野田順康 

つぶやき

都市化による経済成長 vs 国土の均衡ある発展(人と国土1月号)

2017-01-25 14:06:27 | Weblog
都市化による経済成長 vs 国土の均衡ある発展 ・・・ハビタットの議論を踏まえて・・・

1.はじめに
2016年10月17日から20日まで、エクアドルの首都、キトにおいて約3万人が参加して第三回国連人間居住会議(ハビタットⅢ)が開催された。正式な名称は「住宅と持続可能な都市開発に関する国連会議 (The United Nations Conference on Housing and Sustainable Urban Development)」である。本会議は、これまで20年毎に開催されており、世界の都市化の動向や都市開発等について活発に議論し、その後20年間の国土・都市政策に大きな影響を与えてきた。筆者は本会議に出席して来たので、これまでの都市化・都市成長の動向を踏まえつつ、第一回会議(1976年)からを第三回会議の政策的意図を整理・検討するとともに、今後の国土・都市政策へのインパクトについて検討することとしたい。

2.都市化・都市成長の概観
都市の定義を人口が集中している領域とした場合、その起源は極めて古く、紀元前8000年頃にアジア西部、アフリカ東北部などのいわゆる古代東方諸国やインドの一部に人口1千人程度の集塊が存在していた。その後、世界四大文明の時代を通じて都市は成長を続け、紀元前100年のアレクサンドリアの人口は約100万人と推計されている。ローマやバグダッドなども中世以前に人口が100万人を超えていた。さらに、中世ヨーロッパで都市の発展が見られ、大都市が出現することになる。
最大都市についてみると、紀元100年にはローマが、その後361年からはコンスタンティノープルに移り、622年からはクテシフォン、バグダッドとメソポタミアが隆盛する。その後12世紀末頃から19世紀初頭までの間は、最大都市は杭州、北京と中国にあった(17世紀を除く)。19世紀以降は産業革命を経てヨーロッパの都市が台頭し、例えば、ロンドンは1850年の230万人から1900年には650万人に成長している。さらに、米国に転じ1950年にはニューヨーク都市圏が1200万人を超えて来るが、1975年以降は東京都市圏が最大となって今日に至っている1)。
今後は発展途上国の人口爆発を反映して、ムンバイ、デリー、ダッカ、サンパウロ、メキシコシティ等が最大都市になっていくであろう。東京都市圏は2025年頃から人口の縮退が始まるので、やがて世界の最大都市は先進国から発展途上国へ移行することになる2)。
以上のように、都市は長い歴史の中で発展してきたのであるが、都市化率 注1)でみると都市に人口が集中し始めたのは極めて近年の現象であることが分かる(表1)。北京100万人、ロンドン80万人、パリ60万人、江戸70万人であった1800年でも都市化率は1%と推計されている。しかし、1950年以降は急速に都市化が進み、2008年には都市人口と地方・農村人口(Rural population)の比率が五分五分となった。2050年には66%の人口が都市に集中すると予測されており、この結果として、都市における経済活動の活発化はあるものの、その一方で、都市における居住環境の劣悪化や都市活動の地球環境に与える影響の拡大を懸念せざるを得ない 3)。

年代 世界人口(概数) 都市化率
紀元前5000年 500万人 0%
紀元元年       3億人  0%
1500年 5億人 0%
1800年 10億人 1%
1850年 13億人 4%
1900年 17億人 12%
1950年 25億人 29%
2000年 60億人 48%
2050年 90億人 66%

表1 世界人口と都市化率 注2)

