森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.6

2011年06月15日 | マリオネット・シンフォニー
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「うーん、どう考えても変ね」
 ブリーカーボブスの研究室にて。
 ケール博士は一人、モニタに向かって呟いていた。
「イマーニとナルニアのホログラム装置、確かにアタシが作ったものなのに、性能がまるで違う。プライスちゃんが手を加えた? ううん、アタシが最後にケラ・パストルに来てから彼がトトちゃんを連れて脱出するまで半年もない。時期的に考えても、トトちゃんと同時進行でここまでバージョンアップさせるなんてことは……」
 その時、研究室の扉が開いた。
 入ってきた者の姿に、ケール博士が思わず感嘆の声を上げる。
「まあ、アートちゃんじゃない!」
「取り込み中すまない」
「いいのよ! 何処か調子が悪いところでもあるの?」
 嬉々として迎え入れるケール博士。
 アートは少し気圧されながらも、研究室の片隅に設置されているカプセルに目を留めた。
「……あいつの調子はどうだ? まだ何か手伝うことがあれば……」
 途端、ケール博士の眼差しが穏やかなものになる。博士はカプセルの前まで歩み寄ると、軽く手を触れて「心配ないわ」と答えた。
「まだ長時間外に出ることはできないけれど、覚醒時間は徐々に長くなってきてる。これもアートちゃんが色々と手伝ってくれたおかげよ。ありがとう」
「礼など必要ない」
 アートはぶっきらぼうに言った。
「あの時、こいつが幻影で攻撃を逸らしてくれなければ、俺は死んでいた。借りは返す。ただそれだけだ」

「本当に、それだけなのかしらね?」
 研究室から出て行くアートの背中を見送って、ケール博士は優しくカプセルを撫でた。
「貴女はどう思う? イマーニ」

 と、アートと入れ替わりに、ルルドとカエデが研究室に入ってきた。
「ケールおばちゃん、イマーニと話をしていい?」
「おばちゃんじゃなくて、お姉さんよ!」
 ケール博士はカプセルから離れると、再びモニタの前に腰を下ろした。
「面会は一時間だけよ! まだ意識が安定していないんだからね!」
「わかってるって! それにラトレイア先生の授業まで一時間もないもん」
「え? ラトレイア……って?」
「アイズさんの家庭教師の方です」
 既に意識をイマーニに向けているルルドに代わり、カエデが律儀に答える。
「色んなことを教えてくれるんですよ。色々な国の文学とか、歴史とか、文化とか……ちょっと厳しい人なんですけど」
「まさか……ううん、そんなはずないわよね」
「? どうかしたんですか?」
「何でもないわ」
 ケール博士は笑って言った。
「昔の知り合いと同じ名前だな、って思ってね」
「カエデ、早く!」
「わかってるわよ! それよりルルド、ちゃんと“お姉さま”って呼びなさいよ!」
 楽しそうに騒ぐ二人を見ながら、ケール博士は苦笑した。
「ラトレイア、ねぇ……まあリードランスの生まれなら、あいつと同じ名前をつけられた子もいるだろうしね」



~後日談~ エピソード.6



「……いい天気ね」
 綺麗に晴れた空を見上げ、パティは大きく深呼吸した。
「久しぶりね、外の空気を吸ってのんびりするなんて」
 場所はブリーカーボブスの中庭。
 パティはカシミール、ジューヌと共に、備え付けのベンチに腰掛けていた。


「南部との話し合いは順調に進んでるみたいね」
「おかげさまでね。まあもっとも、正確には『オリバー提督との話し合い』だけれど」
 カシミールの問いに、パティは苦笑混じりに答えた。
 いかに提督の肩書きを持つとはいえ、オリバーは一人の軍人に過ぎない。ましてや南部独立解放軍が正規の軍隊でない以上、彼の公的な立場は『民間の自警団のまとめ役』程度のものでしかないのだ。本来ならば国どころか、一地方の行く末を協議する権限すら持ち合わせてはいない。
 そしてそれは、情報局長官であるパティとて同じこと。フェルマータ合衆国内に限れば大統領並の発言力を有していると称される彼女とて、一人で国を動かすような突出した権力など持ちうるはずもない。これまで二人の間で交わされた言葉、得られた了承には、何の法的効力もなければ責任も伴わないのである。
「それでも、彼との話し合いには大きな意義があるわ。政府と南部上層部との間に会談を設けるところまで辿り着くにはまだまだ時間がかかるだろうけど、それでも時間が足りないくらい。聞きたいことに言いたいこと、考えておきたいことが山程あるもの」
「言ってる内容はハードだけど、楽しそうねパティ。充実した顔をしてるわ」
「皆がサポートしてくれるからね。私はいい仲間に恵まれてるわ。ジューヌはどう?」
「私?」
 話題を振られ、ジューヌが「そうね~」と腕を組む。
「まあまあ、かな。音楽教室の生徒も上達してきてるし……そうだ、今度発表会しようと思ってるのよ。都合のいい日があったらホール使わせてくれない?」
「いいわね。後でケイと相談してみるわ」

