かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

花見ウォーキング

2015-03-31 | 気ままなる日々の記録

花見ウォーキング

今朝。早朝散歩から帰った人が「五条川の桜が満開になっていた」と話しておられたので、カメラを持って出かけました。ただ、チョット気になることは、徒然草137段を紹介しましたので、満開ばかり観に行くと吉田兼好さんに叱られないかということですが、散った後も見に来て満開の桜を忍べば、そんなに、叱られないだろうと思われ、出かけました。

前回のスライドショーからたった4日過ぎただけでしたが、驚くべきほどの満開で、感動しました。

実はオソマツ君は桜があまり好きではない。どうしても、あの、嫌な「同期の桜」と云う歌を思い出し胸が引き裂ける思いがするからである。西条八十作詞だったと思います。

 「貴様と俺とは 同期の桜 同じ兵学校の庭に咲く、 

 咲いた花なら、散るのは覚悟 見事散りましょ 国のため。」

 と云うような歌詞だったと思います。この歌を歌いながら「神風特攻隊」として海に散った若い人々のことを思わずにいられない

この歌詞の「同じ兵学校の」の部分が「同じ航空隊の」に替えられたり「同じ国体の」に替えられたりして幾つもの替え歌が作られ。多くの若者が歌わされ、死を共にすることを誓わされた。(国体≒天皇制を中心とする我が国の在り様)出撃を命じた司令官の胸中を思うと訳が分からなくなる。

 西条八十という作詞家も厭な奴に思える。あの時代は日本中発狂していたのだろうか。発狂しやすいのがわが国民性だろうか。

 満開の桜を見ても、流れゆく花筏を見ても、オソマツ君は胸苦しくなってしまいます。

 終戦後何年過ぎても当時の指導者から、自分たちは何処で間違えたかということについて、何の反省もお詫びもない。当時の指導者は全員が東京裁判で罪を償ったという言葉は信用できない、あの裁判には不備な点も多い。 後世の教訓や注意点とならないからである。

 過日ドイツのメルケル首相が来日して「日本は分かりにくい国だと」呟いたと伝えられたが、本当にそうだと思う。

 ドイツの場合、ナチスドイツになってしまったプロセスを明らかにし、周辺諸国に謝罪し新しい国に生まれ 変わったと、主張している。アメリカが仕掛けた罠にハマって戦争に追い込まれてしまったというのならそれもいい。きちんと後世に教訓をも残す覚悟で言葉にしおくべきだと思う。

今。気が付いたが、このブログを見ていてくれるうちの子どもたちは「神風攻隊」を知らないと思うので簡単に説明しておく。

 今日的に言えば組織的大規模な戦術としての自爆テロのことだ。第二次世界大戦後半、圧倒的な海軍力を誇る米軍に日本は殆ど手の打ちようがない状態に陥った。そこで考え出された作戦が、戦闘機に大きな爆弾を装着して敵の軍艦や、航空母艦に体当たりさせるという作戦だった。もちろん、米軍の艦船からは銃弾が飛んでくる。それにもかかわらず、まっすぐに敵艦めがけて突き進み体当たりして爆弾を破裂させ相手の船を沈めようという作鎖線だった。つまり、飛び立ったら最後生きては帰れないという作戦で、司令官は、それを命令した。

 「聞けわだつみの声」と云う戦没学徒の遺稿集がある。 出版は昭和24年で出版と編集は東京大学協同組合出版部である。渡辺一夫、真下真一、小田切秀雄等、後の我が国の思想界をリードした錚々たる人たちが名を連ねている。オソマツ君は昭和27年高校入学で、現代国語の先生の推薦でこの本を夕暮れ迫る学校の図書館で涙を拭きながら読んだ世代である。

蛇足ながら「わだつみ」とは海神を表す古語である。

  

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花は盛りに 月は隈無きをのみ見るものかは。(その2)

2015-03-28 | 気ままなる日々の記録

花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。

 

五条川の水源は入鹿池です。江戸時代の工事だとおもわれます。入鹿池→犬山市→大口町《約7キロ)江南市→岩倉町の水田に水を供給しお米の増産に寄与、両岸は遊歩道や桜並木として人々に親しまれてきました。

 

