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オナニーさん

2013年03月29日 | ショートショート



昼休み・生徒相談室
「矢菱くん、先生はね、叱ろうってわけじゃないの。第二次性徴期の男子がソレに夢中になってもなんの不思議もないわ。むしろ健全な発達よ。だから、決して罪悪感はもってほしくないの、アレに」
「先生、はっきり言ってください、オナニーと!!罪悪感?馬鹿馬鹿しい。ボクはオナニーに誇りをもってます。ゆくゆくはプロだって視野に入れてますよ」
「プロ?矢菱くん、オナニーにプロはないのよ。・・・ま、まさか、男優に?」
「わかってないなあ。男優なんて女優や監督に気を遣うばっかでしょ?ボクはね、ひとりでビデオを鑑賞して思う存分オナニーしたいんです。わかんないかなあ、先生には」
「いいかげんにしなさいっ。矢菱くん、放課後も相談室にいらっしゃい。家の人にも来ていただきますからね」
「望むところです。父にも母にも毎日見てもらってますよ、ボクのオナニー」

三十分前・給食時間の教室
「オレさあ昨日、オナニーやりまくっちゃってさあ。一晩で6本だよ、6本」
教室中、ワイワイ給食を食べていたのに、ボクがオナニーの話をしているうちに水を打ったようにシーン。
な、なんだよ。給食時間、オナニーの話しちゃ悪いのかよっ。
独身女教師、高橋先生が咳払いをした。
「矢菱くん、お上品な話題をしてくださいね」
お上品?じゃあオナニーの話題がお下品ってえの?納得できない!
女子全員の視線が冷たい。
おまえたち、ボクのオナニーのすごさがわかってないんだ!
ボクのオナニーを見たら、あこがれの桜庭さんだって目を潤ませて、ボクを「オナニーさん」って呼ぶようになるぜ。
ボクは女子どもに向かって叫んだ。
「オレのオナニー、見せてやる!」
先生も叫んだ。
「矢菱くん、相談室へ!!」

一ヶ月前・益田くんのお兄さんの部屋
友だちの益田くんちに遊びに行って、益田くんのお兄さんの部屋に入った。
部屋の壁にも天井にも映画のポスターがびっしり。
外国の俳優の名前、監督の名前、映画の専門用語・・・お兄さんの話すカタカナ言葉がすこぶるカッコイイ。ボクはそれを聞きながら丸覚えしようとする。
それに、お兄さんは、ネットで映画評論を毎晩何本もかいてるんだとか。
「ボクもかいてみたいなあ、映画評論」
「やってみるといいよ、矢菱くん。でも映画評論ってさあ、オナニーなんだよね・・・」
そのあとの話なんか聞いちゃいない。
映画評論は英語でオナニー・・・映画評論はオナニー・・・オナニー・・・



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2013年03月28日 | ショートショート



花かげの下、彼女の全身が淡い薄紅に染めあげられていた。
そのとき彼女は、時間を止めるおまじないを唱えていたんだと思う。
小学校の卒業文集で、『将来の夢』に『不老不死』と書いた彼女だから。
満開の桜と、十四歳の少女が、時間をとどめたいと願ってもなんの不思議もない。
それまで一度として口をきいたことのなかった彼女に、
ここではなんでもゆるされそうな気がして、声をかけた。
「となり、座っていい?」
彼女が微笑んだとき、頬の桜色がさらに増した気がして息を飲んだ。
どれくらいの時間、ぼくらは黙って座っていただろう。
それからも一度として彼女と話したことはない。
別々の高校に行き、別々の家庭を築き、別々の人生を歩んだ。
先日の同窓会で、彼女がとうに亡くなっているのを知った。
何千万という歳月の縦糸と、何千万という人間の横糸が織りなす悠久の中で、彼女ととなりあわせた、一瞬の交差。
一分一秒ずれていても、あそこでなく別の場所であったとしても、成立しなかったはずの偶然の邂逅。
今度はぼくがおまじないを唱えよう。
彼女のとなりの、あの時間とあの場所に帰るために。



