アジアの都市化・都市成長の動向について
野田 順康
2.1 はじめに
都市の定義を人口が集中している領域とした場合、その起源は極めて古く、世界四大文明の時代にさかのぼることになり、紀元前100年のアレクサンドリアの人口は約100万人と推計されている。ローマやバグダッドなども中世以前に人口が100万人を超えたと推計されている。その後、中世ヨーロッパで都市の発展が見られ、ロンドンやパリなどの大都市が出現することになるが、世界人口に対する都市人口の比率は1850年で約4%、1900年で約12%と推計されており、大半の人口は農村部(Rural)に張り付いていたと理解してよい。
最大都市についてみると、紀元100年にはローマが、その後361年からはコンスタンティノープルに移り、622年からはクテシフォン、バグダッドとメソポタミアに移る。その後1200年頃から19世紀初頭までの間は、最大都市は杭州、北京と中国にあった(17世紀を除く)。19世紀以降はヨーロッパ、アメリカの都市が台頭してくるが、1975年以降は東京となる1)。
国連人口部の統計に基づけば、全世界における都市部(Urban)と地方部(Rural)の人口比率は2008年に均衡するに至ったと推計されており、急速な都市化が進んでいる。アジアにおいては、まだ相対的に地方部の人口比率が高いものの、今後、急速に都市化が進み、2023年には都市部と地方部の人口比率が五分五分になるものと推計されている2)。
本章は、このような都市化の動向を踏まえて、これまでの都市化・都市成長に係る先行研究をレビューするとともに、国連統計などを基にアジアの都市化の動向や経済成長との関係について整理し、アジアにおける急速な都市化・都市成長の概況を把握する。特に、メガ・シティや小規模・中規模都市の動向など、今後の人口配置の方向性について示す。また、アジアでは環境や弱者を犠牲にしながら都市成長が進んでいる側面があることから、持続可能な都市成長の課題やスラム地区など居住地分離の問題点について検討する。結果として、アジアの都市化の特徴を把握することとなり、本研究全体の課題や対応を検討する上での基礎とする。分析と概況の把握に当たっては、基本的に国連統計を活用して進める。
2.2 都市化・都市成長に関する先行研究
20世紀初頭、都市化の概念は社会学において初めて検討され、ウェーバー(Weber)は、「農村社会が都市社会へ変質する過程」と定義している。3)その後、1930年代にシカゴ学派のパーク(Park)やワース(Wirth)等が都市社会学の分野を確立し、都市化の分析に取り組んだが、分析対象は生活様式の変化やコミュニティー喪失論に力点が置かれた。都市化の進展に係る要因分析には着目していない4)5)6)。
一方、都市地理学の分野においても都市化・都市成長の分析がなされており、人口の空間的配置と変化の分析に重点が置かれている。この分野において、田辺は、狭義には「非都市的要素が都市的要素に転換していくこと」、広義には「都市圏が拡大していくプロセス」と都市化を定義している7)。
また、クラッセン(Klaassen)は都市の発展段階論として、図2-2に示す通り、①都市化、②郊外化、③反都市化、④再都市化のサイクルが発生するとしている。第1段階では郊外地域から中心都市に人口移動が生じ都市化が進むが、第2段階では中心都市から郊外への人口移動が卓越するとしている。さらに、第3階では中心都市で人口減少が起こるが、第4段階では再び中心部への都市化が始まるとするものである。
経済学の分野においては、都市化を集積の経済の一環として理論モデル化の試みがなされてきた。都市化と空間的問題にアプローチした先駆的モデルとして考えられるものは、フォーン・チューネンの考え方と言われている8)。①生産費用と輸送費用の和を最小にするための土地分配、②農家と土地所有者の一般競争下における土地分配を前提とした都市形成を想定したものであるが、あくまで限定的なモデルと言わざるを得ない。次に基本となる都市化へのアプローチとしてクリスタラー(Christaller)9)及びレッシュ(Losch)10)が提唱した中心地理論がある。規模の経済と輸送費用の間のトレードオフによって格子模様状に中心地が形成され、中心地には階層性が発生するとした。しかしながら、中心地の形成と市場競争や家計の行動との関係は明らかにされておらず、本理論も経済モデルとしては限定的である。
1970年代に入り、都市経済学の分野が確立され、単一中心モデルの研究が始まり、新古典派が中心となって効用最大化、地代最大化、市場均衡といった観点から都市の内生的形成に関する検討が進んだ。特に、1990年代からは、経済の空間的側面に関する理論的・実証的研究が急速に進んだ11)。ヘルプマン(Helpman)、グロスマン(Grossman)、クルーグマン(Krugman)や藤田等の研究によって内生的成長の研究が進み、集積の経済と複数地域の中心を持つモデル分析がなされ、空間経済学の領域が確立された12)。いかなる場合に経済活動の空間的集中が持続可能となるのか(集積力)、また空間的集中が無い場合、いかなる場合に対称性のある均衡が不安定になるのか(分散力)の2つの命題を理論的に説明しようとする試みである。
また1990年代後半からは都市経済学の新たな視点により都市化・都市成長について検討がなされている。ポータ(Porter)はイノベーションによる競争力が都市化・都市成長を促進するとし、その基本要素として人材、設備、知識、資本、インフラを取り上げている13)。このような議論は、2000年代に入り創造都市論に結びついて行く。ランドリーは、文化・芸術がもつ創造力や都市のアイデンティティが生み出す創造性(クリエイティブネス)が都市成長を促すとする一方、フロリダは創造性の要素である寛容性、技術、人財が都市成長に強く関わるとしている。
最後に、土木や建築等の工学的アプローチにおいては、都市化や都市成長の現象分析に重点を置くことはなく、都市化、都市成長を所与の条件として捉え、それに対する対応策としての都市基盤整備の研究が主になされてきている。特に都市計画の分野においては、都市化に伴う人口増加を的確に推計し、それに見合う受け皿づくりが主なテーマとなってきた14)。
2.3 国連等における取組
1972年、ローマクラブ注1)が第1報告書「成長の限界」を刊行し、現在のままで人口増加や環境破壊が続けば、資源の枯渇や環境の悪化によって100年以内に人類の成長は限界に達すると警鐘をならした15)。
このような報告に対応し、国連も幾つかの国際会議を開催したが、その1つとして、人口増加と都市化の影響に着目した第1回国連人間居住会議が、1976年5月、カナダのバンクーバーで開催された。同会議では未曾有の都市化が居住、雇用、健康、教育等に与える影響について警告し、これに対応するため特別の国連機関(国連人間居住センター)注2)の設置を提唱した16)17)。
さらに、急激な都市化により深刻化している居住環境悪化や都市貧困問題に対処するため、1996年には第2回国連人間居住会議(ハビタットⅡ)が、トルコのイスタンブールにおいて開催された。世界168カ国が参加し、「すべての人に適切な住居を」及び「都市化する世界における持続可能な人間開発」を基本目標にしたハビタット・アジェンダ(人間居住の問題に取り組むにあたっての目標・原則・公約とともに、目標達成のための「世界行動計画」)及びイスタンブール宣言が採択された。
この会議で採択されたアジェンダと宣言では、都市の人口抑制は事実上不可能であると受け止め、都市の秩序ある成長管理の重要性と、都市のもつ成長エネルギーを国全体の発展につなげていくという考え方、「都市の成長エンジン論」が打ち出された。大都市を中心とした発展論には、地方切捨てではないかという反発もおこり、その後、国連内部でも都市と農村の連携が見直されるなど再検討されたものの、その後の都市政策に大きな影響を与えることになった。
この都市が成長のエンジン(原動力)であるという考え方は、ハビタット・アジェンダの序文で以下のように明記されている18)。
「歴史的に見て、都市化は、経済的・社会的発展、識字率及び教育水準の向上、全般的な健康状態の向上、社会的サービスへのアクセスの増加、並びに文化、政治、宗教への参加に伴って生じてきた。民主化は、そのようなアクセスを促進し、また地方分権化した参加型計画・管理、官民のパートナーシップ、及び市民社会の実行者のための有意義な参加や関わりあいを促進した。これらは成功する都市の未来の重要な特徴である。都市は成長の原動力であり、文明を育む土地であり、知識、文化、伝統、並びに商工業の発展を促してきた。(ハビタット・アジェンダ 序文 第7パラグラフ)」
ハビタット・アジェンダで示されている知識、文化、伝統などは、都市の発展により育まれると同時に、これらが都市の磁力(成長要因)として人々を惹きつけ、都市を個性的で魅力的なものにしている。こうした都市の個性と魅力を作り出す都市の創造性と多様性が、近年、注目を集め多くの研究の対象となっている。
2.4 アジアにおける都市化・都市成長の概観
2.4.1 都市化率の状況
アジアは世界の30%の陸地と60%の人口を抱えた世界最大の大陸である。また、世界で人口規模が大きい10の国家のうち、6ケ国(中国、インド、インドネシア、パキスタン、バングラディシュ、日本)はアジアに位置しており、その6ケ国で世界人口の45%、アジア地域の人口の77%を占めている。さらに、アジアには巨大な人口を抱える中国とインドが位置しており、その2ケ国の人口だけで25億人、世界人口の37%になる。
世界の都市化の動向を都市人口注3)の総人口に対する比率(都市化率)で見ると図2-3のとおりである。人口自体の急増もさることながら、世界的に急速な都市化が進んでいる。アジアにおける都市化率は2010年時点で42.5%であるが、経済成長と都市化の関係が深いこと、グローバリゼーションによる生産拠点の集積を考えれば今後も急速に都市化していくものと予測される。
地域別の都市化率の動向は図の2-4及び表2-1の通りである。アジアの都市化率は他地域に比較してまだ低位にあるが、2010年以降の上昇率は他地域よりも高くなると推計されている。アジアの都市化率は、1990年は31.9%だったが、2030年には54.1%と人口の半数を超えることになる。また、都市人口の増加率をみると、2000年から2030年までに世界の増加率は56%と予測されているのに対し、アジアの増加率は71%である。
アジアの都市化率が相対的に低い理由の1つとして、人口規模が非常に大きい中国、インド、パキスタン、バングラディシュの都市化率が30%前後となっており、アジア全体の都市化率を引き下げていることがある。近年、中国、インドでは急速な経済成長が進み、それに応じて都市化が加速しているが、両国とも巨大な人口を抱えた国家であるので、都市化率が50%に届くにはまだ20年以上かかるものと推計されている。
2008年は世界人口の半分が都市部に住むことになったことから、注目すべき年である。多くのアジア諸国における急速な経済発展と相まって、アジアでも都市人口が50%を超える時代が来るが、まだ時間を要する。国連推計に基づけば、世界平均より15年遅い2023年にアジアの都市人口の割合も50%を超えるものと予測される。
2008年時点で、アジアの都市には世界の都市人口(32億人)の半分にあたる16億人が生活している。2030年には、50億の世界の都市人口のうち27億人がアジアに定住するものと予測されており、この22年間にアジアの都市人口は約11億人増加する。世界の都市人口増加の約60%がアジアで生ずることになり、1日当たり12.3万人増加することになる19)。世界平均の都市化率と比較すると、アジアはまだ低位にあるものの、その絶対量は極めて大きく、都市化の様相も、巨大都市から小規模都市まで多様な構造を呈している。さらに重要なことは、都市の数が急増するわけではなく、増加する人口は現在存在している都市部で吸収されることである。すなわち、既存都市において高密度化と拡散(スプロール)が同時に発生し、都市行政においてはインフラの整備をはじめとする大きな課題に直面することになる。
2.4.2 都市化のパタン
歴史的にみると、アジアにおける都市化は、地中海とアジア大陸を結びつけたシルクロードに沿って発生し、交易が多くの都市を成長させた。シルクロードを通じた貿易が中国、インド、エジプト、ペルシャ(現イラン)、アラビアの都市成長に大きく寄与している。
一方、近年では、製造業、サービス業の急速な発展に伴う国内市場の拡大や港湾を窓口にした交易によって沿岸部、臨海部を中心にアジアの都市化が進展している。1960年代までは、日本、韓国など都市化の進んだ極少数の国において経済成長が実現され、それがまた都市化を促進した。しかし、1980年代、1990年代の経済成長によって都市化の状況にもいくつかのパタンが見られる。1980年代以降の動向を整理すると、概ね4つのパタンに分類できると考えられる。1つ目は、経済的に発展し都市化が進み、都市の成長率が低い国(日本、韓国)、2つ目は、都市化率も都市成長率も中位の国(マレーシア、フィリピン)、3つ目は、都市化率は低いが都市成長率は中位の国(中国、インド、インドネシア、タイ、スリランカ)、4つ目は、都市化率は低いが都市成長率が極めて高い国(ベトナム、パキスタン、バングラディシュ、カンボジア、ラオス)である。
特に目覚しい都市人口の増加が予想される国は、表2-2から明らかである。2005年から2030年の都市人口の増加率は、タイは70%、中国は64%、インドは86%であるのに比して、ベトナムは110%、パキスタン141%、カンボジア197%、ラオス177%といずれも世界の増加率を大きく上回っている.
