Tabi-taroの言葉の旅

何かいい物語があって、語る相手がいる限り、人生捨てたもんじゃない

【八仙過海(八福神海を渡る)】~その1~

2014年02月22日 | 中国
酒井さん執筆の旅行記


4月20日(土)
 今回の旅は降って湧いたように話が持ち上がり、せっつかれるように慌ただしく決定した。御歳(おんとし)七十歳のアブノーマルオジさん、マッちゃんこと松本氏から二月初旬に突然誘いを受けた。大先輩マッちゃんとは四十年来のテニスの付き合いで、海外旅行も過去二回、一緒に行っている。いささか超人的な行動を取る癖(へき)が無いでもないが、至って熱く、人情味のある人物でもある。ジュオジン(執筆者酒井の文中名)は昨年、最愛の妻と老いた母親を立て続けに失い、まだ、完全にセンチメンタル状態から立ち直っていない。そこへ心根優しいマッちゃんがジュオジンの気持ちを奮い立たせるために声を掛けてくれたのだが、誘いをすんなり受けることにしたのは自分自身の気持ちをポジティブにしたいという一面と、それ以上に企画がとても魅力的だったからだ。中国語を学んでいる関係からこれまでジュオジンは毎年のように実地訓練を口実に中国へ足を運んでいる。目的は『食』と『世界遺産』だ。『食』に関しては単に食いしん坊というだけで、各地の美味しい本場中華料理を日本相場より格段に安い価格で思う存分食べられる事が何とも嬉しい。『世界遺産』を目的にしているのは『食』だけではいかにも底の浅い人間と思われてしまうことを避けるための隠れ蓑だ。

 ジュオジンはすでに四十三ヶ所ある中国の世界遺産の内、十四ヶ所を訪れている。今はその数を増やすことが一つの目標となっている。しかし、中国一の名峰と言われる『黄山』へは行っていない。中国五岳の一つである『泰山』は登ったことがあるが、「黄山を見ずして山を見たというなかれ」と言われ、また「五岳(泰山、崋山、恒山、廬山、我眉山)より帰り来たれば山を見ることなし。黄山より帰り来たれば五岳を見ることなし」(五岳を見たからと言って山を見たことにはならない。黄山を見たならば五岳を見る必要はない)とも言われるほどの名高い黄山をまだ尋ねていない。今回のツアーはその黄山を訪れるとともに近郊の世界文化遺産の『宏(こう)村(そん)』も訪れる。参加すれば一挙に二か所の世界遺産を踏破できる。さらに素晴らしいのは四日間の黄山ツアーの後に四日間の豪華客船の旅がセットされているのだ。すぐにでも参加の意思表示をしようと思ったが、よくよく日程を見ると四月二十日出発で帰国が四月二十七日となっている。まさにゴールデンウィーク直前の一週間だ。ジュオジンはすでに二年前に定年退職を迎え、その後、再雇用契約を結び、嘱託勤務三年目を迎える化学品日用雑貨メーカーの社員だ。いかに嘱託社員とはいえ、ゴールデンウィークを利用して、と言うならまだしも、その前の丸々一週間の休暇申請はさすがに気が引ける。マッちゃんには「行きたい気持ちは十分あるんだけれど、引っかかることがあるので返事はちょっと待って」と、あいまいな回答をしておいた。一方で自分より年の若い上司に機嫌のよさそうなタイミングを見計らってあくまでも控えめに、これこれこういう企画があるのだけれど、休みを頂けないかと持ちかけた。最近は自分より歳若い、勘三郎や坂口良子といった人たちが立て続けにこの世を去っている。自分もいつどうなるか分からない。元気なうちに人生を楽しんでおきたいと言うことをさりげなく付け加えた。意外にも上司はすんなり申請を許可してくれた。

