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かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

MRI検査を受けてきました。

2017-09-11 | 気ままなる日々の記録

  MRI検査とはどんな検査なのか説明を受けていませんので知りません。《後程ネットで調べます)細いベッドに縛り付けられ特に頭の部分は型に嵌められ隙間をタオルで埋められ、洞窟の様な所へ押し込まれます。間もなくガラガラ・ゴウゴウ言って何か機械音が頭に響く。その上、時々大きな音になって僕を驚かす。日本の医療水準は世界一と聞いていたが。どうやら僕が罹った医院はその時のデータに入っていなかったようだ。20分位その機会の中に入れられていただろうか、終わったときには本当にホットした。

 要するにこの機械は患者のことを全く考慮に入れずに設計され買う方も検査を受ける人のことを考えずに買ったらしい。

 多分偉い人が賞賛し、学会ではそれを使った研究報告がなされているのだろう。消費者としての患者は無視されていることがよく分かった。健康保険が導入されたとき、厚生労働省と日本医師会が協議してどういう基準で補助金を受け取るかの基準を作った。そこへ、患者代表がはいっていなかったことが、致命的な欠陥となった。患者への気配りの無い医療制度をつくりあげてしまった。

 典型的な例は日米の比較をすればすぐわかる。僕の友人がアメリカの開業医で診察を受けた時、予約の時間きっかりに診察室のドアーがあいて、患者の名前を呼び、診察室へ入るとその横に応接セットがおいてあって、其処へ座ることを勧められそこへ座ると紅茶とケーキが出てきたと云います。そうして、旅行は楽しいか、アメリカで困ったいることは無いかときいてくれ、優しい英語で日本人用の発音ではなしてくれたといいます。

  ここでは医療も確実にサービス業で患者さんの立場に立ってあらゆる説明をし使われる器具も患者さんを驚かすようなことは無い。それに引き替え、日本の医療は偉い人が哀れな患者に救いの手を差し伸べている感謝して受け取れという立場で患者の個人的な人生に医者が土足で踏み込んでくる。困ったものだ。

 僕は今、週3回リハビリを受けている。或る時僕は理学療法士に僕のリハビリは順調ですか?と聞いたら「どういうことか分からない」という。そして、今まで行ったリハビリの記録はのこっているが、何かの能力が向上したという記録は取ってないという。驚いた。もっと有効なリハビリがあるかもしれないという、不安が彼女たちには全くないのだ。なぜか、それは、偉い先生が決めたリハビリ基準を守って自分はおこなっているからだという。(T)


絆創膏騒動

2017-09-09 | 気ままなる日々の記録

  主人はよく皮膚病に罹る。今回は足の裏にいくつもの水疱ができた。薬を塗り四つ折りガーゼを2枚重ねてテープで留める。これくらいは、私でもできるので、手伝える。数日して止めるテープがなくなった。近くのコンビニへ出かけた。今はバンドエイドばかり。止める絆創膏というものがない。見舞いに来る娘に頼んだ。持ってきたのは何とバンドエイド。わたしは「これを今は絆創膏というの?」と聞くと「絆創膏は総称でバンドエイドは商品名でしょ。」という。応急手当としてガーゼの上から包帯を巻きガムテープで留めた。何とセロテープまで切らしていたのだ。

 次の日、病院内に入っているコンビニへの購入サービスがあった。早速頼もうとしたら、ガーゼはあるが絆創膏はないということだった。仕方がないので大きな薬局へ出かけるしかないか、と思った。

 事務室から自分の部屋への帰り道何だか変だと気が付いた。ガーゼが売られているのに止めるテープが無いとはどういうこと?10歩も歩かないうちまた事務室へ取って帰った。「ガーゼを止めるものが欲しいのだけれど何というのでしょう。」と尋ねるとスタッフの一人が分からないという。隣のスタッフも分からない。親切なスタッフはとうとうコンビニへ電話して詳しく説明し出した。何と正式な名前は「紙バン」というのだそうだ。この紙バン忘れそうなので今回3個も注文した。

 分からない言葉が増え、使い慣れない言葉が口から出ない。

 留守電に小4の孫娘から。電話が入っていたので早速かけたら、フリースクールとかなんとか云った。聴くと自然の中の施設に宿泊して、自然や社会の勉強をするのだそうだ。

 最後に「さようなら」と云ったら「bye-bye]と返ってきた。(E)

    

                                                      前庭にて  マリーゴールド。

 


