一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『メタモルフォーゼの縁側』 ……芦田愛菜と宮本信子の演技が楽しい秀作……

2022年07月21日 | 映画


※ネタバレしています。

本作『メタモルフォーゼの縁側』を見たいと思った理由は三つ。
①芦田愛菜の主演作であるから。
②脚本が岡田惠和であるから。
③監督が狩山俊輔であるから。


芦田愛菜は、
3歳で芸能界入りし、
2010年、TVドラマ「Mother」に出演し、実母からネグレクトを受ける少女を熱演。
NHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』や、
人気ドラマ『マルモのおきて』などにも出演し、
一躍、天才子役として名を馳せた。
その後も、女優としてだけではなく、
タレント、歌手、声優、ナレーターなど、マルチに活躍するかたわら、勉学にも励み、
東京都内の難関私立中学校に複数合格し、芸能活動に理解のある慶應義塾中等部に入学。
以降、学校生活や学業を生活の軸にしながら、(医学部を目指しているという噂もある)
無理のないペースで芸能活動を行っている。
映画『きさらぎ駅』のレビューで本田望結を論じたときにも述べたが、
私は、「この道ひとすじ」人間よりも、「なんでもできる」人間の方が好きで、
(日本は、「この道ひとすじ」人間を尊重し、「なんでもできる」人間を「器用貧乏」などと言って蔑む傾向にある)
「なんでもできる」ことが、いかに難しいかを知っているし、
そういう人を応援したいと思っている。
芦田愛菜も、今はまだ高校生であり、学業に力を入れていることもあって、
女優としての活躍は少ないし、映画出演も少ない。
子役時代の作品を除けば、ここ数年の主演作は『星の子』(2020年)くらいしかない。(コチラを参照)
故に、スクリーンで彼女を見ることのできる機会は逃したくないし、
絶対に「見たい」と思った。


岡田惠和が脚本を書いた映画は面白くて、
ここ数年だけでも、
『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017年)
『雪の華』 (2019年)
『いちごの唄』(2019年)
『おとなの事情 スマホをのぞいたら』(2020年)
『余命10年』(2022年)
のレビューを書いている。
安定感と、絶対的な信頼感があるし、
〈岡田惠和の脚本ならば間違いはない!〉
と思った。


狩山俊輔の映画監督としての作品は、
『映画 妖怪人間ベム』(2012年)
『青くて痛くて脆い』(2020年)
の2作しかないのだが、
その2作を私は縁あって鑑賞し、それが期待以上の作品で、
2作共にレビューも書いている。
狩山俊輔監督の新作なら見たいと思った。


原作は、鶴谷香央理の漫画「メタモルフォーゼの縁側」。




主演は、芦田愛菜。
共演者として、私の好きな宮本信子や古川琴音の他、
高橋恭平、汐谷友希、伊東妙子(T字路s)、生田智子、光石研などが顔を揃えている。
今年(2022年)の6月17日に公開された作品であるが、
佐賀では約1ヶ月遅れの7月15日からシアターシエマで公開された。
で、私の公休日である7月19日に鑑賞したのだった。



人付き合いが苦手な17歳の女子高生・佐山うらら(芦田愛菜)は、
毎晩、こっそり、ボーイズラブ(BL)漫画を読むのが何よりの楽しみだった。


一方、夫を亡くし一人で暮らす75歳の女性・市野井雪(宮本信子)は、
うららがアルバイトする書店でBL漫画を手に取り、
未知の世界に驚きつつも男子たちの恋物語に魅了される。


あるとき、BLコーナーで出会った二人は、BLの話題で意気投合する。


それ以降、
二人は雪の家の縁側で一緒に漫画を読んでは意見を交わすようになり、


年齢や立場を超えた友情を育んでいく……




予想したこと、期待したことが、次々と裏切られる映画であった。
たとえば、

BL漫画好きなうららは、雪に勧められたこともあって、
コミケ(コミックマーケット)で自分の漫画を売ろうとするのだが、
その漫画で才能開花して自分の将来に希望を抱く……と思いきや、
うららの描く漫画はものすごく下手で、苦笑(失笑?)ものであった。(コラコラ)


