森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.1

2011年03月23日 | マリオネット・シンフォニー
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 ケラ・パストル中央部、森林地帯。
 完全に鎮火した森の中で、オードリーとサミュエルは全身ずぶ濡れで背中合わせに座り込み、空にかかった虹を見つめていた。
「サミュエル──生きてたのね」
「互いにな、オードリー」
 オードリーの呟きに、サミュエルが応える。
「11年前の戦争以来、よね」
「……ああ」
 サミュエルは目を閉じ、全身から力を抜いた。そのまま大地に倒れ込み、支えを失ったオードリーも倒れる。
「色々あったな、この11年間。戦争が起きて、リードランスが滅んで」
「そして、私達も別れた。ハイムへの復讐を誓って」
「お前はパティと共にハイムに対抗できる組織を設立し、俺はカイルと共にハイムに潜入した。内外からハイムを崩壊へと導くために」
 サミュエルは空に向かって拳を掲げた。
「俺達は力を得た。時代は確実に動き始めている」
「いよいよね……私は絶対に忘れないわ。11年前にハイムがしたこと、あの惨状を再び繰り返させはしない。させるものですか」
「感情に流されるなよ、オードリー。お前の悪い癖だ。まあ……俺も同意見だが」
 サミュエルは笑った。
「俺達のしていることは決して間違ってはいない。いつか必ず、すべてが良くなるさ」
「貴方らしくないわね。そんな楽観的な台詞を吐くなんて」
 オードリーのからかうような口調に、サミュエルが苦笑する。
「俺だって夢を見る。だがそれを実現するのは完璧なプロ意識だ。希望を捨てず、自分の目の前にある仕事を一つ一つ全力で片付けていく。ただそれだけのことさ」
 そして、サミュエルは立ち上がった。
 オードリーが慌てて身体を起こす。
「もう行くの?」
「まだ仕事は残っている。いや、ここからが本番だ」
 サミュエルは改めてオードリーを見つめた。
 身体は変化しなくとも目を見ればわかる。
 強く、美しく成長した妹の姿に心の内で頷くと、サミュエルは踵を返した。
「また会おう、オードリー。悪い男にはひっかかるなよ。お前は昔から男の趣味が悪い」



~後日談~ エピソード.1



 その頃、バジルはクシャミをしていた。
「風邪かな?」
「先にシャワーでも浴びて来られてはいかがですか?」
「ああ、そうですね。そうさせてもらいます」
 支店長が持ってきたタオルを受け取り、バジルはソファーから立ち上がった。
 二人はトゥリートップホテルの船、エントランスホールにいた。巨大過ぎて小回りの利かないブリーカーボブスに代わって行方不明者の捜索に出ていたホテルの船を見つけ、ネイとトトを運び込んだのだ。
 アートはトトについて医務室に行っており、この場にはいない。
「お二方のことはお任せ下さい。当方でも優秀な技師と医師を常駐させておりますし、間もなくブリーカーボブスに到着します。そうすればケール博士がいらっしゃいますから」
「ええ、よろしくお願いします。俺も上官への報告がありますから、今はこの格好を何とかしないといけませんしね」
 バジルの冗談混じりの台詞に、支店長が軽く笑う。
 ひとしきり笑った後、支店長は穏やかに言った。
「お疲れ様でした、バジルさん」
「……ありがとうございます、支店長」
 バジルは深々と頭を下げた。

 バジルをシャワールームに案内した後。
 支店長は自らの頬を叩いて気を引き締めると、さて、と踵を返した。
「次は私達が頑張る番ですね」
 船の進行方向には、空中で対峙するブリーカーボブスと南部独立解放軍艦隊の姿がある。船は双方の中間点に向けて、真っ直ぐに進んでいった。

   /

 メルクと独立軍の間では、どちらの艦に話し合いの場を設けるかで準備が難航していた。
「提督。中型の船が東方より接近中です。戦闘型ではありません」
 部下からの報告を受けて、オリバーはブリッジ正面のモニターに目を向けた。
「メルクの使節か。何度も言うようだが、貴艦での話し合いには応じられないと」
「いえ、識別子によると……トゥリートップホテルの移動型宿泊施設のようです」
「……何でこんな所にホテルの船が?」
 ブリッジがにわかにざわめく。
 と、ホテルの船から通信が入ったことを示す文字がモニターに表示された。オリバーの指示で回線が繋がり、開いたウインドウに支店長の顔が映し出される。
 支店長は最上級の微笑みを浮かべると、穏やかな声で言った。

