文明化重視から文化再生へ、日本の文化の根源を支える、生業(なりわい)。その再構築にIT技術の導入を

ふゆみずたんぼで生態系保全農業。商工業はIT生産技術。出版はXMLフオーマット、フルバッチ制作で再構築を.

オナガガモの大量移動で、白鳥が玉突き。そしてその先に…

2008-01-24 22:41:55 | 都内で生活する水鳥や蝶などの虫たちの現況
千葉県印旛郡本埜村の白鳥のねぐら周辺は、さらにダイナミックに変化してきています
 
 ここ1週間、本埜村の白鳥群はほぼ移動して塒放棄の状況とのことです。
ほぼ10羽以内に激減し、栄町の新海さんの4haある「ふゆみずたんぼ・不耕起栽培」個所を中心に2ケ所に合わせて700羽程度が定着。
 耕起されない田んぼで2番穂と落ち穂を主体に自立して採餌。新海さんは1月中には周辺を含めて食べつくして、また本埜村へ戻るよとの話です。
 本埜村には、昨年12月中旬から~1月に入って、2,000羽以上のオナガガモが占拠。
玉突きで白鳥が餌にありつきにくくなったとのこと。さらに近隣での花火も原因したらしい。
 この突然のオナガガモ大群の出現は、どうも都内全域に広がった実質「餌付け禁止」のスタートとの関連を無視できないと考えています。 現在、上野不忍池でもオナガガモは1/5程度に激減しています。
 でも、数年前まで周辺にはオナガガモはほとんど観察すらされていなかった群れの突然の大群です。地理不案内なまま、地元で盛んな無壮網の絶好の餌食のなって、どんどん減っていくことになりかねないと心配しています。
 合法的な狩猟法であり、かつ田圃のお米をまいて渡来した鴨を根こそぎ捕獲する方法ですから、1晩に50羽単位で簡単に捕られてしまいます。印旛沼周辺は超のつく乾田地域です。水張りされた田んぼはほぼ無壮網の猟場であります。
 なにせ鴨料理店だけで数軒が繁栄している地域であり、都内から常連客が通っているとのことです。
 昨日の観察者A氏からの電話では、オナガガモも半数以下に激減したとのことで、移動したのか、捕獲されたのか不明ですが、とても気になります。

写真は上野不忍池で最も餌付けがされた箇所。オナガガモの姿はありません

2007-2008年度、関東地方への雁類の渡来状況(3)

2008-01-14 22:43:42 | 利根川下流域に水鳥の大規模越冬地形成
利根川下流に雁や水鳥越冬地の第2極を形成(2) 
2008-1-7現在
1 千葉県印旛郡本埜村の白鳥越冬地では、白鳥群の生活スタイルが一気に変化してしましました。
 この地域には推定800羽を超す総数(うちオオハクチョウが32羽程度)がここをねぐらにしていましたが、最新情報では夜遅くなっても総数が200羽以下の状態に。
 ほとんどが複数個所をねぐらとして戻らなくなったとのことです。
 代わりに12月に入って推定3,000羽といわれるオナガガモが殺到し、白鳥のための餌を横取りし,オオハクチョウもいるために、コハクチョウはほとんど餌にありつけない状況とのこと。

2 いままで、ここにはオナガガモがほとんどおらず、この急な出現には驚きが。
 ちょうど東京都が肥えて飛びにくい鴨「メタボリックガモ」を話題として、鴨への餌付け行為を実質的に禁止してしまった時期とも重なり、なにか符合します。
  結局、上野不忍池では、オナガガモは急減し1/3以下に。1,000羽単位で減少しています。 (どうも東京都は鳥インフルへの警戒が、このような行為となっているのでないかとの意見が多い)

3 ことしは、印旛沼周辺では2番穂に実がきちんと入っています。落ち穂がたくさんあります。そして米価の低迷によって、意欲を喪失した農家が多いのか、いままでになく「耕起」されない田んぼが至る所に出現しています。
 まさに雨が降れば白鳥のえさ場に、それよりもしっかりとしたねぐらが形成できれば、万単位でマガン等が出現しても、少なくとも餌は落ち穂や2番穂が確保できそうだなとかんがえてもいます。
 それらの何箇所かへ、特に栄町の新海さんの田んぼ、及びその周辺には現在はコハクチョウ多数が定着しています。
  自然に取れる米を中心にした餌そのものは、耕起しなければどうもふんだんにある模様です。野生化した白鳥の群れは、2番穂もおちぼもたくさんある状況となってきています。

4 白鳥の野生への回帰は、千葉でみると加速度的に進みだして、かつ自立をしだしています。家族単位でのフアミリーが、まだ5個所程度ですが、印旛沼周辺では気がつきだされて、質問が増えてきました。
 学習という言葉は、中国で白い羽根の家族に学ぶ(白鳥のこと?)と言われるらしいですが、親子の情愛の姿を学ぶという、 ふゆみずたんぼ等を介し、白鳥の自立化を目撃して喜び、そしていろいろなことから「印旛沼の地域の再生はおれたちがやる‥」と、 自立の宣言をする農家の方も出てきています。本当に頼もしい方々です。
  
