私はどうしても訪れたかった店の前に着いた。「総本家 喜多品老舗」は元和五(1619)年の創業で今年で390周年を迎えた。徳川家康からの感謝状の写しを某料理雑誌で見たのが1995年7月だから、実現までに14年もかかったことになる。
幸いにも十八代目・北村篤士さんの話を伺うことができた。「高価になった鮒寿司を若い人達にいかに食べてもらうかが今後の大きな課題です。私どもの店でも新しい試みを始めました。これまでは捨てていた(鮒を包む)ご飯を商品化したのがこれです。鮒寿司入門として考えました」
新商品の「鮒鮨うまみ和ごはん(きざみふなずし入り)」を手に取り、面白いと思った。80gで630円と価格も手頃だったので買い求めた。鮒寿司は小サイズで5250円~、大サイズは15750円~と庶民には高嶺の花だが、我が国の「発酵食品の原点」を多くの人に食べてもらいたいものである。奥行きのある複雑な旨みに関して私はこれ以上のものを知らぬ。
以前「駒方どぜう」の六代目主人が「古いものを守るためには新しいものをやらなきゃ駄目。そうしなければお客さんは満足してくれない」と語っていたが、老舗の「喜多品」でも同様の挑戦をしており、伝統を守り伝えることの難しさについて考えされられたのである。

鴨川のほど近くに「志呂志(しろしの)神社」は鎮座している。「鴨稲荷山古墳」からは数十mの距離だ。地元の人が定期的に掃除を行っているようで境内はきれいだった。
祭神は瓊々杵尊(ににぎのみこと)、鴨祖神、玉依姫命(たまよりひめのみこと)の三柱。瓊々杵尊は天照大神の孫で神武天皇の曽祖父にあたり農業の神として知られる。玉依姫命は海神(わたつのかみ)の娘で水の神である。鴨川の氾濫を恐れる農民が五穀豊穣を願ってこれらの神々を手厚く祭ってきたことがわかる。

神社を出ると鶏の大きな鳴き声が聞こえた。神社の少し西方に「かしわ肉」を扱う店があった。鶏は己の運命を儚んでいるのだろうかと思うとちょっと可哀想になった。鶏肉好きの男は「人間とはまことに身勝手な動物だ。普段は何も考えずにパクついているのに」と呟いて苦笑した。
