Landscape diary ランスケ・ ダイアリー

ランドスケープ ・ダイアリー。
山の風景、野の風景、街の風景そして心象風景…
視線の先にあるの風景の記憶を綴ります。

夏草に埋もれゆく

2012-08-11 | 風景

 

山側の田圃のどんつき、谷津の先に延びた道を辿ると溜池に出た。

溜池の右側を廻って池畔に道が続く。

山から池に流れ込む沢と出会った。さらに沢沿いに奥へと進む。

足元には夏草が茂り蔓がからむ。

それでも道の痕跡が続き、奔放に枝を延ばした椎や楢の濃い葉陰の先にチラチラ木洩れ陽が揺れる。

いっとき夏草のブッシュが途切れて、罅割れ土砂や倒木の堆積物の溜まったコンクリートの道に出た。

やがて土へ還ろうとする罅割れたコンクリート道の表面は、沢からの水が溢れ、幾筋もの小さな流れが滲みだしていた。

夏のこんな場所は、昆虫たちのオアシスと化す。

鬼蜻蜒(オニヤンマ)が超低空飛行でゆっくり旋回している。

青筋揚羽蝶(アオスジアゲハ)や黒揚羽蝶(クロアゲハ)さかんに吸水にやってくる。

そしてモダンアートの図柄のような石崖蝶(イシガケチョウ)も。

 

 

道の先は崩落した作業小屋だった。

小屋は生い茂る夏草に埋もれるように崩れ、

その脇には同様にシダの茂みに沈み込み酸化して土塊(つちくれ)と化した軽トラックの残骸。

小屋を廻り込むと、ひどく歪曲した枝や幹を絡ませた叢林に出た。

濃い影を落とす深緑の葉叢に見覚えがある。

蜜柑の樹だ。

放置された蜜柑畑は、なんだかまったく見知らぬ国の密林に紛れ込んだかのような様相。

近郊の里山を巡るなかで、放置されたままの蜜柑山が荒れているのは肌で感じていた。

でも今日見た、このジャングルのような景観はショックだった。

里山の荒廃は、かなり深刻なところまで来ているのではないだろうか?

 

環境問題を論ずるとき、資源としての自然を消費し尽す市場原理は完全に行き詰まりを見せてきた。

その代わり自然と共に共存してきた日本の里山というシステムが注目を集めている。

人の手が定期的に入ることで、山と里の生命の連鎖が有機的に作用する。

例えば、西日本では山を放置すると照葉樹が繁茂し、日光を遮り生き物が育たない。

(これはその昔、焼畑という方法で、山に手を入れていたようだ。特に四国の山間部では)

同様に植林した杉や孟宗竹は成長が早いので他の樹木の成長を圧し、単純相の暗い樹林を形成する。

これを燃料や建築材、生活用具として定期的に刈り出すことで、森にまんべんなく陽が射し多様な生物相が繋がって行った。

残念ながら、例の市場原理の前に(蜜柑や果実が売れない)四国の里山は壊滅的な状態にあるようだ。

 

8月になってずっと、夏いきれの里山を巡っている。

でも、こんな風景もあった。

どっこい。

橡(くぬぎ)林を育てて椎茸栽培を手掛ける山もあった。

農薬散布がなくなったことで、ある意味昆虫が増えている環境もあった。

地球上で、もっとも旺盛な生物種は、間違いなく昆虫だろう。

昆虫と植物は、切っても切れない間柄にある。

昆虫相が豊かであることは、その周辺の植物相も。

またそれらに依存する多様な生物が豊かであるということか?

 

また生存をかけた命の連鎖も凄まじい。

胡麻斑蝶(ゴマダラチョウ)は、こんな凄惨な姿になっても、まだ命の糸は切れていない。

銀の鈴を振ると形容される美しい余韻を響かせる蜩(ヒグラシ)も、蜘蛛の糸に絡まり。

小三條蝶(コミスジ)は、翅ばかりを残して蜘蛛に絡め捕られる。

そして透ける褐色の翅が優雅な渓流の深山河蜻蛉(ミヤマカワトンボ)。

橡(くぬぎ)に集まっていたのは兜虫の雌でした。

最後は、なんと黄昏の光のなか、桔梗が一面に咲く茅場と出会いました。

 

 


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2 コメント

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Unknown (里山貴公子)
2012-08-17 07:04:27
 やっぱり自然を描くランスケワールドには、共鳴音が鳴り続けます。
 写真にうっとりとします。そして、世に対する憤りも覚えましたね。
 改めて、奈良郷の里山は守らなければと思いました。

 しかし、廃村・廃屋についても為政者の責任は大きいものがあることは間違いありません。
 今更、人口問題や経済構造問題を取り上げても詮無きことながら、そのツケが将来の日本は言うに及ばず、世界にも同じようなことが出てきている。その先に見えるものは・・・・
 せめて、自分に出来る環境・資源問題に対処しなければなりません。
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身近な自然を見直す (ランスケ)
2012-08-17 09:18:25
おはようございます。
貴公子さんの限りなく農薬を使わない農業の実践は、いつも興味深く拝見しています。

あの本来周辺の里山にあった山野草の再生は素晴らしいですね。
私も消えてゆく山野草を嘆くのではなく、その原因が自分たちが便利さを追い求めた結果なのだということに気づくことが大事だと思っています。
失くしたのが自分たちなら、それを再生させるのも自分たちで。
この姿勢が今一番尊いです。

先日、終戦記念日にNHKで放送された佐渡のトキ再生にかけた人々のドキュメントは感動的でした。
トキの再生のためには、島全体の農業の仕組みも変えてゆかなければなりません。
生命の循環が甦れば(里山本来の機能)トキが暮らせる環境が再生されるということです。
またその生産された米がトキを再生させた無農薬米として流通しているようです。


さてお盆も明けました。
今年は一段と暑い炎天下の墓参りでした。
父母の供養も終わったので、山へテントを担いで行ってきます。
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