 ケラ・パストルでの一件が落ち着いて以来、ラトレイアの提案により、ブリーカーボブスでは様々な講座が開かれていた。立案者であるラトレイアの【国と歴史】を始めとして、ジューヌの【音楽教室】やモレロの【地質・土木学講座】、白蘭の【実戦における応急処置】、ナーの【気象天文学】など、個人が好き勝手に講座を開いている。
 一番人気はカシミールによる【磁場における空気振動が生み出すエネルギーとその利用法】──つまりは山脈の村に建てられた発電所の理論についての講座である。メルクの技術者が多数参加しており、特に男性の受講者が多い。
 続く二番人気は【バジルのエレガントな戦略論】──直接戦闘に携わる人数は少ないはずのメルクにありながら、何故か常に活気に溢れており、特に女性の受講者が多いという。

「ルルドちゃんはどう?」
「あの子は凄いわ。流石にアインスとフジノの子供ね。天性のセンスと勘を持ってる。その分、少し気難しくて、基礎を疎かにするところがあるけれど」
「そうね、あの子は感情的になると本当に怖い」
 とカシミール。
「でもルルドは頭のいい子だから、すぐに自分をコントロールしようとするのよ。我侭になりすぎるのは良くないけれど、昔のように完全に自分を押し殺してしまうのも良くないし……難しいわ」
「凄いわね、二人とも。私なんて、アインスの子供だっていうだけで気を遣ってしまうのに」
「パティはアインスにこだわりすぎよ」
 とジューヌ。
「ルルドはルルド。私達にできることは、あの子が持つ素晴らしい可能性を、真っ直ぐに伸ばしてあげることだけ」
「そうか……どうも私はそういうのは苦手だな」

 しばらくの後、スケアが建物の方からカシミールを呼んだ。
「あ、スケア」
「そう言えば、そろそろスケアの【精霊魔法入門】の時間だったわね。カシミールも手伝うの?」
「ええ。それじゃ、パティ」
「私も行ってみようかな、暇だし」
「いってらっしゃい、二人とも」
 中庭から建物に戻っていく二人を見送り、パティは一人、ベンチの上で伸びをした。
「さてと、どうしようかな? 仕事が趣味だと暇なときに困るわね」

   /

「ああ、こちらにいらっしゃったのですか」
「え?」
 少し後。
 声をかけられて振り向くと、そこにはオリバーの姿があった。
「オリバー君。どうしたの? この後は会談の予定はなかったはずだけど……あれ、覚え間違いをしてたかしら」
「ああいえ、そうじゃなくて、ですね。その、実は前から言おうと思っていたことがありまして」
 オリバーは気まずそうに頭を掻いていたが、やがて思い切ったように頭を下げた。
「ケラ・パストルでは失礼なことばかり言って、本当に申し訳ありませんでした。実は俺、メルクのシステムにはずっと前から興味があって……今回の件が落ち着いたら、大学でメルクについて勉強し直そうと思ってるんです。えっと、特に基本システムの第三項なんか素晴らしいと思います」
 それだけ言うと、オリバーは顔を赤らめ、そそくさと姿を消した。
「第三項……って、あれはアインスの原案に私が付け加えた……」
 呆気に取られたまま、呆然と呟くパティ。
「何だパティ、こんな所にいたのか」
 と、ケイがやってきて隣に腰を下ろした。
「いい加減会議ばかりで疲れただろう。大丈夫かい? ところで、今オリバーが真っ赤な顔して走っていったんだが、どうかしたのか?」
「……あ、ケイ」
 パティは思わず相好を崩した。
「ねえケイ、人生って本当に捨てたものじゃないわね」
「??? いきなりどうしたんだ?」
 バティは立ち上がると、ケイの肩をバンバンと叩いた。
「ねえケイ、今度休暇でもとって何処かに行かない? そうね、若くて可愛い子がいっぱいいる所がいいな!」
「それなら僕は家で寝るほうが……」
「だーめよ! ケイ! そんな年寄り臭いこと言ってちゃ! ねえ、思うんだけどね。人の人生って四季みたいなものだって言うじゃない?」
「はあ」
「普通は子供時代が春よね。でも私たちの子供のときって、互いにいいことなかったじゃない。だからあれが冬なのよ」
「冬?」
「そう! だからメルクを作って、ここまでが人生の春なんじゃないかな」
「……そうなのかな」
「そうなのよ!」
 パティはグッと拳を握り締めた。
「私達の夏はこれからよケイ、やっと迎えた季節なんだから思い切り楽しまなきゃ損よ! そして皆で実りの秋を迎えるの!」
 ケイはよくわからなかったが、パティが楽しそうだからいいか、と思った。
「そうだね、バティ。よくわからないけど……たまにはそういうのもいいかな」
「そうこなくっちゃ!」

「でも、やっぱり家で寝たい……」
「ダメ! 命令よ!」











次回、6月29日更新予定


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