かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

「同音異字」

2017-02-28 | 気ままなる日々の記録

  何処で読んだか、、誰のエッセイだったか、どうしても思い出せないが、忘れられないエピソードがある。それは「思い込んだら命がけ」をずーと「重いコンダラ命がけ」と思い込み、何かコンダラという器具があって筋肉強化のため、命がけでその器具を動かしているのだと思っていたのだそうだ。

  今流に云えば、リハビリのために辛い筋トレをさせられる羽目になったという意味だと思い込んでいたというエッセイだった。

   こうした、同音異語は日本語の基礎発音単位が少ないために起こるのだそうだ。。日本語の場合基礎音はアィウエオノ50音と若干の拗音と濁音があるのみであるが、英語の場合発音記号を思いだせばわかる通り、基礎音が沢山あり、日本人には聞き分けも、発音も難しい。中国語の場合は同じ「あ」でも「-」や「最後を下げる」発音や「最期を挙げる発音」などがあり、基本発音が一挙に増える。

 よく京都では「雨が5種類も6種類もありそれを使い分けないと京都弁がはなせることにならない」と云われるが。其れとも違う。日本人が外国語学習に弱いのはこんなところに原因があるのかも知れない。(T)

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イエスを十字架に掛けたのは誰か?

2017-02-26 | 気ままなる日々の記録

   晩年のイエスは、一切れのパンを突然何百ものパンにして大勢の飢えた人々を救ったり、感染力が強く当時の人々に恐れられていた天然痘と云う病気の人の中に入って看病もした。だが自分は感染しなかったり、随分神のような奇跡をおこなっていたので、そんな人を十字架に架ける王様もいないだろうに、とおもわれる。

 岩波新書の「キリスト教入門」に少しそのことに触れた部分があって、やっと合点した。最初に①イエスはユダヤ教徒であり、ヨハネによって、ユダヤ教徒としての洗礼を受けている。さらに、大工であったイエスは安息日に宣教活動をしながら村々を歩き、公会堂で人々に布教活動を始められたようである。ところがイエスは必ずしもユダヤ教を布教したのではなく、もっと広い視野で許し愛することの大切さを教えられたようである。

 そこで、イエスを憎んだのは当のユダヤ教の宣教師たちであったようだ。こうした対立状況の中でイエスは処刑される。つまりイエスを十字架に架けたのはユダヤ教の宣教師たちということになる。

 何しろ2000年も前のことで、イエスは文字を持たないユダヤ古語を話していて、弟子たちもそうであったので、記録に乏しく、残された記録も音写か意写かもわからない状態のようである。

 だから、諸説あって学問的研究よりも、今日的利害関係に普く(あまねく)拡大してしまって収集がつかず、更なる研究が待たれる状態のようである。宗教的な研究ではなく、歴史的一人の人間としてイエスを研究する立場を「ナザレのイエス研究」と云うのだそうだ。(T)

    ←前庭のチュウリップ

  それにしても、ユダヤ人には頭が下がる。沢山の民族が入り乱れるヨーロッパにあって、何処の民族とも融合してしまうこともなく、自分たちの宗教と民族を守り、よく勉強し、今世紀最大と云われる科学者や経済学者を生み出し、今彼らはアメリカで民族の花を咲かせている。

   アインシュタイン《相対性原理)ダーウイン《進化論》マルクス《経済学者)などみなユダヤ人と聞いている。選民思想と云うか、自分たちの民族は神によって選ばれた民族であり、神を裏切ると恐ろしい仕打ちが待っている、としんじているようだ。

  一方我が国は、アマテラス大御神から天皇につながる相当古い神話(古事記)を持つ国として其れを大切にしてよいと思うのだが、ヨーロッパの失業者や、小規模農民が移り住んだアメリカの真似をして民族の誇りを投げ捨てた御粗末な国になってしまった。世のオピニオンリーダー達よ、アメリカ崇拝はもうやめてくれ!第二次世界大戦に突入した間違いを民族の誇りに向けた自虐的平和論はもう沢山だ。(瘋癲老人、憂国論)(T)