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読書感想文の書き方

2015-03-28 | 気ままなる日々の記録

兄から聞いた話である。

あるとき偶然二人の孫が遊びに来て兄の家で揃った。一人は(Aとする)中学3年の男の子、もう一人は(Bとする)中学1年生の男の子でAとBは従妹である。

兄「二人揃ったし、お昼も近いから美味しいものでも食べに行こう」と云って近くの和食堂へ連れて行った時の話だそうだ。

B「お爺ちゃん、僕読書感想文を書かなければならないのだけど、何かいい本知らない?」

兄「何でもいいから何か面白い!と思う本を丁寧に読んで思ったことを書けばいいんじゃないかなあ」

A「それはダメだよ。書くのがすごく難しいから!」

兄「じゃあどうすればいいんだい?」

A「悲しい本を読むのがいいよ」「それでね、まず、凄く悲しくなった。と書いて、それから、僕は大きくなったら、何時も悲しんでいる人のそばにいて、話を聞いてあげたり、励ましてあげるような大人になりたいと思った。とか。僕は大きくなったら××になって、日本を、悲しいことが起こらないような社会にする様な仕事がしたい、と書けばいいんだ。いい点が取れるよ」

兄「お前すごいこと考えているなあ。誰に教えてもらった?」

A「塾の先生だよ。これをやって。最優秀に選ばれた友達もいるよ」

B「僕、悲しいお話読むの嫌いだ」

兄「それは困ったねえ・・・・・・・・。」

 ご存知の通り今文部科学省は学校教育の改善に力を入れていて、名付けてアクティブラー二ング・プログラム、つまり自分の生き方や行いに結びつく知識の習得と云う学習態度の育成とそれに支えられた学習活動を重視する、と云う教育観だ。エライ先生が大勢集まって長時間かけて出された答申案に基づくものだ。これが、塾の先生が云う読書感想文の書き方に反映されている。

 兄の話を聞いて大いに笑えたが、どこか悲しくまた寂しい。文科省が出す答申はいつもこうだ。大学入試改革もまた然り。

 理想の学校教育は、教科担任の先生が自分が教えている教科にどれだけ愛着を持っていて、その愛着がどれだけ生徒に伝わるかの問題に行き着く。これは、大学教育も同じで。教科担任の人間的な感化力のような問題だ。教員養成にもっとお金をかけ教員の待遇を改善して感化力のある人材を学校に迎えなければすぐに、塾の先生が云うような虎の巻が出来てしまって、何の改革にもならない。子どもの教育にお金を掛けない国や家庭に将来はない。先進国の教育予算の対GNP比を調べて見ればすぐわかることである。

この文書を投稿したのが一昨日、「国立大学の教育学部を教員養成学部に改編の方針』と云う文科省の方針を新聞で見たのが昨日でした。このタイミング良さに驚きつつこの一文を追記しています。この方針を支持します。横書きの文章を縦書きにしだけの教育学を勉強する人は大学院で比較文化論を勉強するほんの数人で十分です。この方針変更を暖かく見守りたいと思います。教育実習も充実させるべきです。指導力のある先生の体から出ているオーラのようなものの実態を分析的に学び、体得するような実習であるべきです。

 

 

 

 

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花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。

2015-03-27 | 気ままなる日々の記録

 [花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは」は徒然草137段の一文です《桜の花は満開の時、月は満月の時だけ、見るものでしょうか、いいえ、そんなことはありません。と云うくらいの意味でしょうか。

本文は、雨の夜空を見上げて月を思い、ちらほら咲いた桜を見て満開の桜を忍ぶのもいいものだ[筆者の拡大解釈)と続きます。

上の写真は、このブログで以前に御紹介した、書家から戴きました。

 

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師匠のご指導

2015-03-24 | 気ままなる日々の記録

          

  

師匠にご指導を頂き写真のサイズをそろえ、写真の周囲に境界線を入れました。やはり写真がパチッとしました。

  

                 

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五条川の桜、開花の写真を頂きました。

2015-03-22 | 気ままなる日々の記録

 

     

   

   

 書家から五条川の桜の写真を頂きました。書家は毎朝、明るくなるのを待っておられるようにして、早朝散歩に出られます。私が、廊下の方から「おはよう!」「行ってきます」という書家のお声をお聞きするのはいつも、ベッドの中です。「寒くないですか」とお聞きすれば、「歩いておれば、ぬくうなる」とおっしゃいます。五条川の桜は、この地方では有名で、間もなく屋台店も出て、桜見物の人波が絶え間なく、続くようになります。今まさに、詩人吉野弘がいう「川の胸乳が、膨らむ」季節です。

