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カツ丼ハーフ殺人事件

2013年04月13日 | ショートショート



ガイ者は、応接間のクリスタル灰皿で後頭部を叩き割られて絶命していた。
ガイ者の名は、権藤三郎。悪徳商法で荒稼ぎしていた権藤に怨みを抱く者は多かった。
灰皿から指紋は検出されなかった。
唯一の手がかりは、権藤が手にしていた、高崎屋のお品書きである。
高崎屋といえば、地元では有名なカツ丼専門店だ。
その高崎屋のお品書きを左手でつかみ、
右手でおしながきのカツ丼ハーフを指さし、絶命していたのである。
新人の捜査官新田「犯人が立ち去ったあと、少しの間、意識が戻ったのですね」
古参の警部補古井「うむ。しかし何故にカツ丼ハーフなのか。わかるか?新田」
新田「死亡推定時刻はお昼前。出前をとろうとしたんではないでしょうか?頭が痛いので、ハーフで。どうです?ボクの推理」
古井「おまえ、よく警官になれたなあ。これはな、ダイイングメッセージだ」
新田「応接間なのに?」
古井「新田、高崎屋のカツ丼、食ったことあるか?」
新田「もちろん。サクサク肉厚の豚カツ、甘辛つゆがしみこんで美味いのなんのって。ボクならハーフじゃ満足できないなあ。でも頭割れてたらやっぱハーフかなあ」
そのとき、権藤の使用人が呼ばれてきた。
古井「君、名前は?」
使用人「ま、前田健一です」
古井「今日、権藤さんは誰かと会う約束をしていたか?」
前田「それはわかりかねます。権藤さまは、来客の接待一切をご自分でされておりまして・・・」
古井「フフフフフ。前田さん、犯人はあなただ」
前田「何をいきなり・・・」
古井「まさか権藤さんがダイイングメッセージを残すとは思わなかったようだな」

・・・いきなり犯人指摘の急展開!古井警部補は、どうやって犯人は前田だとわかったのか?
シンキング・タ~イム!!



新田「古井さん、そろそろ教えてくださいよ」
古井「権藤さんが指さしていたのは、カツ丼のハーフ、つまり半人前だ!」
新田「半人前だ・・・はんにんまえだ・・・犯人前田・・・ややや!!」
使用人の前田がその場に崩れた。
「まちがいありません・・・権藤を殺したのはわたしです・・・でも、権藤自身は知らなかったが彼は不治の病に冒され余命いくばくもなかったのです。わたしが手を下さなくても早晩・・・」
古井「権藤さんは知っていたよ」
前田「え!?」
古井「死、見込んでいたんだよ、権藤さんは。高崎屋のカツ丼に味がし、みこんでいるようにね」
前田「まいりましたあっ」
犯人前田は、頭を抱え嗚咽をあげ続けた。



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おじいさんと魔法のランプ

2013年04月12日 | ショートショート



とある老人施設の一室、おじいさんがベッドに腰掛けています。
おじいさんは、なにげなく頭を上げ、サイドテーブルに目をやります。
「なんじゃ、コレは?」
一輪挿しのとなりに、金色のランプが置いてあるのを見つけます。
“コレを磨いたら、なんでもアレをかなえてくれるアレが出てくるんじゃないか?”
そう思いはじめたおじいさん、いてもたってもいられません。
さっそくランプを手にとると磨きはじめます。
ゴシゴシ・・・ゴシゴシ・・・
するとどうでしょう、ランプの口から白い煙が出てきて、煙の中から魔神の登場です。
「おじいさん、お呼びでございましょうか?」
ちょっとやる気のない感じの魔神です。
「おじいさんに三つの願いをかなえてさしあげます。なんなりとお命じください」
突然現れたアレが、三つもアレをかなえてくれる?
さあ、何にしようかなあ。
何がいいかなあ・・・何が・・・いい・・・か・・・
「おじいさん!おじいさん!願いごとを考えてる最中にウトウトしないで。しっかり考えて」
「すまん、すまん」
「で、お決まりでしょうか?」
「アレじゃ・・・あさごはんじゃ!」
魔神の顔がくもります。
「あさごはん、ですか?おじいさん、失礼ながらあさごはんは先ほどいただいたのでは?」
「いいや食っとらん。あさごはんじゃ。あさごはんを出せ」
魔神はしかたなく、魔法であさごはんを出します。
おじいさん、夢中になって食べはじめます。
「お食事中に失礼とは思いますが、残りのふたつの願いごとは?」
「あさごはんじゃ!あさごはんとあさごはんじゃ!」
「今召しあがっているのがあさごはんでは?」
「いいや食っとらん。出せゆうたら出せ」
魔神はため息をつくと、あさごはんの追加を出します。
おなかいっぱい食べては吐いてしまうはずのあさごはんを、サイドテーブルに並べます。
そうして、白い煙に包まれてランプの口へと吸いこまれていきます。
猛烈なジレンマを感じつつ・・・
毎日、毎日、毎日・・・



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どちら似?