 早速、ジュオジンは参加の意思をマッちゃんに伝えた。そして次の関門であるパートナー探しに取り組んだ。マッちゃんは同じテニス仲間の歯医者の山中先生を誘ってペアにしている。ジュオジンも一人部屋と言う訳にはいかない。昨年までなら迷うことなく妻のKをパートナーにできた。今年はそれができなくなった。仕方なく元会社の先輩であるクロちゃんこと黒田氏をパートナーとした。クロちゃんとは過去に何度も中国旅行に出かけている。Kおよびクロちゃんの細君泰子(たいこ)さんも含め、四人で出かけたこともある。彼も個性派で自己主張が強く、言ってみれば我儘で、クレーム、難癖を着ける名人であるところがちょっと問題の人物だ。しかし、この際、あまり選んでいるゆとりはない。すぐに二人で申し込みをした。旅行社は『いい旅株式会社』というあまり聞きなれない会社だ。ちょっと不安にも感じた(いい旅社の黒崎会長、申し訳ありません。正直なところの第一印象でした。後半でカバーします)が、間にマッちゃんの知り合いで、ジュオジンも面識のある山下太郎なる人物が関与している。十年以上前にマッちゃんに誘われて参加した異業種交流会で出会った人物で、当時は警察関連の旅行社に勤務していた。ジュオジンとはほぼ同学年で、今は退職し、様々な旅行社が加盟している旅行懇話会なる団体に所属し、半分ボランティア、半分アルバイトとして働いている。そういう人間が間に入っているので心配はない。

 マッちゃんからの連絡で、申し込みの詳細を山下氏に話してくれとのことなので、当然話が伝わっているものと思い、ジュオジンは直接太郎氏に親しげに電話で話し掛けた。「酒井ですけれど」と切り出すと「どちらの酒井さんですか」という返事が返ってきた。あまりの冷淡な返事にちょっと憮然としたものの「松本さん経由で旅行の申し込みをしているものです」と伝えた。太郎氏はまだジュオジンの事が思い出せないようで、事務的なやり取りで終始した。マッちゃんからは締め切りまでまだまだゆとりがありそうなニュアンスで聞いていたが、団体割引が効く申込期限が迫っているので、大至急、手続きをしてほしいと言われた。話しの食い違いと太郎氏のそっけなさにこの旅行に対する一抹の不安が過(よ)ぎった。出発までまだ二カ月以上ある。気持ちの切り替えを図らなくてはならないジュオジンであった。

 二ヶ月間は長かったが出発が迫るにつれて期待も膨らんできた。会社のメンバーにも休暇の件を早めに案内し、バックアップをしてくれそうな若手女子社員三人には日頃よりたまに夕食を共にしていたし、直前には豪華昼食をご馳走して手なずけておいた。主だった得意先にも事前に休暇案内を出したし、飼い猫も知人宅に預ける依頼をして準備万端整えた。そんな折、突然飛び込んできた情報が上海、江南地区に発生した鳥インフルエンザのニュースだ。せっかく楽しみにしている計画に横やりが入った。もし、パンデミック状態になったら取りやめにせざるを得ない。そうでなくともこんな情報が入ってきては「こんな時期にのこのこ出かけて行くのか」と周囲のひんしゅくを買いそうである。何とか広がらないでくれと心で祈りつつ、静かに動静を見守った。幸いにして拡散はしているものの、速度は速くなく、政府の渡航禁止令も出ていない。そうこうしているうちに出発日は近づいてきた。荷物は意外とかさばった。通常の旅行の準備の他、豪華客船用の準備もしなければならなかった。船長主催のレセプション用ドレスコードはフォーマルファッションだ。ジャケット、ネクタイ着用が義務だ。その他、船内でのフィットネスクラブ使用時のスポーツウェアーやプール用の水着等々、何かと用意するものが多く、大きめのトランクは満杯となった。その分期待も膨らんで、人生初の豪華客船の旅を含むツアーはいよいよ当日となった。

 行きは成田から上海まで飛行機で、帰りが上海から大井埠頭までの船旅となる。朝から曇りがちで、天気予報では夕方から雨になると言う。成田空港集合時間が十七時半なので自宅を三時に出発した。以前のようにKと一緒だったり、Kの見送りを受けたりということも無く、一人さびしく出かける。何とか雨よ、もってくれと言う期待もむなしく、Kの涙雨のごとき小糠(こぬか)雨が降り出した。最寄りの西武線武蔵関駅までは十二、三分ほどだ。折り畳み傘は持っているが、後の始末が面倒なので、差さずに足早に歩いた。幸いにあまりぬれずに駅に到着した。その後は順調に進み、早めに出てきたので五時過ぎには集合場所の第一ターミナルIコーナーに着いた。クロちゃんが一人ぽつねんと佇んでいた。