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百発百中

2013年03月27日 | ショートショート



ミッドタウンの高級オフィスビル、その最上階。
スナイパーXは、時間どおりに現れた。
依頼人がふと目を上げると、重役室の壁に寄りかかって煙草を燻らせていたのだ。
「ど、どうやってここまで?」
「・・・・・・」
鍛え上げられた筋肉が、高級スーツの下で盛り上がっている。
剃刀のような目を依頼人に向けて、やっと口を開く。
「仕事の話をしよう」
なんたる無愛想。
それにしても厳重な警備をかいくぐり、ここまで侵入するとは、さすがはプロ中のプロ。
「標的は、この男です」
手渡された極秘資料ファイルを開くと、標的の顔写真に目を落とす。
「ターゲットは金山権左衛門。引き受けていただけますね?スナイパーX」
「狙撃の時間と方法は俺が決める。それでいいな?」
「もちろんです。お願いしますぞ」
報酬半分を納めたケースを渡すためにデスクを振り返ると、ケースが消えていた。
「ややっ」
驚いた依頼人が視線を戻したときには、スナイパーXの姿もまた、かき消えていた。
恐るべし、スナイパーX。

人けのないビルの屋上。スナイパーXは愛用の狙撃銃を構え、トリガーを引いた。
弾丸は、金山権左衛門の額中央めがけて一直線・・・

「臨時ニュースを申しあげます!臨時ニュースを申しあげます!」
街行く群衆が、街頭モニターを見上げる。アナウンサーの声も表情も尋常ではない。
「地球に向かって、地球を遥かに凌ぐ巨大なカタマリが接近中!衝突は避けられないもようです!」
え~!そんなあ。
自宅のテレビで臨時ニュースを見ていた金山権左衛門は、思わず窓を開け、空を見上げた。



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ロボ納豆

2013年03月26日 | ショートショート



「ゴ主人様、ナンナリトオ命ジクダサイ」
「ふむ、今日はおまえに納豆を作ってもらいたい。納豆は納豆でも、魯山人納豆だ。頼むぞ」
「オ安イ御用デゴザイマス」
近未来。いろいろ技術が進歩して便利になったが、なんといっても主婦ロボットには重宝している。
私が指図すると、家事全般、快くこなしてくれる。
まさに嫁要らず。
今日は、ちょっとわがままを言って、魯山人納豆でも作らせてみよう。
ロボットは空を見つめてしばし茫然。どこぞの主婦のようにボーッとしているのではないぞ。
ネットに接続、納豆の作り方の情報をダウンロードしているのだ。
「デハ、買ッテマイリマス」
家事ロボットは買い物に出掛けると数分後には藁苞納豆を手に戻ってきた。
器に納豆を移すと、ガッシガッシと混ぜ始めた。
数十回も混ぜると糸と糸がからみあい、絹糸飴のように艶やかな繊維の束になる。
器に練りつき、箸に練りつき、捏ねるのにひと苦労なわけだが・・・
さすがは主婦ロボット!
通常よりもモーター音こそ大きくなりこそすれ、混ぜる、混ぜる。
しかも、必要以上のパワーで豆粒を砕かない微妙な力加減である。
そして限界に達したところで、醤油を加えて柔らかくしてさらに練り上げていく。
なにもかも完璧、魯山人も納得の納豆づくりの達人のワザ!
ぴたり424回の練りが終了したところで、箸を止めると姿勢をただし、器を差し出した。
「完成イタシマシタ」
今、目の前に究極の納豆が鎮座している。
「さすがは納豆ロボ。では早速、いただくとしよう」
納豆ロボ、ピクリとひとつ、身を震わせた。
「どうした?納豆ロボ」
今し方まで練り上げた器をじっと見つめ、うめくような声を漏らした。
「・・・食イモノ?」



