上智大学の大久保先生からこんな素敵なメールが届きましたのでご紹介させていただきます。こんな淡い先生との思い出・・・貴方にもきっと遠い昔の、生きることが謎に満ちていた日々が蘇ることでしょう。
蘇える歌声
小学校の時の思い出である。大学を卒業したばかりの、新任の瑠璃子先生が赴任してきた。まだ新学期で、窓の外には春の光がみちあふれていた。瑠璃子先生は、黒板に歌詞を書き始めた。「これから、歌の歌詞を書きます。皆さんは、いま、まだ意味はわからないと思いますが、これから書くこの歌を覚えてください。いつか意味がわかる時がきっときます。その時がきたら、ことばの意味を考えてください」
「ロー ロー ロー ユア ボート、ジェントリー ダウン ザ ストリーム、
メリリー メリリー メリリー メリリー、ライフ イズ バット ア ドリーム」
先生は、このように片仮名で黒板に書き、生徒たちと歌の練習を始めた。子どもたちは、つぶらな瞳で、先生を見つめ、謎のような呪文のような歌詞をひたすら覚えた。呪文のように、何度もくり返し、この歌を歌い、歌声だけが耳に残った。
謎が解ける時は、意外にはやくやってきた。テレビ番組で『名犬ラッシー』が放送され、エピソードの中にこの歌が流れた。「漕げ、漕げ、船を 流れを下り 楽しい楽しい、楽しい楽しい、舟遊び」だが、謎はまだすべて解けたのではなかった。私は高校生になり、英文法と英文解釈の技術を学んだが、その後この歌を省みることはなかった。「漕げ、漕げ、船」の歌は、その後大学時代も、私は省みることはなかった。
歳月が流れた。歌の最後の一行は、Life is but a dream. 人生は夢にすぎない!
このことばの意味を、私が理解したのは、四十歳をすぎてからである。大学生の時、この言葉を訳すことはできたと思うが、その真の意味は分らなかっただろう。いま、この歌を思い出すと、春のあの教室、友たちの瞳がよみがえってくる。こどもたちの歌声は、室内に満ち、桜の花びらがひらひらと、風に舞っていた。歌のことばの意味が解らなかったように、窓のそとには謎がみち、人生には夢があった。教師が教えたことが、何十年の月日を経て、生徒に理解されることがある。あの時、ことばの意味がいつかわかるときがくると言った瑠璃子先生は、大学を卒業して教壇に立ったばかりだったが、「人生は夢にすぎない」ということばの意味を、いかなる経験をとおして知ったのだろうか。
花が匂い立つように咲き、春の光がみちていたあの日。あの歌声を思い出すと、生きることが謎にみちていた日々が蘇ってくる。
Row, row, row your boat. Gently down the stream. Merrily, merrily,
merrily, merrily. Life is but a dream.