 「まだ誰も来ていないみたいだよ。エアチャイナのカウンターはFなんだけれど、団体集合カウンターはIになっているんで迷っている」という。ジュオジンが顔見知りを探したがIカウンターにもFカウンターにも知った顔は見当たらなかった。IカウンターとFカウンターを行ったり来たりしている内にIカウンターに山中先生が現れた。挨拶を交わしクロちゃんを紹介している内に今度はマッちゃんが奇妙奇天烈ないでたちで現れた。漫画フクちゃんがかぶっているような四角い学生帽を禿げあがった頭の上に載せ、胸に『練馬稲門会』と書かれたオレンジ色の法被(はっぴ)を纏っている。どう見てもチンドン屋か、正体不明の危ないおじさんといった出(い)で立ちだ。単に目立ちたがり屋と言うのではなく、出身校である早稲田大学をこよなく愛しているが故のパフォーマンスなのだが、どうしたって目立ってしまう。八日間行動を共にすると思うと少々気が重くなる。

 集合時間少し前になってようやく太郎氏が到着した。太郎氏は電話で冷淡な対応をしたことなど端(はな)から気にしている様子もなく、「お久しぶり」と屈託なく挨拶をして寄こした。
「この間は『どちらの酒井さんですか』なんて冷たい反応だったよね」とジュオジンは厭味ったらしく言った。
「突然電話貰ったもので、つい言ってしまいました」
その答えにジュオジンは太郎氏には全く他意はなかったと認識し、今後の旅を楽しいものにするため、これ以上突っ込むことは控えた。

 集合カウンターは結局Fカウンターということが判明。一行三十六人を率いるツアー団長のいい旅社会長黒埼氏も到着してチェックインの列に並んでいた。黒崎氏は細身の長身で、旅好きの象徴である陽に焼けた渋い顔を微笑ませて迎えてくれた。
チェックインの後は搭乗時間まで自由行動なので、旅行前の恒例行事である『寿司岩』にて軽く安全祈願を執り行う。これをやっておかないと実体経験から必ず不測の事態が発生するという不安があるのだ。ビールとつまみ少々、握りニ、三個を食し、無事、安全祈願祭は終了した。その後、免税店でホテルの部屋飲み用のウィスキーを買い求めた。クロちゃんはその外に秘かに化粧品購入。自分用だと言っていたが、きっとまたどこぞのお姉ちゃんにあげるのだろう。ジュオジンは今のところ亡くなった妻に貞節を尽くし、その手のお付き合いは皆無なので、余計な気遣いをしなくても良く、至って気楽だ。後々、この暢気さがささやかな後悔の種になるのだが。


<中国国際航空機内で寛ぐ旅人たち>
 ゴールデンウィーク前のこの時期の機内はさぞ空いていると思ったが、ほとんど満席状態。ジュオジンは三人掛けの真ん中にすわることになった。そしてクロちゃんは窓際へ。通路側の比較的若い男はほとんどしゃべらず、アジア系だが国籍不明。
上海行きジャンボ機は夜七時半に成田空港を飛び立った。約4時間のフライトだ。通路側の無国籍青年は何故か、《いい旅社ご一行様》に独り包囲され、借りてきた猫のように大人しい。英語と中国語で話し掛けるCA(キャビンアテンダント。最近ではスチワーデスと言う言葉は死語に成りつつあるようだ)に対して、言葉が解らないのか、はたまた失語症なのか、ほとんど手話のように指差しだけで意思表示している。従って、左側は静かでいいのだが、右側の窓際がいけない。まるで二、三ヶ月無人島に閉じ込められていた人間が、ようやく人間界に戻り、人恋しくて、話したくてしょうがないといった感じで機関銃のようにしゃべり掛けてくる。フライト期間中はジュオジンにとっては静かに思索に耽る時間なのだ。機関銃音を遮るためジュオジンは仕方なくヘッドホンを耳に当て、あまり興味のない映画に見入った。食事の時も外さなかった。こうしてジュオジンにとって大切な思索時間と帰国後書く予定の旅行記執筆のための準備の時間は失われた。


<鳥インフルエンザを怖れてマスク姿で到着の旅人>
 ジャンボ機は三時間半後の23時、現地時間午後10時に上海浦東空港に着陸した。ツアー参加メンバー36人もの入国手続きだったが、比較的スムーズに運び、11時近くには空港からほど近いホテルにチェックインできた。

<初日のホテル=上海臨港大酒店>

既に夜半でもあり、明日は比較的早い時間に出発と言うこともあって、みな早々に各部屋に引き上げて行った。普段なら早速どこかの部屋で団結式でも開催しようと持ちかける筈のマッちゃんも今日はおとなしく引き上げた。せっかく免税店でブランド物のウィスキーを買い込んで張り切っていたクロちゃんはジュオジンに促されて残念そうに部屋に入った。

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