2013年04月11日 | ショートショート



好物のスクランブルエッグをかき混ぜている最中に携帯が鳴った。最悪のタイミング。
「いいお嬢さんよ。会ってみたら」
叔母からだ。
「ボクはまだ正採用にもなってないんだよ。つまり社会人の卵・・・」
「社会人は社会人でしょ。もったいないわよ、とにかく写真だけでも」
今どき、見合いだなんて。
程なくして、叔母が写真と釣書を持ってきた。
「まだそんな気ないから」
「先方はかなり乗り気らしいわよ。とにかく見てちょうだい」
乗り気?ボクの写真も送ってんのかよ。
「よく考えてから、お返事ちょうだいね」
叔母は、写真を押しつけて帰って行った。
数日考えたフリして、そのまんま見ずに突き返そうか・・・
そんなふうに思っていたけれど、誘惑に負けて写真を開いた。
日本庭園を背景に着物姿の女性が腰掛けた古風な構図。
彼女を見た途端、ボクの胸が高鳴った。すっげ~タイプ!
均整のとれた卵形の顔!ゆで卵のように白い肌!
こりゃあ会ってみる価値はあるぞ・・・いや、会いたいっ。
数日後、叔母から電話があった。
「どうだい?会ってみない?」
「う~ん・・・先方が乗り気なんなら・・・まあ、会ってみるだけ・・・」
「そうかい、そうよね。じゃ早速、話進めるから」
叔母の声が弾んでいたが、ボクは内心もっと弾んでいた。

一方、彼女の家・・・。
「蘭子さん、先方からぜひ会いたいって連絡があったわよ。来月の第二日曜。大丈夫?」
「もちろんよ、お母さま。どうなさいましたの?不安そうなお顔」
「だって、あの写真と、今のあなたでは違いがありすぎ・・・」
蘭子は、自身を手鏡に映した。
「ご心配は要りませんわ。三週間もあれば、じゅうぶん。オホホホホホホ」

三週間後、お見合い当日。紹介やら世間話やら終わったあとの、若い者は若い者同士の時間。
「蘭子さん、写真どおり、いやそれ以上に美しい方だ。また会っていただけますか?」
「もちろんですわ。先ほど話してらっしゃった究極のTKGのお店、連れてってくださいね」

こうして話はとんとん拍子、めでたく結婚、まもなく懐妊。そして出産。
医者に呼ばれて分娩室に入ると、妻蘭子が微笑んだ。
「ボクの子か」
「ええ、あなたの」
妻の腕に抱かれた、丸々とした大きなタマゴをボクはじっと見つめた。
「どちらに似てるかしら?」
タマゴを撫でる妻の手に、ボクの手を重ねた。
どっちに似てるとか、妻がナニモノかなんて関係ない。
ボクはタマゴを愛している。



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お天気屋

2013年04月10日 | ショートショート



職場で事務仕事をやっていると、来客があった。
なんなんだよう、まったく。来るなら来るで、ひとこと電話くらいしといてくれよ。
応接室のソファに座っていた来客は、なんとなく怪しい男だった。
スタジャンに野球帽にサングラス。正体を隠しているような風情だ。
ボクを見ても黙っているのでボクのほうから尋ねた。
「なんの御用ですか?」
すると男は愛想よい声で言った。
「明日のデート、映画になさい」
「・・・はい?」
見ず知らずの男が訪ねてきて、どうしてボクが明日、彼女とデートだと知ってるんだ?
「明日の天気は最悪なんです。土砂降りの雨でずっと車の中、店も大混雑。も~最悪」
そんなはずはない。天気予報では、明日の天気は快晴のはずだ。
「映画になさい。実は彼女、相当なアクション映画ファンです。おすすめはコレ」
スタジャンのポケットから、雑に折りたたんだ映画チラシを出して広げた。
『エクスペンダブルズ7』!
ズラリと並んだアクション映画スターたちの顔、顔、顔!
しかもみんな若い。
なんだあ?007スターなんて全役者、最盛期の姿のままで勢ぞろいじゃないか。
でも、今やっているのはたしか『エクスペンダブルズ2』のはず・・・。
「おっと、すんません。この映画の2番めか3番めのヤツ。それにしときなさいって」
はは~ん。
こいつ、明日の天気を知っていて、しかも未来の映画のチラシをわざとボクに見せて。
きっと未来から来て、ボクに干渉しようとしているんだな。
しかし、目的はなんだ?
「五千円」
「は?」
まるでボクの心の中を見透かしたように、男が小声でつぶやいた。五千円?
「明日の天気を教えてもらって、五千円。高くはないだろう?」
確かに高くはない。高くはないけど、時間戻ってどんな商売やってんだよ。
もっと大きなビジネスがあるだろうに。
競馬で大穴を当てたり、株を買ったり。
さっきの映画みたいに、往年のスターを勢ぞろいさせて映画ファンの夢をかなえたり。
小っちぇ~商売やってんじゃないよ、まったく。
サングラスをしていても、男の表情が見る見る不機嫌になるのがわかった。
「やっぱり1万円」
「はあ?」
こいつ、相当なお天気屋だ。



