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Landscape diary ランスケ・ ダイアリー

ランドスケープ ・ダイアリー。
山の風景、野の風景、街の風景そして心象風景…
視線の先にあるの風景の記憶を綴ります。

皿ヶ嶺を越える

2014-05-07 | 自転車

 

三回目の挑戦で皿ヶ嶺を越えた。

いざ山を越えてしまうと、呆気なかった。

峠越えは気持ちの問題なのだろう。

過去二回の挑戦は、上林小学校からの傾斜のキツイ登坂で息が上がり、

それから先の九十九折の山道を想像すると、

気持ちの上で負けていたのだろう。

 

そして前回の黒森峠越えで出会ったヒルクライマーの青年から聞いた

皿ヶ嶺の峠越え体験情報が気持ちを楽にした。

三度ほど写真撮影とドリンク休憩を取ったが、

上林トンネルを抜けて(トンネル内は照明が消え真っ暗)

林道の最高地点、上林峠に辿り着いた。

そして峠を下り、畑野川から久万、三坂峠を経て下山した。

 

全走行距離は70km程度だろう。

これくらいの行程だと足の張りもなく余裕の輪行だ。

そして、だぶん連日の峠越えで筋力もついてきたのだろう(笑)

さぁ、石鎚への難所は、すべて制覇した。

後は20kgくらいの荷重のザックを担いで山道を越えられるか?だ。

(三坂、黒森、皿ヶ嶺越えは10kgくらい)

 

 

峠を下った集落、畑野川は、田植えの季節を迎え、

一面の水の世界だった。

茅葺屋根の民家が残る素朴な佇まいの、この山間の里が好きだ。

田圃の中の小径を辿ると、そこにかしこに水が跳ね縦横に巡らされた小さな水路に水がほとばしる。

 

目を移すと、田の畔に風化した小さな墓石がいくつも並んでいた。

これらは命を全う出来なかった幼子たち…

童女、童子の墓碑銘が読み取れる。

私の菩提寺に並ぶ御先祖様の風化した墓石の多くが、これら童子の小さな墓碑だ。

私という命は、これら数多の遺伝子が繋がって来た結果なのだろう。

衆縁所生 という仏教キーワードを意識する。

う~ん、60過ぎたら、いつ死んでもいいと思っていたが、

連綿と繋がれてきた命の連鎖を粗末に出来ないか?

生まれ出で来た命を全うするとは、どういうことなのだろう?

先日、美術の世界を志した10代の頃の恩師J さんが逝った。

65歳だった。

近頃、死亡記事を見ていると、この年齢で逝く人が多いように思う。



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3 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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3つの峠越え (鬼城)
2014-05-08 08:24:38
おめでとうございます。
さあ、いよいよ石鎚ですね。
脚力が付いてきたのでしょう。
自分も自転車で6km程乗った次の日、足の腿の後ろ側が攣って・・・
歳を取ると筋力は付かないようです。(泣)
里山の原風景、良い写真ですね。ここらも美術的なセンスが見え隠れします。
石灯籠、茅葺き、野仏・・・ほのぼのとします。
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身体性への回帰 (ランスケ)
2014-05-08 11:02:35
鬼城さん、いい季節になりましたね。
ブログを拝見していると、東奔西走の行動力に驚くやらあきれるやら(笑)
好奇心の赴くままと仰っていたけど…やっぱり凄い。
私も見習わなければ(汗)

山の事故が相次いでいますね。
平地は初夏の陽気でも、石鎚山上には、まだ残雪が多いようです。
新緑は1000mくらいまで来ています。

石鎚200回をカウントして、もう普通に山へ入って行くことに、
触手が動かなくなってしまいました。
何か、新たなモチベーションを…
と模索していたところで、自転車と出会いました。

これは、自身の身体性を目覚めさせてくれました。
シンプルで慎ましいライフ・スタイルそのままに。

さぁ、いよいよ石鎚の山懐へと還って行きます。
自分の家から近代的動力に頼らず自分自身の身体的能力で。
この潔い生き方…
久しぶりにわくわくします。
返信する
堂ヶ森到着 (ランスケ)
2014-05-09 15:57:43
黒森峠越えは余裕でしたが、
+山登りはキツかった。

でも、辿って来た山並みの遥か向こうまで、
この行程を全て自身の身体能力で辿り着いた
と思うと感慨深いものがあります。

吹く風も爽やか。
空気が美味しい。
やっぱり山は好いね。

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