アジアの都市人口の急増は、アジア地域の各市街地集積地の1980年から2005年までの人口増加数上位100都市の人口変化(表2-3)からも把握できる。インドのムンバイ、デリー、バングラディシュの首都ダッカの上位3都市は、この25年で、約900万人以上の驚異的な人口増加を記録している。その他アジア各国の首都圏でも、ジャカルタ(インドネシア)の約720万人を筆頭に、東京(日本)約660万人、マニラ(フィリピン)約470万人、北京(中国)約420万人が突出している。カブール(アフガニスタン)バンコク(タイ)、ヤンゴン(ミャンマー)、ハノイ(ベトナム)、ピョンヤン(北朝鮮)、ソウル(韓国)は約201万人から約138万人の間で人口が増加している。アジアの都市人口については、この25年で、首都圏を中心とした大都市への集中が進行していることがわかる。
同様に、1990年から2010年までの各都市の人口成長率の上位30都市を表2-4に示した。1990年代は、中国の改革開放政策によるめざましい経済成長を反映し、深セン、アモイなどの中国沿岸部の都市を中心に成長率が2ケタ台を示しており、かつ、上位約7割を中国の都市が占めている。
2000年代になると、中国の各都市の成長率が4%台まで下がり、紛争が終結し復興中のアフガニスタンの首都カブールの成長率8.4%が最高となる。中国の各都市の成長率が、この時期から落ち着いていることもあるが、以後、アジアの都市全体の伸び率はやや鈍化する傾向にある。また、インド経済の好調さを反映して、2000年以降はインドの都市が約4割を占めるようになっている。
2005年からの5年間は、中国、インドの各都市の成長率が低下する一方、都市化率が低かったネパールで首都への人口集中が進みカトマンズが第1位となっている。また、紛争が終結したアフガニスタン、カンボジアでも首都への人口集中が進み、カブールとプノンペンが2位、3位となっている。紛争地域であっても、平和が確保されれば、急速に都市化が進む傾向が強いと言える。この他、インドネシアやバングラディシュ、パキスタンなどの都市の成長率が高くなっている。
2.4.3 都市化・都市成長と経済活動
アジア地域は、めざましい経済成長を遂げるなかで、世界経済における重要性をますます増しており、世界的に高い注目を集めている。 例えばGDPについて見ると、1993年には世界全体の9%であったが、2005年には27%へと上昇している。アジア全体の経済成長率は、70年代の5%台から90年代の7%台へ、また2000年台に入っても引き続き7%台を維持している。アジアでは、高度成長を続ける東アジアに加え、南アジアでも成長が加速しており、成長の自己増殖的広がりがみられる20)。
経済成長(1人当たり実質GDP水準)と都市化の関係を見ると、アフリカの一部地域を除き両者の間には正の相関関係があり、アジア地域においては経済が成長すれば都市化が進む21)。 また、都市化による「集積の経済」のメリットによってさらに生産性が向上し経済成長するものと考えられる。
現在、都市を基盤とした経済活動は、低所得国では国民総生産(GNP)の55%、中所得国では73%、高所得国では85%を占めると推計されている。例えば、ベトナムの都市化率は25%であるが国内総生産への都市の寄与率は70%である。中国では、120の都市の国内総生産への寄与率は75%となっている。また、韓国においては国内総生産の50%が首都ソウルに依存し、フィリピンでも同様に約60%がマニラ都市圏の経済活動に依るものである22)。
アジア地域では今後も驚くべきスピードで都市人口の割合が増え、都市によっては、15~20年ごとに人口が倍増する都市もある23)。アジアの一部の地域では、人類史上例がないほどの都市化が進展するであろう。もちろん、国によって都市化の様相は大きく異なっているが、一般的には、低所得国で経済成長が進むと、都市化が大きく進展する傾向にある20)。また都市化のペースがもっとも速いのは、小規模都市(人口50万人以下)であることが明らかになっている2)。 このような都市は往々にして、都市の急速な成長に適切に対処し、それを管理するための財政力を保持していないケースが多く、そのため、環境劣化と貧困問題への対応という難しい課題に対処することになる。特に、増加する都市人口の大半は低所得層、貧困層に属しており、都市の中でも所謂スラム地区に居住地を求めることになるが、行政機関はその居住環境の改善を図る財政力も対応策も有していないのが実態である。従って、スラム地区に居住する住民自らが居住環境改善に向けた自律的活動を促進することが期待されている。
いずれにしても、この20年間(2010-2030)に、これまでに経験したことのない都市人口の増加が発生するであろう。アジア地域における都市部での人口増加は、農村部で人口が減少を続けていることを考えると、都市経済の活発化に伴い、より豊かな生活を求めて、農村部から都市部への人口移動が続いていると考えられる。低い生産性の農業部門から高い生産性の産業・サービス部門への労働移動を伴いながら都市化は着実に進んでいくことになる。現在も見られるように、急速な経済成長の中心的役割は都市が果たしており、都市が製造業やサービス業を引き付けることにより産業活動の集中が発生し、さらに生産活動と成長が促される効果的な外部経済化が進むことになる。都市での経済活動の集積が国内経済と国際経済との融合を促し、効果的に経済成長に寄与している。
2.5 メガ・シティの動向
人口1,000万人以上のメガ・シティは、拡散的な広がり(スプロール)や地域の経済的・社会的中枢といった共通の特徴を持っており、経済活動のみならず政治、文化、イベントなど様々な意味において世界の耳目を集めている。現在、アジアには10のメガ・シティがあり、2015年には12に増加すると予測されている。このようなメガ・シティの成長は極めて急速であるので、都市計画や行政が十分に対応して行けないのが現状である(図2-6、表2-5)。
東京と大阪は技術革新の進んだ地域に立地し、世界的にも重要な役割を果たしている。特に、東京は世界最大のメガ・シティであり、少なくとも今後20年間、引き続きその地位を保持するものと予測されている。急速に経済成長を遂げているメガ・シティとしては、ムンバイ、上海、デリー、コルカタがある。中国は長期にわたり政府が国内移動を制限し膨張を抑制してきたが、中国政府が経済の近代化を進める過程で、メガ・シティ(上海、北京、天津)は一挙に成長していった。南アジアのメガ・シティ(ムンバイ、コルカタ、ダッカ、カラチ、デリー)においては、国内移動と人口の自然増が急速な成長に寄与している。また、首都であるジャカルタとマニラは国内の他の都市とは比較にならないほどの人口規模を持つという特徴がある。
アジアのメガ・シティは地域の都市人口の約10%を占めるに過ぎないが、経済的には地域の活動にきわめて大きな影響力を持っている。それぞれに国家経済に大きく寄与し、高等教育機関や研究所を保持する知的センターであり、文化的にも創造性に富んでいる。このようなメガ・シティに対する政府・行政の取り組みは一般に分散・抑制政策であるが、世界銀行はまた違った考え方を示しており、「経済が均衡に発展することはなく、分散政策は経済成長を妨げる」と明言している19)。所得と生産の地域格差は必然であり、経済成長が空間的に均衡に拡がることはない旨を明確にしたものである。
メガ・シティが成長するメカニズムはそれほど難解なものではない。開発の初期段階で、都市に市場として最適な位置と周辺との良好な連携関係があれば、自ずと製造業が集中し始める。主要な経済活動は、集積のメリット、規模の経済を享受できるわずかな都市に集中していくものであり、殆どの国において、メガ・シティは首都としての権力の中心であったり、経済の中心であったりする。人口、資本、インフラストラクチャーもメガ・シティに集中していくことになるので、政治的にも社会的にもメガ・シティを開発のエンジンとして強化していくことになる。また、メディアのメガ・シティへの集中が地域の政策、国家への政策への影響力を高めていくことにもなり、結果として、インフラストラクチャーの整備に対する公的投資も増加しメガ・シティの規模の経済を強化することになる。サービス業は人口集積に付随したものであり都市の中心部に位置する傾向にあるので、メガ・シティが拡散し、製造業が周辺部に移転したとしても、サービス業はその中心部に存在し続けることになる。
メガ・シティの製造業、サービス業からの副産物は巨大であり、人と資本のさらなる移動を促すことになり、行政の分散の努力にもかかわらず、メガ・シティは人口的にも経済的にも成長を続ける。周辺部のインフラストラクチャーが相対的に不十分であることから、人々はインフラストラクチャーが良好な都心部周辺に定住することを選択し、結果的にメガ・シティの高密度化が進むことになる24)。
メガ・シティの人口推計については定義上問題があり、国連は一部過少推計しているのではないかとの評価もある。例えば、ジャカルタ、ソウル、テヘランは他機関の推計に比較し低く算出されている。ソウルについては、いくつかの機関が1,700万人から2,300万人と推計しているが、行政区域に基づく国連推計は970万人である。マニラ(国連推計1,070万人)も同様に過少推計との評価があり、隣接地区16自治体を含めて推計すると1,900万人程度となる。一方、上海、北京は特別市に指定され周辺地方部を行政下においていることから、国連推計は過剰推計になっているとの評価がある25)。
2.6 小規模・中規模都市の動向
都市化は幾つかの特定の都市で発生しているわけではなく、幅広く様々な都市で進んでいる。すなわち、クリスタラーの中心地理論で整理された階層性(Rank-size rule)が存在しており、人口1,000万人を超えるメガ都市ばかりに人口が集中するのではなく、階層性の低い人口50万人以下の都市にも張り付いていくのである。近年、数多くの小規模都市がメガ・シティ周辺や大都市周辺で成長しており、一般にエッヂ・シティと呼ばれている。今後、引き続き20年は、このような小規模・中規模都市が都市人口増加分の半分以上を吸収していくと予測されていることから、現在の人口配置が大きく変化することはないであろう(図2-7、表2-6)26)。もちろん例外的なものはあり、タイ、カンボジア、アフガニスタンでは首都であるバンコク、プノンペン、カブールが都市人口の半分以上を占めている。
小規模・中規模都市は周辺地域の行政的中心であるばかりでなく、流通や社会サービスの中心であって、地域の成長の核となっている。経済が急成長している国において、主要産業活動は大都市に集中しているわけであるが、小規模・中規模都市は大都市との連携を通じて、地方部の経済と世界経済の橋渡しの役割を果たしていると言える27)。
