森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

浮遊島の章 第3話

2009年11月18日 | マリオネット・シンフォニー
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 近くの港町で物資の補充を済ませた後、アイズ達は情報局中枢組織【メルク】に向けて出発した。
 支店長に勧められ、南方回遊魚をホテルの飛行機と連結させる。
 そうして航行中でも自由に行き来ができるようにすると、アイズとトトは早速ホテルの飛行機を訪れた。
「情報局というのはですね。ここフェルマータ合衆国が抱える警察や裁判所と同様の国家機関であり、マスコミとは異なる形態の情報開示組織──簡単に言えば、情報の番人なんです」
 情報局について知識のないアイズとトトに、支店長は丁寧に説明してくれた。
「その対象となる範囲は一般企業から国家機関、果ては政府内部にまで及び、あらゆる情報を開示する。例えば、何か揉め事が起きた際には、両者の主張や目的を客観的に平等に公開するのです。これによって解決した紛争もありますし、もし解決しなくても常に内部情報が公開され続けるので、滅多なことはできなくなるというわけです」
 更に情報局独自の政策として、『環境企業』の設置についても説明を受ける。
「環境企業制度というのは、各地区の環境管理や福祉を企業に分担させる制度です。企業には貢献度によって等級が定められ、それに応じた援助が支給されます。幸い、我々には競争相手が少なくて、制度設立以来ずっと第一級と認められていますが……地域や業種によっては、かなり壮絶な順位争いが起きているようですよ」
「へぇ……環境企業に登録する、ってそんなにすごいことなの?」
 アイズの質問に、支店長は「ええ」と頷いた。
「順位にもよりますが、登録されているとされていないとでは利益に桁違いの差がありますよ。現時点で世界最大規模を誇り、しかも着々と拡大を続けているフェルマータの通信ネットワークは情報局の管理下にあります。そして環境企業には、このネットワークを利用して広報活動をする特権が与えられるんですよ。等級が上がるほどに多くの枠が割り当てられる仕組みです。フェルマータの国民は環境問題に強い関心がありますから、強力なステータスになるんですね」
「私の若い頃には考えられなかったことですな。あの頃は本当にひどかった」
 コトブキが苦々しい顔で嘆息する。
「環境企業の活動には様々な制約がかかりますが、あの頃の環境破壊に比べれば、今の窮屈さなど物の数には入りません。もう二度と、あんな事故を引き起こさせないためにも……おっと」
 コトブキが言葉を切り、申し訳なさそうにネーナを見る。
「……フロイド企業事故、ですね」
 呟き、ネーナは悲しげに目を伏せた。

   /

「歴史は繰り返す。罪の繰り返し」
 フジノは南方回遊魚の中、暗い部屋の片隅にうずくまっていた。
「どうしたらいいの……アインス……」


第3話 情報局を目指せ


 トト捕獲作戦の失敗から数時間後。
「あなたらしくないわね、ノイエ」
「あれは──勿論、弁解するつもりはないけど──予想外の事態が起きたんだ」
 ノイエは小さな温室の中にいた。
 周囲には色とりどりの花が咲き乱れ、暖かな光が射し込んでいる。ノイエから少し離れた場所には小さな丸テーブルが置かれ、椅子に腰掛けたアートとグラフがおもしろくなさそうに紅茶を飲んでいる。
「フジノ・ツキクサ……かしら?」
「そうなんだ。信じられないことだけど、あのフジノに間違いない」
 ノイエの目の前にも丸テーブルと椅子があり、一人の少女が紅茶を飲んでいる。
 ゆるく波打つ栗色の髪に、同じ栗色の大きな瞳。抱けば折れそうなほど華奢な身体に純白のドレスをまとう姿は、まるで深窓の令嬢のようだ。


 少女は穏やかな物腰で席を立つと、壁際の花を一本手折り、顔に寄せて香りを楽しんだ。
「それが誰でも構うことはないわ。問題なのは、私達ハイムに害を為す者だということ。貴方はハイムのために、それらの者を除外しなければならないのよ」
「わかってる。ハイムの目的は、この世界に平和と安定をもたらすこと。そしてそのためには、トトの力を手に入れなければならない……ただ」
「ただ?」
 ノイエは少し考えて言った。
「彼女は……敵、だよね?」
「勿論じゃない。貴方が言うように、本当にその少女がフジノ・ツキクサならば。ハイムに敵対する者の中でも最強と言っても言いすぎじゃ……」
「それもわかってるんだ」
 ノイエは少女の言葉を遮った。
「どう言えばいいのか……そうだな。彼女は、僕達クラウンに近い存在だと思うんだ。何かのために戦うんじゃなくて、戦いのために戦う。それを楽しんでいるように見えた」
 少女がよくわからないといった顔をする。ノイエは続けた。
「彼女と僕達は立場が違うだけなんだ。今の立場から彼女を解放してあげれられれば、きっと僕らの味方になってくれるはずだよ。逆のことが、ハイムを裏切った旧ナンバーズにも言える。僕達や彼女のような者には、正しい指導者が必要なんだ。例えばアミ、君のような」
「そう……ありがとう。わかったわ。そのことについては貴方に任せる。頑張ってね、私の可愛いナイトさん」

