今年(2024年)の春、ある映画のレビューを書くためネット検索しているときに、
『見えるものと見えないもの -画家 大﨑真理子のみた風景-』
というドキュメンタリー映画の存在を偶然知った。
23歳という若さで急逝した高知出身の画家・大﨑真理子さんの足跡を描いたもので、
監督の筒井勝彦さんは、
「高知には才能豊かな大﨑真理子さんという画家がいました。残念なことに今から6年前、23歳の若さで亡くなられた。これをぜひ多くの人に見ていただいて、知っていただきたい」
と、語っていた。
九州での上映はなく、映画を見ることはできなかったのだが、
予告編を見て、大﨑真理子さんのことは強く印象に残った。
【大﨑真理子】
1994年11月、高知県土佐市生まれ。
3人家族で、幼少期は東京で暮らし。
2001年、江戸川区立島西小学校入学。
小学2年の時、両親の故郷である高知県に移る。
2007年、土佐市立北原小学校卒業。
2010年、土佐市立高岡中学校卒業。
2013年、私立高知学芸高校卒業。
2017年、京都市立芸術大学美術学部美術科油画専攻卒業。(首席)
2017年、京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻油画入学。
2018年2月8日、永眠。(享年23歳)
大﨑真理子さんのInstagramは今もまだ見ることができるのだが、(コチラを参照)
こちらで素描や油彩の絵を多く見ることができ、
また、彼女自身が何を考えていたのかという心の声も聴くことができ、
絵はもちろんのこと、大﨑真理子さん自身にも魅せられた。
京都市長賞(2016年度)を受賞した
「見えるものと見えないもの」(250×400cm)キャンバスに油彩
という絵については、自身のInstagramで次にように語っている。
鷲田学長とのトークショーの際、タイトルに言及されて思い出したのですが、
ノヴァーリスという人の『夜の讃歌』の一節
《すべてのみえるものは、みえないものにさわっている きこえるものは、きこえないものにさわっている 感じられるものは、感じられないものにさわっている おそらく、考えられるものは、考えられないものにさわっているのだろう。》
というものを目にした瞬間から私の絵画の核はそこにあります。絵画だけでなく、生きていく全てにおいてかもしれません。
出会った当時高校1年でしたが、今でも変わらず、折々に思い出します。
しかしもう2年ほど忘れていました。また思い出したということは、また新しい自分の作
品に出会える気がします。
この「見えるものと見えないもの」という言葉は、
真理子が追求し続ける大きなテーマになる。
ところが、彼女は大学を卒業し大学院に進んだところで、
なぜか突然絵が描けなくなってしまう。
4回生でたぶん本人が思ってる以上にその作品が評価されたことで、どうしていいのかわからないっていう時期が大学院に入ってから3ヶ月ぐらい続きまして。本当に燃え尽きたみたいになってたんですけれど。ある時「先生、これやったら私描けるみたいな気がする」みたいなことで、小さい水彩の絵を持ってきたんです。(京都市立芸術大学・法貴信也教授)
大﨑真理子さんのInstagramを見ると、
2017年5月31日
松尾大社から嵐山までの間
桂川河川敷
「菜の花とユンボ」のスケッチが掲載されている。
初めてユンボが描かれた日のようだ。
その後、何枚もの「菜の花とユンボ」あるいは「ユンボ」そのもの絵が描かれる。
そして、2018年2月8日のInstagramに完成形の絵、
「あの日のユンボ」(130×162cm)キャンバスに油彩
が掲載される。
そこには、次のような文章が添えられていた。
やっとひとつできました。といっても、11月末にも30号(72×91cm)でひとつできていたのですが。
いつもは大きいのを描くと決めて、そこからスタートしますが今回は小さいサイズで仕上げようから始まって大きくしています。次は200×300が目安です。結局いつもの大きさが描きたくなっている。
