菅原貴与志の書庫

A Lawyer's Library

課徴金とBJR、そのツケ回し

2014-09-24 00:00:00 | 菅原の論稿

 独禁法違反で課徴金納付命令を受けた会社の経営者が、違法行為による損害を防げなかったことなどを理由に、株主代表訴訟を提起される事例が増加している。最近の価格カルテル事件でも、株主が歴代の取締役らを相手どり、「カルテルに故意に関与したり、存在を知り得たのに看過したりして放置した過失がある」などとして、公取委が納付を命じた課徴金約70億円を会社に賠償するよう求める代表訴訟を起こしたとの報道があった。

 こうした取締役の会社に対する損害賠償責任は、会社法423条1項の「その任務を怠ったとき」に発生する(任務懈怠責任)。とはいうものの、会社の経営にはつねにリスクがつきものである。取締役が何らかの経営判断を行うとしても、必ず成功して利益をあげるとは限らないし、思惑がはずれて、会社に損害を与えることもあるだろう。そういった場合に、当然に任務の懈怠があったとして、取締役の損害賠償責任が発生するというのでは、酷な結果にもなりかねない。

 米国では「取締役が誠実に、かつ権限と裁量の範囲内で経営判断を下したのであれば、彼はその判断について責任を負わない」とされている(経営判断の原則、business judgment rule)。わが国の判例でも、この原則と類似の考え方で、取締役の責任の有無を判断したものが少なくない(最判平成20・1・28判時1997号143頁等)。

 では、独禁法違反で課徴金納付命令を受けたような事例においても、この経営判断の原則が適用されるものであろうか。

 この点、一口に「任務を怠った」とはいうが、具体的法令違反の場合とそれ以外の任務懈怠(善管注意義務違反)とに大別され、まさに独禁法違反などは前者の類型である。そして、具体的法令違反の場合には、経営に関する裁量の範囲内にあると評価されることはなく、経営判断の原則の適用はない。なぜならば、取締役にとって、法令遵守が最低限の規範的要求だからである(会社法355条参照)。

 したがって、独禁法のごとき具体的法令違反があれば、経営判断原則による保護は受けられず、ひとたび代表訴訟を提起されれば、実務上は、取締役にとって厳しい対応に迫られることとなる。

 しかし、ここで一つの素朴な疑問に行き当たる。会社自体に課せられた課徴金(冒頭の事例では約70億円)について、そもそも会社の「損害」として取締役に請求することが許されるものなのであろうか。

 公取委によれば、独禁法上の課徴金とは「カルテル・入札談合等の違反行為防止という行政目的を達成するため、行政庁(公取委)が違反事業者等に対して課す金銭的不利益のこと」をいうと説明する(公取委HP)。すなわち、課徴金制度は、①違反行為による利得を事業者の手元に残さないことと、②違反行為の抑止を図ることの双方を目的としている。この点、最判平成17・9・13民集59巻7号1950頁では、違反行為の抑止の側面を強調しているようにも思えるが、いまなお不正利得の剥奪の目的を放棄したわけではない。

 本来獲得すべきではなかった不正な利得を事業者の手元に残さないために、これを国庫が剥奪するのが課徴金制度の目的の一つであるとするならば、当該利得は剥奪されるべくして剥奪されたものであって、もはや会社の「損害」とはいえないのではあるまいか。だとすれば、損害なきところに賠償はないわけであり、会社の取締役に対する損害賠償請求権も発生しないこととなる。

 これが課徴金という行政措置ではなく、刑事罰としての罰金刑であった場合には、さらに問題は複雑である。カルテルや私的独占に関し、違反行為者個人に5年以下の懲役または500万円以下の罰金が、法人(会社)には両罰規定が適用され、5億円以下の罰金が科される。これには、法人自身を処罰することにより、独禁法違反行為の再発を防止しようとの目的がある。

 にもかかわらず、その罰金相当額を行為者である取締役に求償できるならば、会社としては現実に損を生じない(不正の利益を確保・維持する)こととなり、法人処罰の意味がなくなってしまう。また、すでに行為者個人が罰金刑に対応しているならば、法人処罰の求償によって、罰金の二重払いを強いられることにもなる。ちなみに、罰金額が5億円以下へと高額化しているのは、ひとえに法人の支払能力を考慮してのことであろう。

 会社が取締役に罰金や課徴金の「ツケを回す」ことの意味について、今一度よく考える必要があるのかもしれない。

  (三協法規出版『カルテル規制とリニエンシー』p.113より)