監督: サム・メンデス
ダニエル・クレイグ ジェームズ・ボンド
ハビエル・バルデム シルヴァ
レイフ・ファインズ ギャレス・マロリー
ナオミ・ハリス イヴ
ベレニス・マーロウ セヴリン
アルバート・フィニー キンケイド
ベン・ウィショー Q
ジュディ・デンチ M
ダニエル・クレイグ版ジェームズ・ボンドの3作目にして007シリーズ誕生50周年記念作となる通算23作目のスパイ・アクション大作。MI6への恨みを抱く最強の敵を前に、絶体絶命の窮地に追い込まれるジェームズ・ボンドと秘密のベールに包まれた上司Mが辿る衝撃の運命を、迫力のアクションとともにスリリングに描く。共演はM役のジュディ・デンチ、敵役のハビエル・バルデムのほか、レイフ・ファインズ、アルバート・フィニー、ベン・ウィショー。監督はシリーズ史上初のアカデミー賞受賞監督の起用となった「アメリカン・ビューティー」のサム・メンデス。
英国の諜報機関MI6が世界中に送り込んでいるスパイのリストが盗まれる緊急事態が発生。“007”ことジェームズ・ボンドは、リストを取り戻すべくMの指示に従い、敵のエージェントを追い詰めていくが…。その作戦が失敗に終り、組織内でのMの立場も危うくなる。そんな中、今度はMI6本部が爆破される。辛くも難を逃れたMだったが、一連の犯行はMへの復讐に駆られた元MI6の凄腕エージェント、シルヴァによるものだった。そんな窮地に立たされたMの前に、手負いのボンドが姿を現わすが…。
★★★★☆
【ネタバレだらけです】
トンデモ異色作&問題作!
ボクは007のファンだ。これまでもそうだし、これからもそうだと思う。このスカイフォール、日本で公開される前から世界中で興行成績トップを記録し、シリーズ最高傑作という鳴り物入り。公開日に勇んで観に行った。
・・・う~む。な・・・何なんだ、これは!!??
かつて映画の007シリーズにこんな異色作&問題作は存在しなかった。とにかく、これは今までの007シリーズとは一線を画している。禁じ手といってもいいかもしれない。正直、007でこんなに頭が混乱してしまうなんて思いもしなかった!
007リブート!
今年2月に、M役のジュディ・デンチが失明の危機にあるというニュースを見て以来、次の007にこういった展開が盛り込まれることは、ある程度予想の範囲内であった。しかし、引退の花道をこんなにも大々的に一作品のドラマに作り上げてしまうとは・・・。007シリーズは、『カジノ・ロワイヤル』でダニエル・クレイグ登場とともに、ボンドは戦後生まれの現代に活躍するスパイという設定に再生された。いろんなヒーロー映画のビギンズが作られていた時代、007ビギンズが作られてもおかしくはなかった。そして今回、サム・メンデス監督はクリストファー・ノーラン監督のバットマンリブートを強く意識して007リブート『スカイフォール』を作った。それはそれでアリだ。
バットマンというキャラや敵役の悪党たちを漫画的にカリカチュアされる前の生々しい姿にリブートして見せたように、007シリーズの数々の名場面・珍場面をリブートして見せてくれる面白さはファンにとってワクワクものだ。『ゴールドフィンガー』のアストンマーチンの仕掛けとか、『死ぬのは奴らだ』のワニ渡りを意識したコモドオオトカゲの場面とか、殺し屋ジョーズの鉄の歯を意識したシルヴァの身体の秘密とか、『リビング・デイライツ』をこじんまりとした氷丸撃ち抜きとか。こうした仕掛けの数々は、50周年記念作品に相応しいファンサービスとして大いに楽しめる。
禁じ手、設定リブート!
