"ちょっと外から見た日本"

今、スペインに住んでいます。
大好きな日本のこと、
外からの視点で触れて見たいと思います。

“文字はその人の深層心理を表す②”

2011-08-13 05:16:18 | 日記

昨日に続いて(http://blog.goo.ne.jp/tera-3/e/f0bbedd17d58891eabac6cea2583a24c)致知出版社の「人間力メルマガ」より、 森岡恒舟さんのお話です。

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     致知出版社の「人間力メルマガ」

                【2011/8/12】 致知出版社編集部 発行
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   このメールマガジンでは、
   人間学を学ぶ月刊誌『致知』より
   そのエッセンスの一部をご紹介しています。

       * *

   本日は昨日に引き続き、
   現在発行中の『致知』9月号に掲載され、
   話題を呼んでいる記事「筆相で導く心と運命」より、
   30年にわたり筆相の研究を続けてこられた
   森岡恒舟氏のお話をご紹介いたします。

 
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       「先人たちの筆相が物語るもの」
       
       
            森岡恒舟(筆相研究の第一人者)
        
            『致知』2011年9月号
             特集「生気湧出」より
            

                      ※肩書きは掲載当時です。


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その人の深層心理は、その人の書く字に表れ、
その人の字を見れば、その人の深層心理が分かります。
そして、その人の字を書く時の習慣、
つまり深層心理の習慣は、他の行動にも顔をのぞかせるのです。


       (中略)


源義経
の字を見てみると、非常に個性的で、
まず左払いが大変長く突出しています。
http://ameblo.jp/otegami-fan/day-20110812.html


普通であれば深層心理が働いて一定の長さで
ストップさせるところを、
さらに突き抜けて伸ばすというのは、
人並みを超えて目立つわけですが、それで平気だということ、
目立つことが好きだということです。

実際に義経は、五条大橋で弁慶と大立ち回りをやったり、
鵯越の逆落としをやったり、
ことごとく世間の耳目を集める派手な行動をとっています。

深層心理としてそういうことを躊躇せず
やっていける人だったのです。


ただその一方で、義経の字はいずれも
右側へ転びそうなものが多いことも注目に値します。

こういう字を平気で書くところに、
あまり安定した状態を好まない深層心理が表れています。
むしろ転びそうな不安定な状態を自ら求めていたり、
転びそうになってもスイスイ乗り切って
そのことに気持ちよさを感じたりする傾向が見て取れます。

それが人間関係
にも影響し、
頼朝との関係に破綻をきたしたとも考えられるのです。


        * *


突出するという点では、明智光秀
の縦線下部の
引き延ばし具合も尋常ではなく、
これほど長い書き方は歴史上でも希です。

彼がもし枠の中に収まる程度の文字しか書かない人物であれば、
本能寺の変などという大それた事件は起こさなかったでしょう。
信長の逆鱗に触れてもひたすら謝り、
左遷先で堪え忍んで一生を終えたと思うのです。


        * *


吉田松陰
の筆跡には非常に行動力が感じられます。
そして右上がりの度合いが強いところから、
保守的で柔軟性に欠けるところがあり、妥協を嫌います。
http://ameblo.jp/otegami-fan/day-20110812.html
(※2つ目の画像をご覧ください)


そうした深層心理が、黒船に乗り込もうというような思い切った行動や、
己の信念を貫き、最後は斬首されるという結末を暗示
しています。
かつて学生運動が盛んな頃、大学の構内に掲示されていた看板に、
松陰に似た筆跡がよく見受けられたものです。


        * *


東郷平八郎
の筆跡は、偏と旁がグッと密着しています。
これは包容力があって多くの人を束ねるトップリーダーというより、
人の意見に左右されず、自分の信念を貫くタイプです。
http://ameblo.jp/otegami-fan/day-20110812.html
(※3つ目の画像をご覧ください)