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時間よ、止~まれ

2013年04月09日 | ショートショート



田舎道を軽トラで走ってK町に着いた。買い出しはいつもK町で済ませている。

道路を行き来しているはずの車が走行車線で止まっている。様子が変だ。
車の間をぬいながら止まった車の中を覗くと、どの車にも人が乗ったまま動かない。
何やってんだ、こいつら。
いつもの店の駐車場に車を止め、店内へ。
店の前に数人が歩いている。
いや、歩く姿勢のままで停止している!まるで一時停止ボタンを押したみたいに。
店内も同じ。
店内はしんと静まり返り、カートを押す客もレジ打ちの娘も、みんな動作の途中で静止している。
時間が停止した世界に、ボクひとり取り残されてしまったんだ!
ど、どうしよう・・・。
店内を見渡しているうちに、今なら好き放題持って行けるなあ、なんて魔がさしてしまった。
どうする?バレるなんてことあるだろうか?
数分間の葛藤ののち、ボクが商品棚の品に手をかけた瞬間。
店員の腕が、ほんのかすかにピクリ。
・・・
動いたよな?今。
店員をじっと観察した。すると、店員の後ろの客がまばたきをひとつ。
ボクは鳥肌が立った。
こいつらみんな、時間停止したフリをしている!
特殊効果で処理できなかった頃のSF映画の、時間停止場面と同じだ。時間停止の演技。
しかし、なんのために?
・・・まさしく今、映画の撮影の現場に入り込んでしまったのか?
いやいや、それならとっくにカット!の声がかかっているはず。
・・・これはもしかして町あげての、『だるまさんがこ~ろんだ』なのでは?
いや、それならボクはとっくにオニにつかまっている。
・・・そのうち、みんなが一斉にハッピバースデイのハミングをはじめて、ボクの誕生日を祝福・・・。
いや、今日はボクの誕生日じゃないし。
商品に手をかけた姿勢のまま、ボクは考え続けた。
すると、ふと別のアイディアがよぎった。
『ボクもまた、この姿勢のまま、みんなと同じように止まってしまうのはどうだろう?』
そしてボクはホントに、そのまま動くことをやめた。
しばらくすると、血相を変えた女が店に飛び込んできた。ボク以上にマヌケな感じで。
一瞬、彼女に声をかけようかとも思った。
だが、他の誰も彼女に声をかけずに止まっているのには理由がありそうだ。
時間が止まってない連中のほうが増えて優勢になった頃に合流するのが得策だろう。
そう思って声をかけるのはやめた。なんだ、この安心感は。
そしてそのとき、なんとなく理由がわかってきた。



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忘れちゃいたい

2013年04月08日 | ショートショート



たとえば仕事とか、恋愛とか・・・
生きるか死ぬかの大問題にぶちあたったと感じて・・・
ああでもないこうでもないと悩みに悩んで・・・
一生懸命くだした、納得済みの結論だったはずなのに・・・
月日が経ってみれば、実に浅はかだったと気がついて・・・情けなくて情けなくて・・・
全部忘れちゃいたい!
・・・なんてこと、あるよね?君にも。
そういうのって、パソコンの『ごみ箱』からデリートしたみたいなつもりで安心していても、
夜眠ろうとするときとか、
車を運転しているときとか、
コーヒーを啜っているときとか、
なにげないときに不意によみがえってきて、
痒いのに掻けないもどかしさみたいなのが体中に溢れて、どうしようもなくなっちゃう。
・・・そういうことも、あるんじゃない?実際。
自分の心にリカバリーディスクを入れて出荷状態に戻せたらいいのに。
なにもかも忘れちゃいたい。記憶喪失だってかまわない。
ボクはパソコンみたいに白紙に戻してほしいんだ。

