野田順康 

つぶやき

東アジアの一員としての国土づくり

2008-02-19 18:46:56 | Weblog
東アジアの一員としての国土づくり

1.アジアに軸足を移す
明治以降、我が国はアジアの一員であることと欧米のパートナーになることの間で揺れ動いてきたと言える。よくご存知の福沢諭吉は、欧米諸国を視察した後、我が国が欧米のような国家に成長することを願って「脱亜入欧」という思想を打ち出した。翁が50歳の時に時事新報という雑誌に脱亜論という論文を掲載し、「ヨーロッパは文明。アジアは未開野蛮。我らアジア東方の悪友を謝絶する」と記述している。この頃から、日本人は欧米と同格という位置づけを好むようになっていった。その一方で岡倉天心はアジア主義を主張した。氏は、今の東京芸術大学の創始者であり、後にボストン美術館の東洋部長を務めた稀な日本人であった。名著「東洋の理想」を著し、その書き出しで「アジア・イズ・ワン(アジアはひとつ)」と記述している。岡倉天心は、日本がアジアと共に発展していくことを強く期待した人であり、その後の不幸な構想に繋げられたりもしたが、アジア主義の魁的存在と言える。
日本の外交であれ、国際化論であれ、常にこの「脱亜入欧」と「アジア主義」が交錯しながら論じられているように思える。我が国の戦後の高度経済成長は欧米との連携の中で実現されたことは間違いなく、その意味において脱亜入欧したのであり、日本人はその事を誇りに思ってよいのであろう。しかし、その一方で、アジアについて何と考えているのであろうか。同じ目線で話し合えているのだろうか。「東アジアの一員」について記述するにあたり、我が身も含めてアジアに軸足を移すために姿勢を正す必要があると考える。アジアの多様な文化を理解し尊敬し、アジアから学ぶ真摯な態度を保ち、同じ目線で連携協力していくことが、アジアに軸足を移し東アジアの国々と共に21世紀の繁栄を分かち合える第一歩ではないか。

2.東アジア経済圏との連携
 近年においても、多くの国際政治学者や経済学者が日本とアジア太平洋経済圏との連携について研究して来た。例えば、昭和53年からの大平内閣においては「環太平洋連帯構想」が打ち出されて、外交のみならずアジア太平洋の広域経済圏の形成も検討され、今日のAPEC(アジア太平洋経済会議)の枠組みに繋がったとも言える。しかし、21世紀初頭を考えた場合、アジア太平洋全体を視野に入れた経済連携はやや時期尚早な気もする。通貨統合まで漕ぎ着けたEU経済圏の広がりを見ても、緊密な経済圏が形成されているのは直径約2000キロの円に入る範囲である。その範囲を超えれば、輸送コスト等が大幅に増加し経済の緊密な紐帯を維持するのはやや困難と思われる。
最近の物流統計等によれば、世界経済は北米、EU、アジアの三極構造が鮮明化し、人流・物流なども三極を結ぶ流動が世界の基幹となってきている。しかし、アジアの中をさらに詳しく見ていくと、アセアン10ヶ国、シンガポール、韓国、そして急成長する中国の寄与が大きく、特に中国の急成長を前提とすると、香港、上海あたりに重心を置いた巨大な東アジア経済圏が21世紀前半にも出現することになりそうである。空間的にEUの例を参考にすれば、我が国もこの経済圏の東の端には位置するわけで、経済圏成長の恩恵を享受することは可能なはずだ。国内的には人口減少・高齢化、投資余力の逓減、国際競争力の低下など先行きの不安感、不透明感を強調する向きもあるが、アジアに軸足を移し、アジアと共に生きる道を選択すれば明るい未来も見えてくるというものである。
昨今、我が国の国際競争力が低下したというデータを下に国際競争力の強化を強調する向きもあるが、東アジア諸国との関係においては、むしろ連携協力の方に力点を置いたほうが良さそうである。何といっても日本はまだまだ経済大国であり技術大国であるので、東アジア経済圏で眦(まなじり)を決して競争する立場ではない。支援できるものは支援し、技術移転できるものは移転しながら、成熟国家として東アジア経済圏の成長を支え、結果として持続的成長の恩恵を受けるといった姿勢でなければ、また新たな摩擦を起こしかねない。さらに、東アジアが今後とも北米、EUと連携しつつ持続的発展を続けていくためには、日本が研究開発のみならず大都市問題、環境問題、貿易摩擦などに対応してきた経験、戦略など知恵の部分で東アジアをリードしていくことが不可避と思われる。東アジアと共に生きるために我が国に何が出来るのかが、これから問われていくことになる。