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タバター

2013年03月25日 | ショートショート



「田端さん、田端バタ子さん」
耳元で名前を呼ばれて目が覚めた。
げっ。だれ?なんでわたしの部屋に?
体を起こすと、クラッとめまいが。ウ~、頭もガンガンする。
コタツの上には、コンビニで買った缶チューハイが二本、三本、四本。
ひとりでこんだけ飲んじゃったのか。うう、気分悪い。
昨日、わたしは失恋した。いや、失恋したなんて会社のだれも気がつくまい。
勝手にあこがれて、勝手に熱をあげて。その彼が、チズ子と深い関係だったなんて。
せめて思いを伝えとけば気持ちの整理もついてた、かも。
時計を見ると、午前二時。雨音が部屋の中まで聞こえてくる。
バラバラ降る音を、バタバタした名前と聞きちがえたんだ。
「ちがいますよ。お迎えにあがったのですよ、王女様」
げっ、また声が。
「け、警察呼ぶわよ!」
「驚くのも無理ありません。でも、あなたはわが衛星パンチラの王女なのです」
なに言ってんの、こいつ。
「わが衛星では、他の星の知的生命体に意識転送して、一定期間の精神修養をいたします。田端バタ子は仮の姿、つまりタバターです」
「タバター?」
「はい。王位継承者たるあなた様のお名前は、タバタッバ・タバンティーヌ様にてございます」
あまり変わらない。
「実は、全世界の、そして全宇宙の田端さんは、われらの化身タバターなのです」
田端だけかよっ。
「で、あなたは何者?」
「陰ながらお見守りしておりました、ケロと申します」
「姿を見せなさいよ」
「わたくしならずっとここです。ほら、窓の外、薬屋の前」
外を見ると、製薬会社のカエル人形が雨に濡れ、街灯に浮かびあがっている。
ケロちゃんが宇宙人ですってえ?
「実は今、衛星パンチラは暗黒帝国軍から攻撃を受けているのです。大至急、ご帰還ください。宇宙の危機を救うために」
自分ひとり救えないわたしが、宇宙を救えるわけないじゃないの。
「信じるのです、王女様。さあ、まいりましょう!」
信じられるもんですか。
でも、会社に行って、彼と顔を合わすのも、チズ子と話すのもつらい。
・・・いっそ宇宙へ。
「ベランダの向こうが意識転送空間ですよ。さあ、そこから飛んで!」
ベランダに出ると、雨が降りかかって、あっというまにグショ濡れになった。
濡れた鉄柵をつかむ。
足の骨を折って、しばらく入院することになるのか?
それとも宇宙の救世主になるのか?
何が待っていてもかまわない。『今』からとことん逃げてやる。
ジャンプ!!



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いれか絵

2013年03月24日 | ショートショート

また来てしまった。
町の美術館で最近、気になる絵がある。
先日、ある企画展の鑑賞ついでに立ち寄った際、常設展示室でその絵を発見した。
以来、ことあるごとに立ち寄って、絵の前に立ってしまう。
難しい絵でもなんでもない。ある人物の肖像画。
よくぞここまでと感心するほどリアルな筆致で描かれた上半身。
私と同じぐらいの年頃だろうか。
完全なる等身大。
完全なる真正面。
完全なる左右対称。
つまりこの絵の前に立つことは、額縁つきの鏡の前に立っている状況に限りなく近い。
私が絵を凝視するとき、絵もまた私を凝視しているのだ。
なんという居心地の悪さ。
見られているからか?不自然なまでのシンメトリーのせいか?
居心地は悪いくせに、気になって気になって。今日もこの絵に会いに来てしまった。
ひとけがないのをいいことに、絵の前に立ち凝視していた。
鏡を見つめ続けるように。
するとどうだろう。
絵が私を見つめている気になったのだ。
最初から絵は私を見つめている構図なのだが、自分自身が、絵の中から自分を見つめている気に。
そんな馬鹿な。ありえない。第一、絵の中の人物と自分じゃ時代がちがう。
私は苦笑した。だが、苦笑したのは相手のほうだった。
そしてそいつは肩をすくめると、カツカツと歩いて絵の前を離れた。
錯覚なんかじゃない。
私は、絵の中に閉じ込められてしまったのだ。
そして、いれかわりに誰かが絵の中から出て行った。
助けて。だれか。
助けて!

数ヶ月後。
ある有名な美術評論家が、私の前に立ち、惚れ惚れとながめた。
そして、ある美術誌にこんな文章を書いた。
『何度か見たはずの絵なのだが、以前にない魅力を感じるようになった。かくも鑑賞者の感性は変化するものなのだろうか。』
私の前に多くの人が立ちはじめた。