「気に食わないな、あのアミという女」
「おや。珍しく同意見だね、アーティクル君」
「グラフ。その呼び方はやめろと言っているだろう」
 アートは音高く紅茶をすすった。
「話を戻すが……何故あんな女の命令に従わなければならないんだ? 俺達は軍からは独立した部隊のはずだ」
「さぁねぇ、俺も詳しいことは知らないが……あの女、軍では結構なお偉いさんなんだろ? それにノイエもあの様子だし」
 グラフの視線の先では、アミがノイエの胸元に花を挿し、頬に口づけていた。常に冷たい表情を崩さないノイエの頬が朱に染まる。
「…………」
 アートの持っていたカップに、大きな亀裂が走った。
「男の嫉妬はみっともないよ、アーティクル君……おっと」
 平然と紅茶をすすっていたグラフの喉元に、アートの剣が突きつけられる。
「その呼び方はやめろと言っている」
「はいはい、悪うございました。それにしても、なんだってこんな所に温室があるんだ?」
 あくまでもマイペースのまま、辺りを見渡すグラフ。

 そこは戦艦内部の格納庫。
 配管や鉄筋が剥き出しの無骨で広大な室内に、小さな温室が設けられた異様な空間。
 暖かな陽光と見えたのは、天上から吊り下げられた照明の光だった。

   /

「ネーナ、気分はどうだい?」
 情報局についてのレクチャーを終えて、少し後。
 支店長が部屋の扉をノックすると、しばらくの沈黙の後にネーナが姿を現した。
「大丈夫です、支店長……もう落ち着きました」
「コトブキさんが心配していたよ。不用意なことを口にしてしまったって。あの事故の現場にお姉さん達がいたことは、私も聞いていたけれど……」
 何気なく伸ばした手が触れた途端、ネーナが身体を強張らせる。
 支店長は一度手を止めると、改めて両手を伸ばしてネーナの手を取り、優しく包み込んだ。
「……何か、心配なことでもあるのかい?」
 ネーナがコクリと頷く。
「いいんでしょうか。私一人だけが、幸せになって」
「ん? どういうことかな」
「私とレム姉様、カルル姉様は、同じ肉体情報を元に創られました。他の皆とは違って、本当の意味での姉妹なんです。なのにカルル姉様はあの事故に巻き込まれて行方不明になり、今やハイムの操り人形……レム姉様も……」
「ああ……確か、メルクにいるんだったね。目と耳が不自由だとか」
 ネーナは支店長の胸に顔を埋めると、もう一度同じことを言った。
「いいんでしょうか。私一人が幸せになって……」
「ネーナは今、幸せなのかい?」
「私は幸せです。やりがいのある仕事もあるし、頼りになる仲間もいます。少し手がかかるけど慕ってくれる弟もいるし、愛する人もいます……でも、姉様達の不幸を考えると……」
 支店長はネーナの肩を叩いて言った。
「幸せになることを恐れてはいけないよ、ネーナ。自分の幸せを求める権利は誰にでもある。それに、そんなことを言っては失礼だ。君は、君が不幸だと思っている二人が、君の幸せを喜んでくれないほど心が狭いと思っているのかい?」
「そ、そんなことは」
 ネーナが慌てて顔を上げる。支店長は笑って言った。
「自分を幸せにできない者が、他人を幸せにすることはできないよ。君は幸せを求めるべきだ、これくらいで満足しちゃいけない。君はこれから先、私と一緒にもっともっと幸せになるんだからね」
 ネーナの瞳がみるみる内に潤む。ネーナは支店長に抱きつくと、耳元に口を寄せてささやいた。
「ありがとうございます……支店長」