小規模・中規模都市の中心地は行政的対応、社会サービスの提供等の面から、今後発生する都市化問題の対応に重要な役割を担うことになるが、その都市基盤整備はまだまだ未成熟であり、道路、水と衛生、電話、インターネットなど多くの問題を抱えており、整備の在り方を十分に検討する必要がある。
なお、人口移動の観点からは、このような小規模・中規模都市は地方部からの移動者にとって中継基地の役割を果たし、移動する人口の一部は最終的に大都市へと移動していく。すなわち、アジアにおいては地方部から都市部への人口移動とともに、都市間移動も活発であり、大都市周辺の小規模・中規模都市から大都市へ移動するもの、また大都市から大都市周辺の小規模・中規模都市へ移動するものが都市間移動の大半となっている。
2.7 都市人口の成長要因
地方部から都市部への人口移動が都市成長の大きな要因として取り上げられ、急速な都市化を経験した多くの国において、人口移動抑制策が取られた。しかしながら、都市成長に大きく寄与する要因は都市人口の自然増である場合もある。
1980年代の南アジアの場合では、人口の自然増が都市成長の半分以上の要因となっていた。都市化の初期の段階としては、人口の自然増が最も大きな要因になるようである。例えば、1960年代から1980年代のインドでは、地方部から都市部への人口移動(社会増)は都市の人口成長の18%から20%を占めるに過ぎなかった。ネパールも同様に、人口の自然増が主な都市成長要因と考えられている。マレーシアとフィリピンについても、引き続き自然増による都市成長が続くものと予測されている28)。
一方、東アジア諸国の場合は、1980年代以降、人口の社会増が都市成長の主要因となっている。例えば、1980年代以降の中国の場合は、一人っ子政策の影響もあり社会増が都市成長の主要因となっている。但し、中国では1984年と1986年に行政区域の見直しが行われている。1984年には、行政区域設立基準が緩和され、1986年には都市部が隣接区域を合併することが勧告された。従って、1980年代には大きな統計上の変化が生じている29)。さらに、インドネシアでは、1970年代以降、人口の自然増の都市成長に対する影響が低下し、社会増の影響が高まっている。この間、ジャカルタと西ジャワ周辺は、急速な社会増を経験している30)。
以下においては、今後、特に都市成長要因として重みを増す人口の社会増(国内移動及び国際移動)に着目してその動向を整理する。
経済学的には、個々人はより良い所得を求めて低賃金雇用から高賃金雇用に移動するとされている。従って、都市への人口移動は、生活を改善しより良い社会的サービスを得るための個々人の選択である。都市への移動者は教育や訓練においてより良い機会を得るばかりでなく、自分の目的を達成する機会もまた改善する。移動を都市の側からみると、安定的な労働供給を受けることになり、経済活動を継続する上でメリットとなる。移動は新しい職を得たり、女性にも新しい機会を与えることになり、そのエンパワーメントに寄与すると考えるべきである。また送金という形で地方部と都市部の連携が維持されることは、地方部の世帯の所得を増加させ、地方経済を刺激することにもなる。
急成長している多くのアジアの都市経済では、雇用機会も潤沢に増加しているので、過去20年間に地方部から都市部への移動が急速に増加している。移動には様々なものがあり、毎日通勤するもの、数か月間の滞在から定住するものまである。一般的に移動者は故郷に残した家族と強い連携関係を保つ傾向にある。ほとんどのアジア諸国では国内移動に規制をかけていないが、中国、ベトナム等では都市への移動を規制するメカニズムを導入している。バランスの取れた人口配置を目標として、政府は地方部から都市部への移動を抑制しようとする傾向にあり、地方部での雇用の創出、都市スラムの拡大抑制、都市部定住の抑制といった様々な政策を一体的に導入している。しかしながら、その方針はまちまちであり、最近になって規制を緩和する傾向がある。
例えば中国の場合、地方部から都市部への移動は殆どが一時的なものであるが、基本的に農業セクターから工業セクターへの移動である。中国政府統計局は2006年の国内移動者を13,200万人と推計している。これら国内移動者は”circular migrants”とも”floating population”とも呼ばれ、中国政府が導入した戸籍制度によって直接的また間接的に地方部人口の都市部での定住を規制している。本制度は規制緩和の方向にはあるが、現時点でも地方部から都市部への移動が一時的なものになるよう機能している31)。
ベトナムにおいては、人口が北から南へ(南は比較的豊かである)、地方部から都市部へ移動する傾向がある。移動者が都市で働く場合には、居住許可が必要となる。現在、安定的な労働力を確保するため一時的な居住許可は与えられるようになっており、1980年代の経済改革以降、一時的な都市部や工業地区への人口移動が定着している。現在、ホーチミン市は毎年約70万人の短期労働者を受け入れている。
また、カンボジアにおいては、定住地不足による人口移動が発生しており、違法にタイへ国際移動する者も多い。国内的にも定住地を求めて移動する者や雇用機会を求めて移動する者がおり、現在のところプノンペンが3分の1の国内移動者の受け皿となっている32)。
間接的に国内移動を規制しようとする政策として、近年、インドが導入した地方部雇用政策がある(National Rural Employment Guarantee Act)。地方部の各世帯に対して1年に100日間の労働賃金が保証され、受給者は肉体労働等を提供するものであり、近年取られた地方部雇用政策としては最も強力なものである。前例のない財政的支援策であるため、有効に機能することが期待されている33)。
移動の抑制や地方部開発政策にもかかわらず、人口は引き続き地方部から都市部へ移動しているのが実態である。地方部と比較して、都市部ではより良い雇用機会、医療・教育など社会サービスへのアクセス、社会的地位の向上といった沢山の機会を享受できる可能性がある。しかし、実際には、沢山の移動者が適切な職を得ることができず、都市の経済成長の便益を得ることもなく、インフォーマル・セクターで長く働く状況になっている。アジア全体を通じて、全ての移動者は都市に永久に住みつこうとするのであるが、不法居住から脱することが難しく、公式の職を得ることもなく、さらなる移動を強いられる場合が多い。
一方、国際的移動(労働移動)も資本、情報、技術の国際移動と同様に世界的な変化の1つである。アジアにおいては、約6,000万人が母国を離れて居住しており、その数は1960年から2005年の間に倍増している。太平洋地域においても、同期間に国際移動者の数は2.5倍になっており、同地域の全人口の15%を占めるに至っている。アジア太平洋地域は、世界全体の国際移動者(約19,100万人)の30%以上を吸収しているのである34)。
アジア太平洋地域においては、隣国間の移動が主流である。このような移動は法律で厳しく規制されてはいるのだが、国内移動と同様に、より良い雇用と安全を求めて増加傾向にある。特に、最近ではASEAN等で国際移動規制が緩和されたこともあり、プル及びプッシュ要因によって増加傾向が顕著である。国家間の格差が引き続き存在している一方で、地域経済や地域労働市場の連携、また技術革新等によって、専門職、非専門職を問わず労働力に対する新たな需要が創出されている。さらには、存在する国際移動ネットワーク、国際移動者を採用する企業や政府の政策がその動向に大きな影響力を持っている35)。
2.8 都市化・都市成長の動向のまとめ
世界的に人口自体の急増と急速な都市化が同時進行している。アジアにおける都市化率は2010年時点で42.5%と他地域に比較して低いが、経済成長と都市化の関係が深いことや、グローバリゼーションによる生産拠点の集積を考えれば今後も急速に都市化していくものと予測される。アジアの都市化率が相対的に低い理由としては、人口規模が非常に大きい中国、インド、パキスタン、バングラディシュの都市化率が30%前後で、アジア全体の都市化率を引き下げていることがある。
2008年は世界人口の半分が都市部に住むことになったことから、注目すべき年である。多くのアジア諸国における急速な経済発展と相まって、アジアでも2023年には都市人口が50%を超えると予測される。
1980年代以降の都市化の動向を国別に整理すると、概ね4つのパタンに分類できる。1つ目は、経済的に発展し都市化が進み、都市成長率が低い国(日本、韓国)、2つ目は、都市化率も都市成長率も中位の国(マレーシア、フィリピン)、3つ目は、都市化率は低いが都市成長率は中位の国(中国、インド、インドネシア、タイ、スリランカ)、4つ目は、都市化率は低いが都市成長率が極めて高い国(ベトナム、パキスタン、バングラディシュ、カンボジア、ラオス)である。
経済成長(1人当たり実質GDP水準)と都市化の関係を見ると、アフリカの一部地域を除き両者の間には正の相関関係があり、アジア地域においては経済が成長すれば都市化が進む。 また、都市化による「集積の経済」のメリットによってさらに生産性が向上し経済成長するものと考えられ、クラッセンの理論に基づけば発展段階初期にある。一般的には、低所得国で経済成長が進むと、都市化が大きく進展するとともに格差が拡大する傾向にある。
急速な経済成長の中心的役割は都市が果たしており、都市が製造業やサービス業を引き付けることにより産業活動の集中が発生し、さらに生産活動と成長が促される効果的な外部経済化、すなわちクルーグマン等が指摘する集積力が働いている。都市での経済活動の集積が国内経済と国際経済との融合を促し、効果的に経済成長に寄与している。
人口1,000万人以上のメガ・シティは、拡散的な広がり(スプロール)や地域の経済的・社会的中枢といった共通の特徴を持っており、経済活動のみならず政治、文化、イベントなど様々な意味において世界の耳目を集めている。現在、アジアには10のメガ・シティがあり、2015年には12に増加すると予測されている。
アジアのメガ・シティは地域の都市人口の約10%を占めるに過ぎないが、経済的には地域の活動にきわめて大きな影響力を持っている。それぞれに国家経済に大きく寄与し、高等教育機関や研究所を保持する知的センターであり、フロリダが指摘するように創造性に富んでいる。人口、資本、インフラストラクチャーもメガ・シティに集中していくことになるので、政治的にも社会的にもメガ・シティを開発のエンジンとして強化していくことになる。
