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19世紀末の朝鮮半島は、農民が支配層に搾取され続け、極貧状態にあった。

2022年10月08日 01時53分29秒 | 全般

19世紀末の朝鮮半島は、農民が支配層に搾取され続け、極貧状態にあった。
2021年10月22日に発信した章である。
検索妨害に遭っていた。再発信する。

以下は、竹島を考える、と題して定期連載されている東海大・島根県立大客員教授下條正男の本日掲載された論文からである。
本論文は日本国民のみならず世界中の人達が初めて知る史実である。
見出し以外の文中強調は私。
経済安保「古い資本主義」に学べ
日本経済はバブル崩壊後、低迷が続き、回復の兆しは見えてこない。
衆院選の最中とあって、与野党とも選挙運動に余念がないが、その中で自民党が掲げる「新しい資本主義」は、今ひとつはっきりしない。
「新しい資本主義」があれば、「古い資本主義」があるのだろうが、その線引きはどこでするのだろうか。
さらに近年は中国の動向から「経済安全保障」の必要性も囁(ささや)かれるが、それはどう実現するのだろうか。
中国大陸に興った歴代の王朝は、常に盛衰を繰り返した。現在の中国は隆盛期に属し、この状態はしばらく続くとみられる。    
台湾への侵攻を公言し、尖閣諸島にも食指を動かす中国に対し、日本が憲法の改正や防衛力の強化を唱えても、その動きを止めることはできない。
そこで経済安保や「新しい資本主義」が囁かれるのだろうが、それにも手順がある。    
金融組合で農民に変化 
もともと中国は、儒教文化圏の中でも中央集権的な郡県制の社会であった。
そこは徳治主義を唱える「儒家思想」ではなく、法治主義を説く「法家思想」が支配する社会であった。
それは、香港に対する近年の姿勢を見れば明らかだ。 
一国二制度を謳(うた)った中国政府が「香港国家安全維持法」を施行し、反中的な言動や抗議活動の取り締まりを強化した根幹には法家思想がある。
その中国に対し「人権」や「民主化」を問題としても効果は薄い。法家思想では、法は統治の手段だからだ。
その時、対中政策の参考になるのが、今から120年ほど前、ロシアの南下政策に対抗して、日本が朝鮮半島で実施した「施政の改善」である。
19世紀末の朝鮮半島は、農民が支配層に搾取され続け、極貧状態にあった。当時の朝鮮は清に従属し、国内では売官売職が横行して各地で民乱が頻発した。
日本政府は朝鮮政府に対して 「施政の改善」を求めたが、閔妃一族による国政の壟断(ろうだん)は続いた。
農民らの反乱(東学党の乱)を発端として日清戦争が起こり、朝鮮半島の39度線以北を中立地帯とすることを求めたロシアとは、日露戦争を戦うことになった。
ロシアに勝利した日本は1905年、韓国を保護国として、大韓帝国政府の中に統監府を設置した。
その時、統監の伊藤博文と財政顧問の目賀田種太郎が行った施策が、日本の「古い資本主義」による「経済安保」策である。
ロシアの南下を防ぎ、大韓帝国の自王独立のためには、財政再建によって富国とする必要があった。
当時、大韓帝国の財源は農民からの地税が大部分でその農民も8割が小作農だった。
そこで伊藤は朝鮮に地方自治を確立し、土地を持たない小作農を自作農に育成することにした。
伊藤と目賀田が取った施策は、小作農を組合員とする金融組合を設置し、原則無担保で融資し、自作農を創生することだった。
それは春先、資金が必要な時に低利の小口融資を行い、土地や耕牛を購入して秋口に返済するのである。
朝鮮の農民は融資を持続的に受けることができ、自作農への道が開けたのである。
農民の多くが加入し、組合員数は1945年時点で268万人となった。終戦時には、組合の店舗も912店を数えるまでになった。
戦後、韓国では、金融組合は農業協同組合と中小企業銀行になっている。
金融組合が誕生して、朝鮮の農民には変化が起きていた。米は搾取の対象ではなく、商品であることを知ったのである。
勤勉に働き、品質のよい米を生産すれば、より高い値段で売ることができた。
日本の改善策、朝鮮に貢献 
金融組合の活動は、日本政府からの借款で1907年に始まったが、伊藤の要請を受けた東洋協会専門学校(現在の拓殖大)の卒業生30人によってその基礎が築かれた。
彼らの仕事は、困窮する農民たちに小口金融を勧誘し、土地を買い、牛を買ってともに自立の道を模索することであった。
当時は反日暴動が各地で起こる中、政府を信用しない朝鮮の農民に、金融組合の説明から始めなければならなかった。
それができたのは、その活動が江戸時代から続く地域振興策(「古い資本主義」)を踏襲していたからで、そのルーツは二宮尊徳や大原幽学らにあった。
伊藤らによる「施政の改善」策は、地域振興券や定額給付金を国民に支給する一過的な施策とは一味違っていた。
融資を受けた貧農が、お金がお金を生むすべを知り、国と農村を富ますことで「経済安保」に貢献していたからである。
だが、この歴史は韓国では知られていない。日韓間では、歴史問題が障害となって過去の歴史が封印されているからだ。
中国の台頭という現実を前にして、「経済安保」という側面からも、日韓はこの「古い資本主義」を検証してみる価値がある。  

 


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