3.国連人間居住会議と都市化
(1)国連人間居住会議の開催の経緯
  1970年代に都市経済学の分野が確立され、都市化と集積の経済、規模の経済の関係が分析される中で、都市化も急速に進んで行った。都市化と経済成長の相関関係は明らかであり、さらなる成長を求めて人材、設備、知識、資本、インフラを含めた都市の競争力が強化され、それがさらに都市化を推進した。
  しかし、その一方で都市化に対する否定的な見方も提起され始めた。1972年、ローマクラブ注3)が第1報告書「成長の限界」を刊行し、現在のまま人口爆発・都市化や環境破壊が続けば、資源の枯渇や環境の悪化によって100年以内に人類の成長は限界に達すると警鐘をならした4)。
このような報告に対応し、国連も環境会議(1972年、ストックホルム)を開催して今後の対応を検討したが、特に都市化を含む居住問題については別途国際会議を開いて専管的に対応策を検討するよう国連事務総長に要請がなされた。そこで開催されたのが第一回国連人間居住会議である。
(2)第一回国連人間居住会議(ハビタットⅠ)
   ハビタットⅠは1976年5月31日から6月11日までカナダのバンクーバーで開催された。最大の論点は「不均衡な経済発展と管理されない都市化が不適切な居住環境をさらに悪化させる」という点であった。ローマクラブ等の指摘を踏まえて、急速な都市化が環境に悪影響を与えることにも注意が払われ、生態系や環境の悪化に対応していく姿勢も宣言の中に明記されている 5)。
   特に、都市化に対しては否定的な立場が取られており、出来るだけ抑制、管理することによって、都市と農村の格差是正や不均衡な経済発展の改善を目指すことが指摘されている。当時の世界の都市化率はまだ37.9%であるので、地方・農村部により多くの人口が張り付いており、そこでの経済開発や生活の質の改善がより重視された結果と考えられる。
   この後、国連は発展途上国からの開発に対する強い期待と先進国を中心とした環境保全重視の声の間で検討を重ねていくことになる。1987年にはブルントラン報告が提出され、貴重な環境・資源を後世に引き継いでいく意思(持続可能性、Sustainability)、特に持続可能な開発の考え方「将来世代のニーズを損なうことなく現在の世代のニーズを満たすこと」が初めて国際社会に提示された 6)。これを受けて国連は1992年に環境サミットをブラジルのリオで開催した。
(3)第二回国連人間居住会議(ハビタットⅡ)
  第一回会議から20年を経て、再度、都市化・都市政策を検討するため、1996年6月3日から14日までハビタットⅡがトルコのイスタンブールで開催された。世界全体に地球環境保全の方向へ向かう最中ではあったが、発展途上国からの強い要望もあり、本会議では都市化・都市成長に対する考え方に大きなパラダイム・シフトが起こっている。すなわち「文明や、経済、社会、文化、精神、科学の発展を生み出す中心は都市であることを認識した」という文言がイスタンブール宣言の最初に記述された。これは後に都市は成長のエンジンと表現されるようになり、ハビタットⅠでは否定的に捉えた都市化を肯定的に認識する転換となった 7)。都市経済学や空間経済学で示された都市化と集積の経済、規模の経済の関係をより重視する立場である。
  1996年時点での世界の都市化率は45.1%であり、まだ半数以上の人口が地方・農村部に居住していたため、このようなパラダイム・シフトはその後かなりの議論を呼ぶことになった。筆者も具体的な都市開発プロジェクトに携わってきたが、例えば、首都整備を強化しようとすると、相手国政府高官から地方振興を優先して欲しいという要望が沢山出てきた。都市と農村の連携(Urban-rural linkage)といった考え方を持ち出して説得したり、実際問題として都市化を抑制するのは不可能だといった議論もしてみたが、都市化による集積の経済開発という考え方(集積力)と国土の均衡ある発展という思想(分散力)のぶつかり合いであったと回顧している。
  ハビタットⅡでは、この他にも「住居の権利(全ての人々に適切な住居を提供)」や「地方自治体の強化」といったことが強調されている。自治体の公式参加が初めて認められた国連会議でもあった注4)。また、もちろんリオ・サミットの直後であるので環境に対する配慮も十分になされ、持続可能な人間居住(Sustainable human settlements)を実現すると宣言には謳われている。
ハビタットⅡの後、国連は重要な時期を迎える。2000年には貧困対策とBHN(Basic Human Needs)に重点を置いたミレニアム開発目標(MDGs)を定めて、2015年までの目標とした。教育など随分改善された分野もあるが、加盟国からは経済・環境分野が弱すぎると評価され、2015年にMDGsに経済・環境分野等を追加する形で持続可能な開発目標(SDGs)が定められた。特に、環境分野については、2002年のヨハネスブル・サミット、2012年のリオ+20で余り進捗が見られなかったので、SDGsで環境分野が強化されたことは評価される。さらに、2015年12月にはパリの気候変動枠組条約(COP21)で地球温暖化対策の合意がなされた。ローマクラブの警鐘から40年以上経過しているが、漸く世界的に地球環境保全への取組が本格化して来たと言える。