 翌朝。
 支店長が眠い目を擦りながら寝室を出ると、食堂を兼ねたホールで何やら騒ぎが起きている様子だった。
 と、支店長に気づいたネーナが駆けてくる。
「支店長、大変なんです。アイズさん達と一緒にいた女の子が……」
「ネーナ……何でそんなに元気なんだい?」
 支店長の苦笑混じりの呟きに、ネーナは仕事の顔から一転して女性の顔になり、にっこりと微笑んだ。
「幸せですから」

「いい加減にしてよフジノ。何で食べないのよ?」
「そうですよ、フジノさん。食べないと死んじゃいますよ?」
 食堂を兼ねたホールでは、アイズとトトがフジノに向かって皿を突き出していた。
 3人は同じテーブルの椅子に腰掛けており、卓上には様々な料理が並べられていたが、フジノは手をつける気がないらしい。二人が差し出した皿を一瞥しただけで、すぐにそっぽを向いてしまう。
 フジノは昨日から一度も食事を摂っていなかった。南方回遊魚に閉じ篭っていたところをどうにか引っ張ってはきたものの、相変わらず何も口にしようとしない。
「気分じゃないって言ってるでしょ……別にいいわよ、死んだら死んだで……」
「……言うことまでスケアさんと似てきたわね」
 ぶつぶつと独り言のように呟くフジノに、アイズは精一杯嫌味ったらしく言ったが、フジノは小さく「スケア……か」と呟いただけで怒りもしない。
 アイズはいい加減腹を立て、大きな声で怒鳴った。
「あーもう、とにかく食べなさいよっ!」
「うるさい!」
 フジノがテーブルを叩き、衝撃でテーブルが壊れる。
「ああ、もったいない……」
 散乱した料理を、トトが慌てて片付け始める。
 流石に悪いことをしたと思ったのか、バツが悪そうな顔でアイズから目を逸らすフジノ。するとその鼻先に、パンの入った篭がひょいと出された。
「どうですか、お一つ」
 驚いて顔を上げたフジノに、支店長が微笑みかける。
「当ホテル自慢の一品です。美味しいですよ」
「……何だ、お前?」
「通りすがりのホテルマンです」
 不遠慮なフジノの問いかけに、あくまでもにこやかに応対する支店長。と、周囲のざわめきから彼の肩書きを知り、フジノが少し態度を改める。
「この飛行機、貴方のものなんでしょう? いいの? 私みたいな女を置いておいて。私がその気になったら、この程度の飛行機は一瞬でガラクタよ」
「私達が貴女をおもてなししている以上、ここはホテルであり貴女はお客様です」
 支店長は真面目くさった顔で言った。
「ですから、貴女がどのような方であろうと退室をお願いする理由はありません。しかし曲がりなりにもホテルであるこの場でお客様を餓死させるようなことがあれば、ホテルマンの名誉に関わります」
 フジノはしばらく支店長の顔を見つめていたが、やがて篭からパンを乱暴につかみ取り、食べ始めた。
「すっごーい、支店長!」
 アイズとトトが声を揃える。
 支店長は指をパチンと鳴らした。
「新しいテーブルを用意してくれたまえ。それからスープとサラダを追加だ」

 遠巻きに見守っていた従業員が慌てて動き始めたことを確認し、支店長はホールを出た。
「たいしたもんだな、支店長。まるで猛獣使いだ」
 入口付近で様子を見ていたグッドマンが笑う。
 支店長は苦笑混じりに言った。
「お客様に対して猛獣とは失礼だよ」
「そうでもないぜ。実際のところ、猛獣のほうがまだ可愛げがあるくらいだ。なんてったってあの女、クラウン3人よりも強いんだからな」
「クラウンって……おいおい、冗談だろ? ひぇー、そうと知ってたら近づくんじゃなかったな」
「ご謙遜を。支店長なら知っていても同じことをしてたさ……それより、支店長」
 グッドマンが態度を改め、真面目な顔で尋ねる。
「リードランス大戦については……どのくらい知ってるんだ?」
「え? ああ……そうだね。当時は私も子供だったから、正直なところ、あまりよくは知らないな。それがどうかしたかい?」
「……いや」
 グッドマンはフジノに目を向けると、首を横に振った。
「それならいいんだ。悪い、気にしないでくれ」