中国では偏と旁の間を気宇、心の広さを表す空間と捉え、
なるべく間隔を広くとって書くのがよいとされています。

一方で技術者は偏と旁の間を狭く書く傾向があります。
寿司職人などは客の言いなりになっていたのでは
うまい寿司は握れません。

「俺の握りが嫌なら、よそへ行ってくれ」とばかりに
自分のやり方にこだわり、それを通すタイプは
偏と旁の間は広く書けないのです。

東郷の筆跡にもそういうところが見て取れ、
実際、寡黙でいろんな意見を取り入れてという
タイプではなかったようです。

彼がもし偏と旁の間を広く書くような人であったら、
バルチック
艦隊が近づいているという情報が入ったら、
心の中にはこうすべきだ、ああすべきだと、
いろんな人の意見が入り込んで千々に乱れていたでしょう。

東郷はやはり周りの雑音を受け付けず、
こうだと決めたことを徹底する前線指揮官のタイプであり、
だからこそ最強のバルチック艦隊を撃破し、
日本を勝利へ導くことができたのだと思います。


        * *


最後に、経営者を一人だけ見てみましょう。

「経営の神様」と謳われ、経営者に限らず
様々な人にいまもなお多大な影響を与え続ける松下幸之助。
その筆跡は、小ぢんまりとまとめずにグッと大きく広げて書くのが特徴で、
心の内からほとばしり出るものが伝わってきます。
http://ameblo.jp/otegami-fan/day-20110812.html
(※4つ目の画像をご覧ください)


これは豊臣秀吉
の書き方によく似ており
私は太閤相と呼んでいます。

また「助」という字の最終画が点になっていることから、
普通の人が考えつかないことを考え出す
アイデアマンであったことが窺えます。

さらに、縦線の上部への突き出しはそれほど際立っておらず、
包容力豊かなリーダーというより信念を持った技術者タイプです。

実際、細かいことに非常に厳しい人だったという話も聞いていますが、
それでも多くの人がついていったのは、
やはり太閤相にも表れているような人間的魅力があったからでしょう。

────────────────────────────────────(以上)


是非画像もご覧下さい。

筆跡からここまで分かるのかと、ビックリします。


そして、歴史に名を残した方々が、とても特徴のある字を書いていたということも、面白いなと思います。

私の書く字、かなり特徴があります。

他の人には読めませんし、実は自分にも・・・。


“大前研一さん、原発再稼働と日本の将来、歪んだ対立構造を作らず本質を見よ”

2011-08-13 05:11:11 | 日記

大前研一さんのメルマガ(http://archive.mag2.com/0000140789/index.html)よりです。


〜大前研一ニュースの視点〜
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 『原発再稼働と日本の将来〜歪んだ対立構造を作らず本質を見よ』

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  原発再稼働問題
 再稼働新基準は「事故調報告の1、2年後」
 ストレステストを厳しく批判新潟県・泉田知事 
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 ▼日本の産業界の将来と子供の未来は、本来対立するものではない
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 菅直人首相は先月21日の参院予算委員会での答弁で、原発再稼働のための
 本格的な安全基準について「(東京電力福島第一原発の)事故調査・検証委員会
 の報告が出た1年か2年後、新しい基準をつくることになる」との見解を示しました。

 また同日、海江田経産相は菅直人首相の「脱原発」発言について、
 「首相が個人的な意見だと言っているので、それを共有しているかどうかは、
 鴻毛(こうもう)より軽いと思う」と述べ、脱原発を内閣として共有する
 必要はないとの認識を強調しました。

 まず本質的な点を指摘しておくと、「再稼働の基準=ストレステストの結果」
 であるべきで、ここを外していては問題外です。

 そして菅総理の言うところでは、事故調の報告から1年〜2年ということですから、
 端的に言えば「今から3年間は原発無し」ということです。

 これは、もはやテロリストの所業だと私は思います。
 これから3年間、原発を一切使わないとなると、
 日本の産業はどうすればいいのでしょうか?

