ビル・エバンスの名録音盤『You Must Believe In Spring』を聴く

“エバンスのアルバムに優秀録音なし”はどうも定説のようになっている。名盤の誉れが高いRiverside4部作の影響からか、あるいは後期のエバンスがあまり評価されていないからか、その真偽は定かではないが、いずれにしても、ことピアノの音という視点からはエバンスは駄目駄目盤がとても多い。
リバーサイドにしてもヴァーブの作品にしてもそうだが、エンジニアがルディ・バン・ゲルダーであってもヴァル・バレンティンであっても駄目な物は駄目である。もちろんゲルダーにピアノ名録音なしは定説なのでしようがないにしてもである。（使われているピアノも本当に悪いのだけれど・・・）
というわけで、僕が好きで好きでしようがないエバンスの名録音盤は、
『ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリング』(Warner Bros.)であり、僕にとっては決定的な名盤であり、名録音盤だ。ミシェル・ルグランの表題曲が好きなんです。
　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　ネクラなジャケットも好きです。
＜Ｂマイナー・ワルツ＞での氷の上を歩むが如くに弾き出すテーマから痺れる。いい音だ。こんなにも構成力があってドラマティックな曲も無いだろう。また弾いているピアノも相当いい感じにチューンされているということもよく分かる。ただし3分12秒しかないのだ。アッというまに1曲が終わる。もっと聴きたい！！（そう、このアルバムはたった34分17秒しかない！）
この曲のムードは最終曲の＜Ｍ＊Ａ＊Ｓ＊Ｈ＊のテーマ＞に至るまで持続する。まさにトータル・アルバムの趣だ。これは録音にも当てはまっている。
この盤ではベースのエディ・ゴメスも変な突っ込み満載のベース・プレイではなく、脇役に徹している。ややアンプリファイした音ながら、好ましいベース・ノートを聴くことができる。同じことをエリオット・ジグムンドのドラムスにも言えて、とても控えめで好ましい。
ゲイリー・マクファーランドの＜ゲイリーズ・テーマ＞も実にネクラな曲調だが、このアルバムの流れの中で聴くと実にしっとりとした質感に感じられる。ほとんどベースが聴こえないが（出しゃばらないでもろに脇役）、急に響くバスドラは、あたかも心臓の鼓動のように聴こえてくる。その風圧にグサリとくる。
このバスドラの超低域（空気感漂う）が聞き所でもある。たぶんＳ／Ｎがよくトランジェントのいいスピーカーじゃないと、立ち上がりが“ゆるゆる”になるかもしれない。4曲目の＜ウィ・ウィル・ミート・アゲイン＞出だしのベース・ソロのバックでのジグムンドのドラムスのパースペクティブ、ピーンと張り詰めた空気感をぜひ聴いて欲しい。
この盤は3日間かかって録音されている。ゆえに曲によって微妙に音が違う。ピアノの音もやや違う。定位も同様だ。その辺もよく聴き取って欲しい。ビル・エバンスってピアノ弾きは、本当はこういうタッチなんだなぁ、と実感出来る名録音盤なのだから・・・。それにしてもこの盤を一ノ関の『Ｒｏｙｃｅ』で聴きたかったなぁ。

さて今日はこの盤を4回聴いた。どの曲もミディアム以下のテンポで演じられている。ムードもテンポもほほ同一の曲が7曲も続けば、普通は飽きが来たり、だれるものだが、そんな気配は微塵もない。少なくとも僕にはまったく飽きのこない作品なのである。
録音はCapitol Studio。エンジニアは名手アル・シュミット。アディショナル・リミックス&エディティングがフランク・ライコ(!)、マスタリングがダグ・サックスと揃えば悪いはずがないのである。彼らの名前を見て、「フム・フム」と頷いているあなたは相当なオーディオ・ファンですね。

■参考ＨＰ
楽しい音楽を聴く♪：破滅的な美の表現
http://music-review.info/article/10911105.html
「あらゆるビル・エヴァンスの作品のなかでも最も破滅的な美が表されている作品ではないかと思う。」
af_blog
http://af-site.sub.jp/blog/archives/2005/09/you_must_believ.html
「このレコードの音の中から聴こえる「死」の響き。この「せつなさ」はいったい何なんだろうか？このレコードには「訣別」という言葉がよく似合う。」