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まさか戌年があるなんて知らなかった。

2018年01月22日 | Weblog

もう、いいかげん年なので、最近は何でもかんでも、忘れっぽくなる。自分はイノシシ年で、順番からすれば、戌年がやってくるのも11年ぶりだから知らなかった(忘れていた)としてもしょうがないか。

世間は戌年でも我が家は相変わらずの猫年で、去年、家猫は2匹増えて3匹になったが、外猫は6匹に増えた。自然に集まってくるのだから仕方ない。餌をやらなければいいという正論はうちには通用しない。我が家は国道に面していて、海岸に釣り客が捨てて行った餌や小魚を食べに野良猫どもが国道を渡り、結構な頻度で、猫が車に轢かれて家の前で死んでいるものだから、うちで少し餌をやることで事故が減るだろうとも思いもあり、結果、猫の事故は激減し、その代わり、うちの外猫は増え続けたのである。だったら猫はどんどん増えているはずだけど、これもまた不思議なことで、ある程度猫が増えると彼らの行動範囲も広がるのか、雄猫は旅に出て、猫の数は10匹までで収まってしまうのだ。一昨年になるが、家猫は老衰でなくなり、外猫どもは抗争事件が起こり一気に離散し、ほんの一瞬、我が家には猫がまったくいなくなった奇跡の時期があったのだけど、抗争事件の後、段ボールの隅に一匹、(カラスにやられたのか)片目の子猫が隠れているのを発見しすぐに家に保護したのが、今の寛太(雄)なのだった。

寛太は高熱で死線をさまよい、やっとのことで死の淵から這い上がってきた。育つに従い野生むきだし、家中暴れまくり、私の体中を噛むのだ。家具の陰から首筋めがけてとびかかり、頬に長い爪の跡がついた時もある。それで名前を「噛む太」から「寛太」にしたのだけど、それでも猫はかわいいものである。体中、細い赤い血の筋だらけで、会う人みんな心配してくれたのだけど、まあ、猫を飼うということはこういうことなのだ。だからうちは戌年なんて知らない。今年も猫年なのだ。で、残りの2匹もそれなりに個性があり寛太同様可愛がっている。

一匹は大人になってやってきた迷いネコで、品種は(妹曰く)サイベリアンの雄。ロシア原産の猫で、ネットで調べるに確かにサイベリアンの茶色なのだ。鳴き声は、オギャ、オギャと鳴く。名前は毛が茶色でチャーリーにした。なんでそんな露助の外交官のような奴がうちにやってきたかは今もって不明。このチャーリーも暴れん坊で、家中のふすまや障子に穴を開けまくっている。で、親に捨てられたヤンキー上がりの寛太と、露助の武闘派チャーリーと出会うとどうなるか修羅場を想像していたが、お互い微妙な距離を保ちつつ、喧嘩もせずに無視しあい我が家はやぶれ障子に風が吹き抜けつつも平穏な状態を保っているのだ。

そして最後の一匹は、これまた捨て猫の小弾(こだま・雌)なのである。小弾は5人兄弟だったが、器量が悪く、貰い手募集をして最後に残った一匹で、仕方なしにうちに入れた。名前の由来は弾丸のようにピュンピュン家の中を飛び回ることによる。ちょっと不思議な猫で、純粋無垢、これまで出会った猫の中で、こんなにまっさらな性格の猫を知らない。つまりこの個性の違う3匹が夜になると、狭い我が家を駆け回るのだ。私が寝ようとすると私の横の窓ガラスをチャーリーが爪をたてキィーッ、キィーッと音を立てる。寛太と小弾はくんずほぐれず、プロレス戦の真っ最中…。ようやく騒ぎも収まるころ、家の外で猫の鳴き声がする。延々と朝まで。外猫どもの叫びだ。闇の中で声が長く、低く響き声。

「ニャーオ、ギャーオ」
「ニャーオ、ギャーオ」

布団の中で、萩原朔太郎の猫の詩を思い出す。

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猫 (萩原朔太郎)

まつくろけの猫が二疋(ひき)
なやましいよるの屋根のうへで
ぴんとたてた尻尾(しっぽ)のさきから
糸のやうなみかづきがかすんでゐる
「おわあ、こんばんは」
「おわあ、こんばんは」
「おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ」
「おわああ、ここの家の主人は病気です」

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僕もいよいよ病気になるもしれない。

「ニャーオ、ギャーオ」
「ニャーオ、ギャーオ」

戌年がなんだ、ポチがなんだい。
この際、詩でも書こうと思うよ。

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小弾の体調、急に悪化…
病院に連れていく朝に。


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