しかし、ヤバいのは『007映画のお約束』そのものをリブートしてしまっているところ。
まず第一に、007が直面し続けたのは、敵役の誇大妄想的な陰謀だった。壮大な悪の計画を転覆させるのが常道だったのだ。『ロシアより愛をこめて』や『ユア・アイズ・オンリー』のような暗号解読機の争奪戦という地味な設定であってすら、東西のパワーバランスを崩すだけの威力があるものとして描かれていた。ところが、今回はまったくそんな世界を救う話などではない。シルヴァの直接の標的はM。具体的に仕出かす犯罪は、MI6の諜報部員情報が盗み出すというサイバー攻撃だし、ロンドンで逃走しMを狙うために地下鉄テロである。YouTubeに諜報部員情報を流出させるというくだりに象徴されるような、かつての007にはない、現在の世界で起こりうるリアリティのある犯罪だ。つまり犯罪の質そのものを生々しいものにリブートしてしまっているのだ。『ゴースト・プロトコロル』でイーサン・ハントが核ミサイル攻撃を防いだのを思い起こすと、かつてのシリアススパイと痛快娯楽スパイが今や真逆になってしまっているのが興味深い。
第二に、ジェームズ・ボンドの存在そのものも、リブートされて生々しくなった。これまでも負傷したり捕虜になったりしたことはあったが、酒に溺れて自暴自棄になったり、無精髭を伸ばし続けたり、手が震えて銃口が定まらなかったり、復帰テストに不合格になったりしてしまう生々しいジェームズ・ボンドはかつて映画で描かれたことはなかった。原作の、トレーシーを失った後を描いた数作に近いとも言えるのだが。しかし、何よりシリーズとしてまずいと思うのは老いをたびたび語らせた点。これを始めちゃうと、ダニエル・クレイグ引退とともに、再び年齢のリセットが必要になってしまう。
第三に、Qの立ち位置。Qが若造になったのは面白い。しかし、Qはドンパチ武器の開発チームの長じゃなかったっけ?何よりQが『かつての秘密兵器は時代後れになった』と宣言している点。これまた生々しくリブートしているわけだが、これをQ本人に言わしめてしまうと、今後、奇抜な新兵器の開発や供給は、Qの主義に反することになる。お助け秘密兵器で窮地を乗り越えるご都合主義は、個人的にはもう辟易なんだけれども、こんな制約の枷を今後のシリーズにかけてしまうのはいかがなものか。
そして、やはりMは消え去るように交替するべきだったとボクは思うのだ。かつてのバーナード・リーのMやデズモンド・ウェリンのQのようにさりげなく。老将は消え去るのみ的な美学があってほしかったと思うのだ。とは言うものの、ブロスナンのボンドやクレイグのボンドを支えてきたジュディ・デンチのMの存在の大きさを考えれば、プロデューサーからしたらこれだけの花道を準備したいところなのかもしれない。
だが、もっと問題なのは、新M、新Q、新マネイペニーとボンドとの馴れ初めを描いてしまったことだ。仕事よりも仲間、みたいななかよしチームの設定なんて原作にも従来のシリーズにもまったく存在しないのだ。Mはあくまで気難しく威厳に満ちた、ある意味ボンドの最大の敵である上司でないと困るのに。マネイペニーは政府の所有物だから一線を越えない秘書であり、ボンドに航空チケットを渡すときに死地に送り込むことを夢にも思わぬ有能な事務職員であるはずなのに。そして、前述のQは原作どおりの銃火器のアドバイザー、もしくは映画の秘密兵器の開発チーム長であるはずなのに。そしてMやQにとって、ジェームズ・ボンドはあくまで現場工作員のひとり、使い捨ての消耗品にすぎない存在でなくては。本来そういうドライでプロフェッショナルな職業関係であるからこそ、シリーズの中で思わず私情をまじえてしまう描写がチラリと垣間見えるのがファンにとってたまらなくいい気分なのだ。そこんところを端(はな)から「いわくいわれあり」の特別な人間関係ありの設定にしてしまったのは、やはりまずいんじゃないだろうか?MやQやマネイペニーだけじゃなく、CIAのフェリックス・ライター、補佐官のビル・タナー、そしてジェームズ・ボンド本人ですら、役者が作品ごとで変わっても気にしない、一回ごとの中身で楽しませるって部分だけは、お約束のシリーズであってほしいとボクは思っている。そういえば、ボンド役者の交替ですら、ジョージ・レイゼンビーに「奴の時にはこんなことなかったのに」と言わせたり、ロジャー・ムーア登場では「やることは一緒ね」なんて言われたりとジョークで済ませ、後には交替は暗黙となったことを考えると、やはり今回のMの交替は、らしからぬやり方だったよなあ。
最高の変化球