 この点を顧みず「脱原発」を旗印に強い姿勢を崩さない菅総理に、
 自民党の有力議員や民主党内部からも批判の声が上がっています。
 中には菅総理を諌めるために、
 「今年の夏の間に1回〜2回、ブラックアウトが起きればいい」
 という過激な意見もあるようです。

 菅総理を追い込み過ぎると「脱原発」を公約に解散総選挙に出るから危険だ、
 ということを私は何度か指摘しています。これに対し、国民も「脱原発」が
 日本の産業に影響を与えるのはわかるだろうから菅総理が勝つとは限らないのでは?
 という意見も聞こえてきます。

 菅総理を始め、一部の人が思い描いているストーリーは次のようなものでしょう。
 ・世界唯一の被爆国である日本だからこそ、核なき世界を主導すべき
 ・再生可能エネルギーを国家戦略として取り組むべき

 こうしたビジョンを訴求するために、子供を抱えた母親が登場して
 「この子の将来のために脱原発を・・・」と泣いて訴えるわけです。
 切り札としてこのような演出も使うのではないかと私は見ています。

 本来、子供の明るい未来と日本の産業界の発展は対立するものではありません。
 日本の産業界がボロボロになってしまえば、企業にも家庭にも影響するのは当たり前です。
 それは子供たちが生きる日本の将来に影を落とします。
 論理的に考えれば、誰にでもすぐに理解できることです。

 しかし政治の世界は、「本来対立していないものでも対立させてしまう」のです。
 「お母さん、“産業の発展”と“あなたの子供の未来”、どちらが大切なのですか?」
 と問いかけるわけです。そして「今年の夏、電力危機と言われながらも
 何とか乗り越えることができました、あとたった12%の節電で原子力がなくても
 やっていけるのですよ」「核なき世界を一緒に創りましょう」と背中を押せば、
 多くの人は「脱原発」に傾いてしまうのではないでしょうか。

 実際、読売新聞と日経新聞は反対していますが、朝日新聞は「脱原発」に賛同しているほどです。
 選挙に臨む候補者の中にも母親は多いでしょうし、一気に菅総理のシナリオに飲み込まれる
 可能性は十分あると思います。もう少し冷静に、日本の産業界の将来、
 日本の産業界の養成についても考えるべきだと私は強く感じています。


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 ▼ストレステストは、福島の反省が活かされていなければ無意味
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 また、ストレステストについても実施内容に大きな問題があると私は思います。
 経済産業省原子力安全・保安院は先月21日、原子力発電所の安全性を確認する
 ストレステストの実施計画の修正を原子力安全委員会に提出し了承されたとのことですが、
 あの程度の内容を了承してしまうとは「原子力安全委員会」として恥ずかしくないのか?
 と言いたくなります。

 新潟県の泉田裕彦知事も同様に感じたようです。
 泉田知事は先月26日、政府が定期検査中の原子力発電所を再稼働する条件として実施する
 ストレステストについて「気休め以外の何ものでもない」と厳しく批判しています。

 泉田知事の指摘はもっともで納得できるものです。
 保安院の提出したストレステストは欧州型をベースにしたもので、
 そこには「福島第一原発事故」の反省が活かされていないというのです。
 「福島の反省が活かされていなければ意味が無い」と指摘しています。

 泉田知事は原発を抱える全国の知事の中で、オピニオンリーダーの立場にある人です。
 彼の発言は大きな影響力と意味を持つと考えて良いと思います。
 これにより、今回のストレステストの地元での受け入れはほぼ不可能だと言えるでしょう。

 国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は「ストレステストの実施を歓迎する。
 IAEAにもレビュー(評価)の機会を与えてもらいたい」と述べ、
 テスト結果をIAEAが評価することに意欲を示しているとのことですが、
 もはやその流れはないと私は見ています。

 原発問題を考えるに当たって、感情論だけで脱原発に傾くのも問題だと思いますし、
 またストレステストにしても、それを実行する意図・意味はどこにあるのかを
 冷静に判断する必要があると思います。

 政治家や官僚の発表内容を鵜呑みにせず、国民一人ひとりが物事の本質を見極める考え方を
 身につけることが大切だと改めて感じます。

 ──────────────────────────────────(以上)