『メルクの皆さん、独立軍の皆さん。お疲れ様でした。お茶とケーキをご用意させて頂いております。よろしければどうぞ』

 その放送は、ブリーカーボブスのブリッジにも同時に流された。
「やってくれるわね、支店長」
 パティが苦笑し、ケイと顔を見合わせる。
 二人はどちらからともなく頷くと、一旦海岸に着陸し、ホテルの船に向かう小型艇を用意するよう指示を出した。

 オリバーはどうしたものかと難しい顔をしていたが、やがてブリーカーボブスが警戒態勢を解いて着陸していくのを確認すると、肩の力を抜き、呟いた。
「トゥリートップホテルか。俺の地元にもある。いいホテルだ。特に苺のケーキが絶品なんだが」
『勿論、ご用意させて頂いております』
 支店長がにこやかに応対する。
 オリバーは溜息混じりに笑うと、晴々とした顔で支店長に言った。
「利用させてもらうよ」

   /

 やがて、ホテルの船でささやかなパーティーが開かれた。
 話し合いは後回しにし、とりあえずは互いの無事を祝おうという支店長の提案は双方に受け入れられ、多くの者が一同に会することとなる。
 そんな中の一人。
 シャワーを浴びて制服に着替えたバジルは、パーティー会場に入ると他の誰にも目をくれずにパティの元に進み、歩みを止めた。
「長官。ご無事で何よりです」
「どうしたの? 妙にしおらしいわね」
 紅茶の入ったカップをテーブルに置くパティ。
 バジルは直立姿勢で言った。
「長官。先日からの貴女の心を傷つける数々の言動、誠に申し訳ありませんでした。それと、貴女の安全を確保すべき立場にありながら……」
「特殊部隊長バジル・クラウン」
 パティはバジルの台詞を遮った。
「わかってるわよ。貴女が私の心を試すためにあんなことをしたってことはね。おかげで散々な目に遭ったけど、その分鍛えられたわ。礼を言うべきかしらね……ほんと、私はいい部下に恵まれてるわ」
「長官……」
「貴方にそんな顔は似合わないわよ、バジル」
 パティは笑って言った。
「覚えてる? 私達が初めて会った時のことを」

   /

「あ、ルルド!」
 オリバーに連れられて来ていたカエデは、近くを通りかかったルルドを見つけて声をかけた。周囲をキョロキョロと見回していたルルドがカエデに気づき、
「あ、カエデ……」
 と力なく呟く。
 カエデは手に持っていたケーキの皿を置くと、小走りにルルドに駆け寄った。
「どうしたのルルド」
「うん……ママを探してるんだけど」
「ママって、あの人のこと?」
 少し離れたところでスケアと話しているカシミールを見つけ、指差す。スケア・カシミール・ルルドの3人がブリーカーボブスでの戦いに加わった際の映像を、カエデも見ていたのだ。
「ううん。違うの。あの人もママなんだけど、今探してるのはもう一人のママのほうで……」
「……それって、あの……紅い髪のお姉さんのこと?」
 カエデが尋ねると、ルルドは小さく呟いた。
 あたしは、何処に帰ればいいんだろう、と。
「あたしね、4人親がいるの。パパとママが二人ずつ。あたしは4人の擦れ違いの中で生まれたの。どう言ったらいいのかわからないけど……自然な生まれ方じゃないらしいの」
「そう……なんだ」
「うん。それでね、あたしが今一緒にいるママと、もう一人のママは仲が悪いんだ。でもあたしは、二人とも大好きで……ちゃんと会って話がしたいのに、もう一人のママとはほとんど会うこともできなくて。ねえカエデ、あたし、どっちを選べばいいんだろ」
 ルルドの頬を涙が伝う。
 カエデはルルドを抱き締めた。
「両方選べばいいよ、ルルド。どっちも本当のママなら、二人とも選んじゃえばいい。ねえルルド、親が沢山いるっていうのは悪いことじゃないよ。みんなルルドのことを愛してくれてるなら、それはとってもいいことだよ。あたしには……もう、一人のパパもママもいないから」
 ルルドが驚いて顔を上げた。
「ご、ごめん。カエデ、あたし……!」
「って言っても、顔も覚えてないけどね。大丈夫、あたしにはお兄ちゃんがいるから。軍のみんなもね」
 カエデは笑い、そして優しく言った。
「だからルルドも大丈夫。みんなルルドのために頑張ってくれるよ。だってお兄ちゃんもあたしのために頑張ってくれてるもん」
「……ありがと、カエデ。あたし、頑張ってママを探してお話してくる!」
 ルルドは駆け出し、立ち止まって振り向いた。
「ねえカエデ! あたしカエデのこと、親友だって思っていいかな!」
「カエデ“お姉さん”と呼びなさい! あたしの方が二つも年上なんだから!」
 ルルドは明るく笑うと、そのまま会場を出て行った。