都市化は幾つかの特定の都市で発生しているわけではなく、幅広く様々な都市で進んでいる。すなわち、クリスタラーの中心地理論で整理された階層性(Rank-size rule)が存在しており、人口1,000万人を超えるメガ都市ばかりに人口が集中するのではなく、階層性の低い人口50万人以下の都市に張り付いていくのである。都市化のペースがもっとも速いのは、小規模都市(人口50万人以下)であることが明らかになっている。今後、引き続き20年は、このような小規模・中規模都市が都市人口増加分の半分以上を吸収していくと予測されていることから、現在の人口配置が大きく変化することはないであろう。しかしながら、このような都市は往々にして、都市の急速な成長に適切に対処し、それを管理するための財政力を保持していないケースが多く、そのため、居住環境の改善、インフラ整備の必要性、環境の劣悪化への対処、また格差と貧困問題への対応といった難しい課題に直面することになる。
地方部から都市部への人口移動が都市成長の大きな要因として取り上げられ、急速な都市化を経験した多くの国において、人口移動抑制策が取られたが、人口は引き続き地方部から都市部へ移動しているのが実態である。また国際移動は法律で厳しく規制されてはいるのだが、国内移動と同様に、より良い雇用と安全を求めて増加傾向にある。しかしながら、南アジアのように都市成長に大きく寄与する要因が都市人口の自然増である場合もあることに留意する必要がある。
このような都市化・都市成長の動向をどの様な観点から検討するかは本研究において重要な視点である。第1に、都市化に伴ってクルーグマン等が指摘する集積力が働き、生産拠点化が進むとしているが、例えば、メガ・シティの成長は都市の創造性によるところも大きい。従って、都市化・都市成長と創造性の関係を明らかにすることは重要であり、本論文では第3章において、その分析を行うこととする。第2に、急速な都市化・都市成長は格差を拡大し貧困問題をより深刻なものとする場合が多い。またフロリダが指摘するように創造性で成長する都市では格差が拡大するとされている。このため、都市化・都市成長と格差や貧困問題の関係を明らかにすることも重要であるので、本論文の第4章で格差と貧困問題、また経済成長、都市化、格差の連関について検証する。第3に、急速な都市化・都市成長は居住の改善、インフラ整備、環境改善等について莫大なニーズを発生させるものである。特に、居住問題は拡大する格差是正の観点からも極めて重要であるので、第5章において、適切な居住改善方策について言及することとする。
2.9 持続可能な都市成長への課題
2.9.1 持続可能な都市成長
「持続的な都市づくり」や「持続可能な都市成長」という言葉は、「持続的な開発」から派生した言葉と考えられるが、この「持続的な開発」という概念は、1980年代後半に発表された通称ブルントラント報告の理念や目標をもとにしており、今日でもこの報告書の定義がもっとも広く引用されている36)。表2-7は、この持続可能な開発の定義がどのように都市に適用されるかを示している。
アジアの都市では、急速な経済成長と人口増加、都市化が進み、過度の消費(飲料水から都市開発のための農地利用に至るまで)、資源消費型の経済成長、居住と経済活動の集中(給水と衛生設備の需要増大など)等が環境の悪化に直接的な影響を与えている。一方で、行政機関は能力不足であり、環境インフラも未整備であるため、環境問題の深刻化が避けられない状況である。
特に、増加する都市人口の大半は所謂スラム地区に居住することになるため、1つの都市に2つの顔がある、また1国2経済と言われるように、富裕層や新中間層が居住する地域とは全く異なる劣悪な居住地域が確実に拡大することになる。行政機関に十分な対応能力がない以上、住民自らが居住環境の改善を進める方法論の確立が不可欠となる。
都市は経済発展の原動力ではあるが、アジアの場合、その成長速度が急速であるため、インフラ投資もその政策的枠組みの整備も十分にキャッチアップすることができない。アジアの多くの大都市で、土壌や水質の汚染などの公害と、地域の環境資源の悪化または枯渇といった状況が見られる。環境劣化が進んだ結果、都市に住む人々の健康や、経済成長の適正化がいちじるしく阻害され、非効率と衰退という下方スパイラルに陥る可能性さえ指摘されている。
環境への影響がどのような性質のものであるかは、個々の都市によって、とりわけ経済発展の度合いによって異なるが、アジアの低所得国の都市部には共通の問題が存在する。それは、適切な居住環境の欠如、安全な飲料水と衛生サービスの不備、都市の固形ゴミや産業廃棄物の大幅な増加、蔓延する交通渋滞と騒音公害、都市の大気・水質汚染、農地・森林への都市の侵食(拡大)といった問題である。このようなテーマ別の問題に加え、「持続可能な都市成長」に関連して最も重要な問題は、アジアの都市自身(行政機関)が、環境ガバナンスなど組織的・制度的な面で弱点を抱えており、そのために、都市自らが適切な対応策を検討・実施することが難しいということである。
まず都市自身(行政機関)が、環境に問題があれば、開発にも悪影響がある(例えば、都市住民の健康状態が悪ければ、生産性がマイナスの影響を受ける)ことに十分留意しなければならない。逆に、環境が健全に管理されていれば、環境サービス(給水・衛生設備等)へのアクセスが向上し、より快適な暮らし及び生産性の向上が実現するのである。
開発の概念は、都市のもつ大きな潜在力を引き出し、より広い規模(アジア域内および地球規模)での持続可能な発展を促すことである。最近の都市同盟(World Bank: Cities Alliance) の報告書にも次のように記されている。「都市は、環境問題の世界最大の元凶であるとされているが、同時に、文明のもっとも偉大な成果と持続可能な未来への希望を象徴している」37)。確かに都市にはマイナス面もあるかもしれないが、人と活動が集中していることは、それ自体が、都市にチャンスがあふれていることを示している。持続可能な都市成長を実現する上で、いかに環境とのバランスを取っていくかが、アジアにおける今後の都市の課題である。
2.9.2 持続可能な都市成長のモニタリング
経済成長中心の政策から持続可能な都市成長への大きな政策転換が求められている中で、指標によるモニタリングは都市の目指すべきゴールを明確にする政策転換のツールとして重要な役割を果たすものである。定量的・客観的情報開示に役立つと同時に、コミュニケーションツールとして、ステークホルダー間の合意形成やネットワーク形成に役立つものである。
指標によるモニタリングを導入した都市では、「指標による評価」が政策へ反映される場合が多い。指標作成による市民と行政の合意や評価協力のためのネットワーク形成が図られる事例等が見られる。都市問題を明らかにし、政策の優先順位決定にあたっては、都市間比較は有効な手段であり、この比較により広い視点で都市を見直すことが可能となる。個々の指標の都市比較により、「都市の個性や課題」を明確にし、政策の優先順位や目標値設定などに活用することができる。
指標導入は、欧米諸国の都市に比べるとアジア諸国の都市では非常に少なく、より一層の取り組みが求められる38)。 実際の活用事例を見てみると、指標開発は進捗状況の計測や政策への反映を目的としているため、それぞれの社会、経済背景やデータソースに影響されて各都市の指標選択は異なっている。
指標選択に関し、開発途上国の都市では先進国の都市と比較して、持続可能性に係る「環境的側面」のデータが少ない傾向があり、環境問題自体への関心の低さがうかがえる。社会的側面では、インフラや住宅など基本的な生活の質に関連する指標が多い開発途上国の都市に対し、先進国の都市では、文化やコミュニティーなどより高い生活の質に関連する指標が多く見られる傾向にある。
今後、アジア地域の各都市で「持続可能な都市成長」を目指すにあたり、問題点となる指標のデータ収集、更なる環境関連指標の導入及び都市間比較のためのネットワークの構築等が課題として考えられる。持続可能性に係る指標の選択については、各国の既存定義や時代的背景を考慮したうえで、基本理念を公平性、自立性、多様性の3つに、また環境、社会、経済、制度の4つの側面に整理して選択することが提言されている38)。持続可能性を達成するうえで、空間的調和、社会的調和、環境的調和及び文化・伝統等への考慮(文化的調和)に十分に配慮して、モニタリングを実施することが重要と考えられる。
野田 順康
2.1 はじめに
都市の定義を人口が集中している領域とした場合、その起源は極めて古く、世界四大文明の時代にさかのぼることになり、紀元前100年のアレクサンドリアの人口は約100万人と推計されている。ローマやバグダッドなども中世以前に人口が100万人を超えたと推計されている。その後、中世ヨーロッパで都市の発展が見られ、ロンドンやパリなどの大都市が出現することになるが、世界人口に対する都市人口の比率は1850年で約4%、1900年で約12%と推計されており、大半の人口は農村部(Rural)に張り付いていたと理解してよい。
最大都市についてみると、紀元100年にはローマが、その後361年からはコンスタンティノープルに移り、622年からはクテシフォン、バグダッドとメソポタミアに移る。その後1200年頃から19世紀初頭までの間は、最大都市は杭州、北京と中国にあった(17世紀を除く)。19世紀以降はヨーロッパ、アメリカの都市が台頭してくるが、1975年以降は東京となる1)。
国連人口部の統計に基づけば、全世界における都市部(Urban)と地方部(Rural)の人口比率は2008年に均衡するに至ったと推計されており、急速な都市化が進んでいる。アジアにおいては、まだ相対的に地方部の人口比率が高いものの、今後、急速に都市化が進み、2023年には都市部と地方部の人口比率が五分五分になるものと推計されている2)。
本章は、このような都市化の動向を踏まえて、これまでの都市化・都市成長に係る先行研究をレビューするとともに、国連統計などを基にアジアの都市化の動向や経済成長との関係について整理し、アジアにおける急速な都市化・都市成長の概況を把握する。特に、メガ・シティや小規模・中規模都市の動向など、今後の人口配置の方向性について示す。また、アジアでは環境や弱者を犠牲にしながら都市成長が進んでいる側面があることから、持続可能な都市成長の課題やスラム地区など居住地分離の問題点について検討する。結果として、アジアの都市化の特徴を把握することとなり、本研究全体の課題や対応を検討する上での基礎とする。分析と概況の把握に当たっては、基本的に国連統計を活用して進める。
2.2 都市化・都市成長に関する先行研究
20世紀初頭、都市化の概念は社会学において初めて検討され、ウェーバー(Weber)は、「農村社会が都市社会へ変質する過程」と定義している。3)その後、1930年代にシカゴ学派のパーク(Park)やワース(Wirth)等が都市社会学の分野を確立し、都市化の分析に取り組んだが、分析対象は生活様式の変化やコミュニティー喪失論に力点が置かれた。都市化の進展に係る要因分析には着目していない4)5)6)。