3.将来に向けた我が国の基本的な対応
世界的に国際競争が激しさを増す中では、特定の産業分野や東アジアの特定地域に重点を置いた戦略的な対応が期待されることは言うまでもないであろう。
国が中心となる戦略としては、東アジア諸国等とのFTA締結に向けた国内対応の充実や東アジア域内の国際交通の円滑化及びODA(政府開発援助)の活用、各種規制緩和などがある。さらに、我が国の活力、国際的な連携力を維持・向上させるには、国際的な人的資源の活用や訪日ビザ取得、CIQ(出入国管理)に関する負担軽減などを推進せねばならない。
また、地域が中心となって対応するものとして、地域の特色・個性を重視した産官学の連携、海外からの留学生・研究者等人材の受入、外国人起業家の育成・支援、外資系企業の誘致、外国人向けの居住・教育・医療・交通環境の整備などがある。
今後の外国人旅行者の誘致で重要となる視点は、ブロックレベルまたはブロック間の連携による広域的な受入れ体制の確立である。また、東アジアを中心としてターゲットとする誘致相手国・地域を設定し、相手方のニーズに合わせた観光戦略を作成・実行することが重要となってくる。
一方、国際航空については、国際拠点空港の利便性を向上させるため、需要に対応した整備・運用、国内線への乗り継ぎの簡便化を図る必要がある。また、近接性を考慮して、小型機の参入を促進することも視野に入れて、東アジアへの日帰り圏の形成を推進することが大切であろう。
国際海運に関しては、FTA(自由貿易地域)や増大する物流マネージメントへの対応するため、低コスト化を可能にする中枢港湾の育成やコンテナターミナルへのアクセス整備を進める必要がある。さらにブロックごとに重点的に交流する東アジア特定地域への国際コンテナ便を確保できるよう、地方公共団体等が連携しつつ環境整備を行っていくことが期待される。
さらに国際情報通信については、東アジアの拡大するマーケットを指向したe-コマースを支える情報通信網の確立が重要である。また、東アジアを中心として携帯電話や高速データ通信等が国境を越えて国内同様に利用できるよう、東アジア各国が国際基準を導入するよう働きかけることも考えられる。

4.地域ブロックにおける広域国際交流圏の形成
先に述べたようなグローバル化に適切に対処するために、「21世紀の国土のグランドデザイン(第5次全国総合開発計画)平成10年閣議決定」では、4つ戦略の1つとして「広域国際交流圏の形成」を掲げている。この戦略は広域ブロック毎に展開されるものであり、その目的は、①多様な国際交流に基づく世界に開かれた国土の形成、②東京等大都市に依存しない自立的な国際交流活動、③空港、港湾やこれらを結ぶ交通基盤、情報通信基盤の下での多様な分野での国際交流、④地域毎の国際的に魅力ある立地環境の整備としている。
計画策定後、約6年が経過しようとしているが、概ね以下のような傾向が見られている。
(1)日本人出国者数、在留外国人数、物流、情報流など我が国の国際交流量は各ブロックで着実に増加している。
(2)自ブロックの空港・港湾から直接海外と往来する割合は、九州、沖縄では大都市圏並に高いものの、それ以外の地域は相対的に低くい。
(3)各ブロックでは、ビジネス、観光、文化、研究など多様な分野で交流が着実に進展している。
(4)我が国の立地環境は、コストの面で諸外国と比較して不利となっている。また、近年では、各地で外資誘致施策などの取組が緒についたところであるが、その優遇措置の内容は東アジア諸国と比較して十分ではない。
このような状況を踏まえると、引き続き、国際拠点空港・港湾における乗り継ぎ・積み替え機能の強化や立地環境の改善施策等を積極的に推進していく必要があると思われる。
北海道から九州・沖縄に至るまで、それぞれの広域国際交流圏が特色・個性ある可能性を秘めている。東アジア経済圏ばかりでなく、引き続く欧米との関係や中国北部、ロシア、北欧、メルコスール(南米共同市場)等との協力関係を考えながら、それぞれの地域が特色ある国際連携を模索されるものと期待したい。

