一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

池田清彦『40歳からは自由に生きる 生物学的に人生を考察する』講談社現代新書

2022年11月01日 | 読書・音楽・美術・その他芸術


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生物学者・池田清彦の著書は日頃から愛読していて、
今年(2022年)8月には、
『他人と深く関わらずに生きるには』(新潮社、2002年刊行)という本のブックレビューを、
……国家は道具である……
というサブタイトルを付して書いたばかりなのであるが、(コチラを参照)
最近、講談社現代新書の一冊として、
『40歳からは自由に生きる 生物学的に人生を考察する』という本が刊行されたので、
早速読んでみたのだが、
かなり面白かったので、感想をちょっと書いておこうか……という気になった。


著者・池田清彦に関しては、
フジテレビ系列の情報バラエティ番組『ホンマでっか!?TV』に出演しているので、
ご存知の方も多いと思うが、簡単に紹介しておこう。


【池田清彦】
1947年、東京都に生まれる。生物学者。東京教育大学理学部生物学科卒業。東京都立大学大学院理学研究科博士課程生物学専攻単位取得満期退学、早稲田大学国際教養学部教授を経て、山梨大学名誉教授、早稲田大学名誉教授、高尾599ミュージアム名誉館長。
著書に『構造主義生物学とは何か』(海鳴社)、『やがて消えゆく我が身なら』『生物学ものしり帖』(以上KADAKAWA)、『「進化論」を書き換える』『新しい環境問題の教科書』『この世はウソでできている』(以上新潮社)、『病院に行かない生き方』(PHP研究所)、『SDGsの大嘘』(宝島社)、『構造主義科学論の冒険』(講談社)などがある。


一般的には、40歳は「働き盛り」で、
長期ローンでマイホームを買ったりして、
家族や世間のしがらみに捉われて、言いたいことも言えず、したいこともできず、
不自由に生きているというイメージがある。
なのに、「40歳からは自由に生きる」とは、どういうことなのか?

最近、寿命に関係する遺伝子の発現をコントロールしている領域のDNA(デオキシリボ核酸)のメチル化の度合を調べれば、動物の自然寿命を推定できることが分ってきた。それによると、ヒトの寿命は38歳とのこと。チンパンジーやゴリラとほぼ同じである。無事に大人になった飼育下のチンパンジーの平均寿命は約40歳であることから、ヒトも、本来の寿命は40歳くらいだろうと思われる。(3頁)

自然環境におかれた場合の生物の寿命を「自然寿命」といい、
脊椎動物の自然寿命の推定の利用されるのが、「DNAのメチル化」といわれる現象。

寿命にかかわる特定の42個の遺伝子には、遺伝子を活性化させるプロモーターがついています。DNAを構成する塩基はアデニン、チミン、グアニン、シトシンの4種類で、上流からシトシン-グアニンと並んでいるシトシンにメチル基が付着すると(メチル化)、プモーターの働きが阻害されて、遺伝子がうまく働かなくなるのです。
つまり、寿命に関する遺伝子のプロモーターのDNAのメチル化が起こりづらい動物ほど、寿命が長いことになります。実際に観察された野生動物の寿命とメチル化の度合は相関しています。したがって逆に42個の遺伝子のプロモーターのメチル化の度合を調べれば、そこから動物たちの自然寿命が割り出せるというわけです。
(14~15頁)

このDNAのメチル化から割り出された人間の自然寿命が38歳で、
チンパンジーやゴリラ、私たちの「親戚筋」ともいえるネアンデルタール人やデニソワ人の化石のDNAを調べても、ともに38歳だったという。
ほとんどの生物は、自然寿命と実際の寿命が一致するのだが、
唯一の例外が人間で、
自然寿命と、実際の寿命とが、大きく隔たっており、
自然寿命よりも2倍以上生きている。
医療のめざましい進歩と、栄養価の高い食事のおかげとも言えるが、
最大の要因は、
事故や感染症などの危険に満ちた野生の世界に早々と見切りをつけたことで、
人間がもし今も野生状態で生きているとしたら、
おそらく大半が自然寿命の38歳前後で死んでいたことだろう。
いずれにしても、人間は、自然寿命の倍以上も生きられるようになった。
人間だけが手に入れた自然寿命後の長い人生は、貴重な「おまけ」のようなもので、
できる限り自由に楽しく、自分らしく生きていくことこそが、善き生き方なのだ……
というのが、著者の池田清彦の主張なのだ。
では、自由に楽しく、自分らしく生きるとは、どういうことなのか?
それは、一言で言うと、「自分自身の規範をつくる」こと。
40歳を過ぎたら、社会の規範や常識を疑ってみて、同時に自分なりの規範というフィクションを作成し、それを高々と掲げて生きていきたい。

より現実的な話をすれば、組織の規範になじみすぎていると、ほかへ移ったときに使いものになりません。40代から先、転職することもあるでしょう。また、このご時世、会社をいつクビになるかわからないし、それどころか会社ごと潰れてなくなるかもしれません。もっといえば、国家だって潰れないとは限りません。
転職しようが、クビになろうが、会社が潰れようが、国家が潰れようがかまわず生きていくことが大切です。会社や国家よりも、自分がより善く生きることのほうが重要なのですから。そのためにも、国家や社会や組織などの規範とは別に、自分自身の規範をオルターナティブ(代替)としてつくっておくことです。
(33頁)