5 これら、白鳥の新たなねぐら形成が進みだしている個所は、ふゆみずたんぼをはじめとして、ごく自然にそうなってきました。
 でも、その箇所で持主の農家の方と話と、かっての地主さんで、300年から400年以上の歴史を背負った方々ばかりなのに瞠目します。
 地域を自分たちで管理する。当たり前のことに、いま気がつきだして率先して、ふゆみずたんぼにも取り組みだしている方も出だしています。農家の方々の自立が始まれば、これこそ大きなエポックとなるでしょう。   

6 再度記載しますが、利根川下流域の茨城県菅生沼から、新利根町、栄町+本埜村、北印旛沼、香取市堀之内、東庄町夏目の 堰までの白鳥の塒が点状につながって、さらに面となって、そこへいつの間にか雁が入り込んでくる。
 多様なカモやクイナ、サギ類が、そして春や秋の渡りの時期だけでなく、白鳥島と一緒に越冬するタシギやクサシギ、キアシシキ、タゲリなどが入り込んでくれば 素晴らしいなと考える最近です。

7 あくまでも、日本の田んぼ等での生態系は、稲作による年間を通じた湿地形成と、農法に裏打ちされた中規模な環境の攪乱行為にあわせて形成されていると考えられます。
 千葉の里山のケースと同様に、地域のなりわい(生業)として張り付いて生活をしてきた農家の方々の、特に生産物を得るがための攪乱行為があっての生物多様性の発露だと考えています。
 日本の農業は、日本文化の原点でもあり、日本の中小企業でのもの作りありようは農業、特に稲作技術そのものです。

 いま、最も大事なことはこれら400年もの歴史を持ち、地域での指導力を発揮できる地権者の方々を応援して生活手段の再構築を進めてもらうことにあると確信します。

8 日本の白鳥の自立化はとても意味深です。白鳥とは寿命がドックイヤーとして(ほぼ犬とおなじ)、
 日本人の生活ぶりを先取りしてくれる、世界を旅する人間のパートナーとして、対等に付き合ってあげることが,今後の付き合い方だと考えてみたらいかがでしょうか。   

9 キーワードとしては、
ふゆみずたんぼ、不耕起栽培、かっての地域の庄屋(地主)、雁類・鴨類・白鳥の渡来動向白鳥への餌付け、白鳥の自立化、農家のなりわい(生業)の再構築支援、
田んぼを介した地域でのふゆみずたんぼによる湿地の復活。

写真は湯浅一夫さんが、本埜村にて撮影したもの。圧倒的なオナガガモの大群



谷中七福神へ詣でてきました。

2008-01-14 22:20:44 | 東京の街角からモニタリングでわかること
2008-1-14
 本日午前から、上野不忍池を起点として、谷中七福神巡りをしてきました。とても寒い、空はどんよりと曇って、この冬最低温度の日です。これで雨が降れば間違いなく雪となるね…。
 新年の神社を詣でる方々も少なく、ゆっくりと歩きながら待たされることなく、午後3時には、最後の「田端東覚寺」に詣でて無事終わりました。
 でも、40年以上文京区本駒込に住んでいながら、「谷中七福神」巡りをしたのは今回初めて。一度でもお参りしたことのある寺は、弁財天と最後の東覚寺だけで、ほかの5個所は初めての訪問でした。とてもゆったりとした、歩く距離としても最適で、来年再度めぐってみようと考えています。
 
 いただいたしおりには、「七 福 神 の お 話」として

 江戸時代から、正月に七福神詣でといって、不忍池弁才天・上野護国院の大黒天・谷中天王寺の昆沙門天・谷中長妥寺の寿老人・日暮里修性院の布袋和尚・日暮里青雲寺の恵比須・田端東覚寺の福禄寿の七福神に詣でることが盛んに行われ、別に山の手七福神・向島七福神へ詣でることも行われるようになったとのことです。
 天海僧正が、初めて家康公と会見されたとき、公は後に天下を治め給う福徳を具えた吉相をお持ちだと申し上げ、果してその予言はは適中し征夷大将軍の栄職に就かれました。
 その後後年、天海僧正は家康公に「公の御生涯は全く長寿・富財・人望・正直・愛敬・威光・大量の七福を具え給うにより、困難な天下統一の大業を完成され、平和な国土を築かれたが、これは神様で申し上げると丁度寿老人の長寿・大黒天の富財・福禄寿の人望・恵比須の正直・弁才天の愛敬・毘沙門天の威光、布袋の大量の御徳を表わしたものと云うべきである。」と申し上げ、家康公は大層お悦びになり、早速狩野法眼を召されて七福神の絵を画かれ、これが七福神誕生の起源とのこと。
 探幽画の七福神は忽ち評判となり、全国に模写して宣伝され、芽出度い宝船に乗った縁起のよい七福神は世人の最も喜ぶところとなって、絵画は勿論彫刻や陶器に至るまで作られ普及されるようになりました。宝船に一緒に集めたのは私どもの一身の上に七徳が具わることを現したものでありましょぅ。社会の荒波がいかに狂うても、七福の徳を具備すれば愉快に此の世を渡り、目的地に進むこ とが出来るのです。
 印度で信仰された大黒天・弁才天・毘沙門天に中国の寿名人、福禄寿や布袋和尚も加わり日本の恵比須神も共に組合わされて七福神として、この七徳は人生に欠くことの出来ない要素であるのでご利益を願うこととあって、七福神がそれぞれお持ちの七福徳を一身に具え、明るい楽しい生活を送りましょう。
 とありました。ちなみに谷中七福神とは、以下7か所です
①弁才天(愛敬)上野不忍池
②大黒天(富財)上野護国院
③毘沙門天(威光)谷中天王寺
④寿老人(長寿)谷中長安寺
⑤布袋尊(大量)日暮里修性院
⑥恵比須(正直)日暮里青雲寺
⑦福禄寿(人望)田端東覚寺