9月8日は千代女の命日だそうです。

2017-09-08 | 気ままなる日々の記録

  千代女と云えば「朝顔に釣瓶とられて貰水」と云う句を詠んだ加賀の女性歌人。ものの本によると、十代ですでに俳諧の世界で頭角を現した才女ですが、意外と本人に関する伝記が伝えられていなくて、結婚していたかどうかも不明のようである。ただ、50代で剃髪して尼僧になり、法名を素円《そえん》と号したという記録はあるようである。

 「何着ても美しゅうなる月見かな」《素円》

優しい言葉で、或る情景をクッキリと映し出す、俳句の良さを十分に発揮した句といえよう。

   

                    9月の月

                                       


今日は期せづして、充実した1日であった。

2017-09-05 | 気ままなる日々の記録

  ここ住宅型有料老人ホームの先生の診察があり、

 「最近はどうだね」とおっしゃるので、

 「理学療法士と呼ばれるリハビリの担当者がこんな半身不随の老人にあれやこれや面白くもないことをやれやれというので困っております」と云ったら、

 「最近世界レベルで脳外科の研究が進んでいて我が国では京都大学の医学部の先生がいい研究をしておられてね、確かに壊れた脳細胞は少しも修復されないけれども、脳には、何もしていない元気な細胞が一杯あって、訓練していると壊れた細胞の周辺からその遊んでいる細胞への回線が繋がって、今まで遊んでいた細胞が壊れた細胞の代役をするということがわかってきたからね。リハビリも本人がやる気になって努力すれば、かなりの回復が期待できることがわかってきたからね。」とのことであった。

 昼食を済ませて、家内と蓮池と呼んでいる池へ散歩に出たら、丁度1歳と2か月という可愛い女の子がお母さんと遊びに来ていてヨチヨチ歩きをしながらドスンドスンと尻餅を着きながら歩く練習をしていた。2~3ポあるくと笑いすぐまた尻餅をつく。僕は可愛い女の子を見ながら頭が下がった。

 この子はまちがいなく自主トレをしている。これをしながら、脳の中の神経回路の合理化を進め、何も考えずに歩けるようになろうとしている、と思った。昔の諺にあるように

 「背負った子供に教えられ!」の構図である。

 明日のリハビリで真面目にやると理学療法士が「Tさん、どうしたのですか?明日は雨どころか嵐になるといけないから、休み休みやってくださいよ」と云うに違いない。と思うだけで楽しくなってきた。

シツレイシマシタ(T)

  

                 さんぽみちで  萩の花


9月3日は「東京」が生まれたひだそうです。

2017-09-04 | 気ままなる日々の記録

    白井明大著「日めくり72候」によると、9月3日が東京が生まれたひだそうです。

慶応4年7月17日(1868年9月3日)「江戸を称して東京となす詔書」が発せられたと云います。

当時は[とうけい]とも読んだと云います。こういうエピソードを知っていると、江戸時代が随分身近に感じられます。

 明治維新と昭和20年8月15日の敗戦によって日本の歴史は寸断され、 日本の伝統文化も寸断され、浮遊を始  めました。

 最近のテレビをみていると、下品で下品で落ち着いて見ておられない。 嘗て、評論家の大宅荘一しが、民間放送がテレビ界に進出してくることを認めようとしたとき、 一億総白知化が進むと心配していましたが正にその通りで、普通の人が恥ずかしくて人前で云えないようなことをお笑いタレントと称する奇妙な人たちが堂々と口にし笑いを獲っています。

 スポンサーは視聴率に時間を掛けた数をを元に算出した金額をテレビ局に支払うと聞いています。

 これでは、上品を保持しようというベクトルは何処にもなく、すぐに若い女性が白いパンティーストキングで足を挙げて 踊るステージばかりを放送し、時間を稼いでいます。

 今や留まる場所を見失った感じさえします。こんなテレビが各家庭に溢れることが文化国家であり、豊かな社会であるはずもありません。もう、テレビは見ないというのが、唯一の愛国的中年の勤めなのでしょうか。

 つまらない映像のスポンサーになっている会社の製品は買わないという国民運動を興したいものであります。(T)

   

                        散歩道で  昔を思い出すこうせきうり   


メイン州からEーメイルが。

2017-09-03 | 気ままなる日々の記録

  カナダと国境を接するアメリカ北部のメイン州の島からEーメイルが届いた。30年来の友人へ、誕生日祝いのEーメイルを送りその次の日お礼のメールが届いたのだ。

 数年前まではニューヨークの自宅へ手書きのカードを送っていたのだが、81歳になる友人がやっとアドレスを持ったのでEーメイルが使えるようになった。

 その友人夫妻は8月に入ると直ぐ1か月間クリニックを休みにして、避暑にでかける。大抵はメイン州ポートランドからフェりーで30分のクリフ島でコテージを借り夏休みをそこで過ごす。時々はソウコ―という町の実家に寄っていることもある。

