Tiangangの毎日

浦和から国分寺に引っ越したフットボール好き。レッズの試合や食べたもの、旅行、読んだ本などをのんびり書いてます。

「張氏帥府」

2005-05-07 10:09:55 | Weblog
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・市内西の繁華街である中街に行く途中、「張氏帥府博物館」に立ち寄った。奉天系軍閥の張作霖と息子の張学良の官邸と私邸である。奉天派軍閥の頭として権勢を誇っていた様子が分かる。当時の著名な抗日ポスター画家の作品が展示されており愛国主義教育基地にもなっている。張作霖は、若き日は満州地域で馬賊、日露戦争の際にはロシア軍のスパイ、日本軍に拘束された後も日本軍のスパイとしても活躍する。清朝中央の北洋軍閥の知遇を得て力を伸ばし、1911年の辛亥革命時には革命派弾圧の功績を認められ翌年の中華民国創立時には東北地域の中将・陸軍師団長に昇進、1916年に袁世凱が皇帝就任に失敗して死去する機に乗じて東北の奉天省、吉林省、黒竜江省の支配権を奪い、東北を足場に奉天派として日本軍の支援を受けつつ中国国内に勢力を広め、1926年には中華民国大元帥に就任し絶頂期を迎える。しかし、その後の軍閥闘争に敗れた彼は、日本関東軍により利用価値がない者として見切りをつけられ、1928年、奉天に列車で戻ってくるときに爆殺された。父を殺された息子の張学良は、1931年満州事変で日本軍が満州全域を支配する際に追放されるが、その後1936年西安事件を首謀し国共合作を進めるなど抗日活動で活躍することになる。戦後蒋介石に50年以上も台湾に軟禁されるが100歳まで生き、ハワイで亡くなる。中国では抗日活動で功績を残した人物として英雄となっている。

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