一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『逆光の頃』 ……小林啓一監督の美しい映像と葵わかなの瑞々しさが秀逸……

2020年04月30日 | 映画
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昨年(2019年)11月に、
小林啓一監督作品『殺さない彼と死なない彼女』のレビューを書いた。
その冒頭、私は次のように記している。

2年前の夏に、ネットで、
『逆光の頃』(2017年7月8日公開)という映画の、
予告編を見て、その美しい映像に魅せられた。
そして、
〈本編も見たい!〉
と思った。
だが、佐賀での上映館はなく、
福岡まで見に行こうと思っているうちに、(福岡でもKBCシネマ1館のみの上映だった)
いつしか上映期間を過ぎてしまっていた。
その『逆光の頃』の小林啓一監督の新作が公開された。
それが本日紹介する『殺さない彼と死なない彼女』(2019年11月15日公開)なのである。
(全文はコチラから)

その『逆光の頃』の本編を、先日、ネットで見ることができた。
予告編を見て、その美しい映像に魅せられたのであるが、
本編の方も、期待を裏切らない映像で、私を魅了した。



《僕は歪んだ瓦の上で》
伝統が息づき、国内外から大勢の観光客が訪れる京都。
その京都で、生まれ育った赤田孝豊(高杉真宙)は、
どこにでもいそうな高校2年生。


模擬テストの日、
寝坊した孝豊は自転車で学校へ急ぐ途中、
同級生の秀才・公平(清水尋也)に会う。


公平はギターケースを肩にかけ、
「模擬テストとライブと重なってしもうて」
と言い、模擬テストは受けないと言う。
孝豊も模擬テストをサボり、ライブハウスへ向かい、公平の演奏を聴く。


ライブ終了後、二人は鴨川に行き、


水と戯れる。


翌日、学校へ向かう途中、
幼なじみのみこと(葵わかな)と会う。


みことは、前日の模擬テストの問題と解答を孝豊に渡す。
公平はその日も学校に来ず、結局、高校を退学し、京都を出て行った。
五山送り火の日の夜、


大文字山の送り火を、家の瓦の上に大の字になって見ていた孝豊のところに、
みことがやってきて、
「大文字の送り火を盃の水に映して呑めば病気にかからへん」
と盃を差し出す。


水と思ったものは酒で、
「酒やないか!」
と、みことに言いながら、
〈俺はなんやかんや言いながらここ(京都)にいるしかない。ここが好きなんや、この子もいてるしな〉
と思う。


《銀河系星電気》
夏休み、
孝豊は、誰もいない学校に通い、一日30個の英単語を憶えることにした。


その日の夜、
孝豊の姉・五月(佐津川愛美)の店で呑んでいた父(桃月庵白酒)を迎えにきたみことは、


孝豊がまだ帰ってきていないことを知る。
孝豊は学校で勉強しながら眠ってしまったのだ。
孝豊を迎えに行ったみことは、
警備員に見つからないように、階段の踊り場に孝豊と一緒に隠れる。


窓から差し込む月の光。


「すごく明るい月や」


「ほんまや」


二人の指が触れ合ったとき、火花が生じて、二人は飛びのく。


《金の糸》
孝豊とみことが一緒に歩いていたとき、
同級生の不良・小島(金子大地)に会う。


「二人はもう最後までいったんか?」
とからかってくる小島に、何も言い返しができない孝豊に、みことは、
「あんなやつ、ポカッてできへんの!」
と怒る。


雨の降る日、
小島を見かけた孝豊は、思わず逃げようとする。
だが、父(田中壮太郎)が昔、女を護るために極道と喧嘩したことを思い出す。
そして、小島に喧嘩をふっかける。
雨に濡れながら殴り合いをする孝豊と小島。