一方。私だったその人は、今日も上司に叱られている。
「君ぃ、またこんな時代錯誤の絵空事みたいな企画を出して。なんで君はこう薄っぺらいかなあ?」




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iPSサイボーグ

2013年03月23日 | ショートショート


「ちょっと、山本部長、ちょっと」
廊下ですれちがいざま、常務が呼びとめた。
招き入れられるままに、ミーティング室へ。
「君ィ、君んとこの部署の、山中くん。どう?彼」
「どうって、よくやってくれてますよ。めだたないけど」
『めだたないけど』の一言に、常務がニンマリ。
「どうだ?伊集院くんに比べて」
伊集院さんに比べて・・・?そんな・・・比べるだなんて。ボクは返答に窮してしまった。
伊集院さんが亡くなって、まだ半年にもならない。彼は典型的なモーレツ社員で、わが部署になくてはならない存在だった。
業務を隅々まで掌握し、顧客や在庫の確認は、パソコンよりも伊集院さんのほうが早かったくらい。
そんな伊集院さんが自宅で倒れ、数日後にあっけなく死んでしまったもんだから、慌てたのなんのって。
で、うちに来たのが、山中くん。なんとも線の細い、いたの?って感じの。
伊集院さんの代わりなんて、そりゃあ誰にも務まらない。
そこは仕方ないとしても、山中くんじゃギャップありすぎ。
仕事はデキるものの、上司を困らせ部下を泣かせていた、押しまくりの伊集院さん。
いつも控えめ、でしゃばらず消極的な山中さん。
あまりにもタイプが違う。
ところが。
間もなく、ボクは気がついた。
なくてはならないはずの伊集院さんがいなくなった穴を、山中くんはもののみごとに埋めている!
いつもタブレット型PCを持ち歩き、必要なデータを瞬時に示すことができた。
しかも山中くんを諭していると、方針が定まったりアイディアが湧いたりしてくるから不思議なものだ。
結局、わが部署の業務が滞ることはなかったし、むしろ部署内、和気あいあい・・・。
いや、はっきり言おう。
うちの部署、今とってもいい雰囲気。みんな、すっごく穏やかで。
「どうした?患部の穴をきれいに埋めて、よりよく再生してくれたんじゃないかね?」と、常務。
「患部?再生?」
そぐわない言い回しに思わず常務の顔を見ると、満面の笑みだ。
「山中くんはね、iPSサイボーグなんだよ。伊集院くんの穴を埋めるためにサイボーグを採用したんだ」
サイボーグだって!?
驚いているボクに常務がウインク。
「それからもうひとつ。サイボーグの採用は今回が初めてじゃない」
え?他にもサイボーグが?
いったい、だれ?
・・・思いつかない。だって、うちの部署、みんないい雰囲気で、すっごく穏やかで・・・。



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人酒

2013年03月22日 | ショートショート



「なあ中杉、もう一軒行こ、もう一軒!」
木村先輩に誘われて入った店は、洒落たショットバーだった。
客はボクたちだけ。薄暗い店内にピアノジャズが流れている。
ナベサダみたいなマスターが厨房の奥から出てきて、コースターを並べた。
「木村さん、珍しい酒が入ったんですよ。試してみませんか」
もちろん飲んでみることにした。まもなくボクらの前にショットグラスが置かれた。
「これはどういう・・・」
「まあ飲んでみてください」
マスターに勧められるまま、ひとくち・・・
「美味い!美味いなあ、これ!」
先輩の言うとおりだ。ふくよかな甘味があるが決してくどくない。ほのかな酸味がアクセントになって口当たりが実にいい。日本酒ベースだろうか。飽きがこないのでグイグイいける。
ほどなく飲み干して、二杯めをオーダーした。
「マスター、教えてよ。で、なんて酒?」
「人酒、ですよ」
人酒?猿酒ってのは聞いたことがあるけれど・・・
猿が貯め込んだ果実が発酵してできたという、あの猿酒みたいな?
はじめ人間で、猿が口の中でモグモグしてできる、あの猿酒みたいな?
はたまた、まさかまさかマムシ酒みたいに漬けこんで?
ちらりと木村先輩を見ると、先輩も真っ青だ。
したり顔のマスターが口を開いた。
「お酒ってのは本来、自分が美味いかどうかがすべてのはずなんです。どんな銘柄だとか、何年ものだとか値段とか、そんなレッテルは二の次。人間同士も、かくありたいものですよね、お客さん」
なるほど、そういう人酒。ここで人生勉強するなんて思わなかった。
そのときだ。
奥から一升瓶を手に現れたのは、絶世の美女。店内が一気に華やぐ。
若々しい肌は透きとおるように白い。薄化粧のととのった顔の小さいことと言ったら。華奢な腕で、ボクたちのグラスに人酒を注ぐ。
「いかがです?うちの人酒」
上品な声が耳をくすぐる。
「こちらの女性は、人酒の杜氏、玲子さんです。玲子さん、いいですか?お客さんに人酒の秘密をお教えして」
女がうなずく。
「人酒はね、発酵が進んでいる間、全裸の杜氏が毎日桶に浸かるんです。お風呂みたいに。するとなぜかこの芳醇な味わいが生まれる。ですよね?玲子さん」
女が顔を赤らめ、身じろぎする。
そうか、それが人酒だったのか。
おかわりの人酒をゴクリ、口の中で転がす。目の前の美女の体に、唇を、舌を這わせるように。
「最高だ、最高ですよ、玲子さん」
「ありがとうございます。喜びますわ、うちのおじいちゃん」