そんな、人間用リカバリーディスクみたいな薬が開発されたという噂を聞いた。
ボクは早速、ネットの情報を頼りに、薬の売人を訪ねた。
売人の額に銃口を押し当てる。
「俺、そんな薬は扱っちゃいないよ。記憶をなくしたら、あんた自分が誰かもわかんなくなんだぜ。記憶を全消去した自分って、マジで自分っていえんの?」
売人に説教を食らうとは思いもしなかった。
ボクは拷問の限りを尽くして、薬を開発した博士の名を聞き出した。
かまうものか。残虐な拷問をした記憶もまた、全部消してしまうのだから。

ボクは博士の研究施設のドアを叩いた。
顔を覗かせたのは、眼光鋭い白髪の小男で、いかにもマッドサイエンティストな風貌だ。
博士の額に銃口を押し当てる。
「おまえがすべてを忘れちゃう薬を開発した博士だな?早速だが、その薬をいただこう」
「博士?薬?それ、なんの話?な~んにも覚えてないんだよね、そうゆうの」



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ロボット?

2013年04月07日 | ショートショート



平日の午後、さすがに風呂屋に客は少なかった。

サウナ室に入る。先客はなかったが、ボクの後ろからもうひとり入ってきた。
テレビの前にボクが座る。少し離れた位置で男が胡座をかいた。
ボクは12分計を見上げた。
この時計の長針が一周して同じ数字になる12分後がちょうどいい頃合いなのだ。
テレビでは、ロボットが補助教員として学校に配備されたニュースをやっている。
ロボットの社会進出が著しい。
最初は介護や工事の現場などの重労働を手伝うことから始まった。
だが今や教育現場のみならず、そこかしこでロボットを見かけるようになっている。
胡座をかいていた男が腕組みをして話しかけてきた。
「各教室、担任の先生とロボット教師がチームで児童生徒の指導に当たるそうですよ」
「それに安心感をもってしまうから不思議ですね」とボク。
「ロボットのほうが信用できるってのが皮肉ですよねえ。次は警察ロボらしいですよ」
「その次は政治家ロボですかね」
軽口を叩くボクの顔を、男がしげしげと見た。
「おや?汗をかいてませんね?」
「汗をかきにくいんですよ。特に冬場は。さすがにサウナにロボットはないでしょう?」
男が笑った。
「そうですねぇ。ア・・・でも刺青の客にお引き取り願う役とか。あれはロボットにお願いしたいな」
「さすがにまだそれは」
いつのまにかボクも男も汗をポタリポタリ。
「ほら、出てきたでしょう?」
「いやいや、サウナの中で人間に混じって違和感がないように汗をかく機能がついてたり」
可笑しくなって二人とも吹き出した。面白いことをいう男だ。いい暇つぶしになった。
えっと・・・そろそろかな・・・
男が頭の上で両腕を組んだ。そして胡座を組んだ姿勢のまま全裸で逆立ちに。ヨガの行者か!?
「ハイお客さん、12分で~す」
な~んだ、そういうのか。






