汗びっしょりになってシャワーを浴びたいところだが、約束の時間は18時である。ホテルの前に立っていた翡翠さんに声をかけた。
「お疲れさまです」
「おぅ。南彦根に行くぞ。あと6分で電車が出る。急ごう」
猛ダッシュで彦根駅まで走り、間にあった。南彦根駅前はこじんまりとした町だった。私達は小洒落た居酒屋に入った。先付けに湯葉スティックが出た。冷たい生ビールが喉にじわーっと染みた。

最初に注文したのが鯖へしこ、鯛わた塩辛、丸干し。左党が喜ぶアテばかりだ。へしこは確かに塩分が強いが、複雑な旨みが舌を駆け巡り、独特の発酵臭が鼻を抜けるのがいい。
「丸干し。シンプルなアテほどうまいなー」
「ほんまにそう思います。酒が進む」
近況報告から昔の思い出、更に食文化論へと話は展開した。かぶらの炊いたん(魚そうめんの餡かけ)は胃袋をやんわりと溶かすようだった。

「かぶらを美味しいとしみじみ感じる年になったよ」
「餡をかけるから冷めにくいんですよね。寒い日にこういうものを食べると落ち着きます」
「結局行き着くところは日本料理なんやわ」
「それが日本人の血ってヤツでしょう(笑)」
「そやな(笑)お前、鮒ずしは大丈夫なん?」
「ええ。臭いもんには抵抗力がありまして…土産に買いました」

〆に水菜がたっぷり盛られた鶏塩鍋をつっついた。酒と鍋で体がポカポカになり、外に出てもあまり寒さを感じなかった。相当酔っていたのだろう。楽しい宴が終わりホテルに帰り着いたのは23時ちょっと前だった。
これまで私が訪れた城下町で特に気に入っているのが金沢、松江、松本、松山だった。ここに彦根が加わることになった。近い将来、また彦根の土を踏むことになるだろう。翡翠さんに会えて本当に良かった。