 

印刷産業の不振、それはIT技術とのギャップ(3)

2008-01-14 21:53:04 | 組版プロの思考からXMLを考える
2008-1-14
 しかし、組版を含めてプリプレスでは、一体技術者や技能者はどこにいるのでしょうか。大手印刷会社に伺っても、これはという情報処理技術者にはなかなかお目にかかれないのが実情です。

 100人以上の人材を抱えながら、フルバッチレベルでも理解できている方は、1人かゼロ
の状態としか言えない惨状でもあります。
 末期的というには余りに厳しい状況で、やむおえず、現在、これはという会社の技術者にお越しいただいて、マン ツー マンで、お話やご指導をしている状況です。
 あっという間に、IT技術の中に溶け込んで、跡形もなくなるような状況とも考えられます。7兆円とも10兆円市場とも言われた大きなスケールの組織体が、どうしてここまで。

 逆にいえば、本来最も重要なドキュメントベースでの情報管理に関して、一般企業や行政・研究所等と、前向きな話し合いを持とうと思っても、印刷サイトに偏った形でアプローチをすると、先方が一気に冷めてしまって、「お宅は印刷屋か」と、距離を置かれてしまう現状もあって、とても困っているのも事実です。

 特殊な製造技術を有する会社とか、しかもその分野で全国規模で3位以内の実績を持つとか、サービス産業に徹して、特定の業界の事務局機能を一手に請け負って、年間予算でトータルなサービスを提供するなど。最近ではBrogの情報加工サービスを一手に引き受けるとか。あくまでも経営者の能力によって大きな格差が生じています
 
 これらのミスマッチは、農業技術でのお米にかかわる、消費者の冷めた感覚
ととてもよく似ていると、最近思ったりしています。
 江戸時代の初期から農業一本で、生きてこられたプロの家系だから、再構築の可能性があるとしたら。




とんでもないハイブリットなガンの問題

2008-01-13 16:02:04 | 利根川下流域に水鳥の大規模越冬地形成
2008-1-13
 2003年春に、茨城県牛久市牛久沼で、外来種とされるカナダガン(雄)とヨーロッパ産でハイイロガン系の放鳥されたガチョウが交雑して3羽の異様な雑種F1が3羽誕生。中山さんの報告で現地に伺い、茨城県の鳥獣保護課の担当官との一緒に観察しました。3羽のうち1羽は行方不明。ところがガチョウが死亡し2003年にはカナダガン(雄)とF1のうちの1羽が、さらに交雑してF2が誕生してしまった状況でした。県側はくにの環境省野生生物課と検討されたとはききましたが、結果は法令がないということで先送り。
 結果として2003年夏に成長した幼鳥が田んぼに入り込んで稲を食害。撲殺されました。
以後も同じことを繰り返しで、食害された農家の方に撲殺されてしまう結果を繰り返して現在も定着しています。
 2004年春にも現地を調査しましたが、状況は変わりません
 F2が放置されるということはとんでもないと考えます。


とんでもないハイブリットなガンの問題を提起せざる得ません

2006年5月、牛久沼にて写真は中山正夫さん撮影。
2007年度は繁殖に失敗したとのことで幼鳥は観察できなかったとのことです。

印刷産業の不調 その原因はIT技術の本質とのギャップ(2)

2008-01-12 23:11:29 | 組版プロの思考からXMLを考える
 追記します。
1 印刷会社が媒体を制御できる時代は、すでにとっくに終わっていると考えるべきです
 活版の時代、オフセットの時代には媒体加工にかかわる要素技術はことごとく印刷・製版業界及び周辺関連業界で独占されていました。日本が欧米とまったく異なる部分です。
 しかしコンピュータ化、WEB化の世代になって、媒体がアナログからデジタルに変わりつつある段階から現在まで、あらゆる面で決定的に立ち遅れてしまいました。
 基礎素材、要素技術、技術者、技能者のすべてにわたってメインの組織内に携わってこれなかったために、現在では、日本だけではありませんが決定的な段階に至っています。
 存立基盤がメルトダウンに陥りかねない状況となっているようにみえます。
 すでに一般会社やソフトウェア会社からは「特殊な世界」として扱われだしています。 
2 同じ媒体でも、農業分野の場合には媒体が土地という物理的な世界ですから、今後 とも如何様にも展開が可能だと思います。
でも、そのためには水田耕作でいえば、江戸時代にまでさかのぼった農業技術の再評価が必要まで言われています。
 現在、たとえば「ふゆみずたんぼ+不耕起栽培」という栽培技術に関して言えば、千葉県での事例でも、それに関心を持って再チャレンジされている農家の皆様は、いずれも千葉県で400年以上の農業の歴史経験を有する庄屋の子孫の方々が多いというkとに驚きます。それは媒体全体が土地+植物を含む生態系+水管理などを背景にした、有形無形をベースにしたトータルな環境全体をコントロールできるからだと考えられます

