かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

nhkのオリンピック報道にいぎあり。

2018-02-17 | 気ままなる日々の記録

 現在韓国で開催されているフィギャースケートで羽生選手がよく頑張っていてくださるが、

その選手を応援するために、コーチか監督のように上から目線でNHKが解説するのは止めて貰いたい。

取材に出かけ、コーチか監督が云ったことをそのままつたえているのかもしれないが、

すぐにメダルの色や個数ばかりを気にした発言は止めてもらいたい。

 国民はそんなことは、あまり気にしていない。

古代オリンピックを復活させたクーベルタン男爵も「参加することに、意義がある」といわれたというではないか。

 国民はそんなことよりも、我が国の代表に決まってからの選手の皆さん方のご苦労にはどんなものがあったか?、ということであり。

 まああまり大きな声では言えないが、折角韓国へお出かけいただいたのだから、本場の韓国料理の美味しい定食でも食べてきてください。

と云った気持ちだと思う。いろいろな気苦労にも本当に「ご苦労様」と云いたいと思っているのが日本人だと思います。

日本文化の根底には「惻隠の情」があるわけで、NHKが外国の放送局の真似をしていては国民の支持は得られないと思うがどうだろう。

     

                                                           冬の農作業

 

 

 

 

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「蛙の呟きにコメントを頂きありがとう。ございます。

2018-02-16 | 気ままなる日々の記録

   「日本人論」といいますか、「日本文化論」といいますか。確かに日本人の思考には特色があるとおもいます。

奈良時代の聖徳大使が「和をもって貴しとなす」と云われ仏教を敬えといわれたとか。記録も怪しい時代のこととてどこまで信じていいか疑問ですが。日本人は西洋人のようにいろいろ意見を出し合って何が最善かをさがすということが苦手です。発言者の地位や財力によって判断しようとします。

  これでは民主主義は育ちません。そのことを忘れて小学校の生徒にまで多数決をさせたあのころの日本は世界の笑いものだったにちがいありません。

  田舎の諺に「隣百姓」という言葉があります。隣の田圃や畑と同じものを植え同じように耕作しておれば、豊作に恵まれる。という意味です。つまり日本人は個性をあまり認めようとしません。そして、西欧に比べてはるかに老人を敬います。

  こうした思考法と生活態度は農民に向いています。狩猟採集の民族には適していません。他人が狩りをした後に同じ狩りをしていても獲物はとれません。こちらの文化が西欧で独創や個性を尊重します。資本主義社会はあちらかに西欧で発達した社会制度で、「隣百姓」ではだめです。しかし今更あわてて、西欧のまねをするのは止めて。我が国は我が国なりにボツボツ歩むという方針でどうでしょう。(T)

 

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NHKのオリンピック報道について思うこと。

2018-02-11 | 気ままなる日々の記録

  僕らが、中学校で習ったのは「オリンピックは、参加することに意義がある」と云うクーベルタン男爵の言葉だった。

 それなのに、NHKのオリンピック報道はメダルの数ばかりをニュースにしている。NHKのデレクターは何を考えているのだろう。

 僕が興味があり是非報道して欲しいと思うことは、日本代表になられた各種競技の選手の人々の練習や毎日の過ごし方です。日本のように自家用車がはったつして、日常で長距離を走ることがすくないくにと、電話もそれほど普及してなくて、急ぎの連絡は走っていくしかない国とでは長距離マラソンはどちらが有利か試合をする前から分かっている。陸上競技勝ち負けはその選手の素質と練習量に罹っていることは殆ど分かっていますから。

 NHKレベルの報道ならば、各国の代表になった選手がそれ以後どんな練習をし生活スタイルをどのように改善されたかが興味深いのだが、NHKのデレクターはそうゆうことは考えていないようだ。僕が思うには、日本人の多くは金メダルの個数のことなんか、其れほど考えていなくて、まあ多ければうれしいのだが、そのために選手が辛い思いをするくらいなら金でなくて銅でいいし、メダルなんかなくてもいいと思っているとおもいます。

 この点がロシアと違うところだと思います。クーベルタン男爵も同じことを言っていると思います。オリンピックの日本代表になった人は、ならなかった場合と明らかに違う人生を送られたとおもいます。運動に関して才能のある人が、幸せな人生を送られるのがわがくにである。と云う国になってほしいと思っていますから。NHKさんもそうした、哲学を持った番組作っていただきたい。

   

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「墓じまい」

2018-02-03 | 気ままなる日々の記録

  もうだいぶ前のことになるが、お茶会で一緒になった人から「墓じまい」という言葉を聞いた。想像はできるが、詳しくは分からないので、問い返すと「お墓をなくすこと」という。居合わせたもう一人の人もそうしたとおっしゃる。墓石は、ショウを抜いて、石やさんに引き取ってもらい。遺骨は「永代供養のお金を払って」お寺に収めたという。二人とも子供たちに迷惑を掛けたくないという理由からだそうだ。

 これを聞いて、目からうろこが落ちた思いがした。前々から我が家は、一人一人に石碑を立てる習慣があり、大小合わせて総数20基以上あり娘も息子も遠くに住んでいるので、迷惑を掛けると思ってはいたが無くしてしまおうという大胆な考えは私の中になかった。

 それで、主人と私は「墓じまい」と真逆のことをしてしまった。

 2年前の豪雨の後、近所の人から電話をもらった。お墓は土が柔らかい。そのうえ雨水の通り道になったらしく、土台がむき出しになった。そのままにしておくと倒れてしまう危険性があるという。

 じっくりかんがえることもせず、兎に角安全にと思い慌てて改修の依頼をした。その時一基だけ「先祖代々」と云う大きめの石碑を建てこれ以上は数を増やさないようにと考えた。数百万もかかる工事なので娘と息子に要望があったら、申し出るようにと連絡した。二人とも「墓じまい」については言及しなかった。

 先日テレビで、「墓じまい」についての番組があり、かなり一般的になっているのを知り、ショックを受けた次第である。(E)

 

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