4月末にある日散歩した時に見つけたユンボを一生懸命かいた今年度でした。もう少し描きます。
去年の秋に、高校時代の友人が学校まで来てくれました。
学校に来る当日に研究計画書を送り付け、途中経過を見てもらったところ私が昔描いたハンガーの絵を覚えていてくれて、そちらの系譜に近いのではということを言ってくれました。そうだといいなあと思います。
(ちなみにあの絵は『親子のように』というタイトルなんですが、ハンガーの絵と言ってもらえた方が嬉しいです。)
高校の先生には大﨑らしい力強さが無いと言われてしまいましたが、今回の絵を描くにあたってもっぱらのキーワードは「ただの絵」でした。
卒業制作を描いて力尽き、何を描いたらいいか分からなかった院生1年目の私は、そのへんで見た気に入ったものを、ひたすら私の見たいものが見られるまで描くということにしたのでした。
今までも、それは同じだったのですが。
いつも本当に語ることも特にないただの絵を描いていますが、その精度をあげたかった。
描こうとしてみて、何の変哲もないものの、変哲でない部分の精度をあげるって、とてつもないことだなと思いました。
絵を描いている人が当たり前にしているかもしれないことに、少し気づいたのでした。
あとはもう少しうまくことばを使えたら良いのですが、訓練です。
しかし、この絵の写真をInstagramに投稿したその日に、
大﨑真理子さんは自宅マンションの風呂場で亡くなってしまう。
“ひきつけ”がお風呂の中で起こったんじゃないかって。(風呂の)水位は低くても、横になってたからおぼれたんじゃないかって。(母・文子さん)
真理子さんが亡くなっていた浴槽の水は深さが20数センチだったそうで、
死亡原因は結局不明であったが、溺死とも受け止められる状況だったとのこと。
(浴槽内での不慮の溺死及び溺水の死亡者数は多く、交通事故死亡者数のおよそ2倍)
ドキュメンタリー映画『見えるものと見えないもの -画家 大﨑真理子のみた風景-』
の鑑賞はまだ叶っていないが、
大﨑真理子さんを描いたTV局のドキュメンタリー、
「ユンボの遺言 ~真理子23歳の肖像~」(高知さんさんテレビ)
が、第33回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品として、
10月初旬、全国各局で放送されることが判った。
【放送予定】
TOSテレビ大分……2024年10月2日(水) 深夜0:59
OHK(岡山放送)……2024年10月2日(水) 深夜1:50
TNC(テレビ西日本)……2024年10月3日(木) 深夜2:45
AKT(秋田テレビ)……2024年10月4日(金) 深夜2:00
TSS(テレビ新広島)……2024年10月6日(日) 深夜2:00
さくらんぼテレビ……2024年10月7日(月) 深夜1:20
23歳という若さでこの世を去った一人の画家がいる。
亡くなる4日前に撮影されたという動画には、同級生と無邪気に踊る姿が残されていた。
土佐市出身の大﨑真理子。
高知学芸高校から京都市立芸術大学に進学し、首席で卒業。
大学院に進み、京都の銀行に作品が買い上げられるなど順風満帆に思えたが、
自宅で突然亡くなってしまう。
実家近くの国道56号線を描いた油絵など、真理子が残した数多くの作品は、
写実と幻想が入り混じった不思議な感覚を見る人に与える。
中でも遺作となった「あの日のユンボ」が完成するまでの過程には、
一人の画家の苦悩と再起の足跡が凝縮されていた。
さらに、その突然の死は、ある女性の人生に大きな影響を与えていた。
真理子とは中学時代からの親友だったという女性は、
公務員を辞め、東京芸術大学の受験を決意する。
彼女が語る真理子の存在とは。
絵を描くにあたって「見えるものと見えないもの」というテーマを追い求め続けた真理子。
緻密さと情熱をもって作品に向き合っていたその素顔を、
恩師や友人、母親らの証言から紐解いてゆく。(ナレーション、岡田結実)
いつの日か、(写真や映像ではなく)大﨑真理子さんの(本物の)絵も見てみたい。