「……行ってしまったね」
 飲む振りをしていたカップを下ろし、スケアは呟いた。
 ルルドの後姿を見送っていたカシミールが、ええ、と呟く。
「あの子は……どうなるのかしら」
「それはルルドが自分で決めることだよ。でも、例えルルドがどんな道を選んだとしても、私達はいつまでもあの子のことを愛している」
「……そうね」
 カシミールは微かに涙ぐんだ。

   /

「カエデ? 何処に行ったんだ?」
 苺のケーキを持ってテーブルに帰ってきたオリバーは、そこで待っているはずのカエデの姿がないことに気づき、辺りを見回した。
 その時。
 オリバーの後方で車椅子の車輪が軋んだ。 
「お前は……」
「お初にお目にかかります。南部独立解放軍提督、エルウッド・オリバーさん」
「メルクの魔女。No.6【レム】か」
 オリバーは警戒しつつ言葉を続けた。
「言っておくが、まだ我々はお前達に協力するとは言っていない。話し合いに応じたのは、あくまで南部独立に向けたより良い方法を模索するためだ」
「それではダメです」
 レムが首を横に振る。
「南部と北部が。フェルマータが一つにならなければ、ハイムに勝つことはできません」
「だが我が民族は……」
「民族の違いとは、そんなに重要なものですか?」
「当然だ」
「……そうですか」
 レムが別の場所に顔を向ける。
 オリバーがつられてそちらを見ると、カエデが一人の少女と話をしていた。
 どこかで見たような女の子だな、と思う間もなく。
「あの子。貴方とは血の繋がりはありませんね」
 レムが小さく呟いた。
「……知っている者は知っていることだ。脅しにもならんぞ」
「脅すつもりはありませんが……」



「彼女……リードランスの王族ですね?」



「……何を馬鹿なことを」
 一度目は平静を装ったオリバーの声が、隠し切れない動揺に揺れる。
「彼女の年齢と名前。彼女自身がおそらくは出自に気づいていないこと。何より、貴方のお父上の世に知れた人格と、当時の世相を鑑みれば容易に想像がつくことです」
「推論だけで一方的に決めつけるとは。メルクの魔女の名が泣くぞ」
「私をその名で呼ぶ貴方なら。私の『力』については、ご存知でしょう?」
「…………」
 押し黙るオリバー。
 レムは淡々と続けた。
「貴方もご存知の通り、ハイムの民は大陸南部から派生した先住民族。そしてリードランスの民は、数百年前に大陸北部を席巻した遊牧民族の一部が、海を渡ってハイムの民を駆逐したものです。その直系たる王族は、あなた方からすれば……まさしく侵略者の象徴とも言うべき存在でしょう」

 緊張に握り締められていたオリバーの拳が解け、力なく垂れ下がる。
 オリバーはカエデを見つめた。
 何があったのか、涙を流して震える少女を抱き締め、声をかけてやっている。
 その瞳はどこまでも優しく、その姿はどこまでも尊く。