5. 九州地方の展望
 東アジア経済の成長と連携した日本経済の持続的な進展、日本社会の活力の維持を考える時、その窓口になり得る九州の役割は大きいと言える。グランドデザインの第三部では地域整備の基本的方向を示しており、10地域のうち6地域がアジアとの連携について僅かなりとも記述している。しかし、九州地域については「我が国のアジアへのゲートウエイ」「アジアと一体化して発展する九州」として位置づけられており、全国的観点からも期待するところが多い。
 先にEU経済圏の空間的広がりに触れたが、仮に、東アジア経済圏の重心を上海あたりとした場合、EU並みの経済圏の広がりであれば西日本の一部にしか圏域がかからない。もしそうだとすれば、九州地方は地理的・空間的にかなり優位な状況になると想定される。もちろん歴史的・文化的な近接性も高く、アジアとの交流も元々頻繁であったわけだから、ポテンシャルは十分にあるといえる。
 航空業界等には、やはり大きな人口、市場を抱えた関東圏、関西圏が直接アジアと連携するといった見方もあるようであるが、福岡・上海間1時間30分に対して成田・上海間3時間というのは、日帰り圏を形成する場合にはかなりのハンデとなる。船を考えた場合には、さらに大きな差が生じる。すでに上海・博多間には高速船が就航し26時間で両地点を結んでいるが、近い将来には24時間以内の就航が可能になり、上海・博多間を毎日定期便が就航するようになる。東京湾、大阪湾との時間差は1日を越えることから、かなり有利な物流拠点となり得る。さらに規制緩和が進めば、上海から来たトラックが直接国内を陸送することや、JRコンテナでの配送、急ぐものは周辺空港からの搬送も可能であり、潜在的に重要物流拠点の可能性があると言える。21世紀が東シナ海の新たな海運時代であることを想定すれば、極めて大きな潜在力を感じる。また、昨年国連アジア太平洋委員会においてアジア・ハイウエイのルートが確定されたが、東京を西の端とし大陸への玄関は九州北部となる。朝鮮半島が安定してくれば、大陸との大動脈が九州北部を通過することになるであろう。
 ちなみに、韓国から来訪者数は九州地方が最多となったようである。対日投資の促進、海外企業の誘致、観光客の誘引、外国人にやさしい街づくり等、外に開かれた地域づくりを推進すれば、実力を備えゲートウエイ地域、いや更なる可能性が九州地方に現れるものと思う。

6.新しい国土ビジョンの必要性
 21世紀の我が国経済社会は上述したような東アジア経済圏との連携を通じて、引き続き活力を維持していくものと期待されるが、一般の目からその姿をイメージすることが難しく、むしろ、身近な国内的な要因に端を発して、不安感や不透明感が広がっているようである。
 昨今、雑誌、新聞などの特集も組まれているが、人口減少と高齢化、それに伴う経済規模の縮小や国際競争力の低下、また自分自身の生涯設計の見通し等が相まって不安感、不透明感が漂っているようである。
 確かに、国土政策の観点からも人口減少に起因する課題は数多くある。2006年に約1億2800万でピークを打った人口は2050年には約1億人、今世紀末には6500万人にまで低下するのであるから、国土政策に対する影響はかなり大きい。例えば、人口5000人未満の町村は現在の約700から2050年には約1300にまで増加すると推計されているので、過疎地域におけるコミュニティの維持や生活関連サービス(下水、学校、消防、医療)の提供はかなり厳しい状況が想定されるし、森林や農地の維持、水資源涵養など多面的機能の確保も難しくなるであろう。都市においても、高齢化の進捗や中心市街地の衰退、住宅街のオールドタウン化など様々な問題が発生してくるものと予測される。
 政府においては、このような課題に対処するため、「官から民へ」「国から地方へ」また「地方にできることは地方に」といった観点から規制緩和などによる地域の創意と工夫による地方の活性化を推進している。構造改革特区制度、都市再生や地域再生など、まだ緒に就いたばかりではあるが、地域からの反響は大きく、横並びや中央依存といった地域の意識を改革し、自律的な発展に結びつくものと期待される。
 さらに、こういったボトムアップなアプローチとともに、国として安定した国土・国民生活の将来像や厳しい状況にある地域の展望を人々に示すことが出来れば、上述した不安感、不安定感を払拭できるものと考える。現在、経済財政諮問会議において、日本経済全体のシナリオや真に豊かな国民生活等について検討が勧められているが(日本21世紀ビジョン)、同様に、農山漁村や森林・農地の維持管理、都市整備や必要な国土基盤のあり方、海洋を含めた国土資源の展望を示す新国土ビジョンも必要不可欠と言わざるを得ない。
 特に国土ビジョンの場合には、これまでの「開発」の基調を脱して成熟社会の明快な考え方を示すことが肝要であり、ストックの活用を重視し国民の受益に最重点をおいた全く新しい国土計画とすることが重要である。国土ビジョン、国土計画というと内容にかかわらず昭和20年代から続く古い開発思想と捉えられがちであるので、現在の国土総合開発法を刷新した新しい制度、皮袋で展望作業をする必要があると思われる。

7.結び
 地方分権の流れを受けて、現在、国と地方の税財政の在り方を見直す三位一体改革が進められているが、双方に言分があって、まだ落とし処が見つからない状況にある。分野毎、地域毎に違った課題があるので明快な解決策は一朝一夕には出せないだろう。やはり普段から個別の事案ごとに国と地方が同じ目線で議論し、調整できるような場、制度が必要ではないかと考える。広域的な観点からブロック単位で、国の地方組織、地方自治体、経済界、民間団体が一同に会して、地域のビジョンを作りながら個別の事案を検討、調整していく。そのような仕組みを通じてスムーズな国と地方の連携協力を実現できるのではないだろうか。いずれにしても国と地方の良好な連携協力なしに活力ある経済社会を21世紀に渡って維持することは難しい。東アジアや欧米との連携のみならず、ロシアやメルコスール(南米共同市場)との協力関係を強化する上でも、国と地方の連携プレーは必要不可欠と言えるだろう。

最新の画像もっと見る