 しかし、印刷会社が係わる、紙媒体への表面加工技術(出力)ということは、WEBでは家庭内でも、メイン業務の一部となって、システム全体と切り離すことがとてもできない仕組みとなってしまっています。
 まず今後必要なソフトウェアは、紙媒体を創り出すだけの印刷関係の組版ソフトは用途が限定され、真に必要なソフトは組版部分をも統合できるソフトウェアであることがわかってきました


3 各種のイベントに合わせた紙媒体出力、CD制作、WEBへ同時展開が強く求められ。
 そのためには、フルバッチ、組版のような印刷技術の範囲ではカバーしかねます
ワンソースマルチメディアの実現が必須となります。 
 まず、多種多様な各種プログラムを駆使して、詳細でち密に対応できることが求められます。さらに、印刷のすべてに関しての一般以上の技術ノウハウが求められます。
 美術印刷でも、商業印刷でも、文芸書・百科事典制作等でも、さらに高度なソースプログラム構築が求められています。

4 その最大のキーワードは、 ワンライテイングであることです。
 短時間に各種のイベントにあわせ、紙媒体とCD制作とフラッシュ等と、WEBを同時  に、短時間で一気に供給できるような仕組みの構築が必須であり、そのためには、工業簿記で求められるワンライテイング技術が必須となります
 初期入力データの管理から、検証制度による入力チエック。そして監査手法の整備による厳密なデータベース化。全体のXMLあるいは中間形式ファイルによる管理など
 素人では決してできない世界となってしまっています

5 Indesignは、印刷・出版業界では、Officeにおけるword/Excelに相当する汎用ソフトウェアとなってきています。その技術はWeb上及び各種のサードパーティによって各種の支援ツールが市場に出回り、またWEB上で誰でもが学習できるような汎用ソフトウェアとなってきています。
 その良いところ悪いところが明確になってきました。

5 情報を厳密に秘匿し、最後まで確定の出来ない各種情報をワンソースマルチメディア として1本のソースプログラムで完結できる仕組みの構築を必須としています。
 情報を管理し、個人情報および企業ノウハウを含む情報管理の観点からも、必須の技術です。


6 ソースプログラムでの運用は、プログラムセンスが必須です。
 フルバッチや組版でのプログラムの実務経験があり、htmlやSGML、そしてXMLまでをも 理解し、オブジェクトしての画像や図版を取り扱え、ファイル管理もでき、ネットワー クを駆使できることも必須です。データベース構築も必須です。

   

 

日々のお客様との連携 2008-1-8 (4)

2008-01-12 23:09:50 | 組版プロの思考からXMLを考える
C社
 MCB2をすでに導入されている先です。ほぼ1年になります。
 そろそろ運用上でのノウハウ蓄積もあって、具体的な課題が浮かび上がってきているとは聞かされていました。
 年始のあいさつのつもりで夕方、2人で伺いました。
 少し待たされて、担当部長と、2人の開発担当者が見えられ、一室で約1時間30分、みっちりとした話し合いを持ちました。

 いろいろと意見交換がなされましたが、現状の取り組みの可能性に関してはC社の3人の方からも積極的な意見を聞き出せました。
 引き続き問題点を洗い、課題を整理しあい、その上で一度弊社にお見えいただけることとなりました。

 当社からの改めての提案キーワードは
 組版の概念の変化であり、Indesignとの徹底した対比と同時に、業務環境がソースプログラムを介したIT産業の先端を行くべき事項との認識。
 コンセプトを持つべきであるということを提案させていただきました

 組版という紙媒体専用対応ではなく → 統合ソフトの中核であるとの認識
 フルバッチという組版概念を捨てて → ソースプログラムでの相対へ

 当社が開発している、SGMLやexcel等のデータを自動組版できることを前提にしたときに、MCB2での課題はインラインオブジェクトの処理部分に、いまだ手間がかかるという点に絞られてきているということを確認

 そこで、これからのビジネスモデルで、どのような言語化が果たせているのか
その質疑上では、まず開発言語はVBを使うケースが多くなってきている
 
 弊社の最大の開発資源は、ソースレベルでSGML/XMLからXSLを生成しながら、MCB2へと流しこむ段階から、画像やMCB2をも含めて一括して、プログラムで対処する時代に変化。
を可能にする業務展開を開発済みであり、
 それは写研のSSGを参考にもしているとの話で、先方も理解された模様

 近日複数の課題整理で、当社へじっくりと見学と調査に見えるとのこと
どうやらこのソースプログラムの一括生成部分に深い関心をお持ちと認識。
 若手の人材がここ1年で複数人誕生しており、部長の気持ちの高ぶりを強く感じて、提案してきた開発者の立場として、話して良かったとの生きがいを2人とも強く感じました
 
 この環境ではWord-Inという製品の評価と、逆にB2-Word-editor(当社新製品)の解説も行いました。双方向性をもって統合化を促進する概念

一言でいえば
 SGML → XML+XSL生成 → VBプログラム制御の上で、オブジェクトの貼り付けまでを含めて、MCB2を介してPDF出力までを、完全に自動化できる仕様であるからです。
 このソースプログラムは関心をもたれると考えます。
組版部分は、何もMCB2には限定されません。

