NHK「失われた文明・・・マチュピチュの天空に続く道」を観ました。マチュピチュは、数ある世界遺産の中でも最も美しいと言われています。山々で分断されたアンデスをインカはなぜ統一することができたのか?なぜ比類なき天空の文明を築くことができたのか?番組では17世紀初めに残された年代記を基に、この謎を解き明かしてくれました。
インカは文明の条件といわれる鉄も文字も持ちませんでした。しかし、当時のヨーロッパを凌ぐ豊かさを手にしていたのです。年代記には「インカは食料や衣服を公平に分け、病人や老人も安心して暮らせる福祉国家だ」と記録されています。第九代インカ皇帝パチャクティは自分の息子にこう語りました。「奪って豊かになるのではなく、与えて豊かになるのだ!」 この卓越した哲学こそがインカ帝国繁栄の理由だったのです。
彼は各地に段々畑(アンデネス)を築き、作物の生産を伸ばしました。険しくそそり立つ山肌に延々と続く段々畑・・・・上の段と下の段では温度が違います。海抜ゼロか6千㍍まで、インカの民は様々な種類の作物を手にすることが出来ました。アンデネスで収穫された豊富な作物は、帝国内に巡らされたインカ道を通って運ばれ、更にコルカと呼ばれる貯蔵庫に備蓄されました。インカ帝国は、国中に食べ物が満ち溢れる豊かな社会でした。一千万の国民が飢えの無い暮らしを送っていたといいます。パチャクティと息子と孫・・・三代のわずか50年ほどの間にインカは繁栄し巨大帝国を築きあげました。
番組の最後に、マチュピチュの調査隊の一人が語った言葉が印象的でした。「ここを作ったインカの力に感動します。ここは神々の場所です。自然を理解し自然と対話しなければ町を築くことなど不可能な、神の場所なのです」 山々が聳えるアンデスに広大な帝国を築いたインカ・・・断崖絶壁に道を通し、作物を育て、飢え無き社会を築いた・・・五百年前、「与えて豊かになること」を目指した、天空の文明がここにありました。
インカは文明の条件といわれる鉄も文字も持ちませんでした。しかし、当時のヨーロッパを凌ぐ豊かさを手にしていたのです。年代記には「インカは食料や衣服を公平に分け、病人や老人も安心して暮らせる福祉国家だ」と記録されています。第九代インカ皇帝パチャクティは自分の息子にこう語りました。「奪って豊かになるのではなく、与えて豊かになるのだ!」 この卓越した哲学こそがインカ帝国繁栄の理由だったのです。
彼は各地に段々畑(アンデネス)を築き、作物の生産を伸ばしました。険しくそそり立つ山肌に延々と続く段々畑・・・・上の段と下の段では温度が違います。海抜ゼロか6千㍍まで、インカの民は様々な種類の作物を手にすることが出来ました。アンデネスで収穫された豊富な作物は、帝国内に巡らされたインカ道を通って運ばれ、更にコルカと呼ばれる貯蔵庫に備蓄されました。インカ帝国は、国中に食べ物が満ち溢れる豊かな社会でした。一千万の国民が飢えの無い暮らしを送っていたといいます。パチャクティと息子と孫・・・三代のわずか50年ほどの間にインカは繁栄し巨大帝国を築きあげました。
番組の最後に、マチュピチュの調査隊の一人が語った言葉が印象的でした。「ここを作ったインカの力に感動します。ここは神々の場所です。自然を理解し自然と対話しなければ町を築くことなど不可能な、神の場所なのです」 山々が聳えるアンデスに広大な帝国を築いたインカ・・・断崖絶壁に道を通し、作物を育て、飢え無き社会を築いた・・・五百年前、「与えて豊かになること」を目指した、天空の文明がここにありました。