ジョルジュ・サンド George Sand

19世紀フランス女性作家 George Sandを巡って /日本ジョルジュ・サンド学会の研究活動/その他

Mauprat 『モープラ』

2006年07月03日 | 作品/批評
 フランス大革命前の18世紀中部フランス。樫や栗の林に覆われた広大な荒れ地にすぎないヴァレンヌ地方。樹齢何百年という老木がうっそうと生い茂る人里離れた陰気な中世の城館、ロッシュ・モープラを舞台に物語は始まる。語り手である旅人は、年老いたベルナール老人が述懐する従姉妹エドメとの永久の愛の物語を拝聴する。このベルナールの語りが中心となって物語は展開するが、女性が男性を教え導くという意表をつく教育小説的側面をもつと同時に、サスペンスあふれるモープラ一族の遺産相続争いが隠れた副題ともなっている長編歴史小説である。
 本家のモープラ一族とは違い、家系の栄誉を守る分家の貴族ユベール・モープラは、ひとり娘のエドメと幸せに暮らしていた。狼狩りのイベントの日、エドメはひとり道に迷ってしまう。山賊またの名を斬首族と呼ばれているモープラ一族のロランは、偶然、彼女と出逢い、邪な意図をもってエドメを一族の居城、ロッシュ・モープラに連れ帰る。従姉妹エドメに一目惚れしたベルナールは、嵐の夜、自らも凶暴な兄たちから逃れるべく、エドメを老いぼれ馬に乗せ、この魔の館から脱出する。そして、ふたりは、ルソーの信奉者であり孤高の世捨て人、パシヤンスの居住するガゾー塔にたどり着く。折しも、官憲とこれに取り囲まれた盗賊モープラ一味との間に銃撃戦が始まり、館は炎に包まれ、焼け落ちる。逃走したジャンとアントワーヌ以外の兄弟たちは命を断ち、こうして血塗られたモープラ本家は滅亡する。父の住むサント・セヴェールにベルナールを連れてきたエドメは陰日向となって、パシヤンスやオベール神父とともに、彼の教育に携り、野人同様だった17歳のベルナールを教養と人格を備えた人間に育て上げる。しかし、ベルナールを最初から好きだったと後に告白するエドメには、すでに婚約者がいた。エドメの許嫁への嫉妬心に苦しんだベルナールはアメリカに渡り、ラファイエットが率いるアメリカ独立戦争に従軍する。そこで植物学に熱中するアルチュールというかけがえのない友人を得る。帰国したベルナールを待っていたのは、何者かに狙撃され重体に陥った瀕死のエドメと、狙撃事件の嫌疑がベルナールひとりにかけられ裁判に問われるという不幸な運命だった。パシヤンスにすら疑われ、死刑の判決が下されようとするベルナール。そこに命をとりとめたエドメが出廷し、真実を突き止めたパシヤンスとエドメの二人の証言により、事実が明らかにされ、真犯人は逮捕される。自己破産をひたすら隠していたエドメの婚約者ドウ・ラ・マルシュには誠実な側面もあり、エドメとの婚約を解消し、静かに正面舞台から退場していく。革命時にドウ・ラ・マルシュの海外亡命の手助けをしたベルナールは、晴れてエドメと結婚し、6人の子供をもうける。パシヤンスは、フランス大革命で大きな役割を果たし、その後、地元の住民たちの圧倒的な支持を得て地区判事となる。ベルナールは、エドメがこの世を去った後、その遺言により子供たちのために生きるのだった。
 『モープラ』には、作者が序文に書いているように、「結婚前も結婚の間も、また伴侶との死別後も、永遠に続く一途な愛を生きる」主人公を通して、愛のユートピアが描かれている。また、19世紀は「民衆|という言葉が注目された時代だったが(Cf. Michelet)、サンドは、この作品の中でもまた、哲学的隠遁者、パシヤンスの言葉と生き方を通し、教育も財も待たざる民衆を擁護し、かれらの味方である作者の位置を明示している。パシヤンスは、一部の少数の富裕階層や特権階級が富を得るのではなく、大多数の貧しい民衆がより豊かな物質的、精神的生活を送ることのできる未来の到来を予言している。