 下旬の誕生日の頃は何処にいるか分からないので、留守と知りつつニューヨークの自宅へカードを送っていた。そのため避暑から帰って間の抜けたころカードを見、間の抜けたころカードの返事が届く、と云う具合であった。それが、Eメールになってからは、世界中どこにいても、Eーメイルアドレスのとこへ瞬時に届く。本当に便利になった。

 Eメールによると、誕生日の朝は霧が出て霧を見ながらポーチで朝食を摂った。緯度が高いのでもうバッタが出たり林檎が色づいたり、紅葉も進んでいるということだ。こちらはまだ、

「秋来ると目にはさやかに見えねども、風の音にぞ驚かれぬる。」

と云ったところ。それでも、夕食後の散歩のときには、冷房してある室内より涼しい。確実に秋は足元まできている。(E)

    

                                              散歩道で  おみなえし

                                          


昭和歌謡大全集を聴いています。

2017-08-30 | 気ままなる日々の記録

  科学技術の進歩は、恐ろしいほどです。インターネットから「昭和歌謡大全集に入って「再生」をクリックすると、懐かしい昭和の歌謡曲が流れてきます。

 少しも古臭くありません。

 昭和11年生まれですから昭和初年の歌は知らないはずですが、母がよく口ずさんでいましたから、意外に良く知っています、

 母がいましたら声をあげて喜ぶだろうに、と思いながら聞いています。

 真空管のことも、ラジオまでは分かると思うのですが、テレビになり、ICやインターネットになると、もうだめです。全50巻にも及ぶ録音が図書館のように並んでいて、ユーザーの指示に従って検索しそれを再生することによって近江敏郎さんの「湯の町エレジー」がきけるのでしょうか。

 そのうちに昭和の熱海へ旅することができる時代が来るのでしょうか?恐ろしいことです。(T)

 


びっくりしたこと。

2017-08-29 | 気ままなる日々の記録

  数週間ほど前のことである。1階の新聞エリアで、一人の老婦人に出会った。この方は、90歳過ぎと思われるが、オシャレな洋服を着ていつも館内を散歩されている。年の割に歩く速度は速いし、足元もしっかりしている。ただ変わっているのは一人で話していることがあるくらいだ。

  毎日の行動故目立つ存在だし近寄らないで遠くから、眺めていることが多かった。だがその日は思わず声をかけてしまった。シルバー・カアーの上に洗濯かごを乗せその中に真っ白な猫を入れている。

「可愛いですね。」

「可愛いでしょ。褒めてくださっているのだから、ご挨拶しなさい。」

ごあいさつしなさい。って犬でもあるまいし、とおもっていると、暫く間をおいて、「ニャアー」となき目をパチパチさせる。

おまけに、耳までピクピクさせている。ネコでも人間の言葉がわかるのだと感心していると、

「これは動物ではありません。」とおっしゃる。

「え?どういうこと?」おもちゃなの?本当に?」とつい聞いてしまった。

どう見ても本物に見える。ネコの真っ白い毛の色があまりにもきれいすぎるか、と後から思った。きっと高い玩具、いや、ロボットに違いない、と思う。皆が珍しがって話しかけていた。

 でも、次の日からその高価そうなロボットを見かけることはなかった。その人の部屋で時間が来るとなきその後目をパチパチさせているのかなあ。(E)

 


いよいよ夏も終わりもの悲しさ漂う秋へ向かう

2017-08-28 | 気ままなる日々の記録

  手元の文春文庫白井明大著,旬を楽しむ「日めくり72候」によると、今日8月28日は「天地始めて粛(さむ)し」だそうで9月1日までようやく暑さが収まり始める季節で、陰陽五行によると夏の気が落ち着いて万物があらたまる時期とされます。

  見上げると急に空が高くなり、うろこ雲や鰯雲が浮かんでいたりします。ここに、右脳視床下部内出血により左半身不随の男にも天は平等に美しい空を与えてくださる。アリガタイことです。

 今朝も窓に差し込む朝日に魅せられて池のある庭に出てみようと車椅子を漕いで出掛けたがガラス戸が施錠されていて出られずスゴスゴと引き帰ってきました。そう無粋なのは、いつも人間社会の方。夜は用心のため施錠が必要だし、朝早く開錠するには、当直の人に手当てを出さねばならないのだろう。何の見返りも要求せず、素晴らしい恵みを与えてくれる大自然に比して人間社会は何と卑しいことだろう。