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天国の階段

2013年04月06日 | ショートショート



10時59分、目を閉じたまま陸橋の階段を上ると天国の階段につながる・・・
そんな都市伝説が、小学生のころに囁かれていたっけ。
テンゴクの語呂合わせからして、子供っぽい怪談のひとつにすぎない。
それに、地方都市とは名ばかりの田舎町、都市伝説なんて言葉すらマユツバな感じだ。
歓迎会が二次会でお開きになったあと、ボクはひとりで歩いて帰ることにした。
アパートまでたいした距離はなかったし、酔った体に夜風が気持ちよかったからだ。
時計を見ると11時前。
しかも陸橋が目の前に近づいてくる。
そんなわけでボクは、とうに忘れたはずの例の都市伝説を思い出したわけだ。
試してみるか?
そんな誘惑に駆られた。
町外れの大きな交差点だが、人通りはまばらで、見ている人なんていないのをいいことに。
晴れて社会人、大人の仲間入りしたというのに?子どもっぽすぎない?
そんな葛藤なんてどこへやら、ボクは陸橋へとまっすぐ進んだ。
腕時計で10時59分ジャストを確認して、目を閉じると陸橋の階段へ一歩踏み込んだ。
1・・・2・・・3・・・
神社の石段を数えるように、一歩一歩口ずさみながら上っていく。
段数が増えてくると、段が無くなって前のめりに転びそうにならないように用心した。
50を越えても最上段は来なかった。100を越えても。200を越えても。
まさか?本当に?
目を開けたい。でも目を開けた途端、すべてが台無しになってしまいそうだ。
300・・・500・・・
嘘だろう?今、どんだけ高くまで上ってるんだ?
目を開けると、目の前にはたなびく金色の雲、正面には黄金製の両扉がゆっくりと開き、扉の向こうは燦然と輝き・・・
そんな空想をしているうちに、もうどうにも目を開けずにいられなくなった。
そしてついに目を開けると・・・
そこはただの陸橋の階段。な、なんでだ?
思わず歩みを止めると、ずんずん後ろに下がっていく。天国の扉が遠ざかっていく。
ボクが目を開けたからだ。それでこんなことに。
途端、後ろにつんのめってボクの身体は宙を舞った。

翌日のニュースにボクが出た。
就職したばかりの若者が、歓迎会の帰りに陸橋の下で後頭部を痛打して死亡していたこと。
人を感知して始動するタイプのエスカレーター陸橋の下りを無理矢理上ろうとしていたこと。
まあそんなわけで、ボクは今、天国だ。



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世界史のひと

2013年04月05日 | ショートショート



「どうだ?明日の歴検。期待してるぞ、満点」と、先生が肩を叩く。
「イヤイヤ~満点なんてとてもとても」
などと謙遜しつつ、ボクは狙う気まんまんだった。
なにせ、先生が作ってくれた過去問、まあ間違えても1問か2問。直近の模試は満点をとっているのだから。
歴史能力検定世界史。ついに明日が検定日だ。
どの教科よりもボクは世界史が好きだ。
勉強道具は、もっぱら『山川出版の世界史用語集』。
こいつの用語や解説をほぼ暗記するのがボクの勉強法。出題される、ほぼ九割は網羅されている。
じゃ、残り一割は?
ボクは他の参考書に手を出すのではなく、用語集に書き足したり、紙を貼ったりして追加する方法をとった。この用語集一冊を、ボクの世界史知識の全てとするために。
毎日毎日めくり続けた用語集は、角は擦り切れヨレヨレ、黒ずみ汗じみて冷たかった。
そんなボクにとって、唯一、そして最も腹立たしいこと。
それは、ボクの頭の中に構築された、完璧であるはずの歴史大系が完璧でないという事実。
百年も経てば、現代史もまた過去の歴史の一部となって書き加えられていくだろう。
新たな遺跡が発見されたり、研究によって新事実がわかったりして、歴史が変わることもある。
ボクの脳に刻まれた秩序を、土足であがりこんで勝手に乱されるなんてごめんだ。
できれば・・・
できれば、ボクが死んでしまうとき、この世界もまた幕を閉じてほしい!ボクにとって完璧な姿のままで。
アハハ、ちょっと身勝手か。
とにかく、明日だ。いかにボクの脳内世界史が完璧か、今こそ試すときだ。

「ただいま~」
帰宅すると、家族全員がリビングに集まっている。
「どうしたの?何があったの?」
ソファに腰掛けた兄が、黙ってテレビ画面を指さす。緊迫した臨時ニュースの画面。
ポールシフト・・・地殻変動・・・大地震・・・大津波・・・終末・・・
どうやら、明日の朝で世界は終わりらしい。
なんてこった!
確かにボクは世界の終わりを望んだ。でもそれは、断じて明日じゃない!
カバンを放り出すと、先生に電話した。
「先生!明日の検定は・・・検定は実施できますか?」
「いや~、この状況じゃあ、それはちょっと・・・」
「お願いします!世界の終末は、検定結果発表まで待ってもらえませんか?」