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警察関係者の手帳に√5が沢山書いてあったとか

2015-03-21 | 気ままなる日々の記録

3月20日のNHKのニュースで見出しのようなことを伝えていて感動しました。手帳に書いてあったのは「√5についての打ち合わせ」、とか、√5強制捜査の予定とあり、それが二重線で消され延期と書かれていたとかもし、この強制捜査が延期されていなかったら、例の地下鉄サリン事件は未然に防止できていた可能性が極めて高かったとのことでした。ちなみに、√5≒2.2360679・・・語呂合わせで[富士山麓オウム鳴く]となり、つまり、上九一色村にあって、毒ガスサリンを作っていた○○サテアンとか呼ばれていた奇妙な宗教団体の建物のこと。この手帳なら仮に落としたりしても秘密は守られる。手帳記入に当たって√5を思いつかれた柔軟な頭に脱帽、最敬礼だ。

オソマツ君は,ある時期無性に富士山が好きになり、「富士山見たい中毒にかかっていました」。地下鉄サリン事件の数年後も東名高速の富士インターから出て富士山が一番きれいに見える富士五湖周遊がしたくて数回富士山麓のオウム関係建物があった場所(上九一色村)を通り、車を止めたことがあったが、√5は思いつかなかった。[思いつかなかったこと]について今とても恥ずかしい思いをしている。

やはり頭のいい人の脳は柔軟で、富士山麓に立てば自然に√5が思い浮かぶのだろう。

 (参考までに)√2≒1.41421356・・・(一夜一夜に人見頃)

         √3≒1,73205080752・・・《人並みに奢れやオナゴニ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          

 

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娘が見舞いに来てくれました。

2015-03-18 | 気ままなる日々の記録

  

重いのに大きな「ざぼん』(上の写真; 直径20センチ)と立派な「いちご」を持ってきてくれました。

思い起こせばオソマツ君の新婚旅行は50年も前ということになる。交通公社が売り出していた「新婚旅行」パックに乗って長崎に行った。そこでザボンを売っているのを見て驚いたことがある。露天商のようなお店で、ザボンが山のように積み上げられていた。前と後ろに竹で編んだ駕篭がありその籠の中にザボンが積み上げられたものを天稟棒で担いで運ばれて来たようであった。ザボンをまじかに見るのはそれ以来である。名古屋駅前の毎日ビル内のホールで友人たち主催の結婚式をあげ終わってすぐ名古屋駅のホームで新幹線を待つという日程だった。ホームでは男友達が何故か万歳をを叫ぶという例のお決まりの光景の中で旅立った。このコースのウリは、神戸から別府まで瀬戸内海を豪華客船で対岸の夜景を楽しみながらディナーを楽しむ、というものであった。

 ザボンをネットで調べると以下の通り。標準和名はブンタンのようである。ブンタン(文旦、学名:Citrus maxima (Merr.)、シノニム:Citrus grandis (L.))は、柑橘類の一種である。標準和名はザボン(朱欒、香欒)。ボンタンとも呼ばれる。

主な産地は宮崎県とか高知県のようで、年間平均温度が高く陽当たりの良い小さな山の南斜面で柑橘類の一種として育てられているようです。味は、爽やかにしてまろやかな酸味と控えめな甘みが奥ゆかしく食べ始めると止まらない。厚い果被は色々な調理法があってマニア垂涎の食材のようである。平たく言えばジャムのようなものを作ったり佃煮にしたりするようだが、いずれもかなり魅力的なおかずになるようで、ネット上に各種の調理法が紹介されている。しかし、残念ながら、此処では生ごみとして捨てるしかない。

 イチゴの方も絶品で大きい方が紅ほっぺで小さい方は交配によって作られた新品種だそうで現在生育について、各種のデータを収集中のようです。味は両方とも超特級でほのかに残る酸味も魅力的だった

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感動しました。

2015-03-13 | 気ままなる日々の記録

今日(3月13日)の朝日新聞が大きく取り上げているビッグ・ヒストリーの記事に感動しました。

 ①話題の中心人物は何と世界の長者番付1位のビル・ゲイツ氏。一生どんなに贅沢しても使い切れないほどのお金をお持ちの彼は今、自由時間に寛いで、世界の有名大学の有名教授の講義を録画で観るのが趣味だそうです。やはり、偉い人は違いますねえゴルフなんかして遊ぶことが趣味じゃない。経済界の人は良く勉強しているという私がいつも言う独断と偏見が正しいことが証明されました。そのビル・ゲイツ氏の眼に止まったのがオーストラリアの大学の先生のビッグ・ヒストリーと命名されたある講義。

宇宙の誕生から地球の誕生、そして生命の誕生と進化の過程を見てから人類の誕生。聖書の歴史観を紹介して今後を考える。この教授曰く、歴史を国ごとに分けたり西洋と東洋に分けたりする意味はまったくない。細かい年号も大した意味がない。138億年に及ぶ地球の歴史とその中での生命の歴史そして進化論的人類の歴史を学ぶことこそ大切である、そこで学んだことを生かして今後の人類を考える習慣を会得すべきだから。