さらに、将来的には
 ミドルウエア-ソフトウェア(x社との提携構築中)を組み込んで、リアルタイム環境下での工程管理との連動も、またその環境での各種リンクをも視野に入れます

 C社との話し合いは、さらに何を目指すべきかの具体的な課題と必要とされる要素技術の分野をクローズアップされた感覚です。

 なお、MCB2とはなにか →改めてmcb2とは、情報のソースを更新してしまう機能部分が最も重要なことです。組版ではなく統合ソフトウェアの中核製品だと提案しています。



印刷産業の不調 その原因はIT技術の本質とのギャップ(1)

2008-01-12 23:05:33 | 組版プロの思考からXMLを考える
2008-1-12
 キーワード
 文選の機能をxml構築,sapcol準拠のxml変換エンジン,word上からxmlを精緻に生成,モリサワmcb2対応版

 組版用語としての、フルバッチから、プログラムの世界へ、プログラムソースという取り扱いにくいものが、今までの組版にとって代わられようとしている、まさにその時代。

 実際の業務が要求することは何かというと、顧客先とはソースプログラムを画面で読みながら、それを検証しながら相対し、ただちに改訂した新しい環境を届けられる、まさにシステムのソリューションそのものの世界が必須となった時代に入っていること。
 大変申しにくいのであるが、まさに情報処理の中核として、全体システムの中心に組み込まれる。その意味と責任と、そしてスキルを持った会社のみが生き延びられる

 それを検証しながら見て回答する時代に変化っしてしまった。

 Indesignのごとくは組版ソフトウェアというよりは、印刷にかかわる方々のための汎用ソフトウェアとなってしまっています。その結果、WEB生成を行ってきた会社のほうが取扱しやすい世界もあります。
 ただし、いくら精をこめて取り組んでも意味が出てこない仕組みの分野でもあります。
 2007年秋には、大手出版社のいくつかでは、印刷会社に依頼していた紙媒体出力業務をもCDやWEBを委託してきたIT会社へ、どうせIndesignであればということで一斉に切り替えが始まってもいます
 
 ワンソースマルチメディア化を考えたときに、同時に、これと同時に考えなければならないことは 
 全体ではなく、特定の会社で、システム構築に責任を担う、キーマンの存在によって、私どもから見て、その企業との取引自体に大きな影響をもたらす存在に、良くも悪くも一気に変わってきています。
 米国で技術担当重役が、経営者よりもランクが上になっている現象と類似してきました。少なくとも経営者はCEOを使いこなせるだけの人間的・技術的・社会貢献への積極的な参加意欲等の、バックグラウンドの世界観と価値観とを持たないと、とても厳しいことになります。

 それを検証しながら、当方も顧客先の経営状況、社会的な役割のなかでの活動状況、そして何よりも人材の配置と、工業簿記的な観点での理解力と適応力とを見て、そして直接的な担当者を介して、情報のキャッチボールを通じての感触によって、相手を見ながら回答せざるをえない時代に変化してしまったと、まさに実感しています。

 ほとんどの印刷人、特に戦後生まれの、印刷経営者の2世や3世のぼんぼん経営者には現状掌握が本当にできているのか疑問を感じることが多々です。
 とても現状を理解しえない状況ではないかと疑うことが、いろいろと経験しています

 

日々のお客様との連携 2008-1-8 (3)

2008-01-12 22:10:02 | 組版プロの思考からXMLを考える
2008-1-8
 組版のプロのためのXMLを開発
キーワード用語
 文選の機能をxml構築,sapcol準拠のxml変換エンジン,word上からxmlを精緻に生成,
 モリサワmcb2対応版、

 組版用語としての、フルバッチから、プログラムの世界へ、プログラムソースという取り扱いにくいものが、今までの組版にとって代わられようとしている、まさにその時代。
 ワンソースマルチユースという言葉の真の意味が浮かび上がってきています。

 歴史的に印刷産業が抱え込んで実質非公開できた、印刷媒体のあらゆる技術体系がまったくの裸にされつつあります。
 媒体の独占を崩された後の印刷の世界は、実質的にじわじわとメルトダウンしていくことにならざるを得ません。

 現に、情報の秘匿性と、イベント単位での同時制作完了と展開が求められている現状の中で、多くの印刷会社は2重、3重の意味で媒体加工の中核業務の主役から外されざるを得ない状況にあると考えています。

 各種のイベントはますます短時間に同時に必要とされます。また、その情報の秘匿性は
イベントの成功に欠かせません。

 ワンソースマルチメディアの世界が必須となってきています

 実際の業務が、何かというと、顧客先とはソースプログラムを画面で読みながら、それを検証しながら顧客先と相対し、ただちに新しい環境を届けられる、まさにシステムのソリューションそのものの世界が必須となった時代に入っていること。
 大変申しにくいのであるが、まさに明治以降の歴史的な展開と比較して明白な事実
まさに、最終的な媒体変換の段階に突入です。
 印刷でいえば活版からオフセットへと、変革した流れと全く変わりません。

 

日々のお客先との連携 日記から 2008-1-8 (2)

2008-01-12 21:53:45 | 組版プロの思考からXMLを考える
2008-1-8 

C社
 MCB2をすでに導入されている先です。ほぼ1年になります。
 そろそろ運用上でのノウハウ蓄積もあって、具体的な課題が浮かび上がってきているとは聞かされていました。