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誓いのホームラン

2013年04月04日 | ショートショート



9回裏、1点差のビファインド、ワンナウト一塁の場面で、オレに打順が回ってきた。
ベンチのサインはもちろん、手堅く送りバント。
クライマックスシリーズへの生き残りをかけた大一番である。
しかもオレの後ろには、リーグ最多のホームランバッターが控えている。
オレにバント以外の選択肢などないのはわかっていた。
しかし・・・
オレは昨日、難病と闘っている野球ファンの少年と約束したのだ。
今日の試合で、必ずホームランを打つと。
あ~あ、どうしてそんな約束しちゃったかなあ。
打率こそ悪くはないものの、シーズン数本のホームランしか打っていないオレなのに。
今日も今日とて、全打席、ホームラン狙いの凡打の山。
で、この場面で長打狙いは、やっぱないよなあ。
様子を見てくると予想した球が次々と決まり、あれよあれよという間にツーストライク。
客席から落胆の声が一斉に漏れる。
「何やってんだよう!バントくらい決めろい!」
怒声がここまで聞こえてくる。
目を閉じると、少年の顔が浮かんできた。文字盤で会話をした、車椅子の少年の青白い顔。
オレはバントの構えをヒッティングに切り替えた。
客席がどよめく。
ボール球を選んだあと、勝負球をフルスイング。
「打ちました!これは大きいぞぉ、ぐんぐん伸びていく~っ!入るか?入るか?」
ゆけ!
伸びろ!
一塁に走りつつ、弾道を追う。
ライトスタンドフェンスぎりぎり、外野手が思いきり、ジャンプ!
捕られたか?
そのとき、野手のグラブの先が白球を弾くのが、はっきりと見えた。
弾かれた球は、ポーンと上にあがって・・・
そのままスッポリとグラブの中に収まった。
しかも好返球によって、飛び出していたランナーまで刺されて、あっけなく試合終了・・・。
あ~あ、やっちまった。
観客の怒号の中、ベンチに戻る。ドンマイとオレに声をかける選手仲間もいたが、その声は冷えきっていた。

翌日のスポーツ新聞は、乱心だの背信だの戦犯だのと書き立てた。
仕方がない。結果がすべてだ。
オレの唯一の心残りは、約束を果たせなかったことを彼に謝ることだった。
病院に電話すると、担当医が出た。
「試合を見たあと、彼はテレビの画面まで歩いていって『馬鹿野郎!』と・・・」
そりゃそうだ。何を言われても仕方がない。
「とにかく謝りに伺いたいのですが」
「謝る?車椅子の少年が立ち上がり、失っていた声を出せたというのに?」
そっか。オレは特大の逆転ホームランを打っていたのか。



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変化

2013年04月03日 | ショートショート


「・・・で・・・なんだったかなあ?」
夜、眠ろうと目を閉じると、今朝から気になっていたことがまた気になった。
久しぶりの自転車通勤、職場近くの、車じゃ通らない路地。
ゆるやかな傾斜を上る途中、整地された空き地にずらりとソーラーパネルが並んでるじゃないか。
家数軒分ほどの空き地に、家の屋根に貼り付いているくらいの大きさのパネル。
この程度ならメンテナンスも楽にちがいない、などと思いながらペダルを漕ぎ漕ぎ、
「・・・で・・・元々ここ、なんだったかなあ?」
自転車で通勤するときはいつも通っていた道なのに、そこに何があったか、まったく記憶がない。
民家だったろうか?店だったか、施設だったか、公園だったか、はたまた元々空き地だったか。
自転車通勤だと、車じゃ見落としてしまう些細な変化にも気づくと自負していたのに。
実際、青紫のムスカリに目を潤し、路上に散り敷くモクレンの花弁をよけ、今朝は春を満喫していた。
それが、こんな大きな変化を目にして、その前の記憶がまったくないだなんて。
仕事帰り、わざわざ自転車を押してソーラーパネルを観察した。
でもやっぱり思い出せなかった。
人の記憶とはなんと曖昧なものか。
何度も何度も見ているはずなのに、意識しなければまったく変化が見えないという不思議。
無意識に見過ごしていることのなんと多いことだろうか。
ああ、気になる・・・で、なんだったかなあ。

翌朝。
目を覚まして顔を洗っているときも、やはり心にひっかかっていた。
それが、熱したフライパンに卵を落として、ジュワ~ッという音を聞いた瞬間、突然ひらめいたのだ。
わかった。
昨晩から妻がいない。