「フジノ、手伝おうか?」
「……放っておいて」
 フジノは割れた食器やこぼれた料理の後片付けをしていた。従業員がしようとしたところを、自分でやると言い張ったのだ。
「痛っ……」
 食器の破片で指を傷つけ、思わず顔をしかめる。
「あの、貸して下さい」
 見るに見かねたトトが従業員からホウキと塵取りを借り、破片を掃除し始める。フジノは少し文句を言ったが、トトの鮮やかな手つきを見て、ふてくされて床に座り込んだ。
「うまいものね……そんなこと、私にはとてもできないわ。ルルドにだって、母親らしいことはほとんどしてあげられなかったし……どうして私は、戦うことしかできないんだろう」
「いいじゃないですか。戦うことはいいことですよ」
「ん? トトも何かと戦ったりするの?」
 アイズが尋ねる。
「ええ、私はいつも戦ってますよ。フジノさんとはちょっと違いますけどね」
 不思議そうに顔を見合わせるアイズとフジノ。
「私の戦いは、自分の歌との戦いです。どうすればもっと上手に歌えるか、どうすればもっと多くの人に楽しんでもらえるか、って。
 私だって、たまにはどうでもよくなっちゃうんです。歌なんかどうでもいいって思うことがあるんです。でも、それじゃダメなんですよ。歌のない私は私じゃないんです。だからどんなに辛くても、私は自分の一部である歌と戦うんです。
 そうですね、これは私が私であり続けるための──より良い私になるための戦いなのかもしれません。だからフジノさんだって」
「無理よ、そんなの」
 フジノの手から小さな光が放たれる。
 トトが集めた破片を魔法で跡形もなく消し去り、フジノは自嘲した。
「私は何をしても、何もしなくても私でしかない。こんなふうに何かを破壊することしか能のない女だから……より良い自分になんてなれやしないわ」
「でも床は綺麗になってきてるよ」
 アイズも掃除に参加する。
「私、フジノのことが羨ましいよ。だって本当に強いんだもん。私がフジノくらい強かったら、トトのことだってちゃんと守れる。私は、フジノの力が羨ましい」
「……ふん……」
 フジノは立ち上がると、トトからホウキをひったくり、床を掃き始めた。

「……フジノ」
「何?」
「ホウキ持ってると、なんかカワイイわっ」
「…………そう」

 その日の午後、南方回遊魚とホテルの飛行機はメルクに到着した。

   /

 情報局中枢組織【メルク】移動要塞、ブリーカーボブス。
 それは太陽教団との争いで目にした黒十字戦艦の大きさをも遥かに凌駕する、空飛ぶ城とでも言うべき巨大な飛行建造物だった。
 無骨な威容とは裏腹に、随分と派手なカラーリングが施され、外壁に吊り下げられた巨大な垂れ幕には様々なスローガンが掲げられている。
「……でっかいなー」
 窓の外に広がる異様な光景に、アイズは呆然と呟いた。
「えーっと、なになに。メルクは公正な情報の番人です。自然に優しい企業を選びましょう。一日一善、お年寄りを大切に……何だあれ。それにしても、派手な色ねぇ」
「国内で揉め事が起きるとですね、あれが飛んでくるんですよ」
 アイズの隣に支店長が立ち、一緒に窓の外を眺める。
「頭の上にまで役所に飛んで来られると、揉め事もやり辛いらしいですね。一説によると、あんな派手なのが飛んでるのを見るとやる気が削がれるとか」
「なるほど! あのド派手な色にはそんな効果が!」
「さて、本当のところはどうなんでしょうね」
 などと取り留めのない会話をしている間に、ホテルの飛行機はブリーカーボブスと連結した。アイズは南方回遊魚を一旦ホテルの飛行機から離れさせ、同じようにブリーカーボブスと連結させる。
「さて、私達は用事があるので中に入りますが……よろしければアイズさん達もご一緒にどうぞ」

 その頃、コトブキは私室で何処かに電話をかけていた。
「よぉエイフェックス、いい話があるぞ。フジノ・ツキクサとアイズ・リゲルだ」

   /

 とある高層ビルの最上階。
 エイフェックスは通話を終えると、受話器を置いてニッと笑った。
「サミュエル。スノウ・イリュージョンを用意しろ。もう一度飛ぶぞ」
「はっ、承知致しました」
 サミュエルが頭を下げ、扉に向かって踵を返す。
 と、その時。

 扉が外側からゆっくりと開き、一人の女性が入ってきた。
 雰囲気や格好は大人びているが、容姿からうかがい知れる年齢は17歳前後。まだ少女と言ってもいい年頃だ。
 エイフェックスは少し驚いた様子を見せたが、すぐに笑うと少女に尋ねた。
「聞いていたのか。ラトレイア、君も行くかい?」
「勿論です、カイル様」
 少女が楽しそうに笑う。
 エイフェックスは苦笑いして言った。
「サミュエルもそうだが、なるべくその名前は呼ばないでくれよ。今の私はエイフェックス、ハイムの幹部なんだからな」


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