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行列のできる店

2013年03月21日 | ショートショート



タクシーを降りると、『カヴァレロ・ビアンコ』の前に行列ができています。
よかった。タカシが予約とっててくれて。
並んだ客たちの羨望の視線を浴びながら店の奥へと案内されて、ちょっぴり優越感に浸っちゃいました。
オーダーはいつもと同じ。
ゴルゴンゾーラチーズをカリカリに焦がしたピッツァ、クワットロフォルマッジオ。
爽やかな香りのバジリコソースを効かせたパスタ、ジェノヴェーゼ。
分けあって食べたあと、私は紅茶とプチケーキ、彼はブラック。
いつものように料理と会話を堪能した、食後。
カタカタカタカタ。
カップをソーサーに置こうとしたタカシの手が震えて、小刻みな音が鳴りました。
こんなの初めて。
まさか。
タカシ、上着の内ポケットから紺ベロアのリングケースをすっと取り出したんです。
やっぱり。
でも、まさか。ホントにぃ?
タカシとつきあい始めたのは一年前。タカシったら、バカがつくくらい礼儀正しい好青年なんです。
最近結婚を意識し始めて、それとなくかまをかけてたんですけど。
でも、こんなに早くに決断するだなんて。
彼って優柔不断で、なかなか結論出せないってたかをくくってたんです。
「君を幸せにしたい。ボクと結婚してください」
彼らしい、丁重なプロポーズ。
気持ちの準備していたはずなのに、私の目にはいっぱいの涙が溢れて・・・
緊張したタカシの顔が二重に見えるくらい・・・
「ちょっと待ったあ!」
タカシの肩をグイとつかむ男の姿。
あれ?タカシだ。まちがいない。その男もタカシ・・・どゆこと?
「失礼を承知の上でお願いします。このプロポーズ、今しばらくのご猶予を・・・」
「いいところなんだから邪魔しないでよ!あなた、だれなのよ!」
「後悔してタイムマシンで戻ってきた、未来のタカシです」
未来のタカシですって~?
すると、未来のタカシの後ろから、またひとりタカシが!
「おい、彼女の気持ちも考えろ。プロポーズの撤回なんて断固撤回だあ」
見れば、そのタカシの後ろにもタカシ、その後ろにもタカシ。タカシの行列です。
プロポーズ賛成派タカシと反対派タカシが交互に果てしなく。
こんなときでもきちんと行列するなんて、なんて礼儀正しいのでしょう。
そして、なんて優柔不断なの、タカシ。
と、思ってたら、行列の後ろのほうでタカシ同士が取っ組み合いのケンカです。タカシのくせに!
ズドン。
さらに後ろで、とうとう銃声まで。
ああ、どうなっちゃうんでしょう?私たちの未来。



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登山者にもの申す

2013年03月20日 | ショートショート



ルート傍らの岩場に腰を下ろし、ペットボトルの水をゴクリ。
甘露、甘露。
疲れた全身に染みわたる。
山の上で飲むだけで水がこんなにも美味しい。山頂で淹れるコーヒーは最高だろうな。
すこんと澄んだ空気に、キビタキのさえずりが響く。
ああ、のどかだなあ。
平日齷齪働いて、どうして休日までわざわざ山登りに?
同僚も家族も首を傾げるが、体験した者にしかわからない、これが最高のリフレッシュなのだと。
「こんにちは」
背後から登山者が声をかける。私もそれに応える。
登山を共有する者同士が助けあい譲りあう、この礼儀正しさ。なんたる爽やかさ。
続いて登ってくる若者・・・ムム、声もかけようとしない。
「こんにちは!」
私のほうから声をかけてやった。若者よ、山には山のルールがあるのだよ。
私を見ると無言で会釈、再び手元の携帯ほどの装置に目を落とす。
GPSか。
こんな日帰り登山のやまに、GPS。人には頼らず機械だのみで登山とは嘆かわしい。
まったく最近の登山者と来たら。
自分でルートや日程を考えることを放棄した登山ツアーも流行っているというじゃないか。
アルプス山頂に到達したら帰りはヘリコプターでご帰還、なんてアルピニストもいるらしい。
どうなっちまうんだろう、登山の醍醐味ってヤツは。
そのうち一人乗りのキャタピラ車みたいなのを操縦して山登りする輩なんて現れるかもしれない。
いや、ジェットパックを背負って地上スレスレを飛んで山登りなんて輩さえ。
それって登山って言える?もうそれ違うでしょ?
登山って、山頂を極めることじゃなくって、そこに至る過程なんだよ。
二本の足で山道をガッシガッシ登ってなんぼだよ!
おっといけない、つい熱くなっちまって。そろそろ行くか。
緩んだ膝ジョイントのボルトをきっちり締め直した。これでよし、と。
プシュ~
油圧ポンプの開放音とともに立ち上がった私はルートに戻り、ガッシガッシと山頂をめざした。




