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安倍首相が変えた対中外交…長い対中外交史上、初めてといっていいほど日本側の鮮やかな勝利だった

2024年09月05日 19時27分54秒 | 全般
その時に実現した約25分間の安倍氏と習氏の初会談は長い対中外交史上、初めてといっていいほど日本側の鮮やかな勝利だった。 
2020年09月02日

以下は、安倍首相が変えた対中外交、と題して、今日の産経新聞に掲載された台北支局長矢板明夫の論文からである。
これまでの記者人生の中で、強く印象に残った場面はいくつかある。
2014年11月に取材した安倍晋三首相の訪中はその一つだ。
北京で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)に出席する安倍氏を出迎えたホスト役の習近平国家主席は、「顔も見たくない」とでもいうような仏頂面だったことに驚いた。 
習氏の表情は悔しさの表れだった。
安倍氏の首相就任からそれまでの約2年間、中国は日中首脳会談開催の条件として靖国神社参拝と尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領有権をめぐる日本側の譲歩を要求し続けたが、「前提条件なしなら会う」と安倍氏は「ゼロ回答」を貫いた。
中国当局は日本国内の親中勢力などを動員してさまざまな揺さぶりをかけた。
それまでの政権なら「折衷案」を提示するなど右往左往するはずだが、安倍氏はまったくぶれず、中国側が折れる形で決着した。
その時に実現した約25分間の安倍氏と習氏の初会談は長い対中外交史上、初めてといっていいほど日本側の鮮やかな勝利だった。 
安倍政権までの日中関係は、ほぼ中国のペースで進んだ。
歴史認識や日中戦争中の慰安婦問題、尖閣などをめぐって不満をいわれる一方、日本は政府開発援助(ODA)などを通じて経済支援する、という極めていびつな構図が続いたが、安倍氏によって少しずつ是正された。 
安倍氏は15年に戦後70年談話を発表し、子孫に「謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と強調した。
*一方、朝日新聞の論説で出来ている頭脳と、欧米の文学者の剽窃に依って出来ているだけの頭脳の持ち主である大江健三郎と村上春樹は、安倍首相とは正反対に、子孫に、謝罪を続ける宿命を背負わせ続けようと奮闘して来たのである。どれほどの愚か者達であるかを明らかにするのに、本欄が貢献したとすれば幸いである*
以降、歴史問題に関する謝罪や反省を求める中国の要求を一切取り合わず、中国が長年使ってきた歴史カードを封印させることに成功した。
日中関係はようやく「未来志向」となった。
対中ODAを終了させたことも英断だった。 
南シナ海への拡張など、日本と直接関係のない事案でも積極的に中国に「ものをいう」ことも安倍氏のスタイルで、日中関係で日本が主導権を握る場面は珍しいことではなくなった。 
トランプ米大統領と親密な関係を築き「日米関係」にしっかりと軸足を置いた安倍政権の対中姿勢は、東南アジアなど周辺国から厚く信頼された。
中国の圧力を受ける台湾の与党系シンクタンクの研究者は「安倍氏は中国の脅威に対抗してくれるリーダーのような存在だった。必ず味方になってくれ、いつも心強く感じていた」と振り返った。 
もちろん、安倍政権の対中外交は百点満点ではなかった。
尖閣周辺への中国公船の頻繁な出没に対し、もっと強い姿勢を示す必要があったのではないか、などと思うことはある。
失点といえば、習氏に「桜の咲く頃、国賓として日本にお抑えしたい」と言ったことかもしれない。
礼儀上、指導者同士の招待を取り消せないため、この問題はこれからの日本外交の足かせになる可能性がある。 
8月28日の安倍氏の辞任会見の翌日、中国共産党の機関紙、人民日報傘下の環球時報は社説で「日本は私たちが味方にする必要のある国だ。対中問題で日米は必ずしも一枚岩ではない」と強調した。
中国は首相交代を「チャンス」とみているようで、日米分断を図るためさまざまな策略を仕掛けてくるに違いない。 
次期政権には残る課題に対処しつつ、動揺することなく安倍政権の対中姿勢をしっかりと引き継いでもらいたい。 


2024/9/5 in Mihara, Hiroshima

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