27. 「遠くで汽笛をききながら」
☆「何処まで行くの?」ギター・ケースを抱えて、国鉄「大阪駅」の待合室で
一人で座っていると二十代後半くらいの女の人がそんなふうに声をかけてきた。
「夜行列車で鳥取まで」僕は答えた。
「マラケッシュ・・・エキスプレス?」 「何の意味?」
僕のギター・ケースにMARRAKESH EXPRESSと書いた英文字を
指さして女の人はそう尋ねた。
「クロスビー・スティルズ・ナッシュ&ヤングの曲の名前です」と僕は答えた。
「ふーん、知らないわ、有名?」
「そんなに有名じゃないかもだけど、TEACH YOUR CHILDRENって歌は
映画、小さな恋のメロディの最後で、トロッコで二人が
下って行くシーンに入ってたから有名かな・・・」
「あ、その映画観たわ。知ってるよ、好きよBEE GEES」
「うーん・・・BEE GEESもだけど、映画の最後の曲はCSN&Y・・・」
こんな話や鳥取まで砂丘を観にいく話なんかをした。
「私、もうすぐ仕事で、大阪へ引越しするから電話番号教えて。連絡するから」
と女の人が言う。断る理由もなかったので、僕はギター・ケースを開けて
五線紙を取り出し、端を少しちぎって電話番号を書いて渡した。
☆そうしてお互い電話番号を交換して、僕は夜行列車で、
女の人は最終電車で兵庫県の三田市まで帰るという。
「さよなら、気をつけて。よい旅を!」
やがて出発の時間がきて、待合室を出て切符を握り締め、
僕は冬の風が吹きさらす寒いホームから夜行列車に乗り込んだ。
西へ向かう夜汽車の乗客は少なく車内はガランとしていた。
通路を挟んだ隣の席のおばあちゃんが「何処まで行くの?」と
話かけてきたので、僕は「鳥取砂丘まで」と答えた。
おばあちゃんは、少し呆れたような顔になって
「いまから砂丘まで?朝すごく早く着くで、知り合いがおるの?」と。
「いえ・・・誰も。一人です」と僕が答える。
これが、孤独で辛く長い旅の始まりだった・・・というのは嘘だ。
☆朝早く鳥取駅に着いて「カニ弁当」を買い、とりあえず空腹を満たした。
初めて食った鳥取の「カニ弁当」はめちゃくちゃ美味かった。
というか、カニそのものを食べたのが初めてだったかもしれないか・・・。
いずれにせよカニ弁当は本当に美味かった。
腹も膨れてようやく、陽もあがってきた。
空が少し明るくなってきたので、僕はギター・ケースを抱え、
砂丘まで歩いていった。こんな冬の朝の早い時間に、
砂丘まで遊びに来る人は誰もいない。
僕は適当な場所を見つけてギター・ケースを開けて、ギターを取り出して弾いてみた。
☆♪ボロロ~ン♪ ボロ~ンッ~♪ だめだ!吹きよせてくる海風が強く、
風の音が全部さらっていってしまう・・・おまけに寒すぎる。
寒すぎて五分と経たずギターの弦を押さえる指がちぎれそうに痛くなってきた。
寒い。痛い。淋しい。想像だにしなかった、なかなか深刻な状況だ。
これはヤバイ。鳥取で爽やかな風に吹かれて、歌でも作ろうと思っていたが、
歌どころか、このままでは風邪引いて野垂れ死んでしまう・・・。
思い立って一人旅に出てみたが、あまりにも場所と季節がはずれ過ぎていた。
☆そんなわけで、僕は寒さに負けて砂丘を後にし
市街へ戻り喫茶店に入って熱いコーヒーを飲んだ。
お金を払って店を出る間際に店のおばちゃんが僕にこう尋ねた。
「何処から来たの?」
「大阪から旅をしに来ました」と僕が言うと、
「何処まで行くの?」と。 わからない・・・これから何処へ行くのだろう?
僕は何処へと行くのだろう・・・?
僕が返す言葉につまっていると、おばちゃんが、ちょっと呆たように
でも笑顔を見せて「よい旅を」と言ってくれた。
注:ほんの短い旅だって、それは旅だけど、長い人生だって旅だ。
何処に辿り着くのかは誰にもわからない・・・
坂を登り、時には小石のように転がりながら、
誰しもがこの長い長い道程をゆく。
だから心に晴れた空を持ってる人たちよ、「よい旅を」 そして乾杯。
♪せめて一夜の夢と 泣いて泣き明かして
自分の言葉に嘘は つくまい 人を裏切るまい
生きてゆきたい 遠くで汽笛を聞きながら
なにもいいことが なかったこの町で♪
(アリス/遠くで汽笛をききながら)