印刷した漫画を、うららと雪はコミケ(コミックマーケット)で売ろうとする。
そのコミケでの2人の様子を楽しみにしていたら、
雪の方にトラブルが発生し、一人で販売するのが恐くなったうららは逃避し、
結局、コミケで販売するシーンはない。


うららには尊敬する漫画家・コメダ優(古川琴音)がいるのだが、
雪の方のトラブル時に、雪はコメダ優と遭遇し、うららの漫画を一冊売るのだが、
その縁でコメダ優のサイン会のときにうららにも何か縁ができるかと思いきや、
何もなくて肩すかしを食わされる。


うららには(ちょっと気になっている風な)河村紡(高橋恭平)という幼馴染がいるのだが、
河村紡には橋本英莉(汐谷友希)という彼女がいて、
こういう場合、幼馴染の彼女は大抵性格が良くないものだが、
これが向上心のあるすごく良い女の子であった。(笑)
橋本英莉の留学が決まり、河村紡と橋本英莉は結局別れるが、
その後、うららと河村紡の仲が進展することもなかった。


雪は75歳という設定で、躰の痛みで起き上がれない日もあったりするので、
この物語は雪の死で終わるのかと思いきや、
雪は亡くなることもなく、
娘の花江(生田智子)の住む海外へあっさり移住してしまう。


このように、
〈こんな風になるのかな……〉
〈こんな風になればいいな……〉
と思ったことは、ことごとく裏切られ、見る者は肩すかしを食らわされる。
なので、カタルシスは得られず、
ある意味、何事も起こらない映画であった。
うららと雪が、雪の家の縁側で一緒に過ごす時間と、それぞれの個人の私生活の日常を、
淡々と描いた118分の作品であった。
こう書くと、いかにも面白くなさそうなのだが、
これが殊の外面白く、最後まで(退屈せずに)見ることができたのだ。
考えてみるに、あの数々の“肩すかし”は、
この映画のスパイスみたいなもので、
面白さをより際立たせる役割を果たしていたことに気づかされる。
実に巧妙な仕掛けのある映画であった。
そこで、ふと、思い出す。
〈脚本は岡田惠和であった……〉
と。
〈さすが岡田惠和!〉
と思わされたことであった。



主人公の佐山うららを演じた芦田愛菜。


人付き合いが苦手なうららは、
特にいじめられている様子はないが、
今の自分にも、未来の自分にも自信がなく、
マイナス志向の腐女子であるのだが、
これを「いかにも」な女優が演じるのではなく、
あの優等生の芦田愛菜が演じることで、
面白さ倍増の作品になっている。
ちょっとオドオドしたような仕草、
激烈でオタクっぽい走りっぷりなど、
芦田愛菜の腐女子の成りきり度が半端ない。
芦田愛菜はやはりすごい女優だ。


私は時々、
〈芦田愛菜と清原果那は似ている……〉
と思うことがあるのだが、


容姿だけでなく、
その演技に取り組む姿勢、真面目さが酷似しているように思うのだが……如何。


話は変わるが、
昔、竹松舞という、若く美しきハープ奏者がいた。
幼少の頃からピアノを習い、父親のアメリカ合衆国留学に伴って渡米し、ハープと出会う。
帰国後、ハープ演奏家のヨセフ・モルナールに弟子入りし、
1991年に当時最年少の11歳で全日本ハープコンクールジュニア部門2位入賞を果たした。
さらに1993年には優勝も経験するなど、そのハープ演奏家としての才能が開花、
リリースしたCDアルバムも話題となり、クラシック音楽の演奏会にも数多く出演した。


