
私たち「山の写真ヤ」にとって、石鎚秋のハイライトといえば、
朝陽に燃え上がる天狗岳と夕陽に照り映える墓場尾根(柱状尾根)の紅葉だろう。
それに霧が発生して、吹き上がる炎のような光景まで加味されれば、
それはもう、神々しい霊峰の風景が出来(しゅったい)した瞬間と云えるでしょう。
私たちは、石鎚山岳写真の先人たちが残してきたような「神の時間」を夢見て、
また、この秋もお山へ通い続けています(笑)


▲上2点、朝霧の切れ間から浮かぶ墓場尾根 ▲下、日没前の夕陽が朱紅に染める墓場尾根
天狗岳の紅葉から5日間が経過して、南斜面の墓場尾根の紅葉がピークを迎える。
東稜も矢筈岩辺りがピークを迎え東稜全体の紅葉が見頃となる。
墓場尾根が最も美しい日没前の光に間に合えば良いと暢気に構えていたのが
仇になってしまった。
松山を出発したのが10時半を少し回った時刻。
途中でガソリン補給や食料仕込みに水を汲んでと…
どんどん時間を浪費してゆく(苦笑)
おかげで、テン泊荷物を担いで東稜を登る破目になってしまった。
以前の私でも東稜を20kgオーバーの荷物を担いで登るには気合が要った。
それをノーマルルートでさえ息が上がってしまう状態なのに、
また眩暈に襲われ昏倒するというリスクさえ頭に浮かばない余裕の無さ。
東稜基部到着が14:40。
ノーマルルートを辿っていれば、とても夕陽には間に合わない。
山上で待ち合わせの今治のKさんに連絡を入れ、「さぁ、気合だ!」




▲上2点、東稜の紅葉 ▲下2点、南尖峰と墓場尾根の紅葉
青息吐息で南尖峰の岩を這い上がったのが16:30。
「間に合ったぁ~」早速カメラ機材を取り出し岩伝いに辿る。
先端部にはKさんと第2写真集発売間近の三浦さん。
(ブックマークの「石鎚の詩」からどうぞ)
ところが先刻まで墓場尾根を美しい斜光線で浮かび上がらせていた夕陽が
私の到着と同時に雲の中に隠れてしまう。
「あぁ、あの厚い黒い雲じゃ今日は終いだ」
と二人とも機材を片付け始める。
「絶対、このままでは引き下がれない」
山端と空の境界にある赤い線のような隙間にシャッターチャンスを賭けた。
谷から吹き上げる歯の根も合わないような寒風にも耐え続けた。
日没の瞬間。
思わず「神様」と祈った。
奇跡のような光が雲間から射す。
その瞬間、暗く沈んでいた墓場尾根が朱紅に照り映える。
僅か数分の劇的な時間に酔いしれた(万歳)


▲上2点、二の森方面へ沈む夕陽と夕焼け雲
その夜は二張りのテントを張った山上で、
久し振りに友と過ごす山の時間に寛いだ。
焼肉や鍋料理と思わぬ歓待に驚き、麦酒の酔いに身体が揺れる(笑)
今治のKさん、ご馳走様でした。
翌朝の、再び訪れた山上の奇跡…墓場尾根の朝霧巻く光の時間は忘れない。
今度いつ、石鎚へ来れるか判らない。
(母の手術退院後、介護の日々が待っている)
記念に一枚、山上のポートレートをKさんに写してもらった。
さようなら石鎚。

もーすごいの一言。山もランスケ氏の執念も。
小生のような者には、神のパッシングが用意されていました。買い物もしてお通夜にも参列して準備万端用意して、いざ天気予報を確認すると、降水確率50%。四国中央の友人に連絡すると「延期しよう」(泣)
今日は何もする気がなくなりました。ふてくされです。
この貴兄の執念はお母様にも届くでしょう。
共に学生時代を石鎚で過ごした山ヤさん(山岳部在籍)
お二人の言葉だけに、とても嬉しいです。
シャッターチャンス(幸運)は決して偶然の賜物ばかりとは云えません。
幸運を呼び寄せるためには、幾度も通い続けデータ収集を重ね、
ここぞと思う時には悪天候にも耐え、その瞬間を
待つ執念も必要です(苦笑)
石鎚の主、福島さんも言っていました。
「みんな諦めるのが早過ぎる。日没後や天候の変わり目の
その先に本当のシャッターチャンスが待っている」
(多少、表現が異なります(ごめんなさい福島さん)
でも基本的には同じことを示唆している筈)
記事の文末で触れたように、母の手術が近づき、
短い石鎚との蜜月も終わりを告げようとしています。
まだ日帰り山行は可能ですが、一泊撮影行は困難な状況。
山岳写真のメインストリームは、朝夕の光の中にあります。
多少、本流を外した位置で、これからも風景写真を
撮り続けられたらと考えています。
そうライフワークの森の撮影なら可能かもしれません?
「さようなら石鎚」の文字が妙に悲しげに響き今改めて山頂に立つランスケさんの表情に一区切りをつけた様にも感じます
最後のエネルギーを使い果たしたかとも思える感動の墓場尾根は涙が出そうな位の衝撃
今までランスケさんからは沢山の勇気も戴きました
先週末は母の介護や入院中の父を見に行ったりで又しても寒風山に縁が無くでしたが
この週末は写真ヤの単独行動を車中泊にてとる予定です
時々、森の声聞かせてくださいね
思えば、出会いの時も「お山の主、福島さん」を介しての邂逅でしたね。
この秋、癌との闘病から生還した福島さんの、一日も早い復活を祈っています。
今週末misaさん同様、満月の瓶ヶ森を夢想しましたが、
病院から連絡が入り、主治医と母の手術前の説明と
今後の話し合いの場が持たれます。
もう気持ちの上で、山とは区切りを付けなければならない時期に来たようです。
9月下旬の石鎚復帰から、あっと云う間の秋の日々でした。
そしてmisaさんの指摘するように、
気持ちを集中出来た、最後の10月の2週間でした。
幸運をもたらしてくれた石鎚の神様に合掌。
私同様に衰えゆくご両親を介護するmisaさん。
現在は辛くても、お父様お母様と過ごす時間は、
決して充分には残されていません。
どうか悔いを残さないようなご両親との時間を過ごしてください。
お母様の介護が一段落しましたら、復活を期待いたしております。
さよなら石鎚なんて言わないで、おやすみ石鎚にしましょう。
上高地は紅葉にぴったりの時期でした。
ランスケさんが話して下さった黄金色に紅葉したカラマツを初めて見ることができました。感動!でした。
アルプスに縁がなかった私ですが、今回の旅でやっと北アルプスの山座を確認出来ました。
奥日光、北軽井沢、八ヶ岳山麓、上高地…
落葉松の風景は、雄大なロケーションの中で
それぞれに趣きがありますよね。
私自身にとっても、それぞれ忘れがたい黄金色の記憶です。
今日、主治医から母の手術の説明を聞いてきました。
Eメールで書いたように、胃ろう手術後の母の余命は
「ケースバイケースであるが2年くらい」であることを
主治医も否定しませんでした。
辛いですが、残された母との時間を精一杯生きてゆきます。
介護のプロとしてマロンさんから受けた貴重なアドバイスに感謝しています。