4.第三回国連人間居住会議(ハビタットⅢ)の論点
  冒頭でも述べたように、ハビタットⅢは2016年10月17日から20日までエクアドルのキトで開催された。約3万人の参加者であり、今後の都市化・都市成長に対する関心の高さを感じさせるものであった。
(1)都市化の論点
  今次のキト宣言(New Urban Agenda:NUA)においてもアーバン・パラダイム・シフト(Urban Paradigm Shift)について記述されているが、都市化・都市成長との関係において、どのようなパラダイム・シフトがあるのかを読み解くことは難しいと言わざるを得ない。素直に翻訳すると「都市化は経済的、社会的、環境的に持続可能な開発を実現するための手段」と言っている 8)。
  経済的側面から見ると「都市化による経済成長」、「都市化の肯定的側面を享受」といった点が示されており、ハビタットⅡの流れを受け継いでいるように見える。しかし、全体を見渡すと国土の均衡ある開発(Balanced territorial development)、都市と地方・農村の連携(Urban-rural linkage)、都市と地方・農村の連続性(Urban-rural continuum)と言った表現が散りばめられており、都市は開発のエンジンというトーンはむしろ下がったと思料される。ハビタットⅡ後の都市偏重に対する反発が強かったことから、国土の均衡ある発展にかなり配慮しながら都市化による経済成長を促しているものと思われる。
  社会的側面では、都市化を通じて社会の多様性、文化の多様性が進むことが挙げられており、ランドリーやフロリダが主張する創造都市の要素に通じるものがある9)。都市化を通じて都市のアイデンティティや寛容性が育まれ、創造的な活動が活発化することによって持続的成長が実現されるものと理解される。
  環境的側面に関しては、NUAの中には、まだまだ都市化に否定的な表現が多い。都市の持続不能な消費と生産(Unsustainable consumption/production)や生態系への過剰な負荷(Excessive pressure on ecosystem)と言った表現が目立ち、都市活動からの地球の保護(Protect the planet)に初めて言及している。現在、都市の面積は陸域の2%に過ぎないが、そこで経済活動の70%、エネルギー消費の60%以上、温室効果ガス排出の70%を占めている。従って、都市化が進む中で都市のライフスタイルや経済活動を大幅に見直せば地球環境の保全に寄与出来る可能性があると理解すべきであろう。この意味においては都市化が持続可能な開発に貢献できると考えられる。
(2)都市政策に関わる諸点
  NUAには様々な政策の記述があるが、筆者が注目する点は、目指すべき都市の姿の一つとして「安全で包括性があり接近しやすい都市(Accessible and well-connected city)」と記述されていることである。接近しやすい都市とは、モビリティの高い便利な都市のこであり、NUAの全体を流れる環境に対する配慮と関連が深い。インフラや公共サービスへの良好なアクセス、エネルギー効率の高い交通システム、再生エネルギーの活用といった表現とも関わっている。また都市のコンパクト化、多極化、混住化なども全体として移動距離を短縮しエネルギー消費を抑える趣旨であり、先に述べた環境的側面からの持続可能な開発を支える政策である。基本的に都市全体のエネルギー効率を高め、温室効果ガスの排出量を削減し、地球の温暖化を抑止するという趣旨がNUAに一貫して流れている。
  この他、再生不能な自然を保護する観点から都市域のスプロールを厳に抑止することやスラムの拡大に対処するため分離居住(Segregation)注5)の解消も謳われている。また、先進国の状況に配慮して衰退する都市(Urban shrinking)に対する対応が初めて記載された。
(3)その他の特記事項
  NUAは極めて幅広く記述されているので、特記事項を選ぶのも難しいが、筆者としては以下3点を挙げておきたい。
  第1点は「都市の権利(Right to the city)」である。国連の会議では権利の議論が付きもであり、ハビタットⅡでは居住権を認めるか否かで大議論になったが、今回は都市の権利が議論の焦点になった。何の差別もなく、安全で災害に強く、健康的で移動がしやすく、暮らしやすい持続可能な都市をつくる権利があると言う南米を中心とした主張であった。準備会合から延々と議論してきたことであり、最終的には修辞的調整で記載されている。
  第2点は「人間中心の都市(People-centered city)」である。住民の意思を最大限に取り入れた参加型の都市・都市づくりを意味している。これから2050年までに18億人の人口増加が予測されるが、その9割が発展途上国の都市、特にスラム地区に居住することになる。政府開発援助等で対応することは殆ど不可能であり、住民の強い意志で街づくりに対応してもらわざるを得ない。
  第3点は「包括的都市(Inclusive city)」である。誰もが健やかに暮らせる都市のことであり、ハビタットⅡ以降は頻繁に使われてきた表現であるが、今回は「誰も置いては行かない(Leave no one behind)」と強調されているので、最後に特筆しておく。
(4)NUAの推進
  NUAの推進についても沢山の記述があるが、基本的に国連人間居住計画(UN-Habitat)が策定した二つのガイドライン 10)注6)に沿って、適切な都市ガバナンスを構築し、国土・地域計画の策定とその実施・管理を進めるとしている。財源や実施主体についても、準備会合の時から様々な議論がなされたが、まだ結論には至っていない。引き続き国連内部で検討、評価がなされ来年の国連総会に報告されることになる。