私自身は、いわゆる“脱原発派”だと思います。

今回の原発事故で、人が核をコントロール出来ると考えるのは間違いであること、そして、原発もやはり核兵器なのだ、ということを痛感しました。

今までこの問題を考えなかった自分を恥じることにもなりました。


九州電力の「やらせメール事件」、その後の経緯を見てもわかるように、未だにごまかし、証拠隠滅、知事を含めた政治との関係が出て来たりしています。

また、大前さんがおっしゃっているように、ストレステストも、福島の結果を踏まえた内容でなければ全く意味がないと思います。

根深い問題はまだまだ残っており、それらは明らかにされ、必要な措置を講じて行かなければなりません。


一方で、急ぎ過ぎることにも気をつけなくてはならないと思います。

脱原発を叫ぶ人の中には、これからの日本や子どもたちのことを真剣に考えて行動を起こしている方もいる一方で、早く日本が潰れればいいと思って動いている人もいます。

また、もう日本に原発はたくさんある訳ですから、今後どのような方向性になるにしろ、それに対応する為の人材育成も引き続き必要です。


常にバランスは重要であって、子どもたち、将来の日本にとって、ベストの選択肢を見つけていかなければいけません。

あとで、ああしておけばよかった、では遅いのです。


“歪んだ対立構造を作らず本質を見よ”、という大前さんの言葉、肝に銘じたいと思います。


“てんつくラブレター、それは映画の1シーンの巻”

2011-08-13 05:08:07 | 日記

てんつくマンさんからお送り頂いくメルマガよりです。

タイトルは、“てんつくラブレター〜それは映画の1シーンの巻〜” 


 
アンソニーロビンスワークショップ最終日のゴールドコーストの会場からワンダフルモーニング!

昨日のワークショップは自己変革やってん。

一番良かったのが部屋を真っ暗にして目をつぶって静かな音楽を聴きながらアンソニーが導いてくれんねん。

誘導催眠というか、誘導想像というか。

とにかく自分の想像のサポートをしてくれるって感じかな?

まずは椅子に座ってる自分の体がどんどん小さくなって5歳になる。

5歳の自分に「大きくなったらなにになりたい?」って聞いたらなんて答える?

そして、なぜ、それになりたいと思う?と問いかける。

そんな質問を9歳の自分、16歳の自分、21歳の自分に繰り返す。

そして、なぜ、それになりたいかが変わったかをチェックしてゆく。

さらにそこから、まず5歳の自分に逢いにいってハグしながら、感謝を伝えながら、自分の中に統合してゆく。

それを9歳の自分、16歳の自分にもやってゆく。

ちなみに父ちゃんの場合、16歳の自分はあきらめの言葉しか言ってなかった。

俺なんてなにも出来ない。

どうせ、高校を卒業したら平凡な人生しかない。

まったく、自分を信じてなかったし、チャレンジしようとしてなかった。

だから、めいいっぱい、

「大丈夫やで」

「俺は未来のお前の姿や」

「今、めっちゃしあわせやぞ」

「残念ながらお前の予想を上回って全然、平凡じゃないけど(笑)」

「でもな、このしあわせは今のお前の苦しみや絶望感のおかげなんや。」

「だから、お前に心からありがとうって言いたいねん」

「今、お前、苦しいやろ」

「ごめんな、今、助けてやれなくて」

「でもな、必ず乗り越えれるからな」

って、そして、吉本に入って夢を叶え始めようとしている自分。

給料がついに10万円突破、大台になったと喜んでる自分ともハイタッチしてハグをした。

「今のお前の努力が全部、今に生きてるで!」って。

その後、鳥になって自由に空を飛んで楽しむねん。

そして、山におりてきて、人間に戻る。

その時にめっちゃ光に包まれてる自分がいた。

そうか。こうやって、過去もそして今も、みんなに包まれて支えられて生きてるんやって。

ほんまにしあわせを感じた。

震災後、一ヶ月に一日も会えてない奥さんの笑にほんまに感謝。

震災後、一気にビジョンを変えて、俺と一生生きていくつもりで北海道に来てくれってついてきてくれたスタッフや今日までサポートしてくれたスタッフ。

そして、いつもいつも俺がなんかする時に、全力で応援してくれる仲間や師匠。

そして、講演会や上映会を主催してくれたり、来てくれたりする仲間。

この文章を読んでくれたり、MAKE THE HEAVENの活動を支えて下さってるすべての方に感謝したい。

最後に今、やってきたメッセージを書くわね。

「プログラム」

悲しみの出来事も

苦しみの出来事も

平凡な出来事も

歓喜の出来事も

絶体絶命の出来事も

恐怖の出来事も

すべて、映画の1シーンのようなもの。

良くも悪くもそれはずっと続かない。

必ずシーンは変わる。

映画館で映画を観ていたら

居心地が悪くなるシーンも

心がワクワクするシーンも

目をそむけたくなるシーンもある。

でも、辛いシーンや悲しいシーンが出てきた時、無意識でこう思ってなかった?