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人工多能性ピース

2013年03月19日 | ショートショート

「おかえりなさい。amazonから届いてたわよ。ナニ買ったの?」
お、やっと届いたか。
部屋着に着替えると、早速リビングでダンボール箱を開いた。
ミカン箱ほどの箱の底に、ビニールでシールされたジグソーパズルのピースがひとつ。
「あいかわらず大仰な梱包だなあ」
ビニルを破り、指先でピースをつまんで妻の目の前にかざした。
「あなた、こんな小さな物ひとつ注文したんですか?」
「ああ。なりは小さいが、ただのピースじゃないぞ」
リビングの隅、ローテーブルの上には、もう何カ月も前からジグソーパズルが鎮座している。
常夏の浜辺の景色だが、中央部分のピースがひとつ欠けてしまっている。
「タラララッタラ~、人工多能性ピース!」
パズルの欠けた箇所に、購入したソレを置く。
当然、形の違う穴に納まらず、穴の上に乗っかったまま。
「まさか・・・」
「そのまさかさ」
しばらく待っていると、まるで軟体動物のようにジワリジワリと形を変えて、パズルの穴にめり込んでいく。
やがて、穴に落ち込んでピタリとはまった。
「え~、スゴイ。スゴイけど、気持ちわる~い」
続いて、納まったピースは周囲と同じ海の色に変化していき、見る見るうちに同化してしまった。
そして今、どこからどう見ても完成されたジグソーパズルが目の前に。
おそるべし!
「すごいだろう?もうこれで、ジグソーパズルのピースを無くしてしまって完成できないストレスからおさらばだ」
「すごいわ~ノーベル賞ものじゃないの」
「そのとおり。人工多能性細胞、つまりiPSの技術を応用したらしい」
ボクは妻と並んで、完成した絵を惚れ惚れとながめた。
「ね?このピースを数百個買ったら・・・」
「うむ、同じことを会社も考えてるよ。数百個単位のセットで販売している」
数百個の人工多能性ピースを無造作にばらまいただけで、モゾモゾ移動し互いに組み合わさって。
事前にプログラムしたとおりに彩色されて、ジグソーパズルが完成していく。
「何百ピース、いや、何千ピースだろうと、確実に完成するんだぜ。来てるな、未来!」
「スゴイわあ。来てるね、未来!」


パレードの行方

2013年03月18日 | ショートショート



鼓笛隊の音が近づいてきた!
父さんにせがんで肩車をしてもらう。
見物のオトナたちの頭の向こうに、目にも鮮やかな鼓笛隊が迫ってくるのが見える。
赤いコスチュームに金色のひも飾り。銀のバトンがキラキラ光る。
バトンのお姉さん、きっとボクのほうを見て微笑んでる!
きれいなお姉さんの笑顔も太陽みたいで、ボクはドキドキしながら視線を移す。
太鼓もラッパもみんな、太陽みたいにギラギラしててまっすぐ見られない。
鼓笛隊の音と入れ代わって、日本の太鼓の音。
大工さんみたいな格好の、勇ましい男たちが、ドンドンカンカン太鼓を叩く。
ボクのお腹の皮に響いて、ボクまで太鼓になっちゃった気分だ。
続いて、よさこい、なんきんたますだれ、子どもみこし・・・。
「おい、パレード、おもしろいか?」
父さんが声をかけたとき、ボクは聞かずにいられなかった。
「パレードは、いつ終わるの?」
「シッコか?もうじき終わるからがまんせい」
「そうじゃなくって」
ボクは父さんに説明した。ボクが聞いたのは、パレードの終わる時間のことなんかじゃなくて、パレードの人たちはどうやって終わるのかってこと。
こんなに輝いて、こんなに勇ましくて、こんなに熱くって。
どこかにゴールがあって、そこまで来たら「ハイ、おわりでーす。フツーになってくださーい」なんてありえない。
父さんが笑った。
「そのまま、となり町に行ってパレードしてんじゃないか?」
次から次へ、町から町へ、国から国へ。
そうやって、世界中でパレードが続いているのかもしれない。
ちょうど一年かけて。
それで、毎年同じころにボクの町にパレードが来るんだ!