こうした流れの中で環境問題や平和の問題を考えてこそ歴史の意味がある、と。これに感動したビル・ゲイツ氏がこの教授に逢ってこの授業の普及と国際化に協力を申し込まれて12億円を寄付され、教授も喜んでオンライン化やDVD化に着手、世界中の高校で授業に使えるようになるとか、世の中どんどん進化している。この一連の動きに感動しました。

チョット気になることは、地球の歴史を学ぶには、太陽における核融合反応や、太陽系誕生の物理的原理が理解できないといけないし、生物の進化を学ぶためにはダーウィンの進化論を生物学的に押さえておかないと学問的に生きた知識にならないのではないか、ということである。とすれば、このビックヒストリーは理科系大学の一般教養の一つの科目となってしまう。国民的教養としての科目にしようとするなら物理と生物のカリキュラムの大幅な改正が必要となることである。

 蛇足:地球誕生から現在まで138億年。この数字を覚えるのに一宮の人は有利である。イチミヤだから。

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駄作ながら、川柳を作りました。

2015-03-12 | 気ままなる日々の記録

◎老人は厚顔無恥ゆえ好かぬ!と老人が云い。

◎婆さんは、とぼけてズルする、すごい技。

◎元総理何年たっても元総理。

◎元総理、祖国の顔に泥を塗り。《ヤフーのニュースで見てください)

いやはや、オソマツでした。川柳が出来ましたらお気軽にコメントを使ってご投稿ください。

 

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脳外科の診察を受けに総合病院へ出かけました。

2015-03-10 | 気ままなる日々の記録

10時に部屋を出て、診察予約は10時30分。車いすが乗れるマイクロバスに乗せて頂き総合病院の受付へ。

 先ず驚いたことは、その受付が患者で溢れていたことだ。全部高齢者。インフルエンザの流行で子どもが多かったというのと訳が違う。耳鼻科も眼科もスーパーの特売場のような混雑だった。

 高齢者はどの科にもあふれていました。高齢者がいないのは小児科と産婦人科ぐらいのものです。わが身も、間違いなくゾーとするような高齢者集団の一員でありながら、あろうことか、「こりゃ何ともならん」と呟いていました。どうしてこんな事態になっているのだろう。もう20年も前にこの事態は予想されていた。

  短く言えば「少子高齢化現象の一つの側面にすぎない。厚生労働省の政策ミスである。あと10年後はモットひどいことになると思われます。今65歳前後の人は気の毒である。年金財政も破綻の可能性があるとか。厚生労働省だけの責任にしては気の毒だ。

  代議士と呼ばれている人々がもっと真剣に将来の我が国について考え、そのために必要な政策を考えてもらわないと先へ進まない

 現状は一向にそうした議論がなされていないようである。将来の我が国の姿を真剣に考えるよりも現在のばらまきに夢中になって、1千兆に及ぶ赤字国債を創ってしまった現実があります。

 代議士に注文を付ける前に我々有権者が目覚め考えないと本当の意味での責任追及にならない。

とは言え、老人の集団をみて老人の自分がゾーッとし、その責任は有権者にあると有権者である自分が涼しい顔をして言っていても恥ずかしいことです。シツレイシマシタ。

  

上の写真は、我が家の枝垂れ紅梅

 

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新しい装具が出来てきました。

2015-03-06 | 気ままなる日々の記録

  

この装具の特徴は、①軽いこと、②取り付け、取り外しが簡単なこと、③装具を付けたままベッドに入っていいこと、

④靴を履かなくてこのまま、歩いていいこと、などです。あえて欠点を挙げれば、頑丈でないこと、ひねりに弱いことぐらいでしょうか。

今夜から着装して休みます。

《追記》翌朝追記しています。新装具、快適でした。トイレに起きたときも、スムースに便座に座ることができ、便座で居眠りしそうでした。以前の装具の場合、装着が大変で、すっかり目が覚め便座で居眠りなんか考えられませんでしたが、むっくり起きてそのまま車椅子に移り実にスムースに便座に座ったためまだ半醒半眠の状態でした。ここで寝ぼけて便座から転がり落ちて怪我をしていては笑いもの種になってしまいますので、気合を入れて背筋を伸ばしていました。アリガタイことでした。

 

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「身の上に心配あるから参上」は球の体積を求める公式だそうです。