「優しい妹さんですね」
「……ああ」
 オリバーの拳が、やがてきつく握り締められる。
 レムと真正面から向き合い、オリバーは言った。
「カエデは……俺の自慢の妹だ」
「だったら、守ってあげて下さい」
 レムは微笑んだ。
「どんな民族も、始まりは愛し合う二人です。家族の愛なくしても、民族の繁栄はありえません。愛してあげて下さい、貴方の妹さんを……心から」
 レムが車椅子の方向を変える。オリバーはしばらく黙っていたが、レムがそのまま行こうとしたので慌てて呼びかけた。
「一つ尋ねるが。三年前にブルマンズコーポレーションから役員の不正に関する情報を盗み出したという噂は本当か? あの時はかなりのパニックになったが……」
「あれはカモフラージュです」
 レムは背を向けたまま答えた。
「世間の目がそちらに向いている隙に、政府の中枢に。前大統領は意外と聞き分けが良かったのでスムーズに物事が運びました」
「……あの直後だったな、大統領が辞任したのは」
「そういうことです」
 レムが車椅子を進め、途中から何処からともなく出てきた背の高い男が手伝い、会場を出て通路の奥へと消えてゆく。
 オリバーは軽く笑って呟いた。
「あれがメルクの魔女か……まったく、パティ・ローズマリータイムといい、裏と表に魔女がいたんじゃ勝ち目はないな」
「お兄ちゃん」
 オリバーがふと気づくと、カエデがすぐ近くまで来ていた。
「聞いてよ。ルルドがね、すっごく生意気なのよー」
「ルルド? 誰だ?」
「あの子だよ。ほら、あたしの首輪を外して助けてくれた。なんか、本当はリードランスのお姫様なんだって」
「……そうか。あの『ルルド』か」
 ハイムからの情報に思い当たるオリバー。
 写真で一度見ただけのその姿が、先程カエデの腕の中で涙を流していた少女とようやく結びつく。
「あ……お兄ちゃん、やっぱり南部以外の友達はダメ? でも、ルルドはとってもいい子なんだよ」
「……いや」
 寂しそうなカエデの頭を撫で、オリバーは微笑んだ。
「お前が友達だと思うのならそれでいい。友達に民族は関係ない」
「うん!」
 カエデの表情が明るくなり、オリバーに抱きついてくる。オリバーもカエデを抱き締めた。
「なあカエデ。お兄ちゃんはずっとお兄ちゃんだからな」
「何言ってるの? お兄ちゃん。当たり前じゃない」
「そうだな」
 オリバーはもう一度、強く妹を抱き締めた。

   /

「あの二人、血が繋がってないのか」
 レムの車椅子を押しながら、バジルは言った。
「それにしても、リードランスの王族だってことまでよくわかったな、レム」
「いいえ。私は何も知りません」
「……え?」
 バジルが驚いて立ち止まる。
「血が繋がっていないのは本当です。ですが、何処の生まれかまでは確たる情報がありません。資料に捨て子だとあったので利用しただけです。大戦末期に拾われていることから察するに、当時リードランスから亡命した幾つかの家が候補として考えられますが……所詮は推論です。彼にとっては苦し紛れの言葉だったのでしょうが」
「……そうか」
 バジルは再び車椅子を押し始めた。
「私のこと……怖い女だとお思いですか?」
「友達なんだろ? 俺達はさ」
 レムは悲しげに微笑み、ありがとうございます、と呟いた。
「さっきパティと話をしたよ。彼女と初めて出会ったときの話だ」
 バジルは遠い過去に目を向けた。
「驚いたよ、あの時は。何処から情報を仕入れてきたんだか、スケアと共に彷徨っていた俺の元にやってきて、いきなり自分の作る組織に入れって言うんだからな。普通敵国の元兵士にそういうこと言うかい? それに構想自体無茶だと思ったよ、正直ね……でもパティは話し続けるんだ。絶対にうまくいく、でもそのためには貴方達の力が必要だってね。俺もスケアも、ハイムから逃げたはいいが何をしていいのかわからなかった。一体何をすれば」
「罪の償いになるか……ですね」
 レムが呟く。
 バジルは少し驚いていたが、やがて自嘲気味に呟いた。
「ああ、その通りだ。スケアはパティの話に活路を見出したようだった。俺も共に歩むことを決意した。それからケイが加わって、君も参加して、メルクはまとまっていった。楽しかったよ。スケアも少しずつだがいい顔を見せるようになっていった……でも」
 バジルは一息ついて言った。
「でも俺の罪は消えないままだ……どんなことをしても」



「私も罪を犯しました」



「なん……だって?」
 バジルが尋ねると、レムは静かに言った。
「私も罪を犯しました。貴方と同じく、とても償いきれないような罪です……でも」


「それでもいつか、私たちの罪は許されると思います。いつの日か、きっと……」

 








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