「ハイ、おわりでーす。お疲れさまでしたあ」
大通りの端まで行き着く前に、運営委員の青年がルーチンな声をかけるもんだから、演奏はグダグダになって、風船がしぼむみたいに終わってしまった。
「かわらはまマーチンバンドの皆さあん、朝集合したテントにジュースとおしぼり、準備してまあす」
「ひいい、アチイ、アチ~」
男のメンバーたちは早速襟を緩め、前をはだける。
女のメンバーたちはフレアスカートをパタパタさせている。
バトンの娘がケースにバトンをしまう。娘の顔に、もう太陽はない。

それと同時に、世界のどこかで、ひとりの少女がバトンを頭上にかざす。
演奏が始まると、少女の顔に太陽が宿る。



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アルゴさん

2013年03月16日 | ショートショート



「じゃあもう一回説明してくれ。アルゴってのは、SF映画なのか?」
もう一回?これで、何度めだ?
しかたなく、オレはまた説明を繰り返す。
「アルゴってのは、SF映画の題名です。架空の映画企画をでっちあげたのです」
「SFってのが架空映画のことか?」
「架空ですけど、そっちが架空なんじゃなくて、映画の企画自体が架空なのです」
尋問者は腕組みをして、しばし唸った。そっからかよ。
「架空映画自体が架空なんだな。なるほど」
ん~、まあいい。
「で、その架空の映画を作るという口実で、紛争国から大使館員を救出する映画なのです」
「アルゴが?」
「アルゴが」
尋問者はまた腕組みをした。・・・わかってない・・・。
「アルゴはSF映画じゃないのか?」
「アルゴはSF映画なんですけど、それがそのまま救出劇の映画の題名にもなっているんです」
尋問者はしばし黙考。わかってんのかなあ。
「で、そのアルゴがアカデミー賞を獲ったわけだ」
「そうです。作品賞を受賞しました」
「で、その大使館員救出劇を映画化した映画が成功した実話を、映画化したんだな?」
お、わかってきてるぞ。
「そうです、そうです。前代未聞の大使館救出劇を映画化して成功するなんて、それこそ前代未聞ですからね」
「それも、アルゴなのか?」
「それも、アルゴです」
「で?結局、おまえたちがわが国から出国を図って空港で拘束されたのは、どのアルゴだ?」
「どのアルゴって・・・アルゴを映画化するという口実で大使館員救出を図った映画アルゴができるまでを追った映画アルゴを作るという口実で、もう一度、大使館員救出を企てたのが今回の作戦アルゴなのです」
そう。ありえない映画を作るというありえない作戦で相手を翻弄することこそがアルゴのキモなのだ。
「はは~ん」
尋問者の顔がほころんだ。わかったのか?
「最初のアルゴから次のアルゴへ。次のアルゴからその次のアルゴへつながって。つまりこれはアルゴリズムたいそうみたいな・・・」
全然わかってない。
「あの・・・もう一度最初から説明しましょうか?」
相手を煙に巻いて脱出する作戦のはずが、企画が複雑すぎて理解困難なために果てしなく尋問が続くとは。CIAも誤算だったなあってことで、ある誤算!



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3Dプリンタ大作戦

2013年03月15日 | ショートショート



辺境の無人惑星ポカポカ。
高台に立ち、果てしない橙色の荒れ地を眺め、探検隊隊長は落胆の吐息を漏らした。
恒星探査船が火の玉となって消滅する寸前、隊員6名、全員が脱出に成功した。
そして救難艇は、直近の、この惑星に着陸したのだが。
樹脂粉と金属粉ばかりの堆積した、草木も生えぬ不毛の惑星であろうとは。
酸素を作り出す装置も、食料を生産する装置も、一年が限度だろう。
それまでに救難信号がキャッチされ、救助隊が駆けつける可能性は限りなく低い・・・。
「隊長!技師が呼んでいます。大至急キャンプにお戻りください」
イヤホンから通信士の声。いつも以上に声が甲高い。何か尋常ならざる事態が?
隊長は、探査バギーにまたがりスロットルを全開にした。