            3分咲きの白梅

 

 

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「鬼饅頭」

2017-02-25 | 気ままなる日々の記録

  ここでは時々「お茶会」のときに、「鬼饅頭」がでることがある。名前は懐かしい気がするが、味は格段の差がある。現代風にアレンジがしてあるのだ。

   実は子供の頃サツマイモの入った鬼饅頭もおかゆも、そんなに好きではなかった。その当時食糧が乏しい時代に好き嫌いなど言える贅沢さはなかった。黙って食べるよりしかたがなかった。そんなイメージがあるので「お茶会」が鬼饅頭の時は殆ど欠席していた。

 ところが。主人から子供時代の鬼饅頭の話を聞いた。皮つきの大きい薩摩芋が入っていてお釜で湯を沸かしせいろの上に饅頭を並べる。お釜から湯気が出てくるころ、とても良い匂いがただよったという。出来上がっても熱くてすぐに食べられないので家の周りを一周してから食べたそうだ。だから、主人の懐かしいイメージは、味にあるのだと気付き以来ずーっと出席している。

 子供の頃の鬼饅頭は大きかった。皮つきサツマイモがゴロゴロ入っていた。味も素朴であった。和菓子屋さんが造る現代の鬼饅頭は大きさも半分ぐらい。サツマイモに皮など付いていなくて見るからに上品。もっちりしていて、どちらかというと、和菓子に近い。味も主食の代用品の気がしない。十分にお菓子として対抗できる。そのせいかとても人気があるらしい。他にもサツマイモを使った和菓子やチーズやコーヒーまで入れた和菓子がでる。

  つくづく食生活は豊かになったと思う。そのうえ昨日は、新作のお菓子が出た。その名も”つくしの”。白い皮の上に土筆の絵がふたつ。其れだけで十分春の感じがでており、美味しくいただいた。(E)

      ”つくし野”

 

 

 

 

 

 

 

 

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「昭和史のかたち」保坂正康[岩波新書)780円を読みました。

2017-02-23 | 気ままなる日々の記録

  昭和と云う時代は昭和元年12月25日から昭和64年1月7日までの62年と2週間ということになる。ところで、この62年と2週間が一つの顔で一つの政治体制で一つの価値観で動いてきた訳ではない。そこで、三つの時代に開けて考えてみることにする。すなわち、

昭和前期 : 昭和元年~昭和20年9月2日(注:8月15日ではなく、国際法的には無条件降伏文書に調印した日)

昭和中期 : 前期はアメリカを中心とする連合国の占領を受けた時期でありいわば国家主権を失っていた時期である。この期間は昭和27年4月28日まで続く。6年8か月である。

昭和後期 : 独立を回復した昭和27年4月28日から昭和64年1月7日までを、昭和後期と名付けていいだろう。この期間日本は新憲法のもと、戦後民主主義の名のもと経済大国を目指し、それを成し遂げたとみていいだろう。

  ここで、それぞれの時期を代表する総理大臣をあげるとすると、昭和前期の代表は、東條英機ということになり、中期を代表する総理は吉田茂であろう。問題は後期の代表である。

この期間吉田茂から竹下登まで13人の総理が誕生していて、代表を決めるのは難しいが筆者は田中角栄を選んでいる。

  最後に東條英機氏、吉田茂氏、田中角栄氏に共通するものは何か?

