かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

伏見稲荷大社参詣

2011-01-22 | 気ままなる日々の記録

伏見稲荷大社は、最近、一度参拝したいものだと思うようなっていた。何かのきっかけで奈良時代前期の本を読んで、渡来人が多く集まった氏族が秦(はた)を名乗り、その氏神が伏見稲荷であることを知った。彼等は土木技術に優れ、飛鳥から奈良にかけての石細工を始め多くの灌漑工事を担ったという。さらに、伏見区の北方、比叡山山系の西側一帯に住んでいた一族が加茂氏で、彼等は平安遷都の折には平安京の警護と鎮守を任されたという。その加茂氏の氏神が加茂神社で、伏見稲荷と加茂神社では社風が大いに異なるとも書かれていたからだ。

今回、農協の共済部の研修旅行が伏見稲荷大社への初詣と聞いて喜んで参加した。 

 

 

 

 

全国で3万社に及ぶ「お稲荷さん」の総本山で、朱と金で飾られた山門・舞台・本殿は正に壮麗で確かに他を圧するものがある。平安初期、天皇家と公家一族の熊野詣が盛んに行われるようになったころ、旅の安全を祈る祭祀が最初に行われたのがここ伏見稲荷であったという。また地方に派遣された国司が、任地で伏見稲荷の勧請を行い、任地の繁栄と豊作を祈ったのが全国的な稲荷信仰の礎になったという。

 

 

 

興味深いのは社有地の変遷だ。江戸期、稲荷山を含む約26万坪にも及んだ境内が、明治4年の寺社改革によって2万坪に縮小されてしまい、残りはお上に取り上げられてしまった。しかし神社側と多くの信者が「信仰の場としての稲荷山」の保全のために返還運動を行い、明治35年に9万5000坪を取り戻し、さらに驚くなかれ昭和37年に残りの14万坪を取り戻した。つまり、明治4年の縮小を、以後100年かけて運動と陳情を繰り返し、ついに全域を取り戻している。 

 

 

 

京都下加茂神社と伏見稲荷大社では確かに雰囲気が異なる。一方が幽玄にして静寂ならば他方は荘厳にして躍惹としている。この日も大勢の参拝客で賑わっていた。お祓いを受ける人の行列も出来ていたし合格祈願の絵馬も沢山奉納されていた。個人的には下加茂神社の雰囲気の方が好きな気もしたが、伏見さんもこれはこれで良い。日本文化は「参拝好き文化」だと言える。奉賛金奉納者も全国に及んでいる。蛇足ながら、三大稲荷の一つの豊川稲荷は、鳥居もあり神社と思われているが、実はお寺で中に居るのはお坊さんだと聞いた。一方伏見稲荷さんは完全な神社で、絵馬を売っている人の衣装も巫女さんと同じであった。ここにも日本の神仏の難しさがある。これもまた良い。

 

 
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白銀の世界に魅せられて

2011-01-17 | 気ままなる日々の記録

孫の誕生祝いに出かける予定の日(1月14日)、農事組合の会議が入り、少し慌てる。熱海に前泊のホテルを予約していたからだ。でも、幸い会議は早く終わり、妻をピックアップしてJRの駅へ。車を駐車場で一泊させる作戦が成功して18:30にチェックイン。翌日、昨年の夏沖縄で会って以来の孫との対面。成長の早さに驚く。

16日は激寒の一日で粉雪が舞う。そして今朝、気象情報通りの近年稀に見る大雪。実は私、雪は大好きで、雪に覆われた庭を見ていると何故かワクワクする。若いころはスキーに凝り、早春の山歩きでは、白銀の山嶺に魅了されていた。銀世界を見ていると、心の奥がキュンと洗われる気がする。

               

               

上の写真は玄関から門を見たもの、下の写真は2階から庭を見たもの。下の写真の手前は紅梅で剪定が終わっていてまたしても自画自賛。門の横の松も剪定は終わっているが、少し不満が残っている。とは言え剪定が済んでいない木々も雪化粧をすると美しい。お気に入りの2枚、プラムと柿の木の写真を掲載します。

               

               

窓越しに雪を見ながらの読書も至福。清水書院の本山幸彦著「本居宣長」が、まだ30%ほど読み残しがあるのに、移り気な私は今平凡社新書『サンデルの政治哲学』小林正弥著にハマっています。「政治哲学」は日本で育たなかった分野であるとともに、リーマン・ショック以来、世界で活発に議論されて分野であり、サンデル氏は一方の旗頭だとのこと、是非丁寧に読み終えたい。

 

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焦らず諦めず

2011-01-08 | 気ままなる日々の記録

庭の手入れの秘訣は「焦らず諦めず」。今日ようやく2本目の松の選定が終わりました。面倒な松はあと一本。でも、これが一番足場が悪く難航しそう。松が終わるとプラム4本に移ります。プラムは剪定終了後、「ふくろ実病」予防のため「石灰硫黄酸溶剤」(?)を幹にたっぷりかける作業があります。溶剤散布が終わったところで「寒肥」として鶏糞を1本につき1.5袋散布します。この作業は「大寒中に済ませること」と聞いていますので、まあ今月中に終えなければなりません。ここでまた呪文「焦らず諦めず」。写真は右が剪定前、左が剪定後です。 

          

スズメバチの巣のその後。実は5年ほど前、庭の別の場所でスズメバチの巣を「収穫」、これを母屋の玄関の軒先に吊るしていました。今回の収穫物も同じ場所に収めようと考え、先回と同じように透明ラッカーをたっぷりかけて、並べて吊るしました。写真の巣は先端にある方が新しいものです。

                     

スズメバチの巣を二つもここに吊るすことに家内は必ずしも賛成していませんが、「野趣豊かなインテリアとして最高だと思うよ」とやや強引に吊るしてしまいました。これからは来客に必ず見せて自慢しようと思っています。

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年の瀬と新年

2011-01-03 | 気ままなる日々の記録

『気ままなる日々の記録』ということで、暮れから今日までの毎日を報告します。

12月31日午前9時、氏神様(白山社)へ集まり、降雪の中、新年に備え拝殿の清掃と幕張り。11時終了。同日夜10時、再度白山社へ。『年越し篝火奉納』の準備。幸い雪もやみ風もおさまり初もうで客多数。参拝客にふるまわれたお汁粉のお餅が底をつくほど。元日午前1時30分に消火作業に入り、帰宅は午前2時。

元日、午前9時白山社へ集合。祭礼の準備。10時、両区の区長・会計も参列して祭礼。終わって後片付け。午後、年賀状整理。夕方帰省する息子を迎えに駅へ。今年は息子のみの帰省。彼は、2日の「中学校の同窓会」に出席のため一泊のみの帰省。15日ごろ爺と婆が孫たちに会いに上京の予定。娘は8日前後に帰省とのこと。元日の夜は息子と酒を酌み交わし3時間に及ぶ夕食。2日、息子を同窓会会場のホテルまで送る。

3日、快晴。意を決して松の剪定。以下の写真は、右が剪定前、左が剪定後。

                

松の選定は、以前、庭師に一日弟子入りして基本を学び、以後我流で腕を磨いている。以下に作業中の写真を掲げます。

           

ラジオで関東大学箱根駅伝を聞きながらの作業でした。松の選定は準備と後片付けが大変。できたら一本の松は一日で終わりたい。今日は予定通り午後3時に後片付けに入った。終われば例のごとく「自画自賛」。

             

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