2015-03-06 | 気ままなる日々の記録

3月6日読売新聞の『編集手帳』に見出しの記事が「遠い昔に教えてもらった」という形で紹介されていました。

 オソマツ君はこの記事を書いた人は名門高校のご出身だなと、推定しました。

  公式を語呂合わせで覚えるという覚え方の傑作は殆ど旧制中学校で作られました。傑作を伝承したのは何と旧制中学の先生方で新制高校になっても、授業中に教えておられた。4πを「心配」とよむところあたりは、相当なものです。rの三乗を「あるの(で)参上」と読むのも然り。「3分の4πrの3乗」が球の体積を求める公式です。この公式を証明しようとすると、ちょっと大変です。区分求積法から定積分へ入ってそれを計算して導きます。高校三年の理系コースでこれを扱うときは気合を入れて、黒板に何を書き、どこを色チョークにするかも考えて授業を始め見事球の体積の公式が導かれた時には生徒も、感嘆の声をあげます。注意すべきは、定積分の定義がきちんとおさえられているかです。歌舞伎でいうと見えを切るところに相当します。良くわかると教えた方も気分がよく、教えてもらった方も感動します。球の体積は思っただけでもチョットむずかしそうですものね。球の表面積も定積分で求められます。こちらの方がチョット難しいです。置換積分の公式が要るからです。オソマツ君は昔を思い出してボールペンを動かし両方きちんと公式が証明でき、悦に入っています。オメデタイことです。下の写真はコーヒーラウンジにある折り紙細工です。これも力作だと思います。凄い人があちこちにお見えになるなあと感嘆しきりです。

  

 

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今日は3月3日で「お雛様」の日でした。

2015-03-03 | 気ままなる日々の記録

 

5月5日と並んで、「女の子を祝う日」「男の子を祝う日」と云う国民的行事が行われている文化圏は日本のほかにあるでしょうか。キリスト教文化圏ではどうでしょう?オソマツ君はこんな素晴らしい伝統はユネスコの世界文化遺産に登録申請してもいいほどの価値のある我が国の誇りだと思ています。

 起源は平安貴族でしょうか。マスコミがこうした日本文化について歴史やその変遷について一向に紹介しないことに腹を立てています。バレンタインデーとかわけのわからない日についてワイワイいうのに、自国の伝統文化について高く評価しそれを次の世代にバトンタッチしようという気持ちに欠けているように思われ、残念です。

  写真は此処の受付に飾られた手作りの紙のひな人形です。多分此処の女子職員と入居者のお婆ちゃんたちの作品でしょう。器用な人たちがいらっしゃるものだと驚きました。

 

 

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徳間書店刊の「日本戦後史論」を読みました。

2015-03-03 | 気ままなる日々の記録

 筆者は内田樹氏と白井聡氏の共著です。「日本戦後史論」という題名に惹かれてアマゾンで買いました。両氏の日本の現状認識は「主権在民の独立国家とは言えない」というもので、平たく言えば、飼い主がアメリカで日本は飼い主に忠実な愛犬ポチに過ぎないというもの。そこで、どうしてこんな無様な国になってしまったか。両氏の主張は先の戦争で「完璧に負けすぎたからだ」というのだ。負けたときは、次回は勝つぞ!という心意気が残っていないとその国や民族は去勢されたようになる。次は勝つぞと云う心意気があってこそ、あの時のあの作戦がダメだったとか、あの時の情勢分析が甘かったなど、負けた原因分析ができる。日本の場合完璧に負けたので負けた原因を分析する気力もなく、むやみに親米、へと走った。というのだ。彼らは博識で敗戦国で半永久的に戦勝国に基地を提供した国は歴史上ない、とさえ言っている。私は、この負けすぎたから開戦への反省が無かったという論法に賛成しかねます。日本文化は、どんな場面でも緻密に分析したり反省したりすることは嫌いです。人間関係に気まずいものが生まれるからです。日本人が好きなことは「都合の悪いことは「一切水に流す」ことです。水に流した後また皆で力を合わせて頑張る!という生き方です。こうした日本人特有の行動様式は、多分、日本が自然災害の展示場かと思われるほど各所の自然災害に見舞われるという状況にあることから生まれたもので、大地震が起こり津波に襲われた時、いろいろ反省していても始まらないからです。火山が爆発し、集中豪雨で大洪水が起き山崩れや土石流が発生した場合昔の人は「起きたことは仕方がない。水に流して皆で力を合わせて頑張ろう!」と考えたと思われます。これを書いている今、地震がありました。震度は4。「自然災害展示場日本!」恐ろしいことです。

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