一方、都市地理学の分野においても都市化・都市成長の分析がなされており、人口の空間的配置と変化の分析に重点が置かれている。この分野において、田辺は、狭義には「非都市的要素が都市的要素に転換していくこと」、広義には「都市圏が拡大していくプロセス」と都市化を定義している7)。
また、クラッセン(Klaassen)は都市の発展段階論として、図2-2に示す通り、①都市化、②郊外化、③反都市化、④再都市化のサイクルが発生するとしている。第1段階では郊外地域から中心都市に人口移動が生じ都市化が進むが、第2段階では中心都市から郊外への人口移動が卓越するとしている。さらに、第3階では中心都市で人口減少が起こるが、第4段階では再び中心部への都市化が始まるとするものである。
経済学の分野においては、都市化を集積の経済の一環として理論モデル化の試みがなされてきた。都市化と空間的問題にアプローチした先駆的モデルとして考えられるものは、フォーン・チューネンの考え方と言われている8)。①生産費用と輸送費用の和を最小にするための土地分配、②農家と土地所有者の一般競争下における土地分配を前提とした都市形成を想定したものであるが、あくまで限定的なモデルと言わざるを得ない。次に基本となる都市化へのアプローチとしてクリスタラー(Christaller)9)及びレッシュ(Losch)10)が提唱した中心地理論がある。規模の経済と輸送費用の間のトレードオフによって格子模様状に中心地が形成され、中心地には階層性が発生するとした。しかしながら、中心地の形成と市場競争や家計の行動との関係は明らかにされておらず、本理論も経済モデルとしては限定的である。
1970年代に入り、都市経済学の分野が確立され、単一中心モデルの研究が始まり、新古典派が中心となって効用最大化、地代最大化、市場均衡といった観点から都市の内生的形成に関する検討が進んだ。特に、1990年代からは、経済の空間的側面に関する理論的・実証的研究が急速に進んだ11)。ヘルプマン(Helpman)、グロスマン(Grossman)、クルーグマン(Krugman)や藤田等の研究によって内生的成長の研究が進み、集積の経済と複数地域の中心を持つモデル分析がなされ、空間経済学の領域が確立された12)。いかなる場合に経済活動の空間的集中が持続可能となるのか(集積力)、また空間的集中が無い場合、いかなる場合に対称性のある均衡が不安定になるのか(分散力)の2つの命題を理論的に説明しようとする試みである。
また1990年代後半からは都市経済学の新たな視点により都市化・都市成長について検討がなされている。ポータ(Porter)はイノベーションによる競争力が都市化・都市成長を促進するとし、その基本要素として人材、設備、知識、資本、インフラを取り上げている13)。このような議論は、2000年代に入り創造都市論に結びついて行く。ランドリーは、文化・芸術がもつ創造力や都市のアイデンティティが生み出す創造性(クリエイティブネス)が都市成長を促すとする一方、フロリダは創造性の要素である寛容性、技術、人財が都市成長に強く関わるとしている。
最後に、土木や建築等の工学的アプローチにおいては、都市化や都市成長の現象分析に重点を置くことはなく、都市化、都市成長を所与の条件として捉え、それに対する対応策としての都市基盤整備の研究が主になされてきている。特に都市計画の分野においては、都市化に伴う人口増加を的確に推計し、それに見合う受け皿づくりが主なテーマとなってきた14)。
2.3 国連等における取組
1972年、ローマクラブ注1)が第1報告書「成長の限界」を刊行し、現在のままで人口増加や環境破壊が続けば、資源の枯渇や環境の悪化によって100年以内に人類の成長は限界に達すると警鐘をならした15)。
このような報告に対応し、国連も幾つかの国際会議を開催したが、その1つとして、人口増加と都市化の影響に着目した第1回国連人間居住会議が、1976年5月、カナダのバンクーバーで開催された。同会議では未曾有の都市化が居住、雇用、健康、教育等に与える影響について警告し、これに対応するため特別の国連機関(国連人間居住センター)注2)の設置を提唱した16)17)。
さらに、急激な都市化により深刻化している居住環境悪化や都市貧困問題に対処するため、1996年には第2回国連人間居住会議(ハビタットⅡ)が、トルコのイスタンブールにおいて開催された。世界168カ国が参加し、「すべての人に適切な住居を」及び「都市化する世界における持続可能な人間開発」を基本目標にしたハビタット・アジェンダ(人間居住の問題に取り組むにあたっての目標・原則・公約とともに、目標達成のための「世界行動計画」)及びイスタンブール宣言が採択された。
この会議で採択されたアジェンダと宣言では、都市の人口抑制は事実上不可能であると受け止め、都市の秩序ある成長管理の重要性と、都市のもつ成長エネルギーを国全体の発展につなげていくという考え方、「都市の成長エンジン論」が打ち出された。大都市を中心とした発展論には、地方切捨てではないかという反発もおこり、その後、国連内部でも都市と農村の連携が見直されるなど再検討されたものの、その後の都市政策に大きな影響を与えることになった。
この都市が成長のエンジン(原動力)であるという考え方は、ハビタット・アジェンダの序文で以下のように明記されている18)。
「歴史的に見て、都市化は、経済的・社会的発展、識字率及び教育水準の向上、全般的な健康状態の向上、社会的サービスへのアクセスの増加、並びに文化、政治、宗教への参加に伴って生じてきた。民主化は、そのようなアクセスを促進し、また地方分権化した参加型計画・管理、官民のパートナーシップ、及び市民社会の実行者のための有意義な参加や関わりあいを促進した。これらは成功する都市の未来の重要な特徴である。都市は成長の原動力であり、文明を育む土地であり、知識、文化、伝統、並びに商工業の発展を促してきた。(ハビタット・アジェンダ 序文 第7パラグラフ)」
ハビタット・アジェンダで示されている知識、文化、伝統などは、都市の発展により育まれると同時に、これらが都市の磁力(成長要因)として人々を惹きつけ、都市を個性的で魅力的なものにしている。こうした都市の個性と魅力を作り出す都市の創造性と多様性が、近年、注目を集め多くの研究の対象となっている。
2.4 アジアにおける都市化・都市成長の概観
2.4.1 都市化率の状況
アジアは世界の30%の陸地と60%の人口を抱えた世界最大の大陸である。また、世界で人口規模が大きい10の国家のうち、6ケ国(中国、インド、インドネシア、パキスタン、バングラディシュ、日本)はアジアに位置しており、その6ケ国で世界人口の45%、アジア地域の人口の77%を占めている。さらに、アジアには巨大な人口を抱える中国とインドが位置しており、その2ケ国の人口だけで25億人、世界人口の37%になる。
世界の都市化の動向を都市人口注3)の総人口に対する比率(都市化率)で見ると図2-3のとおりである。人口自体の急増もさることながら、世界的に急速な都市化が進んでいる。アジアにおける都市化率は2010年時点で42.5%であるが、経済成長と都市化の関係が深いこと、グローバリゼーションによる生産拠点の集積を考えれば今後も急速に都市化していくものと予測される。
地域別の都市化率の動向は図の2-4及び表2-1の通りである。アジアの都市化率は他地域に比較してまだ低位にあるが、2010年以降の上昇率は他地域よりも高くなると推計されている。アジアの都市化率は、1990年は31.9%だったが、2030年には54.1%と人口の半数を超えることになる。また、都市人口の増加率をみると、2000年から2030年までに世界の増加率は56%と予測されているのに対し、アジアの増加率は71%である。
アジアの都市化率が相対的に低い理由の1つとして、人口規模が非常に大きい中国、インド、パキスタン、バングラディシュの都市化率が30%前後となっており、アジア全体の都市化率を引き下げていることがある。近年、中国、インドでは急速な経済成長が進み、それに応じて都市化が加速しているが、両国とも巨大な人口を抱えた国家であるので、都市化率が50%に届くにはまだ20年以上かかるものと推計されている。
2008年は世界人口の半分が都市部に住むことになったことから、注目すべき年である。多くのアジア諸国における急速な経済発展と相まって、アジアでも都市人口が50%を超える時代が来るが、まだ時間を要する。国連推計に基づけば、世界平均より15年遅い2023年にアジアの都市人口の割合も50%を超えるものと予測される。
2008年時点で、アジアの都市には世界の都市人口(32億人)の半分にあたる16億人が生活している。2030年には、50億の世界の都市人口のうち27億人がアジアに定住するものと予測されており、この22年間にアジアの都市人口は約11億人増加する。世界の都市人口増加の約60%がアジアで生ずることになり、1日当たり12.3万人増加することになる19)。世界平均の都市化率と比較すると、アジアはまだ低位にあるものの、その絶対量は極めて大きく、都市化の様相も、巨大都市から小規模都市まで多様な構造を呈している。さらに重要なことは、都市の数が急増するわけではなく、増加する人口は現在存在している都市部で吸収されることである。すなわち、既存都市において高密度化と拡散(スプロール)が同時に発生し、都市行政においてはインフラの整備をはじめとする大きな課題に直面することになる。
2.4.2 都市化のパタン
歴史的にみると、アジアにおける都市化は、地中海とアジア大陸を結びつけたシルクロードに沿って発生し、交易が多くの都市を成長させた。シルクロードを通じた貿易が中国、インド、エジプト、ペルシャ(現イラン)、アラビアの都市成長に大きく寄与している。
一方、近年では、製造業、サービス業の急速な発展に伴う国内市場の拡大や港湾を窓口にした交易によって沿岸部、臨海部を中心にアジアの都市化が進展している。1960年代までは、日本、韓国など都市化の進んだ極少数の国において経済成長が実現され、それがまた都市化を促進した。しかし、1980年代、1990年代の経済成長によって都市化の状況にもいくつかのパタンが見られる。1980年代以降の動向を整理すると、概ね4つのパタンに分類できると考えられる。1つ目は、経済的に発展し都市化が進み、都市の成長率が低い国(日本、韓国)、2つ目は、都市化率も都市成長率も中位の国(マレーシア、フィリピン)、3つ目は、都市化率は低いが都市成長率は中位の国(中国、インド、インドネシア、タイ、スリランカ)、4つ目は、都市化率は低いが都市成長率が極めて高い国(ベトナム、パキスタン、バングラディシュ、カンボジア、ラオス)である。
特に目覚しい都市人口の増加が予想される国は、表2-2から明らかである。2005年から2030年の都市人口の増加率は、タイは70%、中国は64%、インドは86%であるのに比して、ベトナムは110%、パキスタン141%、カンボジア197%、ラオス177%といずれも世界の増加率を大きく上回っている.