「絶対にラストシーンはHAPPY ENDになる」って。

それが、人生でも大事なんや。

なにか辛い出来事や絶対絶命の出来事が起こったらこう思うねん。

これはたんなる一つのシーンや。

さぁここからどうHAPPY ENDのラストシーンに向かっていくんやろう?

「あきらめんな主人公!」

「笑顔を忘れるな主人公!」

「逃げずに向き合え主人公!」

「大丈夫や、最後はHAPPY ENDって決まってるから」

って主人公を励ますんや。

だから、今、励ますねん。

自分を応援すんねん。

未来のしあわせに包まれて生きてる自分として今の自分に声をかけるねん。

さぁ声に出して言ってあげて。

大きな声を出しても誰にも聞こえないような場所に行って伝えてあげて。

「大丈夫、それは一つのシーンや!ラストシーンはHAPPY ENDやから」って。

気をつけなあかんのは映画の上映中に途中で映画館を出ること。

もしも、その映画を観てる途中で映画館から出たら、それはつまらない映画として終わってしまう。

これから、めっちゃ素敵な物語が始まるのにさ。

一つだけ大きく人生と映画と違うのは、その映画はな、自分で脚本を書き直すことが出来るねん。

映画の上映中に「STOP」ってその映画を止めることが出来る。

これからこんな物語に変える!って脚本を書き変えたらええねん。

そしてな、自分では書けないって思ってる人はまわりの人にサポートしてもらうねん。

脚本の書き方やったら、俺もサポート出来るし、それはさせてもらうわな。

これから、そんなワークショップを泊まりがけでやっていくから。

一緒に夜中までかけてやろう。

過去や今、体験してるのは生まれる前に自分と神様と一緒に書いた脚本。

そのまま、脚本どおり生きていくのもいいし、新しい脚本を書いてもいい。

忘れたらあかんのは、過去の出来事はあくまでただの一つのシーンやったということ。

トラウマになってるんはね、自分がそれは最悪の出来事と決めつけただけやということ。

それは、ワークショップしていけば、気づく。

今からでも遅くない。

傷と認識してたものを、気付きに変えて、新しい脚本を一緒に書こう。

みんな出会ってくれてありがとう。

繋がってくれてありがとう。


(転載以上)



“「でもな、このしあわせは今のお前の苦しみや絶望感のおかげなんや。」

「だから、お前に心からありがとうって言いたいねん」

「今、お前、苦しいやろ」

「ごめんな、今、助けてやれなくて」

「でもな、必ず乗り越えれるからな」”


“「大丈夫、それは一つのシーンや!ラストシーンはHAPPY ENDやから」って”


“一つだけ大きく人生と映画と違うのは、その映画はな、自分で脚本を書き直すことが出来るねん。

映画の上映中に「STOP」ってその映画を止めることが出来る。

これからこんな物語に変える!って脚本を書き変えたらええねん。”



ワーク自体は、オーソドックスなものかも知れません。

でも、てんつくマンさんがその体験を言葉にすると、感動がそのまま伝わって来ます。
本当だ!、本当だ!と思います。



“過去や今、体験してるのは生まれる前に自分と神様と一緒に書いた脚本。

そのまま、脚本どおり生きていくのもいいし、新しい脚本を書いてもいい。

忘れたらあかんのは、過去の出来事はあくまでただの一つのシーンやったということ。”


“今からでも遅くない。

傷と認識してたものを、気付きに変えて、新しい脚本を一緒に書こう。”



“首都圏が最も警戒すべき「巨大地震」発生の可能性”

2011-08-13 05:03:03 | 日記

ダイヤモンド社のオンライン記事よりです。

 
“地震多発時代”はまだ始まったばかり!
首都圏が最も警戒すべき「巨大地震」発生の可能性
――東京大学地震研究所 佐藤比呂志教授に聞く
 
 
 
