読書の記録

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エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ

2016年04月03日 | 芸術
エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ

舘野仁美
中央公論新社


 著者は、あのスタジオジブリにいたアニメーターのひとりである。それも「となりのトトロ」から「風立ちぬ」までいたというから、相当な古参だ。

 アニメーション作成の現場というのは、今も昔も相当な集約労働型による過酷な日々とされており、しかもスタジオジブリにいるのは宮崎駿と高畑勲という、2人の超怪物と、鈴木敏夫という名プロデューサーである。はた目には日本アニメの聖地に他ならないが、そこで働く人々はなかなか凄まじい日々なんだろうなと思う。



 本書では、そういった現場の熱気や緊張感が伝わってくるエピソードがいろいろ紹介されているが、そんな中に新人採用の話が出てくる。
 僕はアニメーターの世界というのは基本的にフリーランスと契約の世界なのかと思っていたのだが、スタジオジブリは社員制なのだった。
 新人採用にあたっては、面接や実技や研修を通して候補を絞っていくそうなのだが、採用の基準が面白い。

  (1)線が引けること(引ける可能性があること)
  (2)テキパキと作業がこなせるでこと
  (3)協調性があり、コミュニケーション力があること。人の話を聞いて理解し、わからなければ質問できること。

 興味深いのは、専門的技術能力は(1)だけである。それも即戦力ではなくて、ポテンシャルでもOKというところだ。新人採用だから当然なのかもしれない。
 そして(2)(3)なのである。テキパキとしているかということと、人と一緒に仕事ができるかということ。

 職人の世界でさえそうなんだな、と思った。


 そんな感想をもったのは、たまたま僕が職場でとある新しいプロジェクトで、メンバーを誰にするかという会議に参加したとき、似たような場面に出くわしたからである。
 それはある種の専門性を必要とするプロジェクトではあったのだが、しかしそこであがってくる候補者の名前は、専門性というよりは、まさに、てきぱきと仕事をするタイプか、ということと、コミュニケーション力があるか、ということだったのである。
 なぜかというと、そこではもちろん専門的知識も要求はされるが、それよりは、いろいろな立場の人が複数参加する長丁場のプロジェクトであり、幾多の困難や回り道やクライアントの無茶な要求も当然予想されるものであり、それを乗り切っていかなければならない、ということで上記のような人材がいいね、ということになるのだ。

 さらに翻ってみれば、いちプロジェクトに限った話でなく、けっきょく「仕事ができると評される人」「他のメンバーから支持されやすい人」「まわりから指名されやすい人」というのは、こういう人のことなんだよな、ということである。
 専門に長けている人というよりは、混乱の中に乗り込んで行って、ちゃきちゃきとさばいて、ダメなものはダメ、やるものはやる、わからないものはその場で質問する、それをカラリとやってのけて、屈託を残さない人である。つまり「明朗活発な人」ということだ。

 だから、就職活動で「コミュニケーション力」という一見不可思議なものが求められる、というのは、実際の現場がそういうことだからなのである。(D・カーネギーの「こうすれば必ず人は動く」によると、カーネギー工科大学の研究結果で、ビジネスで成功するためには、ビジネスや職業の種類にかかわりなく、高度な知識がカバーする割合は15パーセントで、85パーセントはひとがらと人を扱う能力次第である、とか。)

 アニメーション・スタジオという、専門職人技がないと務まらないようなところでさえ、実はそうなんだ、と思った。



 ところで、著者は先に触れたようにスタジオジブリの古参である。その職種というのは「動画チェック」というものらしいのだが、現場の古参というのは教育係でもある。若手を厳しく叱ったり、励ましたり、悩んでいれば相談にのったり、心を鬼にしてダメ出ししたり、マネージャーと現場との間に入ったり、そっと若手にチャレンジがいのある仕事を差し込んでおいてあげたり、さりげなく手助けしておいたり。
 人が集団で何かを成すところ。スポーツチームとか建設現場とかオーケストラとか劇団とかに、こういう人が必ずいる。戦争映画とか任侠映画なんかでもたたき上げの鬼軍曹風にそんな人をみる。その集団にとっては宝となる存在である。

 アニメーターといっても、かなり色々な職種に分かれるらしく、またそこには見えないヒエラルキーみたいなものもあるようだ。また、宮崎駿とか高畑勲という超大物にして芸術家肌の人物が、スタッフにどう接し、どんな発言をしているかも本書では取り上げられている。
 そういった秩序とカオスがせめぎ合う中で、実はこういう著者みたいな人が、一見地味だが、実は組織を支え、活発化させているのだ。

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