アジアの都市人口の急増は、アジア地域の各市街地集積地の1980年から2005年までの人口増加数上位100都市の人口変化(表2-3)からも把握できる。インドのムンバイ、デリー、バングラディシュの首都ダッカの上位3都市は、この25年で、約900万人以上の驚異的な人口増加を記録している。その他アジア各国の首都圏でも、ジャカルタ(インドネシア)の約720万人を筆頭に、東京(日本)約660万人、マニラ(フィリピン)約470万人、北京(中国)約420万人が突出している。カブール(アフガニスタン)バンコク(タイ)、ヤンゴン(ミャンマー)、ハノイ(ベトナム)、ピョンヤン(北朝鮮)、ソウル(韓国)は約201万人から約138万人の間で人口が増加している。アジアの都市人口については、この25年で、首都圏を中心とした大都市への集中が進行していることがわかる。
同様に、1990年から2010年までの各都市の人口成長率の上位30都市を表2-4に示した。1990年代は、中国の改革開放政策によるめざましい経済成長を反映し、深セン、アモイなどの中国沿岸部の都市を中心に成長率が2ケタ台を示しており、かつ、上位約7割を中国の都市が占めている。
2000年代になると、中国の各都市の成長率が4%台まで下がり、紛争が終結し復興中のアフガニスタンの首都カブールの成長率8.4%が最高となる。中国の各都市の成長率が、この時期から落ち着いていることもあるが、以後、アジアの都市全体の伸び率はやや鈍化する傾向にある。また、インド経済の好調さを反映して、2000年以降はインドの都市が約4割を占めるようになっている。
2005年からの5年間は、中国、インドの各都市の成長率が低下する一方、都市化率が低かったネパールで首都への人口集中が進みカトマンズが第1位となっている。また、紛争が終結したアフガニスタン、カンボジアでも首都への人口集中が進み、カブールとプノンペンが2位、3位となっている。紛争地域であっても、平和が確保されれば、急速に都市化が進む傾向が強いと言える。この他、インドネシアやバングラディシュ、パキスタンなどの都市の成長率が高くなっている。
2.4.3 都市化・都市成長と経済活動
アジア地域は、めざましい経済成長を遂げるなかで、世界経済における重要性をますます増しており、世界的に高い注目を集めている。 例えばGDPについて見ると、1993年には世界全体の9%であったが、2005年には27%へと上昇している。アジア全体の経済成長率は、70年代の5%台から90年代の7%台へ、また2000年台に入っても引き続き7%台を維持している。アジアでは、高度成長を続ける東アジアに加え、南アジアでも成長が加速しており、成長の自己増殖的広がりがみられる20)。
経済成長(1人当たり実質GDP水準)と都市化の関係を見ると、アフリカの一部地域を除き両者の間には正の相関関係があり、アジア地域においては経済が成長すれば都市化が進む21)。 また、都市化による「集積の経済」のメリットによってさらに生産性が向上し経済成長するものと考えられる。
現在、都市を基盤とした経済活動は、低所得国では国民総生産(GNP)の55%、中所得国では73%、高所得国では85%を占めると推計されている。例えば、ベトナムの都市化率は25%であるが国内総生産への都市の寄与率は70%である。中国では、120の都市の国内総生産への寄与率は75%となっている。また、韓国においては国内総生産の50%が首都ソウルに依存し、フィリピンでも同様に約60%がマニラ都市圏の経済活動に依るものである22)。
アジア地域では今後も驚くべきスピードで都市人口の割合が増え、都市によっては、15~20年ごとに人口が倍増する都市もある23)。アジアの一部の地域では、人類史上例がないほどの都市化が進展するであろう。もちろん、国によって都市化の様相は大きく異なっているが、一般的には、低所得国で経済成長が進むと、都市化が大きく進展する傾向にある20)。また都市化のペースがもっとも速いのは、小規模都市(人口50万人以下)であることが明らかになっている2)。 このような都市は往々にして、都市の急速な成長に適切に対処し、それを管理するための財政力を保持していないケースが多く、そのため、環境劣化と貧困問題への対応という難しい課題に対処することになる。特に、増加する都市人口の大半は低所得層、貧困層に属しており、都市の中でも所謂スラム地区に居住地を求めることになるが、行政機関はその居住環境の改善を図る財政力も対応策も有していないのが実態である。従って、スラム地区に居住する住民自らが居住環境改善に向けた自律的活動を促進することが期待されている。
いずれにしても、この20年間(2010-2030)に、これまでに経験したことのない都市人口の増加が発生するであろう。アジア地域における都市部での人口増加は、農村部で人口が減少を続けていることを考えると、都市経済の活発化に伴い、より豊かな生活を求めて、農村部から都市部への人口移動が続いていると考えられる。低い生産性の農業部門から高い生産性の産業・サービス部門への労働移動を伴いながら都市化は着実に進んでいくことになる。現在も見られるように、急速な経済成長の中心的役割は都市が果たしており、都市が製造業やサービス業を引き付けることにより産業活動の集中が発生し、さらに生産活動と成長が促される効果的な外部経済化が進むことになる。都市での経済活動の集積が国内経済と国際経済との融合を促し、効果的に経済成長に寄与している。
2.5 メガ・シティの動向
人口1,000万人以上のメガ・シティは、拡散的な広がり(スプロール)や地域の経済的・社会的中枢といった共通の特徴を持っており、経済活動のみならず政治、文化、イベントなど様々な意味において世界の耳目を集めている。現在、アジアには10のメガ・シティがあり、2015年には12に増加すると予測されている。このようなメガ・シティの成長は極めて急速であるので、都市計画や行政が十分に対応して行けないのが現状である(図2-6、表2-5)。
東京と大阪は技術革新の進んだ地域に立地し、世界的にも重要な役割を果たしている。特に、東京は世界最大のメガ・シティであり、少なくとも今後20年間、引き続きその地位を保持するものと予測されている。急速に経済成長を遂げているメガ・シティとしては、ムンバイ、上海、デリー、コルカタがある。中国は長期にわたり政府が国内移動を制限し膨張を抑制してきたが、中国政府が経済の近代化を進める過程で、メガ・シティ(上海、北京、天津)は一挙に成長していった。南アジアのメガ・シティ(ムンバイ、コルカタ、ダッカ、カラチ、デリー)においては、国内移動と人口の自然増が急速な成長に寄与している。また、首都であるジャカルタとマニラは国内の他の都市とは比較にならないほどの人口規模を持つという特徴がある。
アジアのメガ・シティは地域の都市人口の約10%を占めるに過ぎないが、経済的には地域の活動にきわめて大きな影響力を持っている。それぞれに国家経済に大きく寄与し、高等教育機関や研究所を保持する知的センターであり、文化的にも創造性に富んでいる。このようなメガ・シティに対する政府・行政の取り組みは一般に分散・抑制政策であるが、世界銀行はまた違った考え方を示しており、「経済が均衡に発展することはなく、分散政策は経済成長を妨げる」と明言している19)。所得と生産の地域格差は必然であり、経済成長が空間的に均衡に拡がることはない旨を明確にしたものである。
メガ・シティが成長するメカニズムはそれほど難解なものではない。開発の初期段階で、都市に市場として最適な位置と周辺との良好な連携関係があれば、自ずと製造業が集中し始める。主要な経済活動は、集積のメリット、規模の経済を享受できるわずかな都市に集中していくものであり、殆どの国において、メガ・シティは首都としての権力の中心であったり、経済の中心であったりする。人口、資本、インフラストラクチャーもメガ・シティに集中していくことになるので、政治的にも社会的にもメガ・シティを開発のエンジンとして強化していくことになる。また、メディアのメガ・シティへの集中が地域の政策、国家への政策への影響力を高めていくことにもなり、結果として、インフラストラクチャーの整備に対する公的投資も増加しメガ・シティの規模の経済を強化することになる。サービス業は人口集積に付随したものであり都市の中心部に位置する傾向にあるので、メガ・シティが拡散し、製造業が周辺部に移転したとしても、サービス業はその中心部に存在し続けることになる。
メガ・シティの製造業、サービス業からの副産物は巨大であり、人と資本のさらなる移動を促すことになり、行政の分散の努力にもかかわらず、メガ・シティは人口的にも経済的にも成長を続ける。周辺部のインフラストラクチャーが相対的に不十分であることから、人々はインフラストラクチャーが良好な都心部周辺に定住することを選択し、結果的にメガ・シティの高密度化が進むことになる24)。
メガ・シティの人口推計については定義上問題があり、国連は一部過少推計しているのではないかとの評価もある。例えば、ジャカルタ、ソウル、テヘランは他機関の推計に比較し低く算出されている。ソウルについては、いくつかの機関が1,700万人から2,300万人と推計しているが、行政区域に基づく国連推計は970万人である。マニラ(国連推計1,070万人)も同様に過少推計との評価があり、隣接地区16自治体を含めて推計すると1,900万人程度となる。一方、上海、北京は特別市に指定され周辺地方部を行政下においていることから、国連推計は過剰推計になっているとの評価がある25)。
2.6 小規模・中規模都市の動向