この問題は少し難しいが、以外にも、3人とも「獄に繋がれたことがある点である。東條さんは、GHQによって、吉田さんは、東條のころ、反戦運動疑惑によって、田中さんは、ロっキード社のワイロによって、です。詳しくは上記新書をご覧ください。(T)

      

              寒空に蝋梅が。

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春一番

2017-02-22 | 気ままなる日々の記録

  2月20日春一番が吹いた。東海地方にである。

  私は昼ごろ振り込みのため外出した。そのとき、強い風など一向にふいておらず、どうしてかと不思議に思っていたらその日の夕方6時52分の気象情報の時に説明があった。気温と風力が関係しているらしい。ある地点の気温と風力が一定以上になると、いうそうだ。今年は静岡県内で二つの条件が当てはまったとか。それで、納得できた。東海地方のうち遠い地方で風が吹いたがこちらは吹かなかったと云う訳。

   気温の方は高い方がいいが日光浴の時風が吹いていると”いぶきおろし”といって、主人がとても嫌がる。当地方ではよくつかわれる言葉で真冬の肌に突き刺さるようなつめたいかぜをいう。私たちが住んでいる地方は伊吹山の東の方角に当たり丁度風の通り道にあたる。それで冬の時期は雪の伊吹山を越えた風が当地方に吹くことになるのだ。春一番が吹いたからと云って安心はできない。伊吹山にはまだまだ雪がたっぷりあるから。

 春一番は立春から春分の日までに吹く強い風のことを言い吹かないときもあるらしい。また春一番が吹いた次の日は寒い日が多いと”日めくり72候”に書いてあった。と云うことは今日は寒いということになる。中庭の「蓮池」に出られるか少々気がかりである。

 冬の季語「春どなり」と春の季語「春一番」はとても良い言葉だと思う。響きがいいし柔らかさも漂っている。そして、昔の人々が如何に春を待ちわびていたか、ひしひしと伝わる言葉でもある。

 2月19日の気象情報の番組では24節気の「雨水」についての説明もあった。降っていた雪がいつの間にか雨に替わり、積もった雪や氷が、本格的に解け始める頃だそうだ。

 この日予報士の人が近くの公園を散歩して、春を探したとか。

タンポポ、ハコベ、~エンドウの草花が写真に撮られ画面から少し早い春を頂いた感じがした。(E)

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ヒット曲も造られたもののようである。

2017-02-20 | 気ままなる日々の記録

  ユーチュブでいろいろのヒット曲を聴き、誕生物語を読んでいて分かったのだがほとんどのヒット曲は各レコード会社のプロジューサーと呼ばれる人が企画し作詞家に依頼する。それを作曲家に届け曲を付けて貰い、歌い手も手配し、放送局に売り込む。それからレコード会社にキャンぺーンをやらせ、雑誌社に特集を組ませ、ついにレコードの売り上げを伸ばす。芸能界のホットニュースにきかくして、各都市でコンサートを開かせ、ブームを作り上げる。レコード会社のプロジューサーは、どんな曲調の物にするかまで考え、作詞家と作曲家まで決める。その曲の人気が上がれば、レコードが良く売れるので、そのプロジューサーの功績になる。オソマツ君は、レコードが良く売れてヒット曲になると思っていたが、そんなのんきな業界ではない。

 プロジューサーは、流行の動向を良く分析し、庶民の精神状態まで読み込んで、作詞を依頼し、作曲家を決め、歌手まで、決めていて、周到に準備して、レコードを売りだす。小説や芸術作品と違う点だ。歌手もプロジューサーの眼に止まらないと、ヒット曲に恵まれない。   作曲家は、歌手の得意な音域を良く計算して作曲する。実際はプロジューサーが曲調まで考え作曲家に作曲を依頼するようだし、作曲家は作詞家を選ぶ。相性のいい作詞家の詩は読んでいると曲が自然に浮かんでくるのだそうだ。そしてその時すでに誰に歌わせたいかも決めているのだそうだ。庶民はそうは思っていない。歌手の歌い方が上手いからヒットしたと思っている、良く売れたから人気が出たと思っている。しかし、実は真逆ですべては計算され全てを演出している手配師がいる。確かに資本主義社会だ。美空ひばりも、水前寺清子も全部プロジューサーの手の内で人気歌手に育てられたもののようだ。