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ソメイヨシノ

2013年04月02日 | ショートショート



「あ~あ今度ココ来るときは彼女と来たいなあ」
「彼女できてから言えよな」
ボクと友人Kは、ぶつくさ言いながら桜のトンネルを仰ぎ見た。
今まさに見頃。枝々がしなるほど群れて咲き誇っている。どの木も、どの枝も。
「なあ、聞いたことあるか?『桜の樹の下には屍体が埋まっている』って」
Kは笑った。
「なんだよソレ。気色わりいな」
「おまえ、梶井基次郎知らないのか。梶井が書いてんだよ」
「なんだ、創作か。まあ満開の桜に霊的なパワーを感じても不思議じゃないが」
「そうかなあ。なんか違うと思うんだよなあ」
「違うって?」
ボクは考え考え、訥々と説明した。
「ソメイヨシノってさあ、花色もほとんど同じで、まるで申し合わせたように一斉に咲くじゃないか。既製の商品を、全国一斉新発売!みたいな感じで。その全部の根元に屍体が埋まってるなんてぜんぜんリアリティがないんだよね」
「ふ~ん、一理あるかな。でもさ、ソメイヨシノってブランドができあがってて、ありがたがる気持ちってわかるなあ。評判のお店に行列作る心理と同じなんじゃね?」
「そういう意味じゃ、まさに日本人好みかもね、ソメイヨシノ。でも、屍体は埋まってないよなあ。埋まってたとしても、まあコピー人間かな」
「コピー人間?」
Kが驚いてボクを見た。
「そう、ソメイヨシノの下にはコピー人間の屍体が埋まってるんだ。遺伝子単位までそっくり同じで区別のつかない、無個性なマネキン人形みたいな」
Kが吹き出すのを期待していたが、Kはうつむいたままだった。
「アレ?面白くない?今の」
風が吹きやんだせいか桜並木が静まり返った。息をひそめるように。
「すっげー想像力だな、おまえ」
そう言いながら、Kがボクの首のうしろに触った途端、チクリと痛みを感じた。
たちまち、泥酔したときのように意識が朦朧としてくる。
「よく気がついたなあ。さすがオリジナル」
オリジナル?ボクが?
一陣の風に枝々が一斉にたわむ。花吹雪がボクを襲う。
「君はソメイヨシノを養う屍体のオリジナルなんだ。・・・たぶん」
たぶん?
全身を桜の花びらが包む。払っても払ってもまとわりついて。
「うん。たくさんコピーしてるうちに、オリジナルがどれかわかんなくなっちゃって。でも大丈夫。君から育つソメイヨシノも他と区別つかないから」
やがてボクは花びらに埋もれていく。



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えいぷりるふ~る

2013年04月01日 | ショートショート



目が覚めると、見知らぬ部屋の見知らぬベッド。
見慣れたボクの下宿じゃないのだけは確かだけど・・・ここ、どこ?
棚にクマちゃんなんかが腰掛けてて・・・女性の部屋っぽい。
おまけにキッチンからはカチャカチャ料理する音。さらに女のハミング。
この状況は・・・やっぱりアレだよなあ。
えっと昨夜は送別会で・・・しこたま飲んで・・・四軒目あたりから記憶がブッ飛んで・・・
「ごめん、起こしちゃった?」
部屋を覗いた女が微笑む。
知らない顔だ。さして美人ともいえないフツーな感じの。
やっちゃったのか?やっぱり。あっちゃー。
「朝ごはん、できたわよ」
「・・・う、うん・・・」
生返事をしたあとで、パンツ一丁ベッドに正座、
「あの、まったく昨夜の記憶がないのですが、あなたさまのお名前は・・・?」
彼女、明らかに表情が曇った。
「・・・覚えてないんだ」
うっ、やっべ。
「すみませんっ。記憶にございません!」
「フフ、なにもなかったよ。な~んにも。倒れ込んですぐに大イビキだもん」
そう言って笑う女の顔に、悲しげな翳り。
「正直に言ってくれ。ボクが何もしなかったというのは嘘?本当?」
「・・・嘘」
やっぱり。あっちゃー。
「酔ったらいつもここに来てるじゃないの」
いつもお?そ、そんなはずは・・・
「たいてい泊まらないから覚えてないのよね」
大酒飲んで記憶をなくしたことはあるけど・・・エ~?!
「赤ちゃん、できたの。もちろん、あなたの」
「お、おいっ、嘘でしょ?」
「・・・嘘」
なんだよ~この女。
「お願いだ。本当のことを、本当のことを教えてくれ!」
「怒らない?」
「怒るもんか!」
「あたし、性病なの」
・・・せ、性病~っ?
「・・・嘘」
「いいかげんにしてくれ!本当のこと、言わないと・・・」
「本当のこと、言わないと?・・・殺す?」
「いや、そこまでは・・・」
「殺せないよ、あたし。もう死んでるから。クックックックッ」
前髪をバサリと前に垂らした女が、肩を揺すって笑う。ひとしきり笑ってから、
「・・・嘘」
なんなんだよ、もう!
「実はあたし、衛星パンチラの女王タバタッバ・タバンティーヌ・・・」
そのとき、ボクは壁に掛かった日めくりに気がついた。
大判の日めくりに、『1』の数字がくっきり。
はは~ん、そうか。そういうことね。
勝ち誇って、日めくりを指さす。
「嘘!だよね」
「アハハ、バレちったか」
彼女、日めくりへと向かい、『1』をビリビリッと破り捨てた。
あっちゃー。