都市化は幾つかの特定の都市で発生しているわけではなく、幅広く様々な都市で進んでいる。すなわち、クリスタラーの中心地理論で整理された階層性(Rank-size rule)が存在しており、人口1,000万人を超えるメガ都市ばかりに人口が集中するのではなく、階層性の低い人口50万人以下の都市にも張り付いていくのである。近年、数多くの小規模都市がメガ・シティ周辺や大都市周辺で成長しており、一般にエッヂ・シティと呼ばれている。今後、引き続き20年は、このような小規模・中規模都市が都市人口増加分の半分以上を吸収していくと予測されていることから、現在の人口配置が大きく変化することはないであろう(図2-7、表2-6)26)。もちろん例外的なものはあり、タイ、カンボジア、アフガニスタンでは首都であるバンコク、プノンペン、カブールが都市人口の半分以上を占めている。
小規模・中規模都市は周辺地域の行政的中心であるばかりでなく、流通や社会サービスの中心であって、地域の成長の核となっている。経済が急成長している国において、主要産業活動は大都市に集中しているわけであるが、小規模・中規模都市は大都市との連携を通じて、地方部の経済と世界経済の橋渡しの役割を果たしていると言える27)。
小規模・中規模都市の中心地は行政的対応、社会サービスの提供等の面から、今後発生する都市化問題の対応に重要な役割を担うことになるが、その都市基盤整備はまだまだ未成熟であり、道路、水と衛生、電話、インターネットなど多くの問題を抱えており、整備の在り方を十分に検討する必要がある。
なお、人口移動の観点からは、このような小規模・中規模都市は地方部からの移動者にとって中継基地の役割を果たし、移動する人口の一部は最終的に大都市へと移動していく。すなわち、アジアにおいては地方部から都市部への人口移動とともに、都市間移動も活発であり、大都市周辺の小規模・中規模都市から大都市へ移動するもの、また大都市から大都市周辺の小規模・中規模都市へ移動するものが都市間移動の大半となっている。
2.7 都市人口の成長要因
地方部から都市部への人口移動が都市成長の大きな要因として取り上げられ、急速な都市化を経験した多くの国において、人口移動抑制策が取られた。しかしながら、都市成長に大きく寄与する要因は都市人口の自然増である場合もある。
1980年代の南アジアの場合では、人口の自然増が都市成長の半分以上の要因となっていた。都市化の初期の段階としては、人口の自然増が最も大きな要因になるようである。例えば、1960年代から1980年代のインドでは、地方部から都市部への人口移動(社会増)は都市の人口成長の18%から20%を占めるに過ぎなかった。ネパールも同様に、人口の自然増が主な都市成長要因と考えられている。マレーシアとフィリピンについても、引き続き自然増による都市成長が続くものと予測されている28)。
一方、東アジア諸国の場合は、1980年代以降、人口の社会増が都市成長の主要因となっている。例えば、1980年代以降の中国の場合は、一人っ子政策の影響もあり社会増が都市成長の主要因となっている。但し、中国では1984年と1986年に行政区域の見直しが行われている。1984年には、行政区域設立基準が緩和され、1986年には都市部が隣接区域を合併することが勧告された。従って、1980年代には大きな統計上の変化が生じている29)。さらに、インドネシアでは、1970年代以降、人口の自然増の都市成長に対する影響が低下し、社会増の影響が高まっている。この間、ジャカルタと西ジャワ周辺は、急速な社会増を経験している30)。
以下においては、今後、特に都市成長要因として重みを増す人口の社会増(国内移動及び国際移動)に着目してその動向を整理する。
経済学的には、個々人はより良い所得を求めて低賃金雇用から高賃金雇用に移動するとされている。従って、都市への人口移動は、生活を改善しより良い社会的サービスを得るための個々人の選択である。都市への移動者は教育や訓練においてより良い機会を得るばかりでなく、自分の目的を達成する機会もまた改善する。移動を都市の側からみると、安定的な労働供給を受けることになり、経済活動を継続する上でメリットとなる。移動は新しい職を得たり、女性にも新しい機会を与えることになり、そのエンパワーメントに寄与すると考えるべきである。また送金という形で地方部と都市部の連携が維持されることは、地方部の世帯の所得を増加させ、地方経済を刺激することにもなる。
急成長している多くのアジアの都市経済では、雇用機会も潤沢に増加しているので、過去20年間に地方部から都市部への移動が急速に増加している。移動には様々なものがあり、毎日通勤するもの、数か月間の滞在から定住するものまである。一般的に移動者は故郷に残した家族と強い連携関係を保つ傾向にある。ほとんどのアジア諸国では国内移動に規制をかけていないが、中国、ベトナム等では都市への移動を規制するメカニズムを導入している。バランスの取れた人口配置を目標として、政府は地方部から都市部への移動を抑制しようとする傾向にあり、地方部での雇用の創出、都市スラムの拡大抑制、都市部定住の抑制といった様々な政策を一体的に導入している。しかしながら、その方針はまちまちであり、最近になって規制を緩和する傾向がある。
例えば中国の場合、地方部から都市部への移動は殆どが一時的なものであるが、基本的に農業セクターから工業セクターへの移動である。中国政府統計局は2006年の国内移動者を13,200万人と推計している。これら国内移動者は”circular migrants”とも”floating population”とも呼ばれ、中国政府が導入した戸籍制度によって直接的また間接的に地方部人口の都市部での定住を規制している。本制度は規制緩和の方向にはあるが、現時点でも地方部から都市部への移動が一時的なものになるよう機能している31)。
ベトナムにおいては、人口が北から南へ(南は比較的豊かである)、地方部から都市部へ移動する傾向がある。移動者が都市で働く場合には、居住許可が必要となる。現在、安定的な労働力を確保するため一時的な居住許可は与えられるようになっており、1980年代の経済改革以降、一時的な都市部や工業地区への人口移動が定着している。現在、ホーチミン市は毎年約70万人の短期労働者を受け入れている。
また、カンボジアにおいては、定住地不足による人口移動が発生しており、違法にタイへ国際移動する者も多い。国内的にも定住地を求めて移動する者や雇用機会を求めて移動する者がおり、現在のところプノンペンが3分の1の国内移動者の受け皿となっている32)。
間接的に国内移動を規制しようとする政策として、近年、インドが導入した地方部雇用政策がある(National Rural Employment Guarantee Act)。地方部の各世帯に対して1年に100日間の労働賃金が保証され、受給者は肉体労働等を提供するものであり、近年取られた地方部雇用政策としては最も強力なものである。前例のない財政的支援策であるため、有効に機能することが期待されている33)。
移動の抑制や地方部開発政策にもかかわらず、人口は引き続き地方部から都市部へ移動しているのが実態である。地方部と比較して、都市部ではより良い雇用機会、医療・教育など社会サービスへのアクセス、社会的地位の向上といった沢山の機会を享受できる可能性がある。しかし、実際には、沢山の移動者が適切な職を得ることができず、都市の経済成長の便益を得ることもなく、インフォーマル・セクターで長く働く状況になっている。アジア全体を通じて、全ての移動者は都市に永久に住みつこうとするのであるが、不法居住から脱することが難しく、公式の職を得ることもなく、さらなる移動を強いられる場合が多い。
一方、国際的移動(労働移動)も資本、情報、技術の国際移動と同様に世界的な変化の1つである。アジアにおいては、約6,000万人が母国を離れて居住しており、その数は1960年から2005年の間に倍増している。太平洋地域においても、同期間に国際移動者の数は2.5倍になっており、同地域の全人口の15%を占めるに至っている。アジア太平洋地域は、世界全体の国際移動者(約19,100万人)の30%以上を吸収しているのである34)。
アジア太平洋地域においては、隣国間の移動が主流である。このような移動は法律で厳しく規制されてはいるのだが、国内移動と同様に、より良い雇用と安全を求めて増加傾向にある。特に、最近ではASEAN等で国際移動規制が緩和されたこともあり、プル及びプッシュ要因によって増加傾向が顕著である。国家間の格差が引き続き存在している一方で、地域経済や地域労働市場の連携、また技術革新等によって、専門職、非専門職を問わず労働力に対する新たな需要が創出されている。さらには、存在する国際移動ネットワーク、国際移動者を採用する企業や政府の政策がその動向に大きな影響力を持っている35)。
2.8 都市化・都市成長の動向のまとめ
世界的に人口自体の急増と急速な都市化が同時進行している。アジアにおける都市化率は2010年時点で42.5%と他地域に比較して低いが、経済成長と都市化の関係が深いことや、グローバリゼーションによる生産拠点の集積を考えれば今後も急速に都市化していくものと予測される。アジアの都市化率が相対的に低い理由としては、人口規模が非常に大きい中国、インド、パキスタン、バングラディシュの都市化率が30%前後で、アジア全体の都市化率を引き下げていることがある。
2008年は世界人口の半分が都市部に住むことになったことから、注目すべき年である。多くのアジア諸国における急速な経済発展と相まって、アジアでも2023年には都市人口が50%を超えると予測される。
1980年代以降の都市化の動向を国別に整理すると、概ね4つのパタンに分類できる。1つ目は、経済的に発展し都市化が進み、都市成長率が低い国(日本、韓国)、2つ目は、都市化率も都市成長率も中位の国(マレーシア、フィリピン)、3つ目は、都市化率は低いが都市成長率は中位の国(中国、インド、インドネシア、タイ、スリランカ)、4つ目は、都市化率は低いが都市成長率が極めて高い国(ベトナム、パキスタン、バングラディシュ、カンボジア、ラオス)である。