 各レコード会社は数名の天才的なプロジューサーの活躍によって高配当を実現しているが、彼らが大衆の前に顔を出すことは無い。天才歌手の美空ひばりでさえプロジューサーあってのひばりであった。ヒット曲を生み出したプロジューサーの収入は各レコード会社とも社長に次ぐ高額だ。(T)

 

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2017-02-20 | 気ままなる日々の記録
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ハンカチの紛失。

2017-02-20 | 気ままなる日々の記録

  主人が大事にしているハンカチがある。それは普通市販されているタオル地のハンカチよりやや小ぶりで使いやすくポケットにも入れやすい。秋物のシャツを買ったときゴールデンべヤーのサービス品として、貰った品である。だから、何処を探してもこのサイズでこの柄が付いたハンカチは手に入らない。大切にしながら毎日のように使っていた。

 ところが、本日私が用事で外出した時間に濡らして使ったらしい。日曜日で、1日暇なので、何かすることは無いかと、考えたようである。洗面所で湯を出しハンカチを使って、顔を温め髭を剃った。終った後片手で絞りながら乾かしたのだ。私が帰って来た時にはまだ半乾きだった。それからしばらくして、良く乾いていないのが、ポケットに入っていた。私が良く乾かさないと匂いが付くと云い再び乾かした。

  数時間後そのハンカチが姿を消した。ポケットや引き出しの中を調べたがない。トイレも調べた。ポケットから落ちていないか心配になったからだ。その時間新聞を読みに出かけたので新聞コーナーにも探しに行った。

 今までも何回も紛失したが何時も出てきた。今回ばかりは、手の打ちようがなかった。本人はしょげているし私も気になって仕方がなく、落ち着かなかった。狭い部屋とは言え探すところがない。

 疲れて横になろうとしたとき想像もしないところから出てきた。アンカにまいてあるタオルの中にあったのである。本人曰く、湿り気があったので、アンカで乾燥させようとしたのだと。こんな風に老夫婦の勘違いと物忘れが交互にやってきて毎日が過ぎてゆく。(E)

         

               お気に入りのハンカチ

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昭和歌曲に嵌っています。

2017-02-19 | 気ままなる日々の記録
 
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このブログを始めたころ、師匠に教えて頂いて作った画像。「もう少し井戸の底の水の部分(蛙の下の白いところ)を多くするように」とご指導いただいたのにごちゃごちゃになって修正できないまま......
 

  このブログを始めたころ 苦労して作った井の中の蛙君のロゴが久しぶりに出てきてくれ喜んでいます。この井戸の写真は母屋の東南の角にあった我が家の井戸です.蛙君のお尻の下にある白い点はこの井戸の水です。ここをもう少し大きくして水と分かるよう修正した記憶がありますが。残っているのはこれだけで、小さい説明文を読むと師匠に教えて貰ったと書いています。今ではもう何もできません。全部忘れてしまいました。これで、小生の頭の質がわかります。

 所で、本題の昭和歌謡ですが、「北上夜曲」「桜貝の歌」「アザミの歌」「勿忘草をあなたへ」『さよならはダンスのあとで」などです。この頃の歌謡はしみじみと日本人の情緒に迫るものがあって心だふるえます。それに引き替え最近の歌は、アメリカ歌謡の影響か、すぐに若い女性が足を挙げて踊るようなうたばかりで、情緒がありません。我が国も早く成長してアメリカのドタバタ文化を笑うようなくにになってほしいものです。トランプさん騒動をどう見るかです。(T)

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久しぶりにスズメの大群と遭遇、スズメさんこんにちは!