だが、順天堂大学医学部を卒業し、2007年3月、第101回医師国家試験に合格。
現在は、ニューヨーク・ブロンクスの病院で救命救急医をしているようで、
新型コロナウィルスが感染爆発したときに、
コロナ禍のアメリカの状況をニュース番組で伝えていた。




ハープ奏者としては、今はもう活動していないようなので、
芦田愛菜もいつか竹松舞のように医師になり、
女優はやらなくなりそうな気がしてならない。
そういう意味でも、主演作の『メタモルフォーゼの縁側』は見ておくべき作品と言える。



市野井雪を演じた宮本信子。


昔は、TVドラマを中心に活躍するバイプレイヤーという感じであったが、
夫であった伊丹十三が、
「妻はいい女優なのに、なかなか主役の話が来ない。ならば彼女を主役にした映画を自分で撮ってしまえば良い」
と、
『お葬式』(1984年)、
『タンポポ』(1985年)
『マルサの女』(1987年)
『マルサの女2』(1988年)
『あげまん』(1990年)
『ミンボーの女』(1992年)
『スーパーの女』(1996年)
『マルタイの女』(1997年)
など、主演作を何本も撮り、
宮本信子も女優としてブレイクし、大物女優の仲間入りを果たした。
伊丹十三と死別した後は、映画への出演を控えていたが、
『眉山-びざん-』(2007年)で10年ぶりに映画出演し、
その後、
『阪急電車 片道15分の奇跡』(2011年)で第36回報知映画賞助演女優賞を受賞している。
芦田愛菜とは、この『阪急電車 片道15分の奇跡』で共演しており、


本作『メタモルフォーゼの縁側』は2度目の共演となる。
ボーイズラブ漫画を通してつながる女子高生と老婦人の交流を描いたドラマなのだが、
うららとも(相手の領域に土足で踏み込むような)ベタベタとした間柄ではなく、
絶妙な距離感があり、ジワジワと友情を育んでいく様子が素晴らしく、
楽しさ、嬉しさが滲み出てくるような宮本信子の演技にも感心させられた。



うららが尊敬する漫画家・コメダ優を演じた古川琴音。


ここ数年、古川琴音の出演作である、
『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(2018年)
『チワワちゃん』(2019年)
『花束みたいな恋をした』(2021年)
『街の上で』(2021年)
などを見続けてきたが、
やはり昨年(2021年)見た濱口竜介監督作品『偶然と想像』での演技が強く印象に残っており、つくづく、
〈古川琴音は好い女優だな~〉
と思ったことであった。
本作『メタモルフォーゼの縁側』でも、その稀有な個性、存在感は抜群で、
彼女が居るだけで“場”が輝いて見えた。


今後、彼女の出演作も見逃せないと思った。



河村紡(高橋恭平)の彼女・橋本英莉を演じた汐谷友希。


汐谷友希については、まったく知らなかったが、
目力のある眼差し、凛とした佇まいに、惹かれるものがあった。
2004年9月14日生まれの17歳。(2022年7月現在)
東京ガールズコレクションなどでモデルとして活躍し、
「湖池屋プライドポテト」「ポカリスエット」などのTVCMで注目されているが、
映画は本作が初出演だとか。
これから女優としてもブレイクしそうな予感がしたので、
汐谷友希という名をしっかり憶えておこうと思った。



その他、
雪の書道教室の生徒・沼田を演じた光石研、


雪の娘・花江を演じた生田智子が、
味のある演技で作品を面白くしていたし、


主題歌を担当した「T字路s」の伊東妙子が、


うららの母・佐山美香を演じており、作品に彩りを添えていた。



主題歌は、
うららを演じた芦田愛菜と、雪を演じた宮本信子が、
「うらら&雪」名義でカバーしたT字路sの「これさえあれば」。
エンドロールに流れるこの歌を聴きながら、
〈好い映画だったな~〉
と、しみじみ思ったことであった。

この記事についてブログを書く
« 映画『破戒』 ……60年ぶりに... | トップ | オオキツネノカミソリの八幡... »