 これこそ「蛙の呟き」です。シツレイシマシタ。(T)


「一億総白知」が実現か。

2017-08-26 | 気ままなる日々の記録

    昭和20年代前半はよくデモ行進というやつがあった。

 丁度学生であったのでよく参加した。

 ジグザグ・デモというのがあった。普通に歩くのではなく少し小走りのようにしてジグザグに歩いて進むのである。

 これは普通のデモより10倍は疲れて終わった頃にはその場に腰を下ろしたいほどだ。

 デモが解散になって、友人とヨロヨロ歩き当時流行っていた「トリス・バー」へ転がり込み、ビールを飲んだ時の美味しさは、忘れられない。

 ちょうどそのころだったと思う。経団連のなんとか部会が提案を出し、よく分かっていない大衆が労働組合の命令で反対デモを行い新しい提案をできなくしてしまう。

 こんなことは、民主主義でも多数決でもなんでもない。こんなことをしていては、日本は世界の最貧国になってしまう。労働者が夢中になる何かを盛んにし、

 暇な人はそちらへ行ってもらうようにしよう、ということで、地域別にプロ野球の球団をつくり、ナイターを始めた。

 狙いは的中、応援しているチームの試合があるときにはデモへの参加者は激減し、 労働組合もデモを計画しなくなった。結果は今日見る通り。世界一野球付きな国民が出来上がり各球団は高配当を誇っている。

  テレビもどのチャンネルも野球ばかりの日が多いこと。

 この背景には、共産党をはじめとする労働組合の指導層の無策もあった。

 我が国は近現代史に関する研究が遅れていていろいろな教訓を次の世代に伝えることに失敗していると思う。

 例の第二次世界戦争にしても、原爆の被爆国でありながら、 どこで、どう間違えて真珠湾攻撃に進んだのか高校の日本史でキチンと教えていない。

 此処でも論争にあけくれして本当に大切な視点を見失い、放置され、次の世代への教訓が伝えられていない。   (加籐陽子(東大教授)著{それでも日本人は戦争を選んだ。参照 

 (t) 

  

                                                           夕立と夕焼け

   


マンゴウあれこれ

2017-08-20 | 気ままなる日々の記録

 始めてマンゴウと云う果物に出会ったのは、かれこれ30年も前になるだろうか。数人の友達と出かけた、招福楼と云う和食の店だった。そして、私にとって、うなぎの甘露煮とともに忘れえぬ味となった。今ではスーパーに行けば、一年中手に入るが当時はあまり見かけなかった。

 初めての味に魅せられた私は其れから数年後よく買うようになり何度も失敗した。見かけ上は変わりないのに冬場に買うとやはり甘味が少なくとてもまずいのである。

 最近になって、主人の知人がシンガポールから、タイへ転勤になり、マンゴウを送って下さった。常夏の国とはいえ、やはりシーズンがあるらしい。味に格段の差がある。それに、産地により味が異なる。いろいろなマンゴウを味わう機会を得た。今年の春先にいただいたのはビックリするくらい甘かった。果物と云うよりお菓子のような甘さだった。現地の人々がそういう甘さを好むのだろうか。

 マンゴウでいつも気になるのは食べ方である。説明書によると種の両側を切ってそれに切り込みを入れて食べるようになったいる。そうすると、種についている果肉があり、惜しくて仕方がない。それで、全部皮を剥いてからそぎ切り切りにしてみた。そうすると、果肉の柔らかいマンゴウが、くしゃくしゃになってしまって見た目にとても不味そうにみえる。全部皮を剥いたあとスプーンで一口づつすくってたべるというのは、どうであろうか?

 まだためしてみたことはないが・・・・・。(E)

  

                                                           沖縄からのマンゴー

 

 


今日は[8月19日)は俳句の日とか。

2017-08-19 | 気ままなる日々の記録

  今日8月19日は俳句の日とか何とか俳句を書いてこのブログにしようかと、午前中句作に励んだが、ついに、一句もできず、自分の専攻が数学だったことを恨んだ。

  僕の専門は「ヒルベルト空間論」である。正直に告白すると、このヒルベルト空間論もよく分かっていない。4年の時ゼミナールということで、1年かけて英文の「ヒルベルト空間論」を読みました。指導教官は世界確率学会の機関誌編集委員をしておられた飛田先生だ。数学者で確立を専門に研究しておられる学者は大勢おみえになる。その中でよく論文をお書きになる人や、最新の理論を勉強しようと思っておられる学者が、高い年会費を払って学会に入られ、会員になると自分の研究成果を発表する機会が与えられる。これが機関紙への投稿である。世界各国の会員から投稿される原稿をよく読み、将来性のある研究かどうかなどその論文の価値を評価し機関誌に載せるかどうかを判断する人が編集委員である。或る時先生はロシア語の応募論文を審査することになったと云ってロシア語の勉強を始められて僕は腰を抜かした。