2017-02-19 | 気ままなる日々の記録

  今日は日曜日、「館内散歩と称してお決まりのコースを巡った。3階の出窓から「ヒコ生えの稲」も枯れていたが、その根元には雑草が新芽を出していた。そこへ、スズメの大群が舞い降り新緑の草の葉をついばんでいる。

 「そうか!」と独り言。晩秋のこのブログで、スズメは越冬中の食糧をどうしているだろうと書いたが、スズメたちはなにも食べずに貯めこんだ自分の皮下脂肪だけで冬を乗り切り、今日のような春の日差しの日に若草の葉を食べに出てきたのだ、と推測した。若草の葉は美味しいだろうが稲の穂ほどカロリーがない。しかし、これから木の葉を狙って虫も出てくるから、それを食べれば十分体力は得られると思ったのだ。

 大自然の仕組みは精巧だ。そんなことに感動しながら部屋へ戻った。

 そういえば最近「地球温暖化」の警告をあまり聞かなくなった。人間は、特に、マスコミは忘れっぽい。化石燃料の使用は制限すべきだが、原子力発電をはじめ核分裂利用はまだまだ賛成できない。今らら30年ほど前は核融合反応によって無害なエネルギーが取り出せるとかいう話をよく聞いたものだが、どうやら、それほど簡単ではないようだ。どうやら、人間もスズメたちのようにもっと自然に融合して生きるべきで、別に冬海水浴をしなくて、よい。ということらしい。(T)

     

           2がつの夕焼  東の空

 

 

 

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親切な叔母さんに困惑。

2017-02-18 | 気ままなる日々の記録

 今日は土曜日、10時チョット過ぎにお風呂だからエレベーターで1階に向かっていた。

3階くらいで小母さんが乗り込んできた。

 このオバサンお喋りで、何階へ行くか用は何か、と聞いてくるのでお風呂のため1階へ行くと答えていた。このオバサンは2階で降りた。そのとき、1階へ行くにはどのボタンをどんな順に押すかを説明してくれ、更に「間違えて4や5を押すとまた元へ戻ってしまいますよ」とおっしゃる。

 此処でようやく僕は気が付いた。 だらしない、格好で車いすに乗っている僕を、 痴呆の進んだ徘徊ボケ老人とみているのだなあ、と。

 親切なお人であることは、間違いない。それにしては、僕は大いに傷ついた。

 数学の問題を解いてやってもよいと思ったが、このオバサンは数学の問題が分からないだろうし、 それを解くということも分からないだろうから 余計ぼけ老人とおもうだけだろうなあ、と思い苦笑していた。

 この苦笑が、このオバサンには、「統合失調症」におもえるだろうなあと気が付き苦笑を止めた。

 しかし、考えて観れば、正常と痴呆を分けるものは何かと思うと意外とこれが難しい。

 我が国は「集団痴呆になりやすい国民性があると思われるので、

 このあたりを良く考えておく必要があると思われる。(T)

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病み顔《やみがお》美人が流行だとか・・・・。

2017-02-18 | 気ままなる日々の記録

  病み顔《やみがお》美人が流行だとか・・・。メイクのことである。

 「リンゴのような頬」は健康そうで今では人気がないというのである。

 オソマツ君が若い頃には結核と云う病気が若い人の間で大流行していて、本当に青い顔をして歩いているなよなよした若い娘さんが沢山お見えになったものだ。

 彼女たちが若い男に人気があったとは聞いたことがない・それより、小学校で、ツベルクリン反応が陰性だとBCG注射をやられていた。これが、肺結核の予防注射だった。

BCG注射は太い針の痛い注射だった。BCGは長い間化膿したように痛みお風呂も大変だった。その跡は今も左腕に残っている。

 「病み顔美人の流行」だなんて、オソマツ君世代には信じられない現象で、人間と云う生き物は信じられないほど奇妙な方向へも走り出す生き物らしい。昔中国で「纏足」が流行したことがあったというが、「病み顔美人」は「纏足」に負けるとも劣らない愚考であるとおもわれる。

《蛇足)「纏足」は中国の王朝期、貴族階級の間で流行した風習で、3~4歳の女の子の足の裏の骨をわざと折って小さな木靴を履かせ大人になるまで木靴を脱がせない。そうすると足の裏が小さい女性になって歩く時、御付の女官の肩に捕まって、なよなよ歩くことになる。それが色気があり上品だというこになり、こうした女性は、王宮へ勤めることになりやすいというのだ。かくして、3歳ぐらいの女の子は親の手によって足の緒らの骨を砕かれたという。