経済成長(1人当たり実質GDP水準)と都市化の関係を見ると、アフリカの一部地域を除き両者の間には正の相関関係があり、アジア地域においては経済が成長すれば都市化が進む。 また、都市化による「集積の経済」のメリットによってさらに生産性が向上し経済成長するものと考えられ、クラッセンの理論に基づけば発展段階初期にある。一般的には、低所得国で経済成長が進むと、都市化が大きく進展するとともに格差が拡大する傾向にある。
急速な経済成長の中心的役割は都市が果たしており、都市が製造業やサービス業を引き付けることにより産業活動の集中が発生し、さらに生産活動と成長が促される効果的な外部経済化、すなわちクルーグマン等が指摘する集積力が働いている。都市での経済活動の集積が国内経済と国際経済との融合を促し、効果的に経済成長に寄与している。
人口1,000万人以上のメガ・シティは、拡散的な広がり(スプロール)や地域の経済的・社会的中枢といった共通の特徴を持っており、経済活動のみならず政治、文化、イベントなど様々な意味において世界の耳目を集めている。現在、アジアには10のメガ・シティがあり、2015年には12に増加すると予測されている。
アジアのメガ・シティは地域の都市人口の約10%を占めるに過ぎないが、経済的には地域の活動にきわめて大きな影響力を持っている。それぞれに国家経済に大きく寄与し、高等教育機関や研究所を保持する知的センターであり、フロリダが指摘するように創造性に富んでいる。人口、資本、インフラストラクチャーもメガ・シティに集中していくことになるので、政治的にも社会的にもメガ・シティを開発のエンジンとして強化していくことになる。
都市化は幾つかの特定の都市で発生しているわけではなく、幅広く様々な都市で進んでいる。すなわち、クリスタラーの中心地理論で整理された階層性(Rank-size rule)が存在しており、人口1,000万人を超えるメガ都市ばかりに人口が集中するのではなく、階層性の低い人口50万人以下の都市に張り付いていくのである。都市化のペースがもっとも速いのは、小規模都市(人口50万人以下)であることが明らかになっている。今後、引き続き20年は、このような小規模・中規模都市が都市人口増加分の半分以上を吸収していくと予測されていることから、現在の人口配置が大きく変化することはないであろう。しかしながら、このような都市は往々にして、都市の急速な成長に適切に対処し、それを管理するための財政力を保持していないケースが多く、そのため、居住環境の改善、インフラ整備の必要性、環境の劣悪化への対処、また格差と貧困問題への対応といった難しい課題に直面することになる。
地方部から都市部への人口移動が都市成長の大きな要因として取り上げられ、急速な都市化を経験した多くの国において、人口移動抑制策が取られたが、人口は引き続き地方部から都市部へ移動しているのが実態である。また国際移動は法律で厳しく規制されてはいるのだが、国内移動と同様に、より良い雇用と安全を求めて増加傾向にある。しかしながら、南アジアのように都市成長に大きく寄与する要因が都市人口の自然増である場合もあることに留意する必要がある。
このような都市化・都市成長の動向をどの様な観点から検討するかは本研究において重要な視点である。第1に、都市化に伴ってクルーグマン等が指摘する集積力が働き、生産拠点化が進むとしているが、例えば、メガ・シティの成長は都市の創造性によるところも大きい。従って、都市化・都市成長と創造性の関係を明らかにすることは重要であり、本論文では第3章において、その分析を行うこととする。第2に、急速な都市化・都市成長は格差を拡大し貧困問題をより深刻なものとする場合が多い。またフロリダが指摘するように創造性で成長する都市では格差が拡大するとされている。このため、都市化・都市成長と格差や貧困問題の関係を明らかにすることも重要であるので、本論文の第4章で格差と貧困問題、また経済成長、都市化、格差の連関について検証する。第3に、急速な都市化・都市成長は居住の改善、インフラ整備、環境改善等について莫大なニーズを発生させるものである。特に、居住問題は拡大する格差是正の観点からも極めて重要であるので、第5章において、適切な居住改善方策について言及することとする。
2.9 持続可能な都市成長への課題
2.9.1 持続可能な都市成長
「持続的な都市づくり」や「持続可能な都市成長」という言葉は、「持続的な開発」から派生した言葉と考えられるが、この「持続的な開発」という概念は、1980年代後半に発表された通称ブルントラント報告の理念や目標をもとにしており、今日でもこの報告書の定義がもっとも広く引用されている36)。表2-7は、この持続可能な開発の定義がどのように都市に適用されるかを示している。
アジアの都市では、急速な経済成長と人口増加、都市化が進み、過度の消費(飲料水から都市開発のための農地利用に至るまで)、資源消費型の経済成長、居住と経済活動の集中(給水と衛生設備の需要増大など)等が環境の悪化に直接的な影響を与えている。一方で、行政機関は能力不足であり、環境インフラも未整備であるため、環境問題の深刻化が避けられない状況である。
特に、増加する都市人口の大半は所謂スラム地区に居住することになるため、1つの都市に2つの顔がある、また1国2経済と言われるように、富裕層や新中間層が居住する地域とは全く異なる劣悪な居住地域が確実に拡大することになる。行政機関に十分な対応能力がない以上、住民自らが居住環境の改善を進める方法論の確立が不可欠となる。
都市は経済発展の原動力ではあるが、アジアの場合、その成長速度が急速であるため、インフラ投資もその政策的枠組みの整備も十分にキャッチアップすることができない。アジアの多くの大都市で、土壌や水質の汚染などの公害と、地域の環境資源の悪化または枯渇といった状況が見られる。環境劣化が進んだ結果、都市に住む人々の健康や、経済成長の適正化がいちじるしく阻害され、非効率と衰退という下方スパイラルに陥る可能性さえ指摘されている。
環境への影響がどのような性質のものであるかは、個々の都市によって、とりわけ経済発展の度合いによって異なるが、アジアの低所得国の都市部には共通の問題が存在する。それは、適切な居住環境の欠如、安全な飲料水と衛生サービスの不備、都市の固形ゴミや産業廃棄物の大幅な増加、蔓延する交通渋滞と騒音公害、都市の大気・水質汚染、農地・森林への都市の侵食(拡大)といった問題である。このようなテーマ別の問題に加え、「持続可能な都市成長」に関連して最も重要な問題は、アジアの都市自身(行政機関)が、環境ガバナンスなど組織的・制度的な面で弱点を抱えており、そのために、都市自らが適切な対応策を検討・実施することが難しいということである。
まず都市自身(行政機関)が、環境に問題があれば、開発にも悪影響がある(例えば、都市住民の健康状態が悪ければ、生産性がマイナスの影響を受ける)ことに十分留意しなければならない。逆に、環境が健全に管理されていれば、環境サービス(給水・衛生設備等)へのアクセスが向上し、より快適な暮らし及び生産性の向上が実現するのである。
開発の概念は、都市のもつ大きな潜在力を引き出し、より広い規模(アジア域内および地球規模)での持続可能な発展を促すことである。最近の都市同盟(World Bank: Cities Alliance) の報告書にも次のように記されている。「都市は、環境問題の世界最大の元凶であるとされているが、同時に、文明のもっとも偉大な成果と持続可能な未来への希望を象徴している」37)。確かに都市にはマイナス面もあるかもしれないが、人と活動が集中していることは、それ自体が、都市にチャンスがあふれていることを示している。持続可能な都市成長を実現する上で、いかに環境とのバランスを取っていくかが、アジアにおける今後の都市の課題である。
2.9.2 持続可能な都市成長のモニタリング
経済成長中心の政策から持続可能な都市成長への大きな政策転換が求められている中で、指標によるモニタリングは都市の目指すべきゴールを明確にする政策転換のツールとして重要な役割を果たすものである。定量的・客観的情報開示に役立つと同時に、コミュニケーションツールとして、ステークホルダー間の合意形成やネットワーク形成に役立つものである。
指標によるモニタリングを導入した都市では、「指標による評価」が政策へ反映される場合が多い。指標作成による市民と行政の合意や評価協力のためのネットワーク形成が図られる事例等が見られる。都市問題を明らかにし、政策の優先順位決定にあたっては、都市間比較は有効な手段であり、この比較により広い視点で都市を見直すことが可能となる。個々の指標の都市比較により、「都市の個性や課題」を明確にし、政策の優先順位や目標値設定などに活用することができる。
指標導入は、欧米諸国の都市に比べるとアジア諸国の都市では非常に少なく、より一層の取り組みが求められる38)。 実際の活用事例を見てみると、指標開発は進捗状況の計測や政策への反映を目的としているため、それぞれの社会、経済背景やデータソースに影響されて各都市の指標選択は異なっている。
指標選択に関し、開発途上国の都市では先進国の都市と比較して、持続可能性に係る「環境的側面」のデータが少ない傾向があり、環境問題自体への関心の低さがうかがえる。社会的側面では、インフラや住宅など基本的な生活の質に関連する指標が多い開発途上国の都市に対し、先進国の都市では、文化やコミュニティーなどより高い生活の質に関連する指標が多く見られる傾向にある。
今後、アジア地域の各都市で「持続可能な都市成長」を目指すにあたり、問題点となる指標のデータ収集、更なる環境関連指標の導入及び都市間比較のためのネットワークの構築等が課題として考えられる。持続可能性に係る指標の選択については、各国の既存定義や時代的背景を考慮したうえで、基本理念を公平性、自立性、多様性の3つに、また環境、社会、経済、制度の4つの側面に整理して選択することが提言されている38)。持続可能性を達成するうえで、空間的調和、社会的調和、環境的調和及び文化・伝統等への考慮(文化的調和)に十分に配慮して、モニタリングを実施することが重要と考えられる。