さて、今回の映画の設定部分ではいろいろわだかまりもあるけれど、ドラマ重視っていう姿勢自体は大歓迎。このくらいストーリーに起伏があるほうが好きだ。「完全なる崩壊や失墜からの再生や再構築」という一貫したテーマのあるボンド映画なんてスゴイじゃないか。ジェームズ・ボンドが生家で孤立無援の西部劇みたいな状況で戦うクライマックスなんて、想像だにしなかった。リブート云々抜きにこういう変化球は好きだ。実質、ボンドガールがいない、もしくはMがボンドガールであっても、それはそれで変化球として面白い。やはりロジャー・ムーアのボンドものくらい、『またやってる』感が強すぎるってのはさすがに脱力してしまう。今回映画がヒットしたので、こうした渋~い路線が続いていくこと自体は大歓迎。ボクは基本、まったりしたボンドよりヒリヒリしたボンドのほうが好きだ。
そして今回の映画で特によかったのは、こだわりのカメラワーク。開巻の眩い光の中の人影だけでダニエル・クレイグの体躯を見せる絵づくり!ビルから狙撃したパトリスと格闘するシーンをカットなしの影絵で描く美しさ!シルヴァ登場してボンドに近づきながらの饒舌長回しで強烈な個性をアピールする演出。惚れ惚れとするシーンがいくつもあった。マカオの照明の色合い、スコットランドの靄・・・こんなに空間の空気が伝わってくる007映画は初めてだ。ロジャー・ディーキンスのカメラがとにかくすばらしい。
そして、ハビエル・バルデムの存在感は圧倒的。とにかくMへの執着が異常、なんでも望みのモノを手に入れずにはいられないバイセクシャル、肉体的にも精神的にも内面が焼け爛れた男を演じて、これまでのシリーズの中でも特筆すべき悪役をつくりあげている。スゴイ!軍用ヘリコプターに乗り込んで、アニマルズの「ブーンブーンブーン」を大音量で流しながら乗り込んでくる馬鹿馬鹿しさなんて、リブートというより誇大妄想狂悪人のパロディとしても秀逸で笑ってしまった。
トーマス・ニューマンの音楽はちょっと007らしい大仰さがなくって今ひとつに感じた。映画の内容がドラマチックなだけに、デヴィッド・アーノルドが『カジノ・ロワイヤル』で聞かせたような、ジョン・バリーのロマンチシズムを意識したサウンド(ヴェスパーに思いを馳せるときの曲なんて、007以降のバリーが担当していたら書きそうな、重厚にたゆたううねりと旋律の二回繰り返し!)が聴きたかった。このへんもリブートしてしまおうという意図が?いやいや、一方で、アデルのテーマソング自体は、バリー節を意識したすばらしい歌。いや曲調自体は、『カジノ・ロワイヤル』の影響がきわめて強い。アーノルドのサレンダーと並んで、バリー以降の名曲だと思う。この映画の、Mのアパートメントの外観ロケが、ジョン・バリーがロンドン時代に暮らしていたアパートメントなんていうサプライズも嬉しい。
これからの007
さて、今作の大ヒットを受けて次回作がもう練られていると聞くし、サム・メンデスが脚本に関わっているらしいのだが、ボクとしては、やはり今のままでは外連味不足。脚本はポール・ハギス、監督はマーティン・キャンベル、音楽はデヴィッド・アーノルド、カメラはロジャー・ディーキンスでお願いしたい気もする。クリストファー・ノーラン監督の007も観たい気もする。かなり女王陛下の007っぽいのを作りそうだし。
いや~、しかしこんなにトンデモナイ007映画ができるとは思いもしなかった。それにしても、クォンタムのミスター・カラーたちは一体どうなってしまうんだろう?
とにかくこのスカイフォール、駄作か?傑作か?未だに判断がつかないでいる。必見の大異色作、大問題作であることだけはまちがいない。にほんブログ村
ここまで突っ込んで書かれたレビューを読んだのは初めて。
しかも正鵠を射ている。
感服いたしましたv。
趣味で、お笑いショートショートと映画の感想を書き綴っているブログです。
心にズシンと響く映画を見ると、熱く語りたくなってしまいますよね。そんな衝動をブログに書きなぐってるんですよ。
今回の007は、まさに語りたくなってしまうだけの衝撃作だったと思います。
スカイフォール、観終わって数日経ちましたかジワジワ評価があがっています。
バットマンリブートを意識したゼロから再構築というプロット。
アクション映画をアートにまで昇華した絵づくり。
ああ、また観たくなってしまいました!
のんちさん、コメントありがとうございます。
すご~い。
矢菱さん、ホントにプロみたいですね。
突っ込んだレビューですね。
恥ずかしながら、私のバカっぽい感想も読んで下さい。
最近、70年代のテレビ吹替え版つきDVDが発売されて、最近は夜中に見まくって懐かしんでいます。
薀蓄を出し尽くすかのように語りましたね。
熱く語りたくなる映画に出会えるのは最高ですね
イヤ素晴らしい映画好きです。
来週は、もうレンタル店に並ぶんですね、スカイフォール。
サム・メンデス監督は次回作を断ったとか。
カジノでリブートした映画をさらにリリブートしたわけだから、スタイルをきっちり整えてほしかったような気もするし、路線を踏襲しつつ斬新な作風を、新たな監督につくってほしい気もするし。
とにかく世界的な大ヒットで、かつてのシリーズでは考えられなかった大物監督や大物俳優が食いついてくるだろうから功績は大きかったはずですけどねえ。