 年始のあいさつのつもりで夕方、2人で伺いました。
 少し待たされて、担当部長と、2人の開発担当者が見えられ、一室で約1時間30分、みっちりとした話し合いを持ちました。

 いろいろと意見交換がなされましたが、現状の取り組みの可能性に関してはC社の3人の方からも積極的な意見を聞き出せました。
 引き続き問題点を洗い、課題を整理しあい、その上で一度弊社にお見えいただけることとなりました。

 当社からの改めての提案キーワードは
 組版の概念の変化であり、Indesignとの徹底した対比と同時に、業務環境がソースプログラムを介したIT産業の先端を行くべき事項との認識。
 (B社と同様な)コンセプトを持つべきであるということを提案させていただきました

 組版という紙媒体専用対応ではなく → 統合ソフトの中核であるとの認識
 フルバッチという組版概念を捨てて → ソースプログラムでの相対へ

 当社が開発している、SGMLやexcel等のデータを自動組版できることを前提にしたときに、MCB2での課題はインラインオブジェクトの処理部分に、いまだ手間がかかるという点に絞られてきているということを確認

 そこで、これからのビジネスモデルで、どのような言語化が果たせているのか
その質疑上では、まず開発言語はVBを使うケースが多くなってきている
 
 弊社の最大の開発資源は、ソースレベルでSGML/XMLからXSLを生成しながら、MCB2へと流しこむ段階から、画像やMCB2をも含めて一括して、プログラムで対処する時代に変化。
を可能にする業務展開を開発済みであり、
 それは写研のSSGを参考にもしているとの話で、先方も理解された模様

 近日複数の課題整理で、当社へじっくりと見学と調査に見えるとのこと
どうやらこのソースプログラムの一括生成部分に深い関心をお持ちと認識。
 若手の人材がここ1年で複数人誕生しており、本部長の気持ちの高ぶりを強く感じて
開発者としての生きがいを2人とも強く持てました。
 
 この環境ではWord-Inという製品の評価と、逆にB2-Word-editor(当社新製品)の解説も行いました。双方向性をもって統合化を促進する概念

一言でいえば
 SGML → XML+XSL生成 → VBプログラム制御の上で、オブジェクトの貼り付けまでを含めて、MCB2を介してPDF出力までを、完全に自動化できる仕様であるからです。
 このソースプログラムは関心をもたれると考えます。
組版部分は、何もMCB2には限定されません。

さらに、将来的には
 ミドルウエア-ソフトウェア(x社との提携構築中)を組み込んで、リアルタイム環境下での工程管理との連動も、またその環境での各種リンクをも視野に入れます

 C社との話し合いは、さらに何を目指すべきかの具体的な課題と必要とされる要素技術の分野をクローズアップされた感覚です。

 


 

日々のお客先との連携 日記から 2008-1-8 (1)

2008-01-12 21:52:38 | 組版プロの思考からXMLを考える
2008-1-8
 年始の挨拶を続けています
新社長を同行して、紹介しながら四方山の話が出来れば幸いと

A社(文京区)
 肝心の目当ての方は休まれていました。
 上司の方に、ぜひ一度来社して、ジックリと内容を検証して欲しいと伝えましたが、見学は難しいの一言。
 プリプレス部門に大量の方々を張り付けていることで成り立ってきている名門企業ですが、出版社との関係が厳しい現状では、人件費の確保が優先して、ハードもソフトも新たな製品を購入することがとても困難な状況にあり、そのような売り込み?は困るという意思表示かなと感じた次第。
 大手を含めた出版社の経営状況がますます厳しく、同時に「Indesign」の導入普及によって、印刷媒体に対しての支配力を一気に喪失しつつある印刷産業では、真の厳しさは
これからであると思います
 上記の状況では、リストラを行わなければならない状況とも考えられます

B社(文京区)
 1月中に開発部門が、製造部門のあるべき個所に一括して移転する計画とのこと。
 現在のビルはすべて営業部門で活用する計画との話でした。
  最近は、顧客先とのやり取りが、すべてソースプログラムを画面に表示しながら話し合う形態に変わってしまったとの話がぽつんと。
 DTPとか、バッチ組版とかいうレベルの時代はとっくに終わり、活性化しているPHPやPearlなどのプログラム環境を長年にわたってコツコツ組み立ててこられた会社でなければ、ビッグユーザーとの日常的なやり取りも困難な時代に入ったとの感触なのだ。
 でも自分では細目はつかめなくなって、若手の育成に努めて、任せるようになってきているとの話。この話はとても納得できます。
 同時に、もともと一般企業や医療関係の企業との関係で成長してきた会社であり、高級美術でもなく、本格書籍を扱う会社でもないので、製品マニュアルや医療情報等を介しての情報サービス企業としての活躍の場でありますので、俗にいうプログラムソースといっても、Acessやパールレベルですむ顧客先が多いのでしょうか。
 より、真剣に業務分析を行っていきたいと思います

 

関東地方への本年度(2006-2007)渡来状況(2)

