
毎年8月になると日本人なら誰しもが心の傷が疼く。
今年も喧しい蝉時雨の中、原爆の犠牲になった無辜の人々を悼む式典が執り行われた。
戦争を知らない世代のわたくしにも、計り知れない熱線と爆風にさらされた痛みと苦しみは容易に察する事ができる。
世界で唯一核兵器の犠牲者であるわたくしたちは、自分たちの子に孫に世界の名も知らぬ人々にこの恐ろしさを伝えてゆかねばならない。それが生きてこの世にあるわたくしたちの責務であろうし、きのこ雲の下で地獄を味わった同胞への鎮魂になるのではないだろうか。
「黒い雨」はあまりにも有名な井伏鱒二の原作。
それを、日本人の生と性を重く土着性たっぷりに描いてきた今村昌平が映画化した。
正攻法に折り目正しく品格ある美しい映画だ。モノクロームで映画化したことがより一層美しさを際立たせている。
主人公の夏服に黒い雨が落ちて滲むシーンは凄惨な爆心地のセットシーンより、余程恐怖心を煽る演出となっている。
被爆後、静かに蝕まれてゆく日常が痛ましい。一人減りまた一人と、葬儀の列は里山の田舎道を進んでゆく。
原作には無い、最後主人公と心を通わせる戦場後遺症を抱えた男が彫る石彫刻が、物言えぬまま亡くなっていった被爆者の様であり、無聊を慰める仏様のようでもあり心に沁みた。
主人公を演じキャンディーズ解散後偉才をはなったスーちゃんも今やこの世にない。
ずんずん時は過ぎ、あの地獄から70年。
この映画を観ることで、わたくしは悲しい事実を忘れないよう心に繋ぎとめる。