 
<ベルナールの友人、アルチュールの言葉より>

「ベルナール、君の愛は矛盾した要求に満ちている。そもそも一貫性に欠けるというのは、人間のすべての愛の特性なのだけどね。男たちは、女というものは自分自身だけでは存在するということがなく、いつだって男たちのなかに吸収されてしまうべき存在だと思っている。それにもかかわず、男たちは、男の弱さや無気力に勝っているような性格の女だけを強く愛してしまうものなのだ。この地(アメリカ)では、入植者たちは皆、美人の奴隷を欲しいがままにしている。しかし、彼らは奴隷がどんな美人であっても、少しも愛してはいないんだ。偶々、そのうちのひとりに愛情を抱くようなことがあると、彼らが最初にしたいと思うことは、彼女を奴隷から解放することなんだ。それまでは、彼らは人間を相手にしてるなんて思ってやしないんだ。だから、女性は、独立心や美徳を大切にし、義務を愛する心といった特別に気高い精神をもつ必要があるんだ。君の恋人が愛の力や忍耐心を見せれば見せるほど、苦しいにもかかわらず、君は彼女のことがいっそういとおしくなるのさ。だから、愛と欲望とを区別できるようになりたまえ。なぜなら欲望は美徳へと誘う障害物を破壊し、その破壊された美徳の残骸のうえで息絶えてしまうが、愛は生きようとするがゆえに、美しく光輝く強靭なダイヤモンドの障壁で恋人たちを守り、ふたりの関係がずっと長く続くようにするからだ。」

<金の箱>-アメリカ独立戦争のため従軍していたベルナールと動植物学者アルチュールの友情
(エドメの)手紙には、瑪瑙色の指輪が同封されていました。病気だった僕に彼女が贈ってくれた指輪だったのですが、パリを発つときに僕はそれを彼女に送り返していたのです。金の箱を作らせて、そこに手紙とこの指輪を入れ、修道者の肩掛けのように形見離さず身につけていたものです。(・・・)ある日、アルチュールは、洋服の下に隠しもっていた金の箱を見て、彼が命がけで持ち歩いていた数本の蠅の脚と蝉の羽を入れたいので、この箱を譲ってくれないかとしきりに僕にせがみました。(・・・)アルチュールは結局、とても奇麗な小さな植物一本だけなら入れてもいいという許可を僕から得たのです。彼が最初の発見者だと言い張るその花をエドメア・シルヴェストリス(ラテン語で森のエドメの意)と名づけるなら、箱の中の僕の婚約者の手紙と指輪の横に置いてもいいということになり、彼はそれに同意したのでした。

<パシヤンスの言葉より>
「わしは金というものは貧窮にあえぐ者には一番不要なものだと言ってやったのじゃ。人間を本当に不幸にするのは、他人よりいい服を着られないことでも、日曜日に居酒屋に行けないことでもないのじゃ(・・・)。「おれの雌馬、おれの雌牛、わしのぶどう畑、わしの穀物倉」と言うことができないことでもない。そうではなくて、厳しい季節だというのに病弱で、寒さ、暑さや病気、激しい喉の渇きや空腹から逃れられないことが不幸なのじゃと。」

「真実を知りなさい!民衆を嫌う者を嫌い、民衆のためにいつでも自分を犠牲にできるようになることだ。(・・・)民衆の友になるのだ。』

「民衆が貴族より価値があるのは、貴族が民衆を押しつぶして、民衆はそれに耐えているからだ!(・・・)空を見てごらん。星たちは平和のうちに生き、その永遠の秩序を乱すものは何もない。大きな星が小さな星を食らうこともなく、隣の星たちに襲いかかることもない。されば、いつの日にか、人間たちのあいだにも、星たちと同じ平和な秩序が君臨する日が訪れるだろう。(・・・)わしはそれを見届けるまで生きてはいないだろうが、おまえはそれを見るだろう。」


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