(T)

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2がつ14日について。

2017-02-16 | 気ままなる日々の記録

   2がつ14日というと、バレンタインデーとか言って女性から好きな人にチョコレートを渡す日だとか、オソマツ君はこの日に全く興味を感じない、オソマツ君流に考えると、女性は好きな人に何時何を渡してもよいわけで、改めて年に一度渡す日を決める必要は全くない。

 その一方で、2月14日は「煮干の日」だそうで、「煮干の日」は応援したい気分である。2.14で1をボーとよむと煮干の日となる。これは、九州の煮干製造業者が、最近、化学調味料に押されて煮干が全く売れないので、「煮干の日」を作った。一般家庭に煮干を普及させたいという意図でいろいろなキャンペーンをこの日に行うことにしたのだそうだ。

  旧商店街の縄暖簾的な食事所では今でも大将が「うちの味付けは○○の煮干」といって煮干味をまもっておられるのだそうだが、そのほかの皿もの食堂では「味の素」とか「味一番」とかをサラサラふりかけ、あとは砂糖と醤油で味を調えるお店ばかりに、なったのだそうである。残念なことだ。

 オソマツ君が育ったころは、母親に頼まれて活を節(かつをぶし)をよく削ったものだ。だから、母の味付けは活を節(かつをぶし)と砂糖と醤油だったと思う。これはまあ煮干と同じで反化学調味料と云えると思う。煮干派頑張れと声援を送りながら、この文章を閉じる(T)。

 

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マルクスかサルトルか?

2017-02-15 | 気ままなる日々の記録

 

   国際情勢は分からないことが多くて、着いていけません。解説者と云う人も本当に分かっていて解説しておられるのかしらと疑問に思えるようです。オソマツ君が気にしていることはただ一つ。我が国がアメリカと戦った時、国民はどう思ていたのか、本気に勝てると思ったのか、あるいは、有利な時点で休戦にしようとおもっていたのか?ということです。12月8日に真珠湾を攻撃したときの軍および政府の考えはどうであり、国民はどうみていたのかということです。(T)

             

                春先の雪

               

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「桃の節句」に向けて。

2017-02-12 | 気ままなる日々の記録

     1昨日の午後のことである1階和室前に数人のスタッフが集まり大きな箱が積み上げられていた。何事かと思ったが、見に行くと邪魔になるので、二階の吹き抜けからウオーキングをしながら眺めていた。夕方近くになって、立派な七段の雛段とひな人形が出現していた。

 昭和47年頃の購入の品で当時50万はしたと云う話もきこえてきた。どなたかが、寄贈されたものだろうか。重厚で品のある見るからに立派なお雛様である。

 我が家にもお雛様がありほぼ同年代のものであるが、見るからに違いが判る。10年ほど前だろうか、この時期に娘が帰省し30年ぶりに蔵から出して飾った。久しぶりに見るお雛様であったが、少しも傷んでいないのが取柄でホッとしたのを覚えている。それ以来、また蔵の中にしまい込んだままである。

 [飾る時期は立春のあくる日から2月中旬までが一般的]とネットに説明があったが、主人の母は飾る時期よりかたずける時期をとても気にしていたのを毎年この時期になると思いだす。

 「春どなり」から「ひな人形」へと一気に春の真っただ中に、はいってしまった気がしていたが、昨日の朝は何と雪景色を見ることに。カーテンを開けた瞬間は驚いたが、真冬に降る雪とは違って、何だかぬくもりを感じるのは私の勝手な思い込みだろうか。

 このまま春へと移行するかと思いきや、冬に逆戻り。そんな日もあり何だか振り回されているような、忙しい気がする時期である。(E)

      

 

     

              ひな人形と御所車

 

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