堪能した一日だった

おわり 


 

嵐山モンキーパーク&広隆寺 (2017・04)

天龍寺の枝垂桜を見たくてJR嵯峨野線で嵯峨嵐山に行く

今年は遅れているようでまだ「咲き始め」だった
ソメイヨシノもやっと咲き始めた状態

  

参拝をあきらめて嵐山観光 外国人観光客の多い中を歩いてみながら、
人気と言われる岩田山公園の「嵐山モンキーパーク」に行ってみた

渡月橋を渡って右折れ、檪谷宗像神社の境内から登る

 

  

かなり急な登りの坂道だった 息を切らしながら20分やっと頂上へ

  

京都市内を見下ろす、見晴らしは素晴らしかった

  

広場の山手側に小屋があり、ここが猿たちの餌場
 

 

猿が外から手を伸ばし、人が中から餌を与えるシステム

   

 観光客や親子連れが楽しんでいた

  

餌は一袋¥100で売っている リンゴ、サツマイモ、殻つきピーナツなど
こんなに身近に餌がやれる工夫が人気の原因と思った 

   

帰り道の途中に、クイズ版が日本語と英語で置かれていた
これも観光の工夫と感心した

  

 

嵐電で広隆寺に行く
ここも私が行きたかったところである

 

広い境内には外国人は無く静かだった

宝物館の内部には国宝や重文の展示が充実してた 照明の暗い部屋だったが目が慣れるとしっかり見える

 

JR太秦駅に出て帰宅

歩行距離  14,000歩 


京都三山を歩く  (2017.1)

 

吉田山 舟岡山 双ヶ岡の三山を歩くウォーキングに参加した
京都市内にある丘のような山だが、東の吉田山から西までの歩きはかなりの距離だった

 

スタート地点は「丸太町岡崎付近」 バスを降りて歩き始める

 

 

先ずは金戒光明寺へ 浄土宗大本山 法然上人が草庵を結んだ所
京都冬旅で公開中でもある

 

  

 

 

ここで準備体操をして吉田山に向かう
吉田神社斎場所大元宮に参拝 「どんど焼き」の用意がしてあった

 

  

 

菓祖神社の横から吉田山に登る 上は公園になっている
102mの
三角点がある

 

  

 

三高校歌「紅燃ゆる」の碑と歌詞

 

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展望地点から大文字山が見える 昨日までは雪ではっきり見えたとガイドが言った

 

 

山を下り 京都大学の前を通り、百万遍知恩院へ

 

  

 

昼食はレストラン食 弁当より暖かい室内は嬉しい

 

  

 

鴨川合流前の高野川の橋を渡り 「糺の森へ」 周囲の木が高いのに驚く

 

 

  

 

下賀茂神社で自分の干支に今年も元気で歩きたいと祈る

 

  

光悦太鼓橋付近の梅はほころびかけていた
みずみくじを 川で占っている人もいた

  

 

しばらく歩いて舟岡山の建勲神社へ
建勲神社は明治天皇が織田信長の天下統一の偉勲を称えて創建
112mの頂上近くにある 階段を上ってたどり着く

 

  

 

境内東側からの京都市内を見下ろす 正面の山が比叡山

 

  クリック

 

千本通りに出て南に向かい 釘抜地蔵へ
御堂の前に立派な釘抜きがあった 願いがかなった人が奉納した釘抜きが飾られている

 

 

   

 

千本釈迦堂の前を通り、天満宮に向かう 

 

 

「上七軒」を初めて通る 祇園より地味な感じだった

 

  

 

北野天満宮へ入る  若い参拝者であふれていた 受験シーズンである

 

  

 

 

天満宮西側に「御土居」の遺跡が残る 秀吉が都周辺を土手で囲んだ跡がである
この囲いの中を洛中、外が洛外と言っていた

 

   

 

西へ向かい最後の山? 双ヶ岡を目指す
三個の丘が連なり、高さは一の丘116m 二の丘102m 三の丘78m
一の丘には表示は撮れなかったが、二の丘と三の丘は木にプレートがつけてあった

 

  

 

道路に「名勝双ヶ岡」の石碑がある場所に下りてきた 

 

 

 

JR花園駅にバスが待っていて三山歩きは終了 山登りよりも舗装道歩きが多かった
京都の北部のお寺を観光できたのは良かった
13km  29,400歩

  


 京都を歩く・・三条商店街ぶらり歩き (2017.1)

京都観光協会の案内を見て現地集合で参加する
参加者22名

三条商店街は三条堀川から千本三条までをアーケードで結ぶ商店街
商店組合の会長の案内で試食込の観光をした

 

古い感じの商店街だった 所々に閉まった店があるので寂れつつあるのかと思ったら
定休日をバラバラにしているからだそうだ
組合加入率は100% 会費未納入者もなく、まとまった商店街を自慢していた

先ずは創業1858年の京野菜果物店「玉辧」 京野菜が並んでいた

  

細字弘文堂 ハンコ屋さん 創業1597年で 秀吉から「細字」の名字拝命した由
現在18代目 4代前の店主がお札、現在の万円札の諭吉の横の「総裁の印」を彫ったそうだ

八坂神社御供社(又旅社)  祇園祭の発祥の社という

  

ここから試食が始まる
喜興門豆腐店で「汲みあげ湯葉」を試食 柔らかくあまい湯葉だった

 

胡麻ソムリエ店で胡麻クレープの試食 

  

次は 仕出し屋「杉市」 創業1863年(新選組が結成された年)
だし巻、アナゴ巻、焼き魚、おでんなどの手作り料理の並ぶ昔からの店

だし巻き卵を頂く 切り方がおしゃれ ダシが聞いて美味しかった

 

商店街から離れて、六角獄舎跡へ ここで蛤門の変の33名が斬首された
また、処刑者を解剖した場所で「近代医学発祥」の碑がある

 

武信稲荷神社 平安時代859年に作られた神社 榎の大木が見事

  

坂本龍馬とおりょうがお互いの無事を知らせ合った場所でもあるそうだ

三若振興会御会所 祇園祭の神輿の御奉仕の場所

珍しく銭湯があった、名前は「トロン温泉」 数名が開店を待っていた

再び商店街に入り、試食を開始
京漬物 おくの店 自家製漬物を頂く

   

次は天ぷらの大橋やで試食 アップル&パインの天ぷらを初めて食べる

  

たこ焼き店で「たこっぺ焼」 もうお腹がいっぱいである

タイミングよく隣のお茶店で頂いたほうじ茶が美味しかった

  

最後は千本取りに面したヒロ精肉店で揚げたてコロッケ 

  

いろんなものを食べて歩いて説明を聞いて面白かった

山陰線二条駅から帰宅

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