2008-01-03 19:12:12 | 冬期湛水不耕起栽培の現状とこれからの課題
2008-1-3
 カリガネ 埼玉県内の河川に渡来した幼鳥6羽の渡来は、たくさんのカメタハンターの写真を残して11/25頃から、姿を見せなくなってしまっています。残念でしょうがありません。

 埼玉県では、一昨年にはサカツラガンの2羽の渡来もありました。しかし報道されると同時にいなくなってしまっています。

 神奈川県相模川のシジュウガラガン×1羽 の件は不明のままです
 千葉県木更津方面のシジュウガラガン×3羽は、今も現地で元気にしている模様です 

 これ以外での渡来情報は、今のところ届いていません

 ところで
 北海道を経由して日本海側に出現した、ハウガン×25羽の群れは
 関東地方を含めて、全国からのカメタハンターに追い回されてしまっている状況だと聞かされています。 
 秋田県の八郎潟にいたかと思えば、山形県、新潟県と、それこそふらふらと移動しています。執拗なカメラマンの接近撮影に神経をとがらせている様が目に見えるようです

 最近の超望遠カメラでは、ピント合わせに赤外線を照射して、しかも大きな鳥なら眼に
焦点を当てるとのことです。この明かりは人に例えれば強烈なフラッシュを浴び続けるに等しく、強烈な恐怖心を与えてしまします。
 しかも、その接近する姿は、背を丸め、長い三脚と鉄砲の筒としか見えない超望遠カメラをもった、異常な動き方をする人として記憶され、舞い立つと2度とその場にはよっりつかなくなります。

 ガン類は異常なほど光を嫌うことが知れています。
蕪栗沼でも、伊豆沼でも八郎潟でも、鴈類のねぐらはほぼ真っ暗なところです

 関東地方、利根川下流域に第2の雁・白鳥・鴨の大規模越冬地形成の計画でいえば、何とか雁類のねぐらを形成したいのですが、そのとても対応の困難な課題を抱えてしまったという認識でおります

 カメラハンターの皆様
 温かい、ご支援とご協力を改めてよろしくお願い申し上げます




 

毎年1月2日は金沢文庫小柴漁協から乗合。今年はアジ釣り(2)

2008-01-03 18:01:10 | 水質浄化:東京湾、船上からの報告
2008-1-3
今の時期、アジの釣り場は俗称「久里浜沖」80m~100mたちです。朝7時30分、はやぶさ丸にて15人で出発。30分で観音埼灯台沖で約30隻の同じ乗合船の集団に参加。イワシのコマセに、2号はりにイカの赤染をつけ、60m下に投入。釣れません。釣れません。だれも型を見ない。ここは中型が多数出るところですが。
 そこでハヤブサ丸は集団を抜けて韋駄天走り、久里浜から金谷へのフエリー航路から南2kmほど先の「小さな根っこ」へ、たった1隻。ぐるぐる20分ほど走って急ブレーキ。投入です。ここではじめて20cm級が出だし、次いで入れ食いに。
 しかし、100m立ちで小さいのでは不満が出て、1時間ほどで少し戻って10隻程度の乗合船のグループへ。結局だめでもとの根へ。すぐに小アジですが入れ食いに。そのころから
どこともなく乗合船が続々と集まってきて、周辺に、後ろへぴたっとついて釣りはじめました。釣れなくてまいったのでしょうが。しばらくは我慢していましたが、やっと30分ほどたって周囲の船でも、コマセが利いてつれはじめました様です。
 ハヤブサ丸は、釣れる場所を探して動き回る船宿として著名です。いつかはめちゃめちゃ動いて1日中、ほとんど遊覧船化したことも経験しています。でも船宿みたいななりわい(生業)では、この徹底したサービス精神がとてもとても重要です。ですから好きです。
 午後になって潮が動いたとの船頭の判断で、先ほどの根から、1隻で動いて1km程離れた80mたちへ。またもぐるぐるまわってまわって急ブレーキ、そこで突然大物(35cm以上)、中もの(28以上)が釣れ始めました。ここは結局1隻だけで独占となりました。
 私にも37、35、34cm級が来て満喫。ものすごく脂がのって、丸々太っています。
 今回の2つの根の探索。そこには間違いなく根に付いた魚がいるということがとても重要で、GPSを使って緻密に記録を蓄積しておき、本日のように誰も釣れないときに、その根を一つひとつ探って漁探で状況を観察し、この根の魚は食うということを察知する能力が、船頭さんのパワーです

 久里浜沖は、東京湾のまさにひょうたんのくびれたような箇所にあたります。潮が動くととても速い流れとなります。そのために潮も海水温も一気に変化をします。
 ところで、2日は小潮で午前中は流れず、汲んだ海水が手を切るように冷たかった。ところが午後になって潮が動いてからはとても温かい海水に一気に変わりました。
 そこで一気にアジが餌を追い出した感じです。しかも、ここの鰺は、こませについていて、餌付けをされている状況ですから、年末の大荒れと、31,1日の船宿の休日が重なって、餌を追いやすい状況にあったと考えられます。