喧嘩が終わり、


佇んでいた孝豊に、みことが鞄を渡す。


「なんや、見てたんか。恥ずかしいな」
と言う孝豊の手を、みことはそっと握るのだった……



漫画家タナカカツキの名作コミックを実写映画化した青春ドラマで、


《僕は歪んだ瓦の上で》
《銀河系星電気》
《金の糸》
と、特に夏を題材にした三つのエピソードで組み立てた、
上映時間わずか66分の作品である。
わずか1時間6分の映画であるが、
京都オールロケで2年がかりで撮影されただけあって、
丁寧に撮られた風景描写が美しく、
その瑞々しい映像を見ていると、
もはやセピア色になってしまった己の青春時代が、
鮮やかな美しい映像で蘇ってきたようで、
ワクワクするし、楽しくなる。
『殺さない彼と死なない彼女』のレビューで、私は、

人工的なライトを使用せず、
自然光だけを使って撮られた映像は、
〈フェルメールの描く光のやわらかさを映像で再現できたら……〉
という小林啓一監督の想いが込められており、
限りなく美しい。
桜井日奈子、恒松祐里、堀田真由、箭内夢菜の、
若手女優たちも実に美しく撮られている。
こういう作品と、
小林啓一監督と出逢えた彼女たちは幸せだ。

と書いたが、
本作でも同じことが言えると思った。


映像と共に“音”にも感動した。
風鈴の音、
蝉しぐれ、
雨の音……
“音”にさえ、懐かしさを感じさせられ、
映像の美しさと相俟って、胸がキュンとなった。


面白いと思ったのは、
美しい映像にアニメーションを合成させているところ。
猫が度々登場し、
孝豊の父親の若い頃の喧嘩もアニメーションで描かれる。
美しくリアルな映像に、
(アニメによって)ちょっぴり幻想的な雰囲気が醸し出され、
謎めいた京都の街と、
高校生の不安定な心のゆらめきが巧く表現されていて感心した。



主役の高杉真宙は、


小林啓一監督の前作『ぼんとリンちゃん』(2014年)に出演しており、
小林啓一監督はそのときから雰囲気が何となく孝豊に似ているなと感じていたという。
高杉真宙のスケジュールが3週間ほど空いていると聞いて、
「じゃあ短編でもやりますか……」
と、話がどんどん膨らんで、
結局は完成まで2年近くを費やしたとか。
高杉真宙は、某インタビューで、

わりと僕と似ている部分が多かったです。でも、孝豊という人物が見ている世界がキラキラしているのが羨ましくて、「凄い!」と思いました。孝豊から見ている公平(清水尋也)と、僕から見ている清水君に対する感じ方が似ているので、(二人の)距離感は自然にできました。それと、周りの人に対して劣等感を感じるところは似ています(笑)。孝豊という人物が自然に写る瞬間が多いと思いましたし、本当にやっていて楽しく、自分の中でしっくりくる部分が多かったです。

と語っていたが、
将来への漠然とした不安を抱きつつ、


思春期真っ盛りの同級生たちとの日常や、
幼なじみのみこと(葵わかな)へのひそかな恋などを経験しながら、
少しずつ成長していく姿を爽やかに演じていて秀逸であった。



みことを演じた葵わかなは、


『逆光の頃』の撮影時はまだNHK朝ドラ『わろてんか』のオーディションの前で、
ブレイクする前だったのだが、
『サバイバルファミリー』(2017年2月11日公開)などで、(コチラを参照)
実力の片鱗を見せつつある段階の(期待の)女優であった。
九州人の私が言うのもなんだが、本作での(神奈川県出身の)彼女の京都弁は完璧で、
京都の風景にも溶け込み、まったく違和感がなかった。
幼なじみである孝豊(高杉真宙)とベタベタするでもなく、
かと言ってツンツンしている風でもなく、
その距離感が抜群で、
〈こんな幼なじみの女の子がいたらイイな~〉
と思わせるところが良かった。



新型コロナウイルスの影響で、
GW期間中も外出を自粛し、ステイホームしている人が多いと思う。
この作品を見ると、
京都を旅しているような、いや、京都に住んでいるような気分になるし、
青春時代に戻ったような気分にもさせてくれる。
ぜひぜひ。

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