キャンプに戻ると、惑星を探査していた全員が集まっていた。
若い技師がキーボードを軽やかに操り、メインモニタにCG映像を映し出した。
キャンプの格納庫いっぱいに、巨大な箱状の装置が鎮座している映像である。
「何だね、これは」
「大型3Dプリンタです」
「3Dプリンタだって!?」
一同がどよめいた。
こんな巨大な3Dプリンタ、見たことがない。
「プリンタで何を印刷しようとしているんだ?」
「フフフ、平面に色を着けるんじゃありません。物体を作り出すんです」
技師が実行キーを勢いよく叩くと、プリンタのノズル噴出部が自在に動き始めた。
箱中央に、積み上がっていくようにして物体が形作られていく。
「皆さん、皆さんはすでにこの惑星ポカポカには、プラスチックに似た樹脂や、各種の金属粉が無尽蔵にあることは御存知でしょう?3Dプリンタの材料に不足することなんてありません」
物体が形を整え始める。
「こ、これは!」
恒星探査船!まちがいない。宇宙船だ!
「と、飛べるのか?」
「あたりまえですよ。エンジンも制御コンピューターも何もかも実物どおりですもん」
宇宙船をプリンタで作り出すなんて!恐るべし、3Dプリンタ!
隊長の声はもう、涙声だ。
「これさえあれば、帰れるんだな?オレたちの故郷へ」
「もちろんです。これさえあれば!」
隊員たちが歓声をあげ、誰彼なく抱き合う。
技師が小さな声でぼそりとひとりごちる。
「あとはこの3Dプリンタを作る3Dプリンタをどうやって作るか?だけなんだよなあ」



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クシャミ

2013年03月13日 | ショートショート



ヘキシッ
ズズッ
ケンのヤツ、またクシャミ。電車の乗客たちが気の毒そうに笑う。かっちょわる~。
「ねー、ケン、レディーの前だろ、いちお。遠慮してよね」とアタシ。
ケンが鼻をクシクシこする。
「しかただいだどぉ。出ぼど腫でぼど、とこどきだわずだ・・・ヘキシッ」
まったく。
ケンとアタシは、高校の同級生。同じ部活で、帰る電車も一緒の男女数名グループ。
で、木曜日だけ、みんなは塾で部活休むんで、ケンとアタシのふたりきりになる。
一年近く経つのに、ケンはあいかわらずぶっきらぼうなまま・・・
ヘキシッ
おまけにこのザマ。カトちゃんかっつーの。もうっ鈍感。
アタシが、親友のマリの誘いもことわって、木曜の塾行ってない理由、考えてよネ。
ズズッ
おまけに最近、アタシの前でクシャミばっかし。
「ね?花粉症?」
「そんだんだでーひ」
完全に鼻詰まってるし。
「大丈夫?それって、なんかのアレルギーとか?それとも風邪気味?」
ケンがジロリとアタシを見た。
「マジで聞いてどぅ?」
いつもとちがう、ケンのマジ顔。え?・・・え?
これってまさか・・・ゴクリ。
「マ、マジで」
ケンが一発鼻かんでから話し出した。
「オデさ、一種の過敏アデドゥギーだど。だだ漬けポディポディ食ってどぅど、鼻の奥痒くだっできでぇクシャミ出ちゃうど。ダムデーズンのチョコぼダベ」
「奈良漬けポリポリもラムレーズンのチョコもダメ?アルコールに弱いってこと?」
「だけじゃだくでぇ、ビントガムぼダベ。ビンディアどが、ブダッグ&ブダッグどが」
「ミントのスースーする刺激もダメなわけね」
「ンー、ダベ。あどぉ、太陽見でぼ、鼻がムドゥムドゥしできでダベ。オデさぁ、だだ漬けぼ、ダムデーズンチョコぼ、ビントガムぼ、大好物だんだど。好きだぼの前にするどぉクシャミ出ちゃうびだい・・・」
そこまで言うと、ケンのヤツ、クシャミを連発。
・・・なんか大切な話かと思ったら、奈良漬けにチョコにミントガム。食いものの話かよ。ホンッッットにデリカシーのないヤツ。太陽も食っちゃう気?期待して損しちゃったわ。
まったく・・・まったく・・・
「もう、鈍感!」とアタシ。そしたら、ケン、間髪入れずに、
「どっちだだ!・・・ヘキシッ」



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