 書いてある内容が難しくて、その上使われている言葉が文字さえ見たこともないロシア語であったら、思っただけで頭が痛く気が狂いそうだ。「それは、大変ですねえ」とぼくら学生が云ったら、先生はいとも簡単に「これが経済学や社会学だったら大変ですが、数学は世界共通の記号を使い、難しいところは数式で証明してしまうから、ロシア語の文法だけ勉強すれば、まず間違えることは無いよ」と云っておられた。

「ヒルベルト空間論」というのは、アインシュタインが特殊相対性理論を発表した後、一般相対性理論に拡張されたとき、猛勉強されたと云われている理論で、ヒルベルトが研究対象にした集合の要素は関数であった。端的に云えば微分方程式の解が考えている集合のなかにあるか、ということのようである。ちょっと、藪の中にはいってしまったので、此処で打ち切ります。シツレイシマシタ。(T)

  

                    8月の宵

 

 

 

 


今日[8月19日)は俳句(819)の日である。

2017-08-19 | 気ままなる日々の記録

 

  何時頃から[俳句の日]ができたか寡聞にして知らない。

 言葉の変化は忍び寄る寒気のように忍び足で入ってきて気が付くと全国を覆っている。

  そういえば、台風と云う言葉も僕が子供の頃は使われていなかった。大風(おおかぜ)といっていた。此処で思い出すのが、今のようにテレビも新聞の無かった頃。大風が来るという予測は村の古老によってなされていた。

  大風が来るということになると、各家庭のお爺さんやお父さんは急に忙しくなる。

  屋根の頂《いただき;棟》の両端の東側か南側に草刈鎌(かま)を立てなければならなかった。

 理由は風の神様が体を鎌で切られないように、除けてお通りになるからである。

 そして、そうした準備をしていて、突風にやられて、転げ落ちないようにと云う注意をテレビで云ったりはしない。

 当たり前の注意だからである。もし、当時、テレビでそんなことを云ったら「子ども扱いするな!」と云って大人はテレビを消したことだろう。

 最近のテレビは大人に向かって、親切顔をして、幼児に云うような注意をする。当たり前の注意は云われなくてもするというのが大人になったということである。

 更に最近の新聞用語で困るのは、TPPのようにアルファベッドを並べた見出しである。分かっている人には便利かもしれないが高齢者泣かせである、

 僕の友人なんか怒って新聞購読を止めたといっていた。日本の新聞は、我が国の義務教育で教えている表記で書くべきである。

 ニューヨークタイムズと同じ「見出し」を縦書きで用いて何処が嬉しいのだろう。(T)


今日は歯医者さんの日でした。

2017-08-18 | 気ままなる日々の記録

 

 

  老人ホームには「訪問診療」と云う制度があって、予約をしておくと、歯科医も眼科医にも診てもらうことができる。救急車で江南厚生病院に運ばれそこで戴いた病名が「右脳視床下部内出血による左半身不随」というものであった。江南厚生病院に1ッか月ほどお世話になって病状も固定して、転院を勧められた。

  これからは、治療と云うよりリハビリが主な治療にになるので、リハビリが充実している病院へ転院した方がいいでしょうということであった。介護保険が整備されたころであった。たしかに、ここには大勢の「理学療法士」と云う人たちがいて僕の場合月・水・金の週3日間

1回40分の社会復帰のための機能訓練があった。この訓練が痛くて辛いだけで面白くない。


春は霞、秋は霧。

2017-08-17 | 気ままなる日々の記録

  立秋をすぎて、秋けぶる空模様が時折りみられるようになってきます。

 72候の季節は「蒙霧升降」す。深い霧が立ち込めるころという意味で、およそ8月17日から22日までのこと。8月16日は五山の送り火[白井明大著「旬を楽しむひめくり七十ニ候[文春文庫」参照。

 多分室町時代だと思うのですが、四方を山に囲まれた京都盆地特有の季節感を丸ごと楽しんだ日本文化に敬意を表したい。

 「右脳視床下部内出血による左半身不随」の当方も、トイレへは自分で行けるし車椅子ならこの施設の何処へも行けるわが身を丸ごと受け入れ、

 風流を受け入れる心の余裕をもって毎日を送ろうと思う(T)

     

                                                                    夏の宵