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青汁

2013年03月31日 | ショートショート



嫌なものを轢いてしまった。
フロントガラスを打つ大粒の雨で、道路に倒れた緑色のそいつに気がつくのが遅れたのだ。
慌ててブレーキを踏みこんだが無駄だった。
グシャリとタイヤで押し潰す感触が、尻まで伝わり怖気が走った。
しかも、轢かれる瞬間、そいつは顔をあげて私を見つめたのだ。
あの、見開かれた、絶望的な目。
私はそのまま車を走らせ続けた。
人を轢いたわけじゃない。犬や猫、狸の類ですらない。そう自分に言い聞かせながら。
そう、大きなカエルを轢いてしまったようなものだ。
いや、カエルを轢くよりももっと罪は軽い。
なにせ相手は実在すら定かではないのだから。
自宅の車庫に車を入れるころには、すっかり平常心をとりもどしていた。
だれにも言う必要もない。
だれに言っても信じてくれまい。
「あら、おかえりなさい。ちょうどよかった。あなたも、どう?」
着替えてダイニングに入ると、妻がコップに入った青汁を差し出した。
おぞましいまでに濃い緑が、透明なガラスを汚している。
「身体にはいいらしいけど、不味くて評判なの。飲んでごらんなさいよ」
贖罪をことわる勇気などない私は、コップを丁重に受けとる。



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ゆるキャラ

2013年03月30日 | ショートショート



「さあ、チビッコのみんな~、おっきな声でパチモンを呼んでね~。せ~のおっ」
お姉さんの声に合わせてチビッコたち、パチモン、パチモンの大合唱。
「じゃ、お願いしますよ」スタッフが背中を叩いて合図。
オレはずんぐりした体を揺すりながらステージへ向かう。チビッコの興奮が最高潮に達する。
歓声が落ち着いたところで、お姉さんがパチモンにマイクを向ける。
オレは体を揺するだけ。声はステージ裏でプロの声優がつけているのだ。
オレはただ体を揺するだけ。
ああ、なにやってんだろオレ。こんなのオレじゃない。
続いて、お姉さんとステージを降りると、握手されるわ抱きつかれるわ叩かれるわの交流タイム。
オレはただ体を揺するだけ。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
こんな筈じゃなかった。こんなことをしていていい筈がない。
いかんともしがたい、この自己不一致感。

半年前、オレはここに来た。
大気圏突入によって宇宙船は大破し、修理は不可能。
闇に紛れて町に出て驚いた。町中、ニンゲンだらけじゃないか!
オレたちの星では、ニンゲンは、なかなか口にすることのできない高級食材なのだ。
町中を闊歩する天然もののニンゲンを見て、オレの喉がゴクリと鳴った。
オレは辛抱たまらず、手近な若い女性に背後から襲いかかった。
振り向いた女性が叫んだ。
「・・・かわい~い!!」

こうしてオレはなりゆきのままに、ゆるキャラになってしまった。
今じゃイベントにひっぱりだこの超人気者だ。
チビッコたちがオレを取り囲む。で、この状況で食える?
ニンゲンだってそうだろ?
牛食ってるくせに子牛かわいいだろ?カモ鍋食ってるくせにカルガモ親子のニュース好きだろ?

イベント終了。ステージ裏の控えテントの中、パイプ椅子に腰を下ろして煙草をくゆらす。
やっぱ変だよな、オレ。
と、気配を感じて振り向くと、テントの隅にひとりの女の子が立っている。
ピンクのブラウス、胸には花束、オレを見つめてうるうるの目をして。
誰も・・・見ていない・・・。
オレは立ち上がり、女の子にゆらゆらと近づく。

「お疲れさま~、あれ?まだ着ぐるみ着てんの?」
スタッフがテントに入ってきたとき、オレは花束を手に花の香りを愛でていた。
片言のニンゲン語で答える。
「オレ、脱ゲナインデスヨ~。本物ダカラ」
スタッフが、オレの膝の上にちょこんと乗った女の子に気がつく。
「さすがプロだなあ、パチモンは」



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