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taka

taka's universe

ばらの今冬

2018-01-27 19:19:41 | 日記
秋ばらは遅くても12月前半が最後

でも今年は1月になっても蕾がふくらむ

おまけに緑の葉が生い茂っていて

葉が枯れない、、、




でも冬剪定の時期が近付いてきたので

先週葉を全て手でむしって

冬眠してもらうことにした


それでも今週一輪蕾が開いてしまった


まだ蕾がついていて、これじゃあ冬眠できないだろう

と思って、今日残りの蕾は切り取った



苗を買ってからもう10年くらいになる

枝もいい色をしているし

来週剪定をしたら

今年も5月から立派に咲いてくれるかな

これは去年のばらの様子




元日に実家に寄ったら実家でも

ばらが咲いていた




ひと月に一回しか行けないので

こちらも二株とも葉をむしった




枯枝を切ったら中の空洞に

虫が逃げ込むのが見えた

来週上京したら剪定しなきゃ

来週なら梅も咲きはじめてるかも
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むら社会

2018-01-20 11:12:59 | 日記
わたしはどちらかというと

集団が苦手

特に集団の圧力が好きじゃあない

集団で外部に圧力をかけるという

ことじゃあなくて

内部の人間への集団の圧力が

あまり肌にあわない



自分の意見を率直に言わずに

回りの顔を窺って多勢に同調する習慣

上位からの有無をも言わさぬ圧力

仲良しこよしの中にいれば

安全にいられるむら社会



相撲協会の問題は事実が

もれなく明らかにされないと

実際のところはわからないけど

でも、評議員会で評議員の親方が

八角理事長に質問をしたところ

評議員でもない理事長が

「そんなことあるわけないだろう!」と

声を荒げ、その結果評議員会は

ものをいえない空気になってしまったらしい

典型的なむら社会のできごと

理事長という権力者が親方を

威圧すること自身が独裁的なのに

評議員ではない理事長が

評議員に対して威圧するなど論外

この場面では評議員会議長が

理事長に対し注意をすべきであった

それができないということは

評議員会が機能していないということ



それにしてもあきれたのは

八角理事長が「マスコミが邪魔だというなら、

救急車でも何でも呼べばいいじゃないか!」と

怒鳴ったというが、そんなことで

救急車は呼べないし、消防に

電話するだけでも迷惑

この程度の見識しかなくても

公益財団法人の理事長が務まる

これもむら社会ならではのこと



こういうことが実はあちこちで

身近にあることが悩ましい

力が無ければはみでるだけ

「兎角に人の世は住みにくい」(漱石)
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薩摩 号砲

2018-01-12 20:06:47 | 日記
ドラマ「西郷どん」が始まりましたね

ドラマ中で子供達がかけっこしている最中

のびている競争相手に主人公が

「おやっとさあ」と声をかけていたけど

「おやっとさあ」は超遠縁の酒造の芋焼酎の銘柄~

そんな縁で、意味が分かる言葉がでてきて

面白かった

大々好物の軽羹もでてこないかなぁ

デパートの入荷日は金曜日ですぐに売り切れる

年末は贅沢をして二袋も買ってしまったー



更にお薦めを頂いた銘酒を12月に手に入れた!

普段買うのよりも千円くらい高かったけれど

新年用に奢った!



昨日封を切ったところ、まろやかで味も濃い!

流石お薦めのことだけある、感謝!

手前の薩摩切子は14年前に母と先祖をたどって

鹿児島を訪れた時に、母が買ってくれたもの

普段使いしていたけれど、先日母の手帳を

読んでみたら、なんとひとつ2万円以上もしてた!!!

いままで壊さなくてよかった~




ということでドラマと一緒に、我が家も銘酒で号砲!

東京の知人から電話が来て、昔の海軍の話などを

していたら、なんと自宅の近くに西郷山公園

というところがあるそうな(一等地!)

西郷さんの弟が住んでいたところらしい

あちらこちらの所縁の地で盛り上がって

寂れる地方に活況をもたらしてくれるのか
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涙橋血戦の碑

2018-01-06 14:29:37 | 日記
枕崎出身の祖母の先祖に

西南戦争で田原坂で命を

落とした人がいると母から

聞いていた



祖母の実家を継いでいる人に

郷土史に出て来る人と一字違い

の人がいる

郷土史によると、西郷軍敗残兵が

各地の懲役所に入獄させられて

いたけれど、富山の懲役所に

その人は入獄していたらしい

珍しい苗字なので、直系でなくとも

縁者に違いないだろう



ここまでは以前から知っていたけれど

涙橋血戦の碑にその人の名前が

刻まれていることを最近知った



涙橋は鹿児島市中心部の南方にあるらしい

熊本での戦いで段々と形勢不利に

傾く中、薩軍は鹿児島突入を試みる

多勢の官軍に対し、枕崎から

兵を集い、涙橋付近で激戦

鹿児島方面で行われた最大の激戦だったらしい

双方多くの死傷者を出すも敗退

その武勇を讃え枕崎の有志が昭和2年に建立



ドラマ「西郷どん」

もうすぐ始まってしまうけど

なんとなく悲しくてもやもやしてしまう



「明治十年丁丑ノ役、、、鳴呼此役ヤ、眇タル一郷ノ生兵ヲ以テ、十倍ノ精兵ニ抗シ、弾尽キ刀折レ、斃レテ後止ム、其意気ノ壮烈、凛乎トシテ千歳滅セス、是豈薩軍兵士ノ精華ニシテ、又日本男子ノ真髄ニアラスヤ、尓来、星移リ、歳旋リ、茲ニ五十年、故老今猶、往時ヲ回憶シ、嘖々其勇武ヲ語リ、涙橋橋畔涙新ナルモノアリ、此頃、枕崎町ノ有志相謀ツテ碑ヲ建テ、戦没者ノ名ヲ石ニ勒シテ、之ヲ不朽ニ伝ヘント欲シ、文ヲ予ニ嘱ス、予乃チ其梗概ヲ叙シテ、以テ後人ニ告クト云フ、昭和二年十月二十五日」
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