 本日は正月ということで午後2時沖あがりは計算外で、とても残念でした。
 アジの中、大型では、正確に底から2mをキープすれば喰いますが、あげられる数はベテランとでは大きな差がでます。俗にいう手返しの時間差です。私は8かけて5匹。隣の方は12、左の方は10と大きな違いで、残念です。一連を流れるように対処していて見事です。
 今の時期は、海底から上、ちょうど2mです。正確にそこで餌を振れば、喰ってくれます。ただ弾丸のように飛んできて餌を(赤タン)加えて走ります。自分で勝手に針にかかりますので、それを待っていればよいのです。ただ問題が、そのために餌に当たる上下の幅が10cm程度ということが鍵のごとくです。そこがわかりさえすれば。 
 とてもとても30年経験しても、とても奥が深くて、やめられません。

 

毎年1月2日は金沢文庫小柴漁協から乗合で、今年はアジ釣り(1)

2008-01-03 17:12:07 | 水質浄化:東京湾、船上からの報告
2008-1-3
 朝、4時29分発田端発で横浜経由金沢文庫へ。迎えの船宿の車で現地へ。毎年顔なじみの方を交えて、スミイカ釣りとアジ釣りに分かれて。ここ2年スミイカ釣りでしたので今年はアジ釣りに。
 いろいろな話を聞きました。小柴といえば「しゃこ」で著名です。ところが3年前から絶不調で、禁漁に。なんでも今年も何度か試し漁を行ってみたが、はかばかしくないとの事。原因は不明ということです。
 何十件ものシャコ専門の漁師は、季節季節で獲物を何でも取って生計をつなごうと頑張っているそうですが、とても大変とのこと。
 昨年の秋には、突然サバの大群が東京湾内に入りこみ、活気を呈したということです。
また、「中の瀬」の浚渫工事が終わり、漁船や乗り合い船が入れるようになって、30cm級の「カサゴ」が大量に上がったが、1週間で終わった話も聞かされました。

 不漁の原因としては、ここ4年以前から主体漁場であった「中の瀬」での航路の浚渫が考えられます。深く掘り下げる訳ですから、シャコ等の生育に良い分けがありません。でも昨年終了しましたので、今年はどうか…
 さらに、三海堡の解体工事がありました。これにより潮の流れの変化が考えられます。
次いで、東京湾への多摩川を介して、河川改修で上流域からの大雨時の濁水(都市下水も何もかも一緒の)が、中の瀬から小柴漁協内まで真水化してしまう現象の大量流入(これが一番危ない)。などなど。
 さらに羽田空港の第4滑走路の新設工事の影響等。

 どこもかしこも、漁業もおなじ、なりわい(生業)ビジネスは外的条件の変化でとても厳しい時代に入っている、そのひとつと感じました

 小柴漁協で、乗合船団が発進する前のスナップ



東京上野不忍池での餌付け実質禁止の話(2)

2008-01-03 17:09:56 | 都内で生活する水鳥や蝶などの虫たちの現況
2008-1-3
2007-12-31日の午後、家族とアメ横で、正月用品の入手で、年内最後の買い物を済ませた後、どうせだからと言って、上野不忍池を見てきました。
 東京都が12月の上旬に、実質的に餌やりを中止するよう呼びかけられた内容は、ほとんどのマスコミが大きく取り合げられ話題となりました。
 ここに渡来して越冬している、オナガガモやキンクロハジロ等、2,000羽近い各種鴨の、その後の様子を見に、不忍池を1周して見てきました。
 まず、一人として餌を与えるような方々がおらず、土手上にいる鴨もほとんど見当たりません。禁止のPRは徹底して周知もされていると感じました。
 結果としては、鴨の数は大幅に減少しているように感じました。特にオナガガモは減少し1/3以下に。ヒドリガモは姿を消しました。でもキンクロハジロは昨年と同様の数のままでした。ボート池は600羽近いキンクロハジロばかりで、しかもその多くは昼間から頭を背に回して、体をふくらましたまま、眠っていました。明らかに何も食べず衰弱した状態の個体が多数とみて取れます。このままだと餓死する個体が続出する恐れが大きいと思います。湖面は真白に見えます。なぜかユリカモメ及びオオセグロカモメばかりがめだちゃいます
 しかも、上野動物園内で繁殖しているウミネコが何羽も姿を見せて、異様な泣き声で鳴き交わしています。
 オナガガモやヒドリガモ、ハシビロガモ、カルガモなど水面採餌型の鴨たちは、比較的にどこででも餌を探せます。12月初めでしたので、移動できる個体は立ち去った模様です
 しかし、キンクロハジロ(大好きな主食はシジミ類)などは、都内に最適な餌場などほとんど存在しません・人に依存して、ペット化してしまった個体は生きていく方法がなく、結果として餓死せざるを得ないと考えられています。
 都内でキンクロハジロが自然採餌ができる箇所は、皇居外堀でも四ツ谷濠、日比谷公園、馬場崎公園濠、浜離宮内程度と理解しています

 なぜ今の時期に、東京都の担当課が急に強硬に「餌付け実質禁止」をいいだしたのか、また理由として専門家が一様に首をかしげる「メタボリックガモ」のことを言いつのるのか?
 それは、オリンピック誘致を目標として、市民と渡り鳥との餌付け行為を、外国の方に見せたくない、東京での問題点と感じ、何らかの理由で危険視する理由があるからかもしれません。
 少なくとも欧米で普通にみられる、湖畔での市民と水鳥の餌やりの風景を考えると
やや暴走しているのではと考えてしまいます。石原都知事の見解を聞きたいところです

 もうしこし。経過を見守りたいと考えています。