5.おわりに
 長い都市化・都市成長の歴史の中で、その流れが急速となった1970年以降の動向に焦点を当て、国連人間居住会議での議論を踏まえながら、政策的な方向性について整理してみた。
「都市化による経済成長と持続可能な開発」が政策の基本的な方向であることは確かだが、都市化による集積の経済開発と国土の均衡ある発展の二つの考え方がぶつかり合っていることが分かる。ハビタットⅢでは少し国土の均衡ある発展に軸ぶれしたようであり、日本政府はこの考え方を支持すると発言していた。NUAの実施に当たっては日本政府の貢献を望む声も大きいので、積極的な支援がなされるよう期待する。
一方、地球環境保全への積極的な対応には世界的なコンセンサスが形成されたと確認できた。都市全体のエネルギー効率を高め、温室効果ガスの排出量を削減し、地球の温暖化を抑止するという趣旨がNUAに一貫して流れている。今後の国土・都市政策は、この点に十分留意して、コンパクト化、多極化、混住化など個別の政策をレビュー、構築して行かねばならない。
NUAには2036年にハビタットⅣを開催することが記述されている。これからの20年間、NUAを踏まえながら我が国の国土・都市政策も他国への国際協力も進めて行く必要があり、結果として、母なる地球の保護に貢献したいものである。

(脚注)
注1) 都市化率はUN-HABITAT: The World Urban Forum, 2002の推計に基づく。1200年以前の推計値は無いため0%と仮定する。
注2) (1) Haub, Carl, 2007, World Population Data Sheet及び(2) United NationsDepartment of Economic and Social Affairs, World Population Prospects: The 2006 Revisionに基づき筆者が作成。
注3) イタリアのオリベッティ社の副社長であるアウレリオ・ペッチェイ(Aurelio Peccei)が、資源・人口・軍備拡張・経済・環境破壊などの全地球的な問題に対処するために設立した民間のシンクタンク。世界各国の科学者・経済人・教育者・各種分野の学識経験者など100人からなり、1968年4月に設立会合をローマで開いたことからローマクラブとの名称になった。1970年3月に正式に発足。
注4) 日本からは麻生渡前福岡県知事等が公式参加した。特に、国連人間居住計画(ハビタット)アジア太平洋地域本部の福岡への誘致交渉が行われ、1997年に誘致、設立が実現している。
注5) 富める者と貧しい者との住区が分離された状態。豊かな地区は塀や壁でスラム地区から隔離された状態になっている場合がある。
注6) The International Guideline on Urban and Territorial Planning「都市と国土計画に係る国際ガイドライン」は筆者も委員の一人として策定したものである。26の優良都市事例には福岡市がコンパクトシティとして含まれている。

(参考文献)
1) 林玲子:世界歴史人口推計の評価と都市人口を用いた推計方法に関する研究(博士論文甲第13号)、政策研究大学院大学、2007年、http://www.linz.jp/worldpop/jp07
2) UN-HABITAT: The state of the world’s cities、2001
3) UN-HABITAT: State of Asian Cities Report 2010/2011、2010
4) Donella H. Meadows: THE LINITS TO GROWTH, A POTOMAC ASSOCIATES BOOK, 1972
5) United Nations: Report of HABITAT – United Nations Conference on Human Settlements, 1976
6) The World Commission on Environment and Development: Our Common Future, Oxford University Press, 1987
7) United Nations: United Nations Conference on Human Settlements (Habitat II) The Habitat Agenda, 1996 
8) United Nations: New Urban Agenda, 2016
9) リチャード・フロリダ(井口典夫訳):クリエイティブ都市論、ダイヤモンド社、2009年
10) UN-Habitat: The international Guideline on Decentralization and Access to Basic Services for all, 2007 and The International Guideline on Urban and Territorial Planning, 2015