東北地方太平洋沖地震の震源域の北(北海道千島沖)と南(千葉東方沖
 
“当初から心配しているのは、東北地方太平洋沖地震の震源域の北(北海道千島沖)と南(千葉東方沖)における日本海溝沿いの「巨大海溝型地震」発生の可能性だ。3月11日の地震により三陸沖から茨城沖の断層がずれ動き、震源域となったが、現在も南北の端は陸側のプレートに沈み込む太平洋プレートのひずみエネルギーが蓄積されたままである。実際、2004年スマトラ島沖地震の際は、本震の3ヵ月後に震源域の南方でM8.7の地震が発生した。”
 
震源域南方の千葉東方
 
“その一方でほとんど調査が進んでおらず、千島沖と比較しても経済的・人的被害規模が大きくなると考えられるのが震源域南方の千葉東方沖だ。関東では太平洋プレートの上にフィリピン海プレートが重なるが、今回の巨大地震を発生させた断層運動は、フィリピン海プレートが太平洋プレートと接している箇所で止まっている。つまり、フィリピン海プレートが障害物となって、断層面上のすべりを止め、首都圏への地震の拡大を阻止した。断層運動はそれ以上南下しなかったために、今回の地震では事なきを得たが、この領域がすべると房総半島・外房や湘南に非常に大きな津波が押し寄せる恐れがある。”
 
首都直下
 
“東京周辺は特殊なプレート配置で、太平洋プレートの上にフィリピン海プレートが乗るようにして沈んでいる。先ほども述べたように、3月11日の地震ではフィリピン海プレートが障害となったことで、南方に断層面上の破壊が伝搬するのを防いだが、フィリピン海プレート自体に力がかかっている状態である今、沈み込んだフィリピン海プレート内での破壊の可能性も考えなければならない。また、先に述べたように陸側のプレート内にも特異な力がかかっている状態にあるため、活断層による地震の発生についても注意が必要である。
 
今回の地震と対比される、869年に三陸を襲った貞観地震の後には、M7.5の関東諸国地震が発生、前後には富士山の火山活動が活発化したという記録もある。今、3.11の地震発生後、関東でも地震が増え、プレートへの力のかかり方が変化しているのは事実で、沈み込んだフィリピン海プレートやその上の陸側プレートでの、地震発生の可能性が高まっているのは間違いない。”
南海トラフ沿い
“関東から西日本は正反対な状況に置かれている。まず今回の地震発生以前から、2050年前後には東海・東南海・南海地震の発生が予測されていた。これら南海トラフ沿いの巨大地震は、歴史文書や考古遺跡などからも、規則的に発生した過去の履歴が遡られており、近い将来、必ず地震・津波がその領域で発生するはずだ。”
“想定される東海・東南海・南海の地震の前も内陸の被害地震が増加していく可能性が高い。”
 
 プレートた。
 
 
私は、佐藤さんのインタビューの中で、一番重要なのはこの言葉だと思っています。
 
 
東北沖の地震のように「1000年に1度」と言われるような地震が、すでに発生した現時点では、過去100年程度の地震活動や津波で判断せず、長いスケールのなかで評価をし、情報収集することが非常に重要な課題となっている
 
私自身はこの言葉を、既存の発想から離れて考えよう、という意味だと受け止めています。
 
少し飛躍しますが、今は、どこででも、いつでも起こりうる、と考えた方がいいのではないと言うことです。
 
 
この記事の最後に、こんな質問があります。
 

質問1 あなたは家で防災非常袋を用意していますか?
3.11前から用意している
3.11後に用意した
まだ用意していない
わからない

私がその結果を見て驚いたのは、「まだ用意していない」という答えが半分近くあったことです。
 
 
東関東大震災の直後、スーパー、コンビニ含めて、水や食べ物が消えてしまうという現象が起きました。
 
それは、直接そこまでの被害がなかった場所でも起きました。
 
 
いざと言う時には、本当に必要な人に必要なものが行き渡るようになるのが理想だと思います。
 
いつ起きるかわからない災害ではあります。
 
でも、その時になってものがなくなるということを防ぐという意味でも、備蓄含めて、普段から準備をしておく、ということは大切なことではないかと思います。