いざとなったら会社なんか辞めてやる。自然寿命がすぎた40代以上の人では、この気持ちが大切だと思います。この覚悟さえあれば、上司に対してもただ我慢しているのではなくて、反論もできるし、盾突くこともできます。実は、反論し、盾突くことが自分の身を守ることにもなるのです。
製薬会社に勤めていた妻が、面白い話をしていました。会社の同窓会に参加したときの噂話で、会社のいうことをなんでも聞いていた従順な社員たちはリストラでクビを切られたのに、会社に盾突いていた者たちは全員が生き残っていたというのです。
(57頁)


ここまで読んで、思わず笑ってしまった。
まったく同じことが、私が以前(定年まで)勤めていた会社でも起こっていたからだ。
会社に盾突いていた私は、65歳の定年まで立派に勤めあげたのでした。(コラコラ)

本書は、見かけは単なるハウツー本のようであるが、




「40歳からは自由に生きる」
というタイトルよりも、むしろ、
「生物学的に人生を考察する」
というサブタイトルの方に重きを置いており、

【目次】
第1章 人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか――自分を解放しながら楽しく生きる
第2章 生物の多様性を考える――自由に恋愛をしたいものだ
第3章 われわれはどのように進化してきたのか――新しい自分と出会うために
第4章 40歳からは社会システムを改革する――個人と社会との関係
第5章 「かけがえのないあなた」を承認するために


というように、
なぜ人間に生と死があるのかという初発的な疑問から、
人間の進化の歴史、ファーブルのダーウィン批判など進化論論争から読む「生命の本質」まで、「人間の生と死」を幅広く考察している。
そこから導き出される著者の提言は、説得力があり、共感させられる。






本書のAmazon でのレビューを見ていたら、
yahooニュースで本書の要旨だけを知った人が、(だから、この人は本書を読んではいない)

この作者に尋ねたいのだが、なぜ40歳以降が「おまけ」であるならば、「自分のため」にではなく「他人のため」に生きるという発想が出てこないのだろうか?
なぜ、いつまでも「自分の欲望を解放しながら楽しく、面白く生きること」は、「大人として恥ずかしい」という考えに及ばないのだろうか?


と、疑問を呈してしたのだが、
この答えは、本書の中にちゃんと用意してある。

世間に蔓延(はびこ)っている2大ペテンの物語は、利他主義と努力の薦めである。自分の楽しみを犠牲にして他人に尽くすのは素晴らしいという話と、たとえ結果が伴わなくとも努力をすることはそれだけで貴いという話である。世の中には、マゾになるのが気持ちいいという人もいるので、そういう人は勝手にすればいいけれども、普通の人は、マゾはセックスプレイの時だけにしておいたほうが安全である。世間の風に騙されて、こういうペテン話を信じると人生を棒に振る。
利他主義は自己を犠牲にして国や国家に尽くすのは偉いという、権力にとって真に都合がいい物語で、成果が上がらなくても努力が貴いというのは、支配の装置としてのブルシットジョブ(何の役にも立たない時間を無駄遣いするだけの仕事)を流行らせるだけだ。
人生は短い、働いている暇はない。
(243~244頁)


私事で恐縮だが、
私は、40歳で会社を辞め、徒歩日本縦断の旅に出た。
アラン・ブース著『ニッポン縦断日記』(東京書籍1988.10刊)を読み、
自分も徒歩日本縦断をしたくなったからだ。
勤めていた会社が、一応、一部上場企業だったこともあって、
「徒歩日本縦断から帰っても、40歳での再就職先はないぞ!」
と、周囲からは思いとどまるように説得された。
妻子ある身だし、
家のローンもあと20年残っていた。
本当に狂気の沙汰である。(笑)
だが、
〈今やっておかなければ絶対に後悔する!〉
と思い、配偶者に相談すると、
「やってみれば」
と、賛成してくれた。
こうして、私は、徒歩日本縦断の旅へ出たのだが、
今考えると、このとき、私は、
社会の規範から外れ、自分の規範で生きることを決めたのだと思う。
偶然だが、40歳で、「40歳からは自由に生きる」ことを決断したのだった。
後日談だが、
徒歩日本縦断から帰って、再就職先を探したのだが、
(長期戦を覚悟していたものの)面接に行った1社目であっさり採用され、
旅の途中で浮かんだアイデアを使ったミステリー小説で(小さな)文学賞を受賞し、
その賞金で、旅にかかった費用と、旅の間の家族の生活費を回収できた。
蛇足だが、
私が元勤めていた会社は、私が辞めてから7~8年後に倒産し、跡形もなく消えてしまった。
結果論だが、辞めて正解だったのである。(爆)

本書『40歳からは自由に生きる 生物学的に人生を考察する』を読んで、
〈40歳で社会の規範から外れ、自分の規範で生きてきて本当に良かった〉
と、しみじみ思ったことであった。

※2022年9月21日(水)文化放送にて放送された「大竹まことゴールデンラジオ」の大竹メインディッシュ。
出演者:大竹まこと 壇蜜 池田清彦

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