読書の記録

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地下水と地形の科学 水文学入門

2018年01月08日 | サイエンス

地下水と地形の科学 水文学入門

榧根勇
講談社


 林修が、講談社学術文庫が本棚に何冊あるかでその人の知性がわかる、となにかでコメントしてむむっと思った。

 改めて自宅の本棚の講談社学術文庫ーー藍色の背表紙を探してみる。佐藤信夫の「レトリック感覚」佐々木正人の「アフォーダンス入門」、網野善彦の「『日本』とは何か」、江藤淳の「漱石とアーサー王伝説」、貝塚爽平「東京の自然史」などなど、数えてみて10冊ほどはあった。このブログでも何冊かとりあげている。

 まずは面目たったかというと、実はそうでもなくて、この10冊も全部ちゃんも読んだこというと、そんなことはない。講談社学術文庫は、あつかうテーマはなかなか興味深いが、やはり内容が難しく、文章も易しくないのでハードルが高い。だから手に取るのは年に1回あるかないかくらいだし、斜め読みだったり、最後まで読み切れなかったものもある。

 そんな挫折本の中のひとつが本書だった。タイトルが気になって買ってみたものの、なかなか内容が手ごわくてうまく読み進められず、放置していた。学術文庫としての刊行は2013年だが、底本は1992年のものらしい。

 

 閑話休題。先日、静岡県三島市の柿田川湧水群に行ってきた。一度行ってみたかったところである。

 柿田川は湧水を源泉として太平洋にそそぐ、日本で一番短い一級河川である。源泉のある一帯を柿田川湧水群といって公園が整備されている。源泉は展望台で上から覗き見ることができて、川底から水が染み出ているのが肉眼でもわかる。

 ここは、インスタ映えすることでも有名で、旅専門のキュレーションサイトでもよく紹介されている。青く澄んだ湧水や、青々としげる森林の中をながれる清流の風景はなかなかフォトジェニックで旅心を刺激される。写真から判断すると夏に訪れると緑も豊かで水面もそれらを反映してどこまでも美しい景色となるようだが、この正月にたまたまこちら方面に用事ができたので足を延ばしていってみた次第である。冬場でもそれなりにきれいであった。

 しかし、なぜこんな海からたいして離れていないところに、こんこんと清い水が湧き出る一帯があるのか。

 現地の案内看板によると、この湧水は富士山の雪解け水なのであった。

 富士山は、今われわれがみている富士山の内側に「古富士山」というのが隠れているらしい。古富士山の上に、新しい富士山が、帽子を2つ重ねるように被っているようなかっこうなのだそうだ。

 で、古富士山は水を浸透しにくい粘土系の土質でできており、新富士山は水を通しやすい土質なのだそうである。

 したがって、富士山の雪解け水は地中に浸透し、古富士山のある層のところで地下流水となってすそ野に向かって流れだす。裾野のいちばん下の部分で新富士山の土壌が尽きて古富士山の土壌が地表に顔を出す。ここで地下流水が湧き水となる、というからくりらしい。

 なるほど柿田川の湧水は富士山という壮大な浄水フィルターを通した水ということだ。きれいなわけである。

 

 というわけで、あらためて地下水に興味を持って、そういや挫折した本があったなというわけで眠っていた本書を取り出した次第である。

 とはいえ、書かれている内容はやはりそうとう専門的で、やっぱり隅々まで頭に入るということはなく、もっぱらの斜め読みですませてしまったのだが、それでも東京都の西北部に広がる武蔵野台地の下にねむる地下水網の話はやはり圧巻だった。練馬区にある石神井公園、杉並区の善福寺公園、武蔵野市の井の頭公園、これらはそれぞれ池をたたえた公園で、これらの池はみんな湧水である。ここから石神井川や神田川となって東京湾にむかって流れだす。なんと、これらの池の水面の海抜は標高50メートルくらいとみんなほぼ同じらしい。

 ということは、標高50メートル付近で武蔵野台地は上下で土壌が異なるということだ。先ほどの柿田川湧水と同じく、この50メートルの地点で、関東ローム層の境目があるということになる。本書によれば武蔵野台地は多摩地方から扇状地として南東の方角にむけて傾斜している。挿絵をみるとたしかに扇状地の地形をしている。この扇状地をつくったのは多摩川であるが、いまの多摩川とはだいぶ流れている箇所が違いそうだ。そして標高50メートルくらいのところに新しい層と古い層の境目があり、そこから湧き出た水が石神井公園や善福寺公園や井の頭公園になっているのである。

 これらの公園より西側は、大地の下の地層の境目に水が流れているということになる。ただし、流れているといっても、人の目でみればほぼ滞留しているようなスピードだそうだ。1年で数メートルから数百メートルといった程度らしい。大地にしみ込んだ水が地下を通ってどこかで地表に湧水し、最後は海に流れ出るまで20年とか30年とかかかるそうだが、それでも世界レベルでみれば日本の場合は循環がはやいほうとのことである。日本は水が循環する国なのだ。

 

 日本は世界でもまれにみる水に恵まれた国であることはよく知られている。本書によれば、日本はあちこち穴を掘れば、いずれ水が出てくるそうだが、世界ではそうもいかないらしい。だから水脈をみつける呪術みたいなものが各国であったりする。

 水に恵まれるためには気象条件と土壌条件の両方が必要なようで、日本は、地震や台風など、世界の中でも天災をうけやすい国だが、地学的な見解からいえば、それと引き換えに水に恵まれる条件がそろったとも言える。

 昭和の高度経済成長時代は、工業用にこれらの地下水のくみ上げが盛んになって、それが地盤沈下を引き起こした。今は揚水は制限がかかっている。

 一方で最近の東京は(東京に限らないが)、温泉施設ラッシュである。地表付近の地下水は揚水制限がかかっているので、ボーリング技術を駆使してかなり地下深いところから温泉をくみ上げている。地下水のなかである一定の温度以上のものを「温泉」と呼ぶので、つまり地下水をくみ上げている。

 これだってくみ上げすぎてしまうと、なんらかの不都合が発生してしまうのかもしれないので、そこらあたりは自重が必要である。

 これらの深層からくみあげた地下水はそうとう時間がたった水だ。長い歴史でつくりあげられた地形と土壌とそこを通っていく水である。次